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私のHERO  作者: 筆上一啓(フデガミカツヒロ)
16/19

告白

 たくさんの作品の中からご興味を頂きありがとうございます。この作品は1990年代を舞台にしています。作品内のリアリティのため実在する地名、人名、商品名、企業名を利用している場合はございますがストーリー自体はフィクションとなります。実在する人物、及び、商品、企業とは関係ありませんのでご注意をお願い致します。

 今回は関谷せきや 奇跡きせの視点で書かれたスピンオフのような回になっていますのでご注意ください。

 考えなしに問いかけた自分を後悔した。いつもは周りのことも気にしているはずなのになんであんなことを言ってしまったのだろう。

 彼が莉乃ちゃんに優しくしてくれるのは嬉しい。茉耶ちゃんとはもう少し仲良くなってくれたら嬉しいと思っている。

 幼馴染のあの子とは運命の糸のようなものが見える。二人はお似合いで邪魔しちゃいけないような気がする。

 私に優しくしてくれるのは・・・、他の子には申し訳ないけどうれしい。

 だから、私を含めた4人の女の子に彼が親しくするのも優しくしてくれるのもとても嬉しい。

 彼が出来れば莉乃ちゃんかあの子と幸せになってくれたら私はそれを自分のことのように喜ぶことができる自信があった。私のことはどうでもいいはずだった。

 だけど、それ以外の人に優しくするのをみるとなんでこんな気持ちになるんだろう。ハッキリしない靄のかかった気持ちで胸がいっぱいになる。靄で周りが見えなくなるように周囲への気遣いや自分の気持ちさえ見えなくなる。

 そして溢れ出てしまった言葉があれなんて・・・。


「君は誰にでも優しいから誰が好きか分からないよ。」


 私はそれを聞いてどうしたかったのだろう。どう答えて欲しかったのだろう。何を期待していたのだろう・・・。こんなあからさまに焼きもちを焼いていると分かることを口にしてしまってどうしてしまったのだろう。

 そして、どうして彼は私を選んだのだろう。彼に思いを寄せる女の子は揃いも揃ってかわいい子ばかりなのに、どうして私なんかを選んだんだろう。私みたいな変わり者のどこがよかったのだろう。


「えっ、君が好きだよ。」


 耳を疑いながらも嬉しさのあまり笑みがこぼれた。崩れた表情を引き締め戻したいけどどう顔に力を入れたら表情を元に戻せるのかが分からない。莉乃ちゃんが偶々私の後ろでよかった。こんなだらしない顔を見せたら傷つけたかもしれない。

 これも彼の優しさなのかもしれないと思って一瞬彼の方を見ると彼はハッとした表情で莉乃ちゃんの方を見遣ったのが見えた。その一瞬の行動で全てを理解した。莉乃ちゃんの方を確認した行動の方が彼の優しさで、不意の告白の方が本人でも想定外の出来事だということに。

 加えて、これまであえて莉乃ちゃんが彼に好意を抱いていることは伏せていたのに私がその仲を取り持とうとしていることも彼には気付かれていたことを理解した。いつからかは分からないけど少なからず彼は想う人と想ってくれている人との三角関係の中で心を痛めながらも今までの関係を維持しようとしてくれていたことになる。


「えへへへへへぇ。」


 照れ隠しと誤魔化しの笑みをこぼしながら私はどうして良いのか分からず、教室を笑いながら抜け出る。私自身にどうしたいのか問いかけたけど返事がないので困って考え込んでいたから走って逃げだすことを忘れて歩いて教室を出てしまった。

 偶然が幸いして彼は私を追ってはこなかった。動物的本能かもしれないけど条件反射的に走るものは追いかけてしまうだろうから歩いて逃げ出した私をどうすればいいのか彼も分からなかったのだと思う。

 しかし、教室を抜け出したのはいいけどどこに行ったものか悩んでしまう。少し歩くと茉耶ちゃんとあの子がいる5組が見えてきた。ここは私もいつも来る場所だから彼が探しに来たら簡単に見つかってしまうだろうな。どこかいつもと違う場所を・・・と思っていると階段が目に入った。いつもは行くことのない屋上に行けば彼も探すのに少しは時間が稼げるかもしれないと思い、文化祭や体育祭の準備で垂れ幕を設置した時以来に屋上に上ることにした。

 重い鉄の扉を開けると5人くらいの生徒が男女でバレーボールで遊んでいた。それ以外に生徒は見当たらない。幸いなことにその5人の中に私をよく知る人はいなかった。5人とも同じ中学出身なのは知っているけど大きな学校だったから話したこともなく、学校行事や校内ですれ違う時などで顔を合わす程度で名前も憶えているか怪しいくらいの関係の人たちばかりだった。

 彼らからちょっと離れたところにあるベンチに腰を掛けると自分の顔に手を遣る。顔が緩んだままなのを確認する。空を見上げると珍しく雲一つない秋の空に間抜けなくらいお日様だけが白く大きな光の外套を翻し続けている。



 「戀」という字が「恋」という字のもとの字、「戀」という字は取っ手のついた刃物を糸が引き合う形で「誓いの糸を引きあう」意味になりそれに心がついて「惹かれあう」という意味になるのは国語の授業で習ったけど、小さい頃に「恋」という字は「火のついた心に蓋をしようとしている」と聞いたことがある。だから、気持ちを抑えようとしたり抑えきれなかったりすると聞いたような気がする。

 たまたま最初の席が隣だった彼、幼馴染のユヅ(木津悠槻)くんがクラスで最初の友達の彼、たまたま話す機会が多かっただけ。あっという間に校内の有名人になって人気者の彼の近くにいただけで彼のことをいろいろ聞かれることになった。その時はまだ彼のことは何とも思ってなんかいなかったのに・・・。

 莉乃ちゃんに彼のことを知りたいと言われて仲を取り持とうと思って今までより彼に近づいて彼のことを知ろうとしているうちにいつの間にか彼の人の好さに惹かれ始めていた。

 いつからが恋なのかは分からない。元々、彼には愉快なところがあってそれが私のツボだったのもあるけど、一緒にいて話をしているうちに彼といることがだんだん楽しくなってきた。いつの間にか莉乃ちゃんとの仲を取り持つ必要性以上に彼のもとにいた。

 気持ちが変われば行動も変わってきた。

 彼が有名人なってすぐの頃、一学年上の女性の先輩がクラスにやってきて彼の一つ前の私の席に椅子にまたがるように座って彼と向き合った。先輩は、

「ふ~ん、うわさ通りね。」

 と言って彼を舐めまわすよう見つめる。

「先輩、誰ですか?何の用ですか?」

 彼の問いかけによほど面白い冗談を聞いたかのようにケタケタと笑って、

「いいの、私のことは気にしなくて。今日から君は私の観賞用ね。時々は遊びにてあげるからヨロシクね。」

 と言うと彼にベタベタと触れてから帰っていった。彼のことを何とも思っていないうちはその先輩が苦手で簡単にその先輩に席を譲ってしまっていた。だけど、彼のことが気になり始めてからは先輩が来ても気付かないふりして彼の前をどかなかった。彼との会話を続けさせてもらった。

 そして、あの小学生の男の子の頭を撫でながら男の子に向けた笑顔を見て「ドキッ」とした。私に向けられた笑顔ではないのにその笑顔に惹かれた。彼の本物の優しさが私を変えた。私は自分の気持ちを確信してこの気持ちを正直に莉乃ちゃんに伝えなければならないと思った。

 彼の横に並ぶには彼と同じように真っ直ぐな生き方ができないといけないような気がした。だから莉乃ちゃんに私の気持ちを伝えることにした。

 勇気をもって莉乃ちゃんに気持ちを伝えたのに莉乃ちゃんは、

「何となく気付いていたよ。最近は一緒にいて楽しそうっていうよりは嬉しそうって感じだったし。」

 私の勇気も虚しく莉乃ちゃんはあっさりと私を受け入れてくれた。そして同時にライバルとしても受け入れてくれた。互いに応援しながらもお互いに頑張って、お互いにどんな結果になっても恨みっこなしの約束をした。

 多分、普通の人には理解できない関係かもしれない。私たちの関係が終わってもおかしくない出来事なのにお互いを受け入れられたのは彼の影響があるかもしれない。彼の真っ直ぐな性格が私たちの心を成長させてくれたんだと思う。上手く説明出来ないけどいろんな考え方、感じ方、付き合い方とか受容性が広がって、なんというかどんなことでも幸せと思えるような考え方、過ごし方が身に付いてきた感じがする。



 もう一度、自分の顔に手を遣る。幸せそうに表情を崩している私の顔がそこにある。自然と一つのメロディーが脳裏をよぎる。誰でも英語の授業や何かで聞いたことがあるあの曲。彼も好きでお昼休みに機嫌がいいときなどに口ずさんでいるあの曲。気が付けば私は立ち上がって少し歩みを進めて落下防止のフェンスの網をすがるように掴んお日様に少しでも近づこうとしていた。あの5人のことなど忘れて誰かに気持ちを伝えるかのように精一杯の声と気持ちを込めてその歌を歌った。

「♪

   Such a feeln’s comin’ over me

   (こんな気持ちにさせてもらえるなんて)

   There is wonder in most everything I see

   (驚くばかりだわ 私が知り得たほとんどのものに)

   Not a cloud in the sky,got the sun in my eyes

   (空には雲一つない 私の瞳にはお日様がいる)

   And I won’t be surprised if it’s a dream

   (それに驚きはしないわ もしこれが夢だったとしても)


   Everything I want the world to be

   (世の中のすべてがこうだったらと思っていること)

   Is now comin’ true especially for me

   (それが今、叶おうとしている 特別に私には)

   And the reason is clear,it’s because you are here

   (どうしてかははっきりしているわ あなたがここにいるからよ)

   You’re the nearest thing to heaven that I’ve seen

   (私が知っている中であなたが一番よ 

   世の中のすべてがこうだったらと思っていることに近いの)


   I’m on the top of the world lookin’ down on creation

   (私はお日様より高い場所よ 創世の世界を見下ろしているわ)

   And the only explanation I can find

   (そして私が見つけたたった一つの理由は)

   Is the love that I’ve found ever since you’ve been around

   (恋をしたからよ あなたがそばにいてくれたから見つけられたの)

   Your love’s put me at the top of the world

   (あなたの愛が私をお日様の上へ押し上げたのよ)


   Somethin’ in the wind has learned my name

   (風の中のなにかが私の名前を憶えていたの)

   And it’s tellin’ me that things are not the same

   (そしてそれが私に教えてくれたわ 全ての物事が同じじゃないんだって!)

   In the leaves on the trees and the touch of the breeze

   (木々の葉っぱさんたちのなか 風がそよぐなか)

   There’s a pleasin’ sense of happiness for me

   (私の恋は桜の花びらがそよぐ様のように

   紅葉に染まる様のように穏やかに華やかだわ)


   There is only one wish on my mind

   (神様、たった一つのわがままを聞いて)

   When this day is through I hope that I will find

   (今日という日が過ぎ去って 私はこう望むの)

   That tomorrow will be just the same for you and me

   (明日も私たちだけはこのままでって)

   All I need will be mine if you are here

   (全て私のものなのね あなたがそばにいるのなら)


   I’m on the top of the world lookin’ down on creation

   (私は浮かれて天にも昇る気持ちよ 二人の愛の神話を眺めているわ)

   And the only explanation I can find

   (そして唯一私が探し出せた理由は)

   Is the love that I’ve found ever since you’ve been around

   (愛を知ったからよ あなたを体中で感じられているからよ)

   Your love’s put me at the top of the world

   (あなたの愛が私をこの世界の一番高い場所に連れて行ってくれたのよ)


   I’m on the top of the world lookin’ down on creation

   (私は浮かれて天にも昇る気持ちよ 二人の愛の神話を眺めているわ)

   And the only explanation I can find

   (そして唯一私が探し出せた理由は)

   Is the love that I’ve found ever since you’ve been around

   (愛を知ったからよ あなたを体中で感じられているからよ)

   Your love’s put me at the top of the world

   (あなたの愛が私をこの世界の一番高い場所に連れて行ってくれたのよ)

                                   ・・・♪」

 今の私の心情も状況もすべてがこの歌にリンクしているように思えた。こんなに感情をのせて歌を歌えたのは初めてだと思う。

 気が付くと向こうにいた5人が私の歌を聞いて感動を得たように拍手を送ってくれている。あらためて自分の行動を考えるとかなり恥ずかしいことをしていたこと思い知る。私は、

「えへへへへへぇ。」

 と照れ笑いをしながら彼らに手を振って屋上を出る。

 行く先がなくなったから階段を下りてすぐの5組を覗いてみる。二人はまだここには来ていないようだ。自然と体が教室の中へ引き込まれていく。

「どうしたの?何かいいことでもあった?」

 教室に入るなり茉耶ちゃんに聞かれた。私の顔はまだ緩みっぱなしらしい。どこから湧いてきたのか分からない万能感にこれ以上私の幸せを隠すのを止めることにした。

「うん。嬉しすぎてお裾分けしたい気分だよ。」

「何があったの?」

 とあの子に問いかけられる。もう迷わない。彼女にも私の気持ちと決意を伝えなければならない。

「さっき、『好き』って言われたの。」

「えっ、誰に!!!」

 茉耶ちゃんと彼女は言葉が揃ってしまっている。思わず吹き出しそうだった。

 何から伝えるか悩んで、

「彼に。」

 と恥ずかしさのあまり歯切れの悪い答え方になってしまった。

「アイツ?!なんで!!!」

 茉耶ちゃんはやっぱり怒るよね。莉乃ちゃんのこともあるし・・・。でも、莉乃ちゃんとのことは大丈夫。自信がある。私とのことも彼とのことも。

「なんて言われたの?」

 さすがに彼女は驚きも焦りも隠せられない様子で私に聞いてくる。彼女が私や莉乃ちゃんのように彼によって広い受容性を持つことができてればこれから先の話もすんなり話せると思う。

 だけど、彼女は違う。何度も話してきて知っている。彼女は普通の感性の持ち主だ。そして私たちの何倍もの時間彼のことを思い続けてきた人だ。彼女とはこれから向き合わないといけない。まずは何があったかをちゃんと答えよう。

「彼が私や莉乃ちゃん以外のクラスメイトにも親切だから『君は誰にでも優しいから誰が好きか分からないよ』って言ったら『えっ、君が好きだよ』って言ってくれたの。」

「・・・。」

 驚いた様子で口をポカンと開けたまま黙っている。言われた私だって驚いたし、まさかそんなタイミングで告白されるとは誰も思わないはず。

「で、付き合うの?」

 茉耶ちゃんが冷ややかな表情で問いかけてくる。本当なら茉耶ちゃんからではなく彼女から来ると思っていた質問だった。ここからが彼女との戦いの最前線だろうと思う。

「いいの?」

 私は彼女に遠慮しているつもりはない。彼女とは対等に真正面から向き合って、その上で彼の横を歩きたいと思っている。だから、聞きたかった。

「えっ、なんで?」

 やっぱり遠慮していると思われているんだと思う。理解してもらえず質問を返されてしまった。

「私、彼は君のことが好きだと思っていたから・・・、両思いだし邪魔しちゃ悪いかなって思っていたから・・・。」

 しっかりと言葉を選んだつもり。「あなたは彼のことを好きだと思っていたから」と聞いていたら彼女はいつも彼を好きでない素振りをしているから自尊心を傷つけられて、それから身を守るようにして私との対話に正面から向き合ってはくれないだろうと思った。だけど、

「私のことは気にしなくていいよ。実は中学一年の時に告白したんだけどフラれてるから。まあ、揶揄うような感じで言った自分が悪いんだけど、彼の自尊心を傷つけたみたい。すごく怒らせちゃって、こっぴどくフラれてるんだよね。だから本当にただの『腐れ縁』だから自分の気持ちに素直になっていいんだよ。」

 この子はどうしてここまで素直になれないんだろう。彼女のそんな言葉を聞いたら、聞いたこっちの方が悲しくなる。その3年前の告白もそうだけど今もそう、好きなのにどうしてたった一言「好き」と言えないのだろう。今でもずっと思い続けているのに彼女の方こそなぜ私に遠慮しているのだろう。素直になれないなら「付き合わない方がいいよ」とでも邪魔しに来てほしい。それでもいいから気持ちをぶつけて欲しい。正面から私と彼に対する気持ちに向き合ってほしい。

 彼女は自嘲するようにヘラヘラと笑い照れ隠しで頬を掻く。「もっと私を見て!」「もっと自分の心と向き合って!」伝えたい言葉は山のようにあるのにどうしたら彼女と向き合えるのか分からないから「う~ん」と唸りながら彼女を見つめる。

「こんなところにいた。」

 声の主は彼だった。彼に揉めているように思われたくないしこれ以上彼女を困らせるのも不本意だし今日のところはここまでしか話せそうにないなと思った。

 ふと彼の手元を見ると私の鞄と荷物を教室から持ってきてくれている。莉乃ちゃんとも話したいこともあるしいつも通り3人で帰ろうと思った。

「一緒に帰ろうか?」

 そう言って二人に近づくと莉乃ちゃんは入れ違いになるように茉耶ちゃんたちの方に行く。振り向くとこっそり「やったね」と伝えるかのように親指を立てて体の陰からこっそりとその手をのぞかせている。

「わたしは今日は茉耶と帰るから先に二人で帰っていいよ。」

 莉乃ちゃんのその言葉に二人きりだと何も話せなくなりそうで不安になる。よほど顔に出ていたのか莉乃ちゃんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔を一瞬する。そして私の気持ちを察したかのように笑顔で手を振ってくる。その笑顔が「頑張っておいで」と言っているのが伝わってくる。

 私はそれに応えるように笑顔で手を振る。「頑張ってくるね」と言葉のない返事を返す。



 文房具店や書店に用事があるときなど二人きりで帰ったことも何度かあったのにこの日の彼は二人きりで帰ることにえらく緊張しているようで、私のと距離感をどう掴んでいいのか分からない様子で私に近づいたり離れたりしながら歩いている。私はそんな彼を見て面白くて嬉しくて体が揺れてしまう。周りから見たらどんなに滑稽な二人だろう。

 でも、そんなこと少しも気にならないくらいに心が満たされている。何を話そう。何から話そう。何を聞こう。何から聞こう。恥ずかしくて顔を見れない。ちょっとでも彼の方を見たらすぐに目が合いそうな気がする。そしたら私はどんなにだらしない顔になってしまうだろう。そう思ってしまうから前の方だけを見ている。

 彼の方が気を遣って話題を作ってくれる。普段と何も変わらない会話をしてくれる。靴箱で靴を履き替えて棚から出ると反対側の棚から出てくる彼と目があってしまう。

「えへへへへへぇ。」

 どうしていいか分からず笑ってごまかしてしまう。それを彼は笑顔で受け止めてくれる。

 校舎を出て横断歩道を渡って右に曲がると200mくらいで私の家についてしまう。せめて今日だけは家までの距離が倍になってくれないかなぁと思ってしまう。

 考えつくした挙句、聞きたいこと中でも一番彼が答えづらそうなことを聞いて時間を稼ごうと思った。私自身、自分にこんな悪戯な面があるんだと脅かされながら、

「なんで私なの?幼馴染のあの子が好きじゃないの?」

 私はやっと自分から彼の方を向いて質問した。なるべく明るくいつもの調子で。

「そうだね。ちょっと前まで好きだったよ。それも女の勘ってやつ?」

 彼は私が顔を覗き込むように振り向くと目を大きく見開いて驚いた表情をしながらも正直に答えてくれた。

「私がユヅくんと幼馴染って知った時に私たちに『そういう(恋愛)感情になったことある?』って聞くから気にしてるのかなってなっちゃうよ。」

「そうかぁ。」

 彼はそう言うと遠い空を見上げる。視線を私に戻すと、

「実はそれを聞いたのって自分と同じかなって思って聞いたんじゃなくて、女の子の方は幼馴染にそういう気持ちにならないのかなって思って聞いてみたんだ。」

 私の思っていたこととベクトルが逆方向だったみたいで私が驚いていると私の一つ目の質問に応えながら二つ目の答えの方向性の違いを説明をするかのように語る。

「実は中学一年の時にあの子にすごくひどい事言って泣かせたことがあって、でも本当はその後もずっと好きで・・・、その後、何度か気持ちを伝えたんだけど一年の時のことがあるから本気だと思ってくれなくて『私をからかうな』っていっつも怒らせちゃって・・・。」

 彼はところどころ深呼吸をするように息を整え、言葉を選んで私に伝えてくる。

「だから、高校生になったらあの子のことは諦めようと思って、新しい恋をしようと思って、そして君に出会ったんだ。」

 ああ、なんてことだろう。聞いたのが間違いだった。まるであの子への告白を目の前でされている気分だよ。胸が苦しくなる。胸がチクチクと痛む。胸の奥のおっきくてあったかくてフワフワしていた何かが『きゅ~う』っと圧力を受けたように縮こまっていくような気持ちなる。それが苦しいのに馬鹿みたいに客観的に「ああ。わたし今、恋をしてるんだ」と気付かせてくれて、それを嬉しく思っている私がいる。

 そしてそれとは別に、二人が可哀想とも思ってしまっている。彼が言う『ひどい事言って泣かせたこと』とはあの子が『こっぴどくフラれた』時の事なんだと思う。

 お互いがまだ自分の気持ちに素直になれない時の傷つけ合ってしまった記憶がトラウマになって、彼はトラウマと戦いながら必死に本当の気持ちを伝えようとしているのに、臆病なあの子はそれを受け入れられないまま過ごしてきた日々がそこにある。

 やっぱり二人は運命に導かれているような気がする。彼は私を選んでくれたけど、最後の最後で神様が彼に選ぶのはやっぱりあの子のような気がする。

 知ってるよ。聞いているんだよ。君があの子と小さい時にした約束。

 きっとそれは履行されるはずだよ。

 だから、私は君とはどこまで一緒にいられるか分からない。どこまで一緒になれるか分からない。

 だけど、お願い。神さま!贅沢かも知れないけど、せめて高校生の間だけでも彼の横を歩かせてください。

「ねぇ、なんで私なの?」

 なるべく普段の調子で明るく聞いてみる。

 私は、ちょっとだけでいいから私に自信を与えて欲しかった。普段ならこんな女の子みたいな面倒くさい事を聞くことなんて絶対にないんだけど、あの子ことがさっきから脳裏をちらついては私を不安にさせるもんだからよく効く薬が欲しくてしょうがなかった。

「うん、今度ちゃんと伝えるから、今日はここまでだね。」

 そう言って彼は私の後ろに視線を移す。そこには私の家の玄関口が構えていた。毎日学校が近くて得していると思っていたのに全然だ。好きな人と一緒にいられる時間がこんなに短いなんていじらしいにもほどがある。

 最期まで読んで頂きありがとうございます。

 中学生時代の主人公たちの恋のすれ違い、考え方で受け取り方が変わる言葉・・・。奇跡きせの視点からでの伏線回収話でした。奇跡がホントにいい子過ぎて、それでいてやっぱり人間臭いところを出してしまうところも天然で気をつかっているつもりがけしかけてると受け取られるセリフとか個人的に大好きな人物でスピンオフのように今回の話にしました。

「いいね」感想など頂けると今後の制作の励みになりますのでよろしければお願いいたします。

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