うさぎの穴を真っ逆さま
ルールは簡単。
毎日きっかり三時間。
零時、三時、六時、九時、十二時、十五時、十八時、二十一時のいづれの時間になったら招集される。
始まったら適当なフィールドに転送されるよ。
そこでみんなには戦ってもらいたいんだ。
事前にみんなに摂取してもらった薬品の効果を検証したいんだ。
画面の先でパペット人形が口を開きながら息継ぎもせずに喋り続ける。
先ほど打たれた薬剤の成分だの、副作用はどうだのの話をされているが、はっきり言ってそんなことには興味はない。
おそらく、俺だけではなくこの治験への参加者のほとんどがこの説明など聞いていないだろう。
大雑把にルールを聞いておけば、あとは単純に殺し合いをしろって話だしな。
「それじゃあ、チュートリアルってことで、これから今すぐに試験を開始するね」
時刻はきっかり二十一時。
始めるには丁度いい時間だ。
転送されたのは住宅街の一角。
なかなかに狭いフィールドだとは思うが、様子を見るには丁度いいかもしれない。
石塀を乗り越えて家の中を外から眺めてみるが、どの家にも住人の姿はない。
だがしかし、この地域に人がいたのは確実だ。
整備の行き届いた庭や車。
台所には残された洗い物が残っていたが、カビや腐臭などの変化は見られない。
「さて、近くに被験者がいる雰囲気もないが」
などと物語の主人公めいた言葉を恰好がつくわけでもないのに呟きながら次の行動へと移っていく。
家の屋根に上って遠方の偵察でもと考えると耳の真横を高速で何かが通り過ぎる。
風切り音を追うように後ろを見ると、住宅の壁に一本の鉄の杭が突き刺さっている。
あの速さであの杭が体にあたっていれば、爆発四散は間違いなしだろう。
あの、早速僕の格好つけを台無しにするのを止めていただけませんか。
飛んできた物を確認し終えたところで、正面に向き直り撃ち放った者を確認する。
左手にその小さな体には不相応であろう大型の鉄柱で組まれた射出装置?でいいのだろうか。
こちらに発射口を向けたポニーテールの少女が睨みつけてきている。
恨みを買った記憶はないのだが、一体全体これはどういうことなのだろうか。
「簡単なことです。新人のスカウトといったところです」
「それにしては随分と手荒な歓迎じゃないですか。第十位、心臓の女王さん?」
「あら、ご存じでしたんですね」
「当然。有力なプレイヤーは調べておいてますよ。抵抗はする気ないので、その重機を降ろしてくれな いですかね?パイルバンカー」
三十四位、パイルバンカー。
基本的には重量級の鉄杭を高速射出することがメインらしいが、小型のものも準備できるらしい。
と補足的に情報と照らし合わせてみるものの、事前に準備している情報だけだと本当に不足している。
ひとまずこの場を生き延びるために自分ができる最大限のへりくだりを使ってみたが、どうやら許してくれる気配はないらしい。
「私たちも特に危害を加える気はないんですよ。念のための
警戒です」
「その必要もないって言ってるんだけどね」
「まあ、他のプレイヤーに来られても困りますし、手短に済ませましょう。とはいっても服従を選んでい
ただけたみたいですが」
そりゃあそうだ。
こちらはこの薬の効果も、自分自身がどのような能力を副作用としてもらったのかわからない新人である以上、上位ランカーに挑もうなどと蛮勇を奮う気持ちなど微塵もない。
手を挙げた状態で地に膝をつき、無抵抗である証明を行う。
日差しで暖まり切った屋根がかなり熱く、膝がビリビリと痛みを訴えてきているが、背に腹は代えられない。
命と膝、どちらが大事かと言われれば前者を選ぶのは生物としては当然だろう。
心臓の女王が取り出していたレイピアを腰の鞘へと静かに戻し、手を差し伸べてくる。
手を取ってキスの一つでもすればいいのだろうか。
いや、そんなわけないなと思い手を借りて立ち上がる。
好印象を与えておけば、すぐに殺される心配もないだろう。
「それではこれからよろしくお願いしますね。お名前は?」
「イツキだよ。呼び捨てで結構」
「ではイツキ。改めまして、第十位心臓の女王の二つ名を頂い
ているキサラギです」
「第三十四位パイルバンカー、イノリ。よろしく」
キサラギとイノリ。
本名なんだろうか。
事前の契約書の中には名前の記入欄があり、そこには本名を書くように指示があった。
ここでその情報が開示されるとは思わないが、ゲームのようにプレイヤーネームを考えるのも面倒だし本名でいいかと思い言ったが、相手も本名っぽそうなので問題ないだろ。
「さて、新人の歓迎もうまくいったし。新歓でもやろうと思
いましたが、飛び入り参加のお邪魔虫が飛んできたようですね」
「おいおい、お邪魔虫って。辛辣なこというねぇ女王様」
気づけば、俺の真後ろに男が立っている。
振り返ると、首をほぼ垂直にしなければいけないレベルの大男。
膝をついてるにしても2M以上はゆうにあるだろう。
虫ではなく熊や怪獣と例えたほうが説得力が強まる気がする。
「やはり接近ばれましたね。ボスが騒ぐし馬鹿みたいにデカいからですよ。頭も相当おバカですけど」
「おいおい。俺様のせいかよ」
少しかがむと大男の股の間から若干見れるスーツの男。
筋肉隆々のこいつと比べると見劣りするが、不気味な雰囲気がビンビンに伝わってくる。
その痩せぎすの男の侮辱も笑いながら軽く受け流しているところを見るに、この2人も割かし長い月井なのではないかと予測できる。
てか、これ俺ピンチなのでは?
至近距離でこの大男の一撃でも食らってみろ。
先ほどのパイルバンカー程ではないにしろ、見るも無残な姿になって伸びることは想像可能だ。
キサラギとイノリの様子が知りたくて再度向き直る。
そこには小型の機械を両腕に装備したイノリと、先ほどしまったレイピアを抜き放ったキサラギの姿。
お二人とも血気盛んなようで素晴らしいですね。
男二人もなんかメラついてるし、戦闘を今から、ここでするんですかね!?
三下ムーブで命乞いでもしてみる?許してくれると思う?
答えはNOでしょうね。
「これって俺も参加しないといけないパターンです?」
「あら、上位ランカー二人を味方につけて戦えて、ランクアップの大チャンス。なんせ相手の男は…」
「第十三位、変異種」
「そう、後ろは第四十四位、帽子屋です。本当に予習しているんですね」
「生き残りたいんでね。ルーキー抱えて勝てる可能性は?」
「そんなの、余裕です」
余裕らしい。
んじゃ、小物の下っ端としてこちらのボスを頼らせていただこうかね。
「もうそろ行くぜ~?派手に逝ってくれや」
途端に大男の右腕が膨張する。
筋肉で膨張したと言うより、どちらかというと肉片が生えてきて纏わりついた感じだ。
さて、この中で一番近いのは誰でしょう。
「正解は俺!!」
振りかぶった拳が振り下ろされた瞬間に体を転がしてよける。
が、その拳の威力が強すぎて穴の周囲のスレート材が盛り上がり屋根上から弾かれる。
「ガブッ!?」
今度はコンクリートに腹を叩きつけられて肺の空気が一斉に押し出される。
立ち上がらないと死ぬ。
その焦燥感が湧き上がってくるが、鍛えていないただの一般人であった人間がそんなすぐには立てないのだ。
「手を貸しましょうか?」
上から声が聞こえて見ようとするが、その前に左足首に鎖が巻き付いてきて逆さまの宙ぶらりんの状態にさせられる。
先ほどはっきりと見えなかったスーツ男の顔が、今は眼前にある。
コレガガチ恋距離カー。
手を貸される前に鎖で吊られたわけですが。
これは勝機ゼロですね。
「さてどうしましょうか」
「あのー」
帽子屋が俺の全身を観察しているところに声をかける。
絶体絶命の状態で意外そうに目を合わせてくる。
「取引でもしません?」
帽子屋は驚いた表情を一瞬した後に、ニッコリと微笑みかけてくる。
これしか生き残る方法がないのだ。
生殺与奪の権利はすべて向こうが握っているのに変わりはないが。
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「あの新人はどうなるかね。帽子屋は腹の中が真っ黒だからねぇ」
「ルーキーの心配よりも自分の心配をしたら?」
「こりゃ失敬。こっちもやりやおうか、女王様」
降り下ろした拳を穴から上げながらもキサラギを見据える変異種。
会話が終わった瞬間にイノリが小型の鉄杭を二本射出する。
それを左腕も膨張させた変異種が驚異的な反射神経で掴む。
が、それも織り込み済みのように女王が心臓の位置目掛けてレイピアを突き出す。
しかし、胴体回りも変異体へと変えて突き刺さるレイピアを正面から受け止める。
心臓の位置まで刀身が届く前に止めて、お返しとばかりに握っていた鉄杭を高速で突き返す。
キサラギはこれを宙を舞うように回避し変異体との距離を離す。
「少々厄介ですね。数を増やしましょう。罪隠しの兵隊」
「トランプの兵隊ね。帽子屋といい女王といい、アリスの物語が好きなのかね」
「二つ名を決めたのは他のプレイヤーですから、掲示板にでも聞いてみればいいのではないですか?
「その二つ名を登録しているのも運営側なんだけどねぇ。”過剰変異”」
上半身の膨張が少し縮み、代わりに下半身が太く、たくましくなる。
女王のそばにはクラブとスペードの兵士が四体出現する。
「ぶっ潰れろぉぉぉ!!!」
「行きなさい。イノリも援護を」
「了解」
兵隊たちは並の一般人よりははるかに強い。
下位ランカーたちになら、勝てるレベルの強さがある。
しかし、上位ランカーと下位ランカーには大きな壁があり、そこを超えられなければ下位の中のトップと上位の最下位では後者が圧勝だろう。
当然、兵隊は一瞬にして壊滅するが、その直後に鉄杭が迫る。
先ほどのように態勢が整った状態ではなかったため一本の杭をわざと左足に受け、もう一本を飛ぶことで躱す。
パイルバンカーは結局は空想科学の産物で、現代科学でどうなるかはわからないが、イノリの場合は岩盤程度なら楽々砕き切る。
それを受け止める変異体の硬さは本当に異常だ。
「ですけど、飛んだ状態で躱せるのなら躱してみてください。九つの刺」
「てめぇ如きに下らねえよ。特殊変異・装甲」
レイピアが残像を九つすべて残す速さで打ち込まれるが、右手を翳した途端に盾の形状に肉が集まり黒くなる。
斬撃は火花を散らして弾かれる。
「硬ぇだろ。随分理解度が深めれたもんでね」
「帽子屋の影響かしら。知識だけは一丁前なんだから」
変異体が左手をフックを仕掛ける形で振るうが、それも静かに避けて距離を離す。
追撃しないのはやる気がないわけではなく決め手がないのだ。
心臓の女王の最も警戒しなければいけないのは、全能力が判明していないことだ。
迂闊に踏み込めば刈られる可能性がある。
女王は単純に火力が足りていない。
にらみ合いの状態が続く中、視界の端に飛来する影。
「うおぉぉおぉおぉおおぉおおおおお!!!!????」
「あいにくと仲間を裏切るような人間と取引なんて応じれるわけがないじゃないですか。こちらが裏切ら
れる可能性があるのに」
「イノリ!!」
後方にいたイノリが地面に向かって鉄杭を打ち込み、その反動で空に行く。
そのままイツキをキャッチして屋根の上に戻ってくる。
「なんだ。あの坊主に唆されでもしたか」
「ええ。お断りさせて頂きましたが。ルーキーをいれるメリットも少ないですしね」
「あら裏切るつもりでした?」
「いや、死にかけたならそっち側につこうとするのは当たり前だろ」
四人の視線がイツキに突き刺さってくる。
女王の視線は裏切りを行おうとした者への視線ではなく、それよか微笑みを浮かべている。
「交渉が決裂したということは、こちら側についたほうが生
存の可能性は高いかと思いますが」
「ああ、つくよ。クソ」
悪態をつきながらも立ち上がる。
3対1にはなったが、足手まといがいる状況では、大した違いはでないだろう。
兵法だかなんだかに攻撃3倍の法則などというものもあそうだが、その法則が今回も当てはまっていてほしいものだった。
「さて。それでは……」
「ああ。殺しあおうぜ!!!」
「逃げましょうか」
キサラギとイノリ以外の表情が固まる。
イツキはまたイノリに抱えあげられて浮遊感に襲われ、叫び声をあげながら三人が離れていく。
「ぷっ、ククククク、クフ、フっ」
「何笑ってんだ」
「いや、ちょ、これは、笑わずには、フフ、いられないでしょ」
「はあ。てめぇのそういうのが気持ち悪いっつってるんだけどねぇ。ま、追ってもにらみ合いが続くだけ
か。戻るぞ」
「珍しいですね。ボスが引くのは。でも、そうしましょうか」