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季節は初夏。
ワイワイガヤガヤとテーマパークの様な騒がしさがあるクラウド学園。
中世の綺羅びやかなドレスが似合う、お姫様が出てきそうなお城を彷彿とさせる白いレンガの壁に、左右対称の効率のいい間取りがいかにも学校とわかる作りだ。
所々に歴史を感じさせるように壁に植物が根をはっている。
このクラウド学園が存在する場所は周りが海に囲まれた、車で半日ちょっと走り続ければ一周できるような小さい島である。
教室から窓の外に目を向けると付近の街からクラウド学園を囲む青く広がる海岸線を一望できる。
そして島の西側に存在する学園の校舎は太陽が登る東に向いている。
実習を行う特別教室は全て独立しており、山に沿って階段のように日が沈む西に向いて存在している。
本館と教室が直接繋がっていないのは、ポータルで専用教室に移動出来るからである。
ホームルームや専用教室を必要としない授業に関しては、メインスクエアである学園の本館で行われる。
クラウド学園高等部2年S6組は、主に飲食関係を専攻している生徒が属している。
全ての1クラスは25人から30人で形成されており、シフォンのクラスのカテゴリーはサービス業だが枝分かれする分野が多岐にわたる為、ホームルームや休憩時間以外は顔を合わさない生徒もいる。
だからと言って、仲が悪いと言うわけでは無くクラス決めもポータル通過時に行われる”検問”時に採取される行動履歴等のビッグデータを利用し、相性が予め良いライバーが集められている。
あくまでデータの一つなので必ずしも気が合うと言うわけでは無いが、それなりに協調性があり問題もなく仲良く過ごせる。
本館は山頂にある分、教室から窓を覗くとそこには自然に囲まれたとても四季の風情を十二分に感じることができる、リゾート施設の様な風景が広がる。
生暖かい風がとても心地よく、見晴らしの良い教室には緑の香りとうっすらと園芸部が育てている甘く、ほのかに酸っぱい香りがカーテンを揺らしながら2年S6組の騒めきを落ち着かせる様に、教室を一周すると廊下へと吹き抜ける。
そんな心地良い風を受けた教室ではホームルームが行われていた。
教卓にはスラッとした黒のスーツに膝より少し上まである小さくスリットの入ったタイトスカートの美人教師。
腰ぐらいまであるだろう長い黒髪を後ろで縛り、フレームの細く白い丸眼鏡を掛け、氷のような青さをした瞳を無愛想に生徒たちを向ける担任の「仙道 弥生」。
愛想が悪い事以外は男子生徒の評判も良く、影では『弥生ちゃん』と呼ばれ懐かれるが、素っ気なくあしらう。
それがまたいいと、一部の男子生徒が話しているのを聞いた事がある。
その若い教師がデータを配り手元のタブレットに内容を表示させる。
大人しい色の整った爪が映える透明感のある右手をメガネに添え、配られたデータ内容を見てざわつく生徒を置き去りに話を進める。
「では、みなさん。目は通しましたか?」
とタブレットを片手に持ち生徒の方を見ながら続ける。
「すぐにという期限はないのだけれど、卒業の4ヶ月前には必ず申請を行う様よろしくお願い致します。
しっかりやりたい事、目標を決めておくように」
担任は騒つく教室を無視したかの様に要件だけを伝え出席名簿・タブレットと手帳の様な物をトントンと教卓で揃え、両手で胸元に抱きかかえる。
「以上です。お疲れさまでした」
仙道は生徒の質問を受け付ける時間等もなく、HRを打ち切り教室を出る。
「まじかよ。説明あれだけ?」
「弥生ちゃんかわえぇ…」
「お前マジ話聞いてた?」
教室が騒つくのも無理はない。
配られた内容は今年からの取り組みで自分自身で店舗に交渉し、実務を3ヶ月以上行うというもの。
クラウド学園の特殊学科であるカフェ・喫茶店を専攻している学生に向けて、実務を身につける一環として行われる様だ。
ザワつく一番の原因は、この実習を受けるにあたり、店舗への実務依頼に関しては学園の支援を得ることが出来ない。
つまり、自分で交渉しなければならないと言うことだ。
その為、卒業4ヶ月前までと交渉期間が必要なので期限を多めに取っている。
もちろん実習内で問題が起きた場合は学園が介入してくれる。
それが無くてはどの店舗も協力的にはならないだろう。
補償も手厚い。
しかし、思いつきの様にも感じる現場実習を一方的に突きつけられ困惑の表情を浮かべる生徒が、ざわざわと担任が居なくなった後も帰り支度をする事もなく、あれやこれやと周りと話をしている。
…ただ一人を除いて。
「なんて素敵なイベントなのー!」
細くサラッとした薄い金色の髪が肩でふわっと揺れる。
その綺麗な顔立ちの中に元気の良さを感じさせながらクリっとした青い瞳を輝かせている、この物語の主人公フェルト・シフォンが心の声を口に出し教室に響き渡らせる。
「ちょっとシフォン!漏れてる漏れてる!心の声漏れてるよ!」
隣の席に座る褐色の健康的な肌で情熱を感じさせる赤髪で、首の付け根を少し過ぎるぐらいのポニーテールでキリッとした赤くオレンジ掛かった瞳の友達、ビター・ショコラが顔を突き出しながら伝えてくる。
でも、シフォンの高鳴るワクワク感がそんなショコラの声を脳がかき消す。
「ガーデンカフェに……カンミさんに話さなきゃ……!」
まだまだ生徒が残り各々仲の良いグループ同士でどうしようか等、心境に合わせた表情を浮かべている教室をダッシュで抜け出す。
置いてかれたショコラは「ちょ……」と力弱く、目を先ほどまで隣にいたシフォンが駆け抜けた現実を受け入れられない様な表情で、丸くし口を開けポツンと取り残される。
教室から飛び出したシフォンは腕を曲げバランスをとりながら「ほっほっ」と口を丸くし、階段を急ぎながら丁寧に降り最後の階段を3段程飛ばしジャンプして着地する。
後ろに居た男子生徒がヒラっとなったスカートに目を奪われるが、シフォンはそんな事を気にすることもなく自転車置き場へと駆け出す。
その顔は子供が好きなお菓子を口いっぱいに頬張り、幸せと言わんばかりに口角を横いっぱいに上げながら。
校舎から外に出ると先程までの静けさと打って変わり、まるで駅からテーマパークへと続く道の様に人で埋め尽くされた校門へと続く。
綺麗なタイルで舗装され園芸部が日夜手入れを怠らない整った曇りの無い緑色の葉をつけた木や、自分の存在を主張せず、しかし無くてはならないと思わせる小ぶりな色取り取りのバンジーが並ぶ。
クラウド学園は多くの生徒を抱えるマンモス校なのでポータルが学園から出て直ぐに用意されている。
しかも、生徒の特質等を考慮して自転車、車、重機・戦車・船や飛行機等通学専用道路が用意されており、登校・下校時は耳をつん裂く様な爆音が穏やかな学園に響き渡る。
シフォンは自宅が比較的近くであり、シフォンがカフェ・喫茶店を専攻するきっかけとなったお店が通学路にある為、自転車での通学を選択している。
そして今向かっているのはきっかけとなった『ガーデンカフェ』なのである。
少し息の上がったシフォンは、入学時に両親が登校にとプレゼントしてくれたクリーム色のシンプルな作りの折り畳み電動アシスト自転車に跨がり学園を出る。
学園を飛び出して直ぐに騒音から解放される。
それは、学園の外には特定の音だけを移動させる特殊ポータルが用意されており、学園私有地から出ると学園のチャイム等の風情を損なわない音以外は、近隣の迷惑にならない様になっている。
校舎内にも同じポータルが一面に貼られている。
ポータルの移動先はけたたましい爆音なんだろう、と昔のシフォンなら思ったことだろう。
高所にある学園を緩やかに一定の間隔で折り返し曲がりくねる下る坂を優しくブレーキを掛け、通り過ぎる風と共に目的の場所を遠目に感じながら降っていく。
「カンミさん、承諾してくれるかな?
でも、あの人ちょっと変わってるからなぁ…」
そう呟くとまだ少し時間がかかる間に胸のドキドキを抑える良い時間と思いながら深呼吸を深くし、期待を胸に前を向く。
しかし、急にシフォンの脳裏に胸をざわつかせる感情が湧き始める。
「…あれ?なんか忘れてる気が…」
シフォンはふと教室で隣りに座っている友達の事を思い出す。
そのシーンは見てはいないが教室に取り残され「ちょ」と口をポカーンと開けた友達を想像させる。
「……。忘れてたぁ……一緒に帰るって言ってたぁ……。後でメッセージ送っとこ……」