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「……おい、こういう覗き見は良くないと思うぞ」
「わかってるけど邪魔も出来ないでしょ、それに……知ってる子なのよ」
私達は声を殺して伏せながら話す。 それにしても、あの凛とした寮のボス、ジータとは思えない場面に出くわしたわね。
「私とメリッサも今年でもう卒業だ、わかってくれ、そろそろ身辺整理をしておかないといけない」
「身辺整理ってそんな言い方……愛してるって言ってくれたのに……」
卒業、ってことはひとつ上の上級生か。
「レオーネ、メリッサって誰? あの男は何者なの?」
「あのな、オレは解説者じゃないぞ」
「いいから教えてよ」
急かす私にため息をつき、やれやれとレオーネは説明を始める。
「あの男はダンテ。 シュカワレ伯爵家の令息だ。 あまり好きな先輩じゃないが……メリッサはお前の方が知ってるだろ?」
「うっかり忘れたの、早く教えてよ」
知りません、私はリリアナですから。
「最上級生で公爵令嬢だぞ? 知らない女生徒なんていないだろ」
「ああ、そのメリッサ様ね、思い出したわ」
「他に公爵令嬢なんて居ないだろ……」
公爵って言ったらレオーネより上の爵位じゃない。 親族に王族が居てもおかしくない、そんな大貴族と男を取り合ってるの?
「メリッサとは親が融資をしてもらってるから婚約してるだけって、いずれ婚約は破棄するつもりだって言ってたじゃない!」
取り合ってる……っていうか、浮気だからメリッサ様は知るわけないか。
「本気で言ってるのか? 君がメリッサに勝ってるところなんて一つも無いだろ? 爵位も財も、容姿ですらそうだ。 信じる方がどうかしてる」
「……騙したのね、あなたはただ今抱ける女が欲しかっただけ……!」
「早まった真似はするなよ? 関係が知られれば私も君も終わりだ。 公爵家を敵に回したらお互いの家族、親族まで潰しをかけられるんだぞ?」
「それは……」
「揃って破滅するよりお互いの未来を大事にするべきだ。 傷ものでは嫁の貰い手さえ無くなる、それじゃあな」
「ま、待ってダンテ……!」
背を向けたダンテは足を止めず、ジータは泣き崩れて地面に突っ伏した。
「これは、どっちもどっちだな。 ダンテも悪いが、お前の知り合いも道を外れた事をしたのは間違いない」
「……そうね」
「放っといてやれよ、助けてやろうにも内容が内容……―――おっ、おい!」
そう、間違ってる、いけない事だわ。
呼び止めるレオーネをそのままに、私は蹲るジータの前に仁王立ちした。
「………エル、マ?」
「今度は見下ろす事になったわね、ジータ」
なんて情けない顔をしてるの? まるで別人ね。
「……見てたの」
「まぁね」
これで終わり、全てを失ったとジータは項垂れる。
「そう……。 見ての通りよ、私にはあなたを責める権利なんて無い。 言い訳するつもりもないし、好きなように言っていいわ。 私もダンテも、罪を償うべきだから……」
あなたは間違ってる、でも、
「レオーネ、お願いがあるの」
「……隠れてたのに、巻き込むなよな」
私に名前を呼ばれて、迷惑そうな顔が観念して立ち上がる。
「家の人にジータを送って欲しいの、誰にも見られないように。 お願い、1個貸しよ」
「さっき精算したばかりなのにもう貸しか? はぁ、わかったよ」
悪いわね、あんまり人に見せたくないのよ。
「エルマ?」
「あなたを頼りにしてる子はたくさん居るのよ、面倒見るなら最後まで責任持ちなさい」
まだ立ち上がれないジータを抱き寄せ、私は優しく髪を撫でてやる。
「間違えるわよ、貴族令嬢だって十代の女の子なんだから」
「……エルマ、わ、私……ッ」
「本気だったんだから、そりゃ痛いわよ。 ―――泣きなさい」
堪えていた感情を解放して、堰を切ったようにジータは泣き出した。 浮気だろうと何だろうと、恋に破れた女の子は好きに泣けばいい。
それが、例え許されない恋だったとしても。
彼女が落ち着くのを待って、私はレオーネと二人でジータを裏から送り出した。
「なぁ、変なこと聞いていいか?」
「ん? なに?」
「お前、本当にエルマだよな?」
「――なっ、何言ってんのよ、当たり前でしょ!!」
「そうか、そうだよな」
び、びっくりした……。
きっと学校の公爵令嬢を知らなかったり、エルマらしからぬ行動が怪しまれたのね。 もっと気をつけなきゃ。
「――あっ、大変! 早くレイアのとこに戻らなきゃあの子誘拐されかねないわっ!」
「そんなバカな」
「レオーネ、走るわよっ!」
「まったく、忙しい女だな……」