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34誤解と知って


 ぐだくだとしている間にお昼になってしまった。私はとぼとぼと飯炊き場までいくと、入り口の戸からこっそり中を覗き込む。


 ――い、いるかな……。


 目を走らせた瞬間、後ろから背中を押された。


「っぎゃああああ!! っ! いたあ……うう……」


 飛び上がって半開きの戸口に頭をぶつけ、ひたいを押さえたままでそのまま振り返る。驚きの気配だけで正体はわかっていたから、かなりばつがわるい。


「どうか、したのか?」

「なんでもない、なんでもないから……」


 当然ながら何か言いたそうな獣に首を振って、聞かないで、と暗に言う。



 騒ぎを聞きつけてやってきた鬼の女性、セミナさんが私とカラとを見比べて困ったように笑っている。もやもやを振り払うように笑い返した。


 お昼をもらいたい、と言うと、すぐに頷いて引き返し、少しして籠を渡してくれた。

 鬼は外で食べることが多いから、予め用意していたのだろう。

 獣の形の鬼はあまり同じ一緒に食事を取らないけど、単に普通に食べるには量が足りないせいだと、うさぎを丸呑みする獣を横目に誰かが教えてくれたことがある。


 けれどセミナさんは、私のよりもふたまわりも大きな籠をもうひとつ、獣の口に持たせてくれた。



 お礼を言って、私とカラは縁側に出た。座敷は獣には息苦しそうに見える。サイズ的に。


 カラと二人で籠に向かい合って座る。当然のように私がふたを取ると信じてこちらを見上げるカラに、複雑な気持ちを持ちつつ開けてやると、現れたのは大きなおにぎりだった。

 カラは私のもらったお弁当と自分のものを比べて、今更その差に思い当たったようだ。


「ハルは、足りるのか?」

「……ひとつ食べる?」

「いいのか!? ……腹、痛いのか?」


 違うよ、と、カナにもらった甘粥の話をすると、獣は黙り、大きなおにぎりに顔を近づけた。口の広い籠だけど、獣の大きな口を突っ込むと中が見えないくらいにぎゅうぎゅうだった。


「食べにくくない? 手伝おうか?」

「……」


 ガツガツと食べている。よほどお腹が減っていたのだ。これはお代わりが必要かもしれない。

 私は人サイズのおにぎりを持ってかぶりついた。中身は甘じょっぱいタレで煮込んだ少しピリリとする葉野菜と、細かく切った鳥肉だった。

そういえば、


「カラって、同じもの食べても平気なんだね」


 動きを止めた獣は、むくっと顔を起こして、向かいの私をじろじろと見ると、またすぐ食事に戻ってしまう。気持ち、先ほどよりも乱暴に食べている気がする。

 そんなにお腹が減っていたのかな。

 それとも。


「……セミナさん、料理上手だもんね」


 一心不乱に食べる姿に、つい棘のある言い方になってしまう。

カラは顔をあげる。とうとう本格的に怒らせてしまったかも、と胸の内はチクチク痛いけれど、素直になれずに口を尖らせてしまう。


「セミナ?」


 予想とは違って、カラはキョトンと、むくれる私を見返した。


「あの女のことか?」

「……」


 ――あの女、だとう?


「まさかとは思うけど、セミナさんの名前、知らないの?」


 カラは私の問いに、なんのためらいもなく「そうだな」と、食べかけのおにぎりのために顔を戻す。


 ――カラの……カラの……


「ばかー!!!」


 私は自分の籠を抱きしめると、すぐさま駆け出した。




 そんな、名前も知らないってどういうこと?

 何? なんなの? セミナさんのこと、ただのお世話係とでも思ってたの?

 自分の考えにまたイライラとして、もう、ああ、カラの馬鹿!!


 スピードを落としつつもずんずん廊下を歩く私は、前から現れた体に気づかずぶつかった。知った匂い。うつむいた顔をあげると、面白そうに私を見下ろす顔と出会った。


「……ミノクシ」

「奇遇だな」


 私が来るのに気づいていて、かわさなかったのだろう。人を食ったようだった顔が、黙り込む私を訝るものに変わっていく。


「……カラニシと何かあったか?」

「……ううっ、ミノクシぃ……」

「コラ、泣くなよ。聞いてやる。聞いてやるが、俺は腹が減ってるんだ」

「ぐすっ……じゃあ、いい」

「なぜそうなる。いいからそれを持ってついてこい」


 お弁当の籠を指差すミノクシ。鼻をすすって、私は背の高い鬼と歩き出した。



 お弁当と引き換えに話を聞いてもらうと、ミノクシは驚いた様子もなく「カラニシはそうだろうな」とおむすびを口に運んだ。


「カラはあいつと話さない。口をきくことすら知らないだろう」

「そんな……」

「俺だってあいつの声など知らない。話さないからな」


 冷たい風もなく、ミノクシはいう。


「あいつを助けたのはカラだから、懐いてはいるが……」

「助けた?」

「崖下に落ちたのを拾ってやったんだ。鬼の子はよく落ちるからな」

「……」

「そういえばお前も落ちたんだったか」


 私は自分が助けられた時のことを思い出していた。

 ああ、それは、好きになってもおかしくはない。


「セミナさん、カラのこと、好き、なのかな」


 私が意を決して紡いだ言葉に、ミノクシは目を丸くした。


「またお前は……愉快なことを考えたな。……なんだ、まさか恋敵とでも思ったのか」


この世で一番醜い生き物同士で、どうやって恋ができるのだか、と笑うミノクシ。


「そんなこと……」


「そんなことはない」と反射的に否定したくて、けれどできない私をミノクシは笑う。


「いい加減お前もおかしいのは自分だとわかってきたのか。いいか、鬼というのは俺たち自身が言い出したのではないが、俺も人であった時分には、確かに鬼を醜い非道な化け物だと恐れていた。今でこそあの頃のような恐怖はないが、鬼でい続けることを考えると、こんなに惨めで苦しいことはないんだよ」


 ――ミノクシは、自分の存在が嫌いなのだ。

 そのことがとても苦しい。


「俺が人であったと聞いても、驚かないんだな。館さまに聞いたのか」


 鬼は、ひどく傷ついた顔をする。私には知られたくなかったのかもしれない。


「お前の目には、どんな風に俺たちが見えているのだろうな」


 ミノクシは人の姿だよ、と、私は答える。他に何の答えもなく、目の前の鬼は一見、人そのものだ。だけれども、私にとっては、一番私の中の『鬼』のイメージを作った存在なのだ。人について語り、鬼について語り、いつだって狂おしく悲しい目をする。


 ――ミノクシは、やはりどうしようもなく鬼なのだ。


「俺は人をやめられていないからだよ。あのようなけだものになることを恐れているから、こんな半端ななりなのだ。だが次にはもう、俺はこの形ではないだろう。人をやめねば人を食えぬと思い知ったなら」

「ミノクシ……」

「そうだ、あの女。セミナはもう、半分やめている」


 私の知らない間に、セミナさんは獣の姿を取るのだという。他にもそういう鬼はいると聞いて、目を見張る。


「館さまも?」

「あの方は……どうだろうな。ずっと半端をやっているが、そういう方法をわざと選んでいるのかもしれない」


 恐ろしい方だよ、とミノクシは首をすくめた。


「カラニシを見てやれ。あいつはカナフシを吐き出して、どうにか鬼をやめようともがいているのかもな」


 ――どういう意味?


 見つめると、ばつが悪そうに目をそらされる。


「……悪い。お前に当たることではなかった」

「え?」

「鬼はどうせ皆お前のことがかわいいんだ。カラニシもセミナも、どうなったってお前が愛しいに決まっているさ」


 なんだか投げやりな言い方だけど、私はわかってしまった。お互いを醜いと思いあっている、人のことは憎い、それならそれこそ、蛇くらいしか、鬼の心を預ける相手はいないのじゃないか。


「私は、喜んでいいのかな」

「……俺は今日は余計なことばかり言ったな」

「ううん。聞けてよかった」

「いや、そうじゃなくてだな。……ああ、なんでもない、なんでもない。お前は何も考えるな。カラニシに猫の子のように甘えていろ」


 カラ。

 私、カラに八つ当たりをしてしまった。独りよがりな嫉妬をした。いてもたってもいられず、私はミノクシに宣言する。


「あ、謝ってくる!」

「一緒にいってやろうか」

「いい。ひとりでいけるから」


 ニヤニヤと笑うミノクシから空になった籠を受け取る。


「ありがとう」


 なんだかいつも、この鬼にはお世話になっている。その心を削って、彼は私に伝えてくれる。からかわれるのは、面白くないけれど。


「飯を横取りされた相手に礼を言うのか」

「もう! ……ねえ、ミノクシ」

「なんだ?」

「どんな姿になっても、私は一緒にいられた方がいい」

「……わがままなやつだ」


 頭を撫でられる。ああこの手が好きだなあ。ひと撫でしてすぐ離れていく手を名残おしく見上げると、小突かれてしまった。


「ほら。早く行ってやれ。今頃泣いているかもしれん」


 鬼が泣くなんて、あるんだろうか。


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