帰り道
たくさんの作品の中からご興味を頂きありがとうございます。この作品は1990年代を舞台にしています。作品内のリアリティのため実在する地名、人名、商品名、企業名を利用している場合はございますがストーリー自体はフィクションとなります。実在する人物、及び、商品、企業とは関係ありませんのでご注意をお願い致します。
これが彼との最後の思い出話になる。修学旅行も終わり夏休みを待つばかりとなった2年生の1学期の終わり間際、数か月ぶりに彼と列車の下車後自転車置き場で一緒になる。彼は妹と文芸部の男子の先輩と一緒に帰っていたようで自転車置き場から駅舎前の広場に出てきたところでその二人と出会う。
妹は彼に似てすごく美人だった。とても1学年下とは思えない大人びた雰囲気を持っていて、その利発的な容姿からは文芸部のような文学的な要素より理系のクールなイメージが伴っていた。そして、整った顔によく似あう長く背中の中頃まで伸びたストレートの細くもなく太くもないしっかりとした髪がサラサラと風に揺れて美人を引き立てている。
一方で男子の先輩は話によると理系らしいのだけど文系が似合いそうなおとなしそうな男子生徒だった。
「久しぶり、私のこと憶えてる?保育園で一緒だったんだよ。」
と彼の妹さんに話しかける。しかし彼女は、
「すみません先輩。憶えてないです・・・。」
と気まずそうに返事をする。
「あはは、しょうがないよね。だって私が保育園であなたが乳児園の組だったしそんな小さいときのことってなかなか憶えてないよね。」
と彼女をフォローする。
その後4人で帰りながら私は彼の妹さんに昔の話をする。とは言っても彼がらみの話になるのだけれど・・・。
彼の妹さんが入園したばかりのころ、他の園児もそうだったけど初めて母親と別々に生活することの不安から母親の姿が見えなくなった途端泣き出す子は多かった。彼も私も通った道だ。妹さんも同様に初めのころはよく泣いていた。そしていたずらっ子に悪戯されてもよく泣いていた。
そんな時彼は妹の泣き声を聞き分けて妹が泣いていると気づくとすぐに自分のクラスを抜け出し妹のところに行って妹さんに『いい子いい子』をしてあやしていたのだった。
また、彼女がだいぶ保育園に慣れはじめたらそのころには園の先生も妹さんはタオルを与えるとなぜかすぐに泣き止むのを母親から聞いていたので彼が妹さんのところにたどり着くころには妹さんは泣き止みケロっとしていることが多くなって彼が不甲斐なさそうにトボトボとクラスに帰ってきていた。
そんな話を延々と妹さんに話して聞かせると、
「へぇ、お兄ちゃんにもそんな時期があったんだ・・・。」
と年頃になってお互いに家族として大切に思っていてもそれを言葉や行動に出来なくなってきてずいぶんと経ったようで彼の本当の優しさに新鮮味を感じながら妹さんは彼に感心していた。
「ちょっと!」
と言って急に彼が私の手を取り妹さんから私を引き離した。
「話があるから二人だけにしてくれる?」
と彼は妹さんに言うとさらに私の手を引っ張り妹さんより自転車二つ分くらい前にでる。呆気にとられる私と妹さんをしり目に彼は前を向いてさらに引っ張る。引っ張る手が痛いから「ちょっと待って!」と言おうと思ったけど思えば彼に触れられたのは中学生以来で、不謹慎にも見上げた彼の横顔にドキッとして言葉を失ってしまった。意外と私は強引さに弱いのかもしれない。
妹さんのことが気になり振り返ると妹さんには先輩が横に来ていて話しかけていた。妹さんのことはとりあえず先輩に任せておけばいいかと思っていると耳元で彼が囁いてきた。
「先輩は妹のことが気になってるみたいだから二人きりにしてあげよう。」
「ああ、そういうこと・・・。」
そう納得して返事をしながらも内心彼が耳元で囁いてきたことにドキドキしていた。彼が私にこんなにも近づいてきたのは初めてだったからだ。私から彼にベタベタとくっついていったことは昔は多々あったけど彼から私に触れるのは頭とほっぺくらいだった。初めてこんなにもしっかりと手を握られた。小学生や中学生の時のような拙いつなぎ方ではなかったし、今までとは違った少し強引な印象の彼を見て正直かっこいいと思ってしまっていた。
「ごめん。痛かった?」
後ろの二人と距離をとれたのを確認すると彼は私のことを気遣ってくれて謝ってきた。
「大丈夫だよ。少しビックリしただけ。」
そう返事をすると久しぶりに彼と他愛もない話をしながら自転車を押す。気が付けば1年前までのように二人の間には自転車はなく昔のように今にもぶつかりそうなくらいの距離で間を寄せて歩んでいた。
しばらく歩いて、何気ない質問をした。
「いつも妹さんと帰っているの?」
「大体、一緒かな?」
彼は恥ずかしがる様子も屈託もなく答える。私は少し二人でいることが恥ずかしくなって久しぶりにからかおうと思っていたのだけれども失敗に終わった。
「兄妹仲がいいんだね。私なんかお姉ちゃんとケンカばっかりだよ。」
彼はそれを聞いて少し笑ってから答えた。
「仲が特別いいわけでもないよ。男子が女の子を守るのは当たり前のことだし、親にも守ってあげるように言われてるしね。」
彼は同じく恥ずかしげもなく屈託もなく答える。そのしぐさや行動に改めて彼をカッコイイと思った自分がそこにはいた。そして、
「へぇ、君は関谷さんだけではなくて妹さんのナイトでもあるんだ。色男は大変だねぇ。」
って自分の気持ちを誤魔化すように彼をからかい、肩から彼に体当たりをした。
「そんなんじゃないって!」
そう言って彼は私を元の位置に戻すかのように優しく同じように肩(というより身長差で腕の辺り)で押し返してきた。
途端、
キキッーーーーーーーーー!!!
と聞きなれない音がして目の前を大きな塊が横切る。一瞬何が起こったのかわからなかったがすぐに理解した。私たちが肩をぶつけてじゃれ合っていたのはちょうど信号が青に変わり車が来ないことを確認して横断歩道を渡ろうとした時だった。その聞きなれない音はブレーキをほとんどかけず後輪を滑らせながら来た車のタイヤが鳴らしたものだった。目の前を猛スピードで横切った塊はその車が指示器も点けず、対向方面から無理なスピードで右折をしてきて私たちを轢きそうになったものだった。
もしこの乱暴な運転手が普通の運転で通常の車線に突っ込んできていたなら私たち二人は轢かれて大変なことになっていたかもしれない。しかし、この運転手は交差点をショートカットで曲がってきたので対向車線側に入り込んでいたので私たちは辛うじて難を逃れた。
驚いて私たちが固まっていると通り過ぎたはずの車がものすごい勢いでバックをしてきて再び私たちの前に現れた。
「ガキがいちゃつきやがって!あぶねぇだろうが!!」
と難癖をつけてきた。車はアメリカのホームドラマでも見たことがあるような角ばった大きな車で左ハンドルだった。後で彼から聞いた話だと『インパラ』というアメリカの外車で暴走族などに人気のある車なんだとか・・・。そして、彼の言う通りで、その車が左ハンドルだったから窓を開けていちゃもんを付けてきた運転手の顔をしっかりと確認できた。その粗暴な運転手が男性でやくざかチンピラのようなまともな人種ではないのが分かった。
散々喚き散らすと運転手の男性は車を発進させたので、
「危ないのはどっちだ!!!」
と私は悪態をつきながら私たちは横断歩道を渡り切った。その後無性にイラついてさっきの素行の悪い運転手の悪口を散々言いながら歩みを進めた。彼の制止も振り切り言い続けた。
「お兄ちゃん!!!」
急に青ざめた表情で妹さんが私たちの間に割って入ってきた。
「どうしたの?」
と問う彼に妹さんは、
「先輩が・・・。」
とオロオロして要領を得ない。
「いいから落ち着いて話して。」
彼の言葉で幾分落ち着いたのが妹さんは多少困惑した様子を残しながらも冷静に話し始めた。
「さっきの車の人がUターンしてきて私たちに『待て!』って言ったの。私は怖くて逃げてきたんだけど・・・先輩はそこに残って・・・。」
それを聞いて私たちは来た道を振り返る。
そこには衝撃的な状況があった。先輩はさっきの男性に馬乗りになって殴られている。先輩は両腕で顔を守るようにして抵抗しているが、男はガードの隙を狙って殴り続ける。
「きゃっ・・・。」
私が恐怖のあまり叫ぼうとした瞬間、私の口が塞がれた。手の伸びた方向を見ると彼だった。彼はいつものにこやかで軟かい表情ではなく、また、さっきまでの普段見せない少し強引な男らしさでもない真剣な表情でいて、しかしどこか怒っているかのような今まで見せたことのない怖い顔をしていた。
「声を出したら次は君が狙われるよ。」
彼の声は平静を装って普段と変わらない柔らかい言い方で私に注意したがその顔は先ほどから変わらぬ強張った恐ろしい表情をしている。私は声を出さず私の口をふさぐ彼の手にそっと手を添えて首を縦に振る。それで彼は一安心してくれたようで私を解放してくれる。
「どうしよう・・・」
妹さんが呟く。
「二人は近くの家に避難して警察を呼んでもらって!」
彼は現場の方を見ながら私たちに声をかける。私も妹さんも恐怖のあまり彼が見ている方向も見れず、また彼の言う通りにしようと思うのだけれども膝が震えて動けない。
「早く!!!」
と急かす彼の声がして彼の視線が再び私たちに向く。彼は私たちが恐怖で動けなくなっているのを察すると両手で私たちを抱きしめて押すように走り出す。
彼は一番近くの民家の門をくぐると一歩先に出て玄関のチャイムを押す。そして、ドンドンと玄関の扉を叩きながら、
「助けてください!友達が変な奴に襲われてます!!!」
と何度も叫んだ。
私と妹さんはその間後ろからあの男が来ないかと不安な気持ちで見つめ合ったり後ろを確認したりした。
しばらくして家主と思われる50歳代の男性が玄関から出てくれる。
「こんな時間にどうした?」
多少家主の男性は不機嫌そうな様子で語る。それに臆することなく彼は続ける。
「早く警察を呼んでください。あとこの子たちを家の中へ!!!」
家主の男性は彼の真剣な表情を見てか、家の中で彼の助けを呼ぶ声が聞こえたのかサンダルを履くと門の方向に向かっていく。
「危ないですよ!!!」
彼が家主の男性を制止するが家主の男性は門をくぐる。辺りを見回し私たちが来た方向を見ると一瞬でその表情を変えた。
「すぐに警察を呼ぶ!!!」
そういうと家主の男性は駆け込むように家の中に入っていった。
それを見ると彼はさらに険しい表情になって門の外にでた。そして来た道を向くと彼の体が一回り大きくなったかのような錯覚を覚えるほどの威圧感を出してその方向をにらみつける。
その謎の反応に危険を感じつつも状況を把握しようと私と妹さんは抱き合いながら門の外に顔を出して先輩のいる方向を見る。
「増えてる・・・。」
先輩の倒れているところに5~6人の人影が見えた。さらなる事態の悪化に恐怖して私と妹さんは座り込んでしまう。
「早く家の中へ!!!」
彼が数人の人影から目を離すことなく怒るように私たちに避難を勧告する。だけど、私も妹さんも恐怖で抱き合ったまま座り込んで動けない。
「警察を呼んだぞ!」
家主さんが再び家の中から出てくると座り込んで動けない私たちを見る。
「おい!」
家の中にいた奥さんに声をかけると二人で私たちを家の中へ引きずるように避難させる。玄関を上がると再び家主さんが門の方を見る。そして顔色を変えて片手に持っていた電話の子機を奥さんの方に渡し玄関にあったゴルフバッグからクラブを1本取り出し剣道の竹刀のように構える。その物々しい様相に家主さんが見たものを確認しようと同じ方向を見ると彼が両手を広げて門を塞いでいた。
そしてその向こう側にもう一人の人影があった。それはさっきの乱暴運転の男ではなかった。さっきの男は紺色か黒色の濃い色の上着に黒髪だったように記憶している。今、彼の目の前にいるのは金髪の頭に赤のジャンパーを羽織っており明らかに別人だった。
その男性が彼に大声で怒鳴りつける声が余裕で私たちのところまで届いてくる。
「女と一緒に逃げてそれでもてめぇ男か?!」
荒々しく男性の声が響く。
「どうとでも言ってください。自分は守るべきものを守っているだけです。」
彼が返事をする。その声は今まで見せたことがないほど落ち着いていて、それでいてドスを利かせていて、荒々しい赤いジャンパーの男性の怒鳴り声に気圧されることなく寧ろ跳ね返すかのような威圧感を放っていた。
「男だったらダチと一緒に殴られるのが筋だろ!!!」
荒々しい赤いジャンパーの男はその見た目からも分かるがその言葉からも一般の人ではないのが伝わってくる。そんな理論聞いたこともない。乱暴運転の男の仲間だとすぐに判る口ぶりである。
「・・・。」
彼は無言だった。そして徐に今までかけていた眼鏡をはずして制服の胸ポケットにそれを終った。彼はケンカを買う気だとすぐに気が付いた。中学時代散々不良相手にいじめを止めるために戦った時のように自身の正義のために後先考えず今目の前の人物を悪と認定し戦おうとしている。実際に彼がケンカをしている現場に居合わせたことはなかったけどうわさには聞いている。彼は自分の信念のためなら誰かを守るためなら一歩も引かない。何人相手だろうと相手が負けを認めるまで拳を奮い続けると聞いている。彼はどんなケンカも負けたことはないと聞いている。
中学時代、同じ卒業アルバムの製作委員会だった彼の友人の田中君から聞いたことがある。彼と田中君と木元君は学年主任の先生からの依頼でいじめを見つけたら通報する役割を与えられていた。彼は空手、田中君は柔道の経験があった。木元君は陸上部で足が速かった。彼と田中君がいじめやケンカを止めてその間に木元君が伝令で走る役目だったそうだ。一度複数人で一人の生徒に暴行を加えている現場に遭遇した時彼は逸早く間に入り主犯格の生徒を殴った。そこからケンカになったが彼は肘の少し上の腱や肩の腱の部分を正確に拳で殴り相手の腕が下がったところで腹部の急所を正確に打ち抜いて3発で一人目を黙らせた。彼は決して顔を殴ることなく。首と肩の付け根の筋や腕周りの腱を打ち抜いてからとどめを刺した。加勢に入ろうと田中君が駆け寄ってたどり着いた時にはすでに3人が動けなくなっていて相手側のグループは戦意を喪失していたそうだ。その時の彼の表情は冷静さを保ちながらも鬼のような形相をしていたらしい。田中君自身もその顔と周りの惨状をみて正直彼に恐怖を覚えたらしい。「あいつを本気にさせたら冷静に正確に人を殺せるだけの力があるから敵にしない方がいい。」と田中君がアルバム制作委員会の集まりの時に話してくれたのを思い出した。
今彼がこの赤ジャンパーの男性とケンカをして相手に怪我をさせたら彼の学生生活が危ない。危ない人に関わったというだけじゃない。暴力事件を起こせば停学・・・いや、退学もあり得る。しかし、なによりも彼が傷付くところを見なくなかった。私は「やめて!」と叫びたかったが体中が恐怖に震えて「あ・・・う・・・」と声がまともに出せない。
弱々しい動作で妹さんの方をみると気丈な顔つきで彼の方を見守っている。彼が勝つのを信じているかのようだった。
再び彼の方を怖いもの見たさと心配から見ると彼は戦う素振りを見せず眼鏡を胸ポケットに納めると再び両手を広げて赤ジャンパーの男性を睨みつけた。赤ジャンパーの男性より彼の方が拳1個分くらい背は高いけど気圧されされそうな彼の威圧感は男性の伸長を30㎝以上超えているのではないか言わんばかり彼が大きく見えた。
「ほぉ、覚悟はできてるって訳か・・・。」
と男性は右足を少し後ろに引いて右手を振りかぶった。明らかに彼の顔を狙っている。
「キャッーーー!!!」
ついに思わず叫んでしまった。思わず眼を瞑る。しかし、私の叫び声に被るように男性の声が響き渡る。
「こらっ!そこのお前何をしようとしている!!!」
拳を振りかぶった男性がその声に腕を下ろし後ろを向く。そこには回転灯を点けた覆面パトカーから警察官が顔を出して赤ジャンパーの男性の暴行行為を制止したのだった。助手席の警察官と二人が飛び出してくると赤ジャンパーの男性に詰め寄る。
「今、何をしようとしていた!!!」
大きな声ではないが高圧的な口調で警察官の二人が男性を取り囲む。
「いやだなぁ、おまわりさん。あっちに倒れてる男の子がいたから心配で声をかけてたんですよ。」
さっきまでとは別人の顔つきで警察官のご機嫌をとるように語る口調が逆にわざとらしかった。きっと殴りかかる前の声まで聞こえていたのだろう、
「ううん?」
と警察官は「そうじゃないだろう」と言いたげな唸り声と高圧的な態度をとる。
誤魔化し続ける男性と追及を止めない警察官とのやり取りを見ながら彼は広げた手を下ろした。そうこうしているうちにもう一台の普通のパトカーか到着する。一旦はこちらの警察官と揉めている男性との方に近づいてきて事情を伺うが直ぐに倒れている先輩に気付いて一人がその方向に近寄り一人がパトカーに戻り何かを無線で伝える。
赤ジャンパーの男が警察官に連れられるようにして先輩のもとへと向かう。自然と彼もそれについて行った。私たちも門の外まで出て遠巻きにその様子を伺った。
先輩に最初に駆け寄った警察官が先輩を取り囲んでいた数人の人の輪を掻きのけて先輩の意識を確認する。だけど返事はなくぐったりしている。私は死んではいないかと心配になって再び動けなくなった。
「私看護師です。私が診ます。」
先輩を囲む人影の中から女性と思わしき影と声が手を挙げて意識確認を名乗り出た。しばらくその女性が脈や呼吸を確認すると、
「脈も呼吸も正常です。気を失ってるだけです。」
と私たちにも聞こえるようにしてくれたのか大きな声で伝えてくれた。
「口の中を切ってみるみたい。誰か清潔な布か何か持ってませんか?」
看護師と名乗った女性がそう叫ぶ。口の中の出血がひどくて窒息につながりそうになっているようだった。周りの全員がポケットを確認するなか妹さんが自分のハンカチをもって走って駆け寄っていった。長くサラサラな美しい髪が街灯の僅かな光を反射して左右にゆらゆらと美しい光の軌跡を描く。
無言で差し出されたハンカチを看護師と名乗る女性は受け取ると、
「ありがとう。」
と言ってそれを受け取ると先輩の口の中にそれを入れる。優しく押し当てて口の中をふき取りながら出血を抑える。出血が止まったことを確認するとその女性は再び大き目な声で言う。
「もう大丈夫です。」
その言葉に周りにいた全員が胸をなで下ろしたところでちょうど救急車が辿り着いた。
「もう大丈夫ですね。じゃあ、自分たちは関係ないんで帰ります。」
と赤ジャンパーの男が調子よく言うと先輩の周りを囲んでいた人たちは蜘蛛の子を散らすかのようにいなくなった。
その後私たちは警察署に事情聴取のために2台のパトカーに乗せられて連れてこられた。人生初のパトカーの乗車だった。まあ、悪いことをしたわけではなく事件に巻き込まれて保護と事情聴取のためだからなんの後ろめたさもないのだけれども何にせよ気分の良いものではなかった。
あの後2台目のパトカーから出てきた警察官が無線で伝えたのは救急車の要請だけではなかったようで合計で5台ものパトカーが来て現場見分やさっきの赤ジャンパーの男性や看護師と名乗った女性たちを容疑者の関係者とにらんで後を追うような感じだった。
私たちはそれぞれ別々の部屋で事情聴取を受けた。それぞれに2名の警察官がついて事情聴取を受けた。緊張感を与えないようにするための配慮かよくテレビで見るような狭い部屋ではなくて会議室のような広めの部屋に案内されて会議用の長テーブル越しに聴取を受けた。
途中、それぞれの話の整合性を確かめるために何度も一人の警察官が入れ替わり他の二人の話に間違いがないか聞きに来られた。
そこで驚いたのは彼はなぜが暴行事件の容疑者のズボンの色を知っていたことだった。私と妹さんは遠巻きに先輩が殴られているのを一度見ただけなので車内にいたときの上着の色しか正確には憶えていない。私と彼は一番近くで車内から怒鳴り散らしてきたあの男の顔をしっかりみているからモンタージュ作成にも協力できたが彼が一瞬でそこまで冷静に見ていたのかと驚かされた。
あとから彼から聞いた話だけど彼はその日鼻炎アレルギーの薬をもらうため病院によってから登校したので昼前に登校してきていた。その時駅であの先輩を殴った男と看護師と名乗った女性を見たというのだ。ベンチに座る暴走男を看護師と名乗った女性は両肩を支えるような形で、
「あんたこのままだったらこの町にすら居られなくなるよ?」
という会話が聞こえてきたらしい。無関係を装うと遠くのベンチに座って列車を待ったが女性の声は元来大きめのようで彼は聞きたくなくてもその会話が聞こえてきたらしい。その話によると暴走男はやくざの構成員のようだったがやんちゃが過ぎたようで組にも煙たがられて追い出さられそうになっていたようだった。その女性は自粛して組に残るように諭していたようだった。あまりにも物騒な話に遠く視界に入るその二人を昼間に見ていたので二人の服装をしっかりと憶えていたというのだ。
ズボンの色以外は大体の整合性が取れたところで彼のところも私のところも親に連絡が取れて迎えが来た。警察には明日は学校を休んで事情聴取の続きをお願いされた。学校を休むのには抵抗があったが精神的にも落ち着くためにも休んだ方がいいと警察にも親にも言われて翌日は学校を休むことにして事情聴取に協力することにした。そうして事情聴取の初日から解放されて廊下に出た。
すぐに廊下で待つ彼の姿と妹さんの姿が確認できた。私たちの親はまだここまで案内されてきていない様だった。
「ごめんね。怖い思いをさせて・・・。」
場違いにも彼が謝ってきた。
「ううん、君のせいじゃないじゃない。」
そう言いながらも私の表情は恐怖と緊張からまだ解放させていないのが現れていたようで彼は心配そうな表情をして私に近づいてくる。
「ごめん。僕は君の王子様にはならなかったけど君を守り続ける騎士ではあり続けるつもりだったのに怖い思いをさせてごめん。いつも厄介ごとに巻き込んでごめん。」
そう言って彼は私を包み込むように肩を抱いた。
私はそれに安心感を覚えて彼の胸の中で延々と泣き続けた。そして彼の言葉の中に『騎士』という言葉があったことが心に残っていた。彼は保育園の時の彼を思う気持ちを知っていたのだろうか?守ってくれる騎士のような彼に惹かれたことを知っていたのだろうか?小学5年生の時再会したときに話しかけたときは私のことは憶えていないといった方がウソだったのだろうか?でも、そんなことは一瞬の悩みで私は彼の胸の中の安心感と彼の言葉の安心感と彼のいつもの笑顔が与えてくれる安心感を求めて気の晴れるまで泣いた。きっと泣き止んだら彼はいつもの笑顔で私に最高の安心感を与えてくれる。そう保育園から変わらぬナイトの笑顔で・・・。
私が泣き止んで彼と笑顔を交わし合っているとお互いの両親がちょうど案内されたところだった。私の母親はにやにやと何やら嬉しそうな顔をしている。きっとこの後私をからかうネタができて喜んでいるのだろう。彼の母親は私たちを見て訝しげな顔をしている。きっと息子のいけないところをみて複雑な気分になったのだろう。しかも昔からよく知る顔なのだからなおさらだ。その顔を見て彼も私もとっさに距離をとる。しかし、後の祭りで彼の母親は不機嫌そうな表情を崩さなかった。
警察署をでる途中私と正反対に妹さんが予想外に気丈な態度だったので大丈夫だったのか聞いてみてた。そうしたら、
「お兄ちゃん、空手も強かったし負けないと思っていたから何とかなるかなと思っていた。」
と飄々と答えた。その飄々とした態度を見て「流石、兄妹だ」と感じさせられた。そして普段会話は少ないのだろうけどもお互いに信頼し合っている兄妹関係だと思わされた。
翌日の事情聴取の時には先輩が意識を取り戻したことを聞いた。頬骨にヒビが入っているとのことで1週間の入院と全治2ヶ月との知らせを受けた。正直ホッとしたような全治2ヶ月という言葉に寒気を覚えたような複雑な心境だった。
そして聴取の内容はほとんど前日と同じ内容になった。聴取後作成した報告書を読み直されて内容の確認をするとその日は解放された。その次の日は学校でスクールカウンセリングを受けて一日を終えて3日後から本格的に登校したがあっという間に週末になって2度目の聴取をその週の土曜日に行われた。その時にあの時先輩を囲っていた数人の男女の中の一人に接触することができてその人が車のナンバーを見たといってそこから犯人の特定ができたことを知らさせた。
それを聞いてほんの少し不安だった報復行為もなくなったことを悟った。それを心配してあれ以来、毎朝彼と妹さんが私の家まで登校と防衛のため迎えに来ていたが来週からはそれもなくなることを悟った。
週が明けると事が公になっていて、実は私たちが休んでいた2日間の間に臨時の全校集会が行われて、そこで暴行事件にわが校の生徒が巻き込まれて犯人が捕まっていないから一人では帰らないように注意が促されたようだった。その時休んでいたのが私たちだったことからあっという間に当事者が特定されてしまっていた。先週にその話題をされなかったのはカウンセリングの先生から精神的なショックが大きい可能性があるからその話題に触れないように注意喚起がされていたからだったらしい。先生は2週間はそっとしておくように・・・できるならずっと話題にしないようにいっていたようだったが好奇心旺盛な高校生には無理な要求だった。何より誰よりも先にその話題に触れてきたのはあの彼の大嫌いな英語教諭だった。今年も私も彼もアイツの受け持ちだったので週が明けると授業中にもかかわらず事件のあらましを聞いてきた。一応、無難なところで答えた。私たちがいちゃいちゃしているように思われたことや彼の胸の中で泣いたことなどアイツに聞かれたら大変なことになりそうなことは当然全て伏せた。
ただ、英語教諭がいつもと違ったことはいつものように茶化す様子も馬鹿にする様子もなく一人の大人として心配をして、
「怖い思いをしたな。大丈夫か?」
と声を掛けてくれたことだった。呆気に取られて返事が遅れてしまったが「もう大丈夫です」と答えた。わりと手短に話して授業を再開してほしかったのに結局まるまる1時間質問攻めだった。
そしてその日の昼休みになると戸摩君が彼と肩を組んで上機嫌な様子でニコニコとして私たちの教室にやってきた。
「我らが英雄に祝福を!」
と戸摩君が言うと彼らが来た時に普段からよく話をしている仲のいいメンバーたちと英雄を担ぎ上げて胴上げを始めた。
後から追ってくるようにやってきた莉乃さんにどうしてこんなにも戸摩君のテンションが高いのか聞いてみたら意外な答えが返ってきた。
あの英語教諭は彼のクラスでも彼に事のあらましを聞いていたようだった。だた彼は手短に「帰り道で因縁を付けられて無視してたら後から追いかけてきて、後ろにいた先輩が襲われたから妹たちを近所の家に避難させて警察を呼んでもらっただけです。」と答えてそれ以上はどれだけ先生が質問しても「個人のプライバシーに関わりますし、巻き込まれたのは自分だけではないので話せません」と答えなかったらしい。彼は事のあらましを言うことでまた英語教諭と口論になることを避けて事実からそれないよう言葉を選びながら二人組になって歩いていたことやケンカになりそうになったことは伏せたようだった。それに引き換え私の方は叫びそうになった私に冷静に「次に狙われる」と制止されたことや両手を広げて赤ジャンパーの男性から守ってくれたことは英語教諭にからかわれる要素を省きながらも伝えてしまっていた。結果、その彼の行動が一部の女子生徒の中で「カッコイイ」と思われてあっという間に校内にその話が広がったようだった。戸摩君も直接彼から聞いたのではなく彼の武勇伝は私がクラスで先生に話したことやそのあと仲のいい女子生徒に質問されて答えた内容を他人伝えで聞いたようだった。
彼は前の年の校内の奉仕活動の終わり際に体操部復活のためのデモンストレーションで披露したグランドの端から端までバック転したことでHERO』というニックネームを付けられたがそれは『英雄』の意味ではなく『戦隊ヒーロー』のようだというところだったのだけれども今回の一件で本当の『英雄』に祭り上げられてしまった。
ひと仕切り胴上げが終わると彼は仲の良い男子生徒や興味津々の数名の女子に囲まれていた。そんななか戸摩君は私を見つけると肩を掴み背中を押して彼の前に連れて行こうとする。
そして私に語り掛ける。
「あいつの性格だったら先輩が殴られるのを見た瞬間に犯人を殴りに行っていたと思う。」
確かに彼の中学生時代までの武勇伝(いじめられっ子を救った件など)や英語教諭との口論を考えるとその通りかもしれなかった。
「でもそうはしなくてお前や妹さんを守ることを優先してくれたんだ。冷静で勇敢で誰にでも出来ることじゃない!あいつは本当の英雄だよ!!!」
と戸摩君は上機嫌で話す。確かにそう言われれば彼が叫びそうになった私をとっさに制止したことや赤ジャンパーの男性から守ってくれたことはとっさに出来るようなことではないように思えてきた。保育園のころ「たすけて」と叫べばすぐに飛んできたことや妹さんの鳴き声を聞き分けてあやしに行ったりしたこともそう簡単なことではなかったはずなのにいとも簡単に、いつも当たり前のようにやってのけていたからそれがすごいことだということに気付けなかった。戸摩君に言われて改めて彼の凄さに気付かされた。
「お礼は言った?」
と戸摩君は聞いてきた。
「そう言えばちゃんとは言ってはなかったかも・・・。」
そう答えると戸摩君は、
「じゃあ、俺からもお礼を言いたいから一緒にお礼を言おう!」
と言って私の背中を押す力がさらに増す。
彼の方を改めてみると人垣の中で質問攻めになり、あまり答えたくないのが曖昧に返事などをして困ったような顔をしていた。
私たちが近づくと自然と人垣が割れて私たちは彼の前に立つと自然と静まり返った。
「彼女を守ってくれてありがとう!自分が同じ立場だったら同じ事が出来るか自信はないよ。お前は本当の『HERO』だよ!!!」
と戸摩君は言って深々と頭を下げる。私も、
「危ないところを守ってくれてありがとう。」
と言って戸摩君を真似て深々と頭を下げる。
「そんな大袈裟にお礼を言われても恥ずかしいから二人とも頭を上げて。」
と彼は言った。普段だったらきっと「当たり前のこと」とか「当然のこと」とか「体が勝手に動いた」とか言ってあの駅のロータリーで足を滑らせたおばあさんを助けた時や関谷さんと転んで怪我をした小学生を助けた時のように何でもないことのように曖昧に事を片付けようとしようとするのだろうけども今日の彼は違った。戸摩君の誠意を正面から受け止めた。戸摩君も正義感が強いし律儀だからこれを曖昧にしたら食い下がるのを察して素直に受け止めたのかもしれない。
私たちは頭を上げると彼を見る。私たちに向かっていつものあの笑顔を見せる。あの「もう大丈夫だよ」「もう安心だよ」「気にすることはないよ」と色々な感情を乗せた優しい笑顔、保育園の時「たすけて」と私が叫んだ後に何事もなくなると見せるあの頃から変わらない安心感を与えてくれる笑顔。それを私たちに贈ってくれた。
それを見て戸摩君は彼に抱き着いて何故だか泣き始めた。何に感極まったのか少し理解しきれないが男泣きという奴だろう。中学3年生の体育祭で志田君と抱き合って泣いた時のような男同士にしか分からない感情なんだろうと思う。
「あ~あ、またライバルが増えちゃったかなぁ?」
なんて言ってくるのは関谷さんだった。男抱き合っているのを見て呆けている私の横にいつの間にか立っていた。その言葉に不意を突かれて驚いて関谷さんの方を見るとニコニコと笑っている。そして、
「ねっ?」
と同意を求めてきた。
「えっ?」
とその真意を測りかねていると、
「ふふふふふ・・・。」
と意味深な笑いを浮かべて私の横から離れて彼の元へ向かう。『ライバル』の意味が関谷さんに対しての言葉ではなく私に対しての言葉ではないかと思わせるような口ぶりだった。
彼はきっと私が一瞬でも戸摩君のことを忘れて彼の胸の中で安心しきって泣いてしまったことなど話さないはずだ。心のどこかで今も彼のことを特別に思っていたことなど知らないはずだし、これは単純に関谷さんの女の勘というヤツなのだろうか?
彼女も彼に似てきた分変なところで勘も良くなったのだろうか?普段ニコニコしていて争いごとにならないように言葉を選んでいるようでいてしっかりと敵対心を心の奥に潜めていると思うと関谷さんのことを少し怖くも感じた。しかし、いつもの彼女は彼が他の人といれば一歩身を引く素振りばかり見せる。1年前の「いいの?」と私に聞いてきたことも考えるともし私が自分に正直になって彼に告白をしていればあっさりと身を引きそうな様子だ。それでも彼が好きで僅かな時間を大切にしているのかもしれない。付き合っているはずなのに片思いのような恋を彼女はしているかのように見えてくる。
訳が分からなくなって一遍に色々な事が起きすぎて考える事が多すぎて呆けている間に予鈴が鳴った。そこを偶々通った彼も私も大嫌いな英語教諭が彼の周りに人垣ができているのをみると明らかに不機嫌な顔になって怒鳴りつけてくる。
「お前はこんなところで英雄気取りか?大そうなご身分だなぁ!予鈴はなってる。さっさと次の準備をしろ!!!」
と当てつけとしか言いようがない難癖をつけてみんな分かっているようなことを言う。実際に彼らも予鈴を聞いて話を打ち上げたばかりのところだったにも関わらずだ。相変わらず彼に対しての風当たりが強い。
彼はそれを凪のように軽やかに流すと戸摩君と私たちの教室から出て行った。
そしてこれは後日談。
夏休みに入って2週間の課外授業に入った。いつもの授業より早く帰れる。私は午後の空いた時間を夏休みの宿題を片付けるために一旦帰宅後自転車にまたがって図書館に向かうことにした。
大通りの国道に出たところで、
「おーーーい!」
と私を呼ぶ声がした。その声のした方向を見るとスポーツタイプのバイクに二人乗りをしている後ろ側に乗っている人物が手を振ってきている。
その二人が私の横を通り過ぎる瞬間に前に乗り運転をする人物も私の顔を確認するように横を見た。その時に二人の顔を確認できたのだけどその後部座席に乗って私に手を振ってきたのは彼だった。それは対して驚かなかったが前に乗り運転していたのはあの日彼を殴ろうとした赤ジャンパーの男性だった。あの日と同じ赤ジャンパーだった。
「どうして?!」
と思わず叫んでしまった。
二人の乗ったバイクは50mほど先で止まるとバイクから降りて私の方を見ている。きっと私が追い付いてくるのを待っているのだろうと思い少し怖いのもあったけど彼もいる事もあって止めた自転車をこいで駆け寄った。
「どういうことなの?どうしてその人といるの?!」
彼はポリポリと頭をかいて説明を始める。
「学校の近くのコンビニにこのバイクが止まっていたから『カッコいいなぁ』と思ってみていたらコンビニから出てきたこのバイクの持ち主がこの人で『乗るか?』って誘われたから乗せてもらった・・・。」
と言って苦笑いしている。私に怒られるのを覚悟している様子だ。
「もう!いちいち心配させないでよ!!!」
と言ってその後も「どうしたら殴ろうとした人と仲良くなるの?!」とか「学校にばれたらどうするんだ!」とか散々突き詰めた。
一区切りしたところで赤ジャンパーの男性が問いかけてくる。
「お前の彼女か?」
その問いに二人で必死に否定する。お互いに彼氏彼女がいて保育園からの幼馴染であることを伝えると男性は少し意外そうな顔をしてからニヤニヤしている。
「じゃあ、あの時もう一人いたのが彼女か?」
と男性は聞いてきたがこれにも彼は、
「あっちは妹ですよ。親にも一緒に帰ってくるように言われているだけですよ。」
と答える。それを聞くと男性は再び少し驚いた表情をしてしばらく考え込むように黙る。そして再び彼に声をかける。
「よお、色男!あの時のお前カッコよかったぜ。」
と言って彼の腹部に拳を打ち込む。『ドッ』と鈍い音がするが彼は平気そうにニコニコしている。
「・・・。」
男性は目を見開いて彼を見つめる。
「お前、何か格闘技やってるのか?」
「何のことですか?何もしてないですよ。」
と彼は表情を変えずに答えるが男性の表情は曇る。
「あの時もお前一瞬右足を引いただろ?殴られるふりして本気で喰らうつもりはなかったんだろ?今だって一瞬体を浮かしてダメージを減らしたんだろ?」
「あはは、バレてました?」
とぼけていたのがバレて彼はバツが悪そうだ。
「オレもボクシングをやってるんだ。それくらい分かる。手ごたえが違うんだよ。」
「実は小さい時から中学まで空手やってました。ははっ・・・。」
と彼は誤魔化し笑いをする。
「へぇ・・・。」
と言って男性は彼の肩や腕、腹筋や肩甲骨のあたりを触る。
「お前ウチのジムに来ないか?お前ならいいとこ行くと思うぜ?」
と男性は彼を自分の所属するボクシングジムに誘う。
「いや、今の僕は両手の届く範囲の人を守れれば充分なんでそれ以上の力は要りませんよ。」
と言って手を広げて私の肩をつかむと抱き寄せる。私は自転車を支えていたので上半身だけが彼の体に寄り掛かる。顔が火照るのを実感する。
「もう!調子いいんだから!!!」
と言って彼を突き放して距離をとる。赤ジャンパーの男性はしばらくはキョトンとしていたけどニヤッと笑うと彼の腹部に再び拳を打ち込む。
「あはははっ!その子も大切にしろよ!!!」
と言うと男性はバイクに跨り去っていく。彼は打たれた腹部を抑えながら、
「あいたたたっ。あの人最後のは本気だったし・・・。とっさに肘でガードしてなかったらレバーブローまともに喰らって気を失ってたかも・・・。」
と言って苦笑いしている。そうして痛そうにわき腹の辺りをさすっている。
「誰にでも調子のいい顔見せるからだよ。」
そういいながらも私は彼が心配になって背中をさする。しばらくして「もう大丈夫」と言うと歩き始める。
そして私にどうしてこの道を通っているのか聞いてきたので図書館に行って宿題を片付けるつもりだったことを伝えると彼も同じく「図書館に行って宿題を片付けるから一緒に行こう」と誘ってきたのでOKを出して彼の家によって彼の着替えと準備を待って、その後一緒に図書館で宿題を片付けた。
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