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消毒用アルコールと少し湿ったダスターを手に大して汚れていないテーブルを拭く。
備えられ手を付ける必要が無い木製のシンプルな入れ物に入ったテーブルシュガーや紙ナプキン等をあえて整える。
小さく笑みを浮かべカウンター内にゆっくりと戻り、お気に入りのオリジナルブレンド豆をコーヒーミルに掛ける。
そして、細かくした豆をドリッパーにセットしコーヒーの出来上がりを普通の椅子より背の高いバーチェアーに腰をかけ、ゆっくりと滴るコーヒーを眺める。
コーヒーミルも自動で行うのが当たり前になっているが、昔はオルゴールを回す様にゴリゴリと音を立てながら回したものだ。
体力を思った以上に使い疲労感と一緒に自分のコーヒーを飲むのが楽しいと思う時期もあったが、今はインテリアとして、カウンターの隅で飾られている。
体力には勝てない。あれは思った以上に体力を使うのだ。
ポタポタと香ばしい香りを放つ液体が湯気をまといながら滴り落ちる。
「そろそろかな?」とドリッパーに溜まったコーヒーを自分専用のステンレスのカップに注ごうとしたら、壁越しに籠ったキキーっと使い込んだ自転車特有のブレーキ音が聞こえる。
俺の休憩タイムは終了か…と少し残念そうにカップを戻そうとしたが、カランカランと音を立て入って来たお客様の顔を見て
「いらっしゃ……」
と、途中まで声に出したが再び自分専用のカップを取り出しコーヒーをカップに注ぎ始める。
その無愛想な態度をみて、学校から飛ばしてきたシフォンが頬を膨らませ、幼い顔で無理矢理に眉間に眉を寄せながら詰め寄る。
「客ー!客ですよ!」
「……ん。ああ、いらっしゃい」
「なんですか!その態度は!」
少し肩で息をしながらシフォンが怒る。
カンミにとってシフォンは常連客ではあるが、例えるなら気まぐれに餌だけねだりに来る愛想の良い野良猫と言ったほうがしっくりくる。
カンミはブレーキ音を聞いた時点でシフォンだと分かっていたが、あえて今日はこの態度を取った。
昔から人を揶揄う様なコミュニケーションの取り方は心を許した相手にしかしない所謂親しい間柄を表す物なのだ。
度が過ぎていらぬ誤解を招く事も多くはないが、本人は悪意はない。
しかし、そんな事はシフォンには伝わっていない。
「悪い悪い、折角淹れたコーヒーを冷めないうちに味わいたかったんだ」
カンミは淹れたてのコーヒーを口にする。
口から鼻に抜ける香ばしい香りはいつ味わっても至福なものだ。
「ちょっとカンミさん!だからって飲まない!」
流れの様にコーヒーを飲み始めるカンミに子供が駄々をこねた様な雰囲気を感じさせながら怒るシフォン。
「すまないすまない」
笑いを堪えるようにカンミが言い、シフォンは膨らんだ頬をしぼめるとスカートを押さえカウンターの椅子に挟みちょこんと姿勢良く座る。