嫉妬
たくさんの作品の中からご興味を頂きありがとうございます。この作品は1990年代を舞台にしています。作品内のリアリティのため実在する地名、人名、商品名、企業名を利用している場合はございますがストーリー自体はフィクションとなります。実在する人物、及び、商品、企業とは関係ありませんのでご注意をお願い致します。
私にも高校に入って新しい友人が出来た。ほとんどが自分のクラスかそのクラスの友人の友人だ。彼のように全てのクラスに友人がいるなんてことはない。そんな友人の中でも私のあり方を変えるきっかけになった友人がいた。関谷 奇跡さんという女の子だ。彼女は彼と同じクラスで出席番号が彼と一緒なので最初の席で彼の隣だったこともあり彼とも高校生活当初より仲良くなっていた。
私と彼女と仲が良くなった最初のきっかけは彼ではなくクラス役員で同じ図書委員だったことがきっかけだった。彼女の親友でもある槻山さんは双子で妹の莉乃さんの方が関谷さんや彼と同じ特別進学クラス、姉の茉耶さんの方が何の偶然か私のクラス。おかげで関谷さんと莉乃さんはよく私のクラスに来ていたのでどんどん仲良くなった。
彼女は可愛い女の子で槻山姉妹の話によると前の学校でも人気があったらしい。性格は少し変わっていていた。彼と同じようにしっかりと自分を持っていて自分の考えの中で動くタイプの人だった。だから周りとは価値観が違っていた。女子特有の「みんなと一緒が無難」という考えはなく、自分が正しいと思ったことをする。そういうところが彼にすごく似ているけど彼と違ってそれによってトラブルに巻き込まれるようなトラブル体質ではないと言う事だ。そこまで一緒だと彼と同じように悪目立ちするのだろうけど、少し変わった価値観以外はごく普通の可愛らしい女の子だった。
彼女との距離が一気に縮まったのはやはり彼のことが絡んでいた。
最初は槻山姉妹のことからだった。ある日、この双子はいつもお互いの区別のため身に着けているヘアピンなどのアクセサリーをわざと交換して何人の人が気付くか、何時間目まで先生たちに気付かれないかを茉耶さんの方が提案し実行した。
結果は散々で早々に彼に気付かれてた。実際には2時限目の前に彼に声を掛けられるまでは上手く行っていた。協力者で前もって知っていた関谷さん以外は気付いていなかった。
彼は2時限目前の休み時間に茉耶さんに語りかけた。
「なんで妹の格好してるの?」
その一言でクラス中が驚いた。
「なんで気付いたの?」
驚きで声にならない茉耶さんに代わり関谷さんが尋ねる。
「いや、だって身長も1㎝くらい違うでしょ?顔も妹の方が丸顔でお姉ちゃんの方が少しだけ玉子顔だし、あと、後ろ髪の処理、少しだけ違いを入れているのも違いを出すためでしょ?」
全部正解だった。提案者の茉耶さんはこれが面白くなくこれ以降彼の事を嫌っていた。茉耶さんは莉乃さんに対して自分よりも可愛く頭が良いことにコンプレックスを感じていた。中でも莉乃さんの方が丸顔で可愛らしいと言う思い込みで自分の玉子顔を妹より面長で不細工と一番のコンプレックスにしていたので彼にそれを言われたことに対してかなり怒っていた。
ただ、これは茉耶さんの言い分で関谷さんや莉乃さんの見解は「嫌よ嫌よも好きのうち」と今まで男の子のことでここまでムキになったこともないらしく十分に意識しながらも自分の気持ちに素直になれていないに違いないという。
それに対して莉乃の方は違いに気付いてくれたことが嬉しく彼の事を素直に好きになってしまった。そしてその親友でもある関谷さんは彼との間を取り持つことになったのだ。ただ、彼の隣の席と言うだけで。
それで彼女は彼の情報を少しでも手に入れようと何かにつけて声を掛けていた。運も向いていたようで彼がクラスですぐに仲良くなった木津君は関谷さんの幼馴染で席も近かったので話の輪に入るもの苦労は無かった。
それで彼女が私に彼の事を聞いてくるようになったのは新学期始まってすぐの事だった。放課後、図書委員の急な集まりがあると言う事で関谷さんが私のクラスまで来てその事を知らせてくれた。そのまま廊下で少し雑談しているところに偶然彼が現れたのだ。
「あれ?珍しい組み合わせだ。二人は何か関係があったの?」
「図書委員会で一緒なの。お知らせがあって伝えに来てたところ。」
彼の疑問に明るく関谷さんが答える。
「そう言う二人はどういう関係なの?」
「保育園から一緒なんだよ。」
彼女の問いには私が答えた。
「へぇ、幼馴染かぁ。」
「ちょっと違うかな?僕の方が引っ越しをして5年生で再会するまで間が空いているから・・・。」
「ただの腐れ縁だよ。」
彼女の感想に彼は少しだけ訂正を入れる。それに対して変に勘ぐられたくないから思ってもいないような言葉を放つ。今思い返せば彼との関係を問われて『腐れ縁』と先に言ったのは私の方だったんだなぁ。自分でも言っておいて彼が言った時には怒ってしまった。今思えば悪いことをしたもんだ。
「ふふっ。仲がいいんだね。」
「どこが?」
「どこが?」
彼と久しぶりのユニゾンしてしまう。
それを見て彼女はさらに楽しそうに笑っている。ちょっとした会話の間とかで彼女は私たちの仲を量り嬉しそうに微笑ましそうに言う。
「ねえ、この前わたしと悠槻君(木津のこと)が幼馴染って言ったら『そう言う(恋愛感情)気持ちになったことあるの』って聞いてきたけど、二人はどうなの?」
意地悪な質問だと思った。どう答えようかと思い、彼の反応を確かめてから答えようと思って彼の方を見たらタイミングよく目が合ってしまう。
「どうなの?」
「どうなの?」
またもやタイミングよくユニゾンしてしまう。
「ふふっ、そうか。そうか。」
彼女は嬉しそうに納得してその場を去ろうとする。
「ちょっと待って!絶対勘違いしてるから!!」
私の呼び止めにも彼女は「そうか。そうか。」と言って笑顔でかわす。
「本当に双子の姉と弟みたいな関係だから!」
彼は彼女と同じクラスだからついて行きながら弁明する。
「『双子』?」
そう言うと彼女は立ち止まって彼を見上げる。
「あはっ!面白いこと言うね。本当に双子みたいに息ピッタリだったもんね。」
二人の姿は遠ざかりながらも会話は続いていて私に聞こえてくる。
「どうして君の方が弟なの?」
「誕生日が5日あっちが早いのもあるけど、昔っから『手の掛かる弟みたい』って言われているから。」
「なんか、分かるかも。ふふっ。」
その後も彼女はにこやかに可愛らしく笑いながら「そうか。そうか。」を繰り返し愉快そうに彼とクラスに戻って行った。
その一件以降彼女は彼と私が仲が良いことを知り友人のために彼の事を色々聞いてくるようになったのだ。
彼女は毎日のように私のところに来ては彼の事を話し、彼のことを聞いてくる。
「好きな食べ物は?」と聞かれた時は「ポテトサラダ」と素直に答えてあげた。「好きな音楽は?」と聞かれた時は「古い洋楽」と答えてあげた。しかし、『好きな音楽』は少し間違っていたようで親戚の叔母さんの影響で『古い曲』が好きなようでユーミンや中島みゆきなども入っていたようだ。加えて彼が英語の勉強も含めて洋楽をよく聞くのでQUEENなどの洋楽のイメージが大きくなっていただけの様だった。
はじめはそんな感じで誰もが聞くようなことを聞いて来ていた。それに私はなんの疑いも嫉妬もなく答えていた。
しかし、少しずつ会話は変わってきていた。「小さい頃はどんな子供だったの?」とか「前に好きだった人はどんな人か知ってる?」と言ったことを聞いてくるようになってきた。この頃になると私は少し正直に答えるのが面白くなくなってきていて、
「誰にでもすごく優しいよね。」
と言われた時は、
「お調子者で人がイイだけだから!誰にでもあんなだからあっちこっちで『付き合ってる』だのなんだの変なウワサばかりたって周りが迷惑するんだって!」
と答えた。
「百均のポーチの中にホッチキスとかパンチとか一通り揃えていてマメだよね。」
と言ってきたときは、
「変わり者なんだよ。必要も無い物をいっつも持ち歩いてるんだよ。中学の時も必要もないのにドライバーやペンチとかの工具類を鞄の中に入れていてたんだよ。まあ、おかげで壊れた棚をすぐ修理してくれたりキーホルダーのチェーンが外れた時とは助かったけど、クラスの女の子のピアスが壊れた時も修理してたし、裁縫道具持ち歩いている女子みたいにホントは下心あって持ち歩いているんじゃない?」
とディスって答えてみたりした。この時困ったことに関谷さんは裁縫が趣味でちょっとした時間でも出来るように持ち歩いていた。当然、男子がふざけている拍子に破いてしまった制服のズボンを直してあげたりしていた話をされて窮してしまった。おかげで彼女のことも知ることが出来てより仲良くなれたのだが、素直になれずに余計なことを言って失敗する私の悪いところを見せてしまう結果となってしまった。
私はふと若菜ちゃんの事を思い出した。小学生の頃、私は今の関谷さんの様な事を毎日若菜ちゃんに繰り返していた。若菜ちゃんの気持ちに気付いたのは小学校の卒業式の日だったけどそれまでずっと彼女には今の私の様な思いをさせていたんだろうなと思った。だから、たまには私が嫌がるのを知っていて空手の練習中に中学生のお姉さんたちにからかわれていた話をして細やかな仕返しをしていたんだろうなと思った。
だけど、関谷さんは私とは違って莉乃さんとの間を取り持つための情報収集なのでそれには動じることなく、むしろ私の気持ちを見透かしているようで私がそんな態度を取る度に「そうか。そうか。」と嬉しそうに微笑んでいた。
しばらくすると私が知る彼の話はとうに底をついて私の方が彼の話を知るようになっていた。彼女が私にも情報をくれているのは彼女が私の気持ちを察していたからなのかもしれない。莉乃さんだけではなく私も応援していたのかもしれない。彼女の価値観は少し変わっているので親友を優先して応援するべきところを手の届く範囲のみんなを応援したいと思っているのかもしれない。
そんなところは彼にとても似ているような気がする。彼女自身が男女ともにモテるのもその容姿ではなく彼女の優しさだったり受容性の深さだったりするところにあるのはこの頃には理解出来た。
しかし、こう言った恋愛の懸け橋になろうとするとミイラ取りがミイラになるのは良く聞く話だ。彼女もそういう物語に組み込まれてしまう一人となった。
彼女の心境の変化はいつからなのかは分からないけど、気が付くと関谷さんは彼の話をしている時にとても嬉しそうな顔をしていることに気付いた。はじめの内は「彼は面白い。」と教室であった出来事を伝えて面白そうに笑っていただけなのだけれどもいつの間にか彼の話を嬉しそうに語るようになっていた。
ちょうど彼が電車の中で「好きな人がいる」と答えた頃だったと思う関谷さんの気持ちが私の中で確信に変わる会話をすることになる。
ある日、彼女はいつも通り私の教室に来て彼の事を話し始める。
「彼は本当に誰にでも優しいよねぇ。」
嬉しそうに窓の外を眺めながら話し始めた。
「だから、前にも言ったけどお人好しで調子がイイだけだから!あんな奴好きになっても苦労するよ。ったく莉乃ちゃんもアイツのどこがいいんだろう?」
横で莉乃さんは恥ずかしそうに小さくなり姉の茉耶さんは私に賛同して妹に「目を覚ませ」と言わんばかりに彼の事を悪く言う。
「ううん。そうじゃなくて・・・。」
そう言って彼女は先週の土曜日の放課後に起きたことを語り始めた。
注釈になるがゆとり教育より前の事だから毎週土曜日は午前中まで授業があった。高校に限らず小学校も中学校もだ。
その日彼は文房具店による用事がある話をしたら目的の文房具店が関谷さんの自宅に近いことを知り、彼女も必要な文房具があることを思い出したこともあり話の流れで一緒に帰ることになった。そして、関谷さんの自宅に寄ってから二人で文房具店に向かうことになったのだ。
校門を出て右手に向かうとなだらかな上り坂が続いている。その方向に進んで少し脇にそれた住宅街の中に関谷さんの自宅がある。文房具店はその坂を上りきった先の交差点から大通りの方に出て回り込んだ先にある。しかし、関谷さんの自宅の横を通る車がやっと一台通れるくらいの細い脇道を通ると文房具店は近道だったらしい。。
二人は校門を出て横断歩道を渡ると坂を上り始めた。二人が他愛もない話をしながら関谷さんの自宅を目指していた。
ふと、二人の横を走って追い抜く小学生の男の子の影が通る。見たいテレビ番組でもあったのだろうか歩道を外れ車道に飛び出して二人の横を通り過ぎることの危険性を微塵も考えていない様子でランドセルの肩掛けをゆれない様にしっかりと握りしめて走っていた。
男の子が二人を抜いて5mくらい進んだくらいだろうか男の子は歩道に戻ろうと縁石をまたがった。
しかし、何が悪かったのか男の子は縁石に足を引っかけてしまい派手に転んだ。
「彼はね、転んだのを見るとすぐに駆け寄ったんだよ。」
関谷さんがビックリして呆けている間に彼は男の子に駆け寄り声を掛けた。
「大丈夫?」
男の子は彼の問いには答えず、驚きと怪我の痛さで大泣きしていた。膝には500円玉くらいの大きさの大きな擦り傷が出来ていて血がしたたりはじめていた。
関谷さんも駆け寄り座り込んでいる男の子の背中を摩りながら「大丈夫?」と声を掛ける。男の子は泣きながらも今度は首を横に振ることで答える。
「ケガの手当てが出来るところまでおんぶしてあげるから立てるかな?」
彼の問い掛けに男の子は泣きながら再び首を横に振ることで答える。
「持ってて。」
彼は関谷さんに自分の通学カバンを渡すと迷う素振りもなく男の子を抱きかかえた。そして彼は緩やかな坂を上りきった先にある交差点の角のガソリンスタンドを目指した。
「彼はね、この時期で熱いし小学生と言っても男の子で20㎏くらいはあるのにね、額に汗をにじませているのにずっと男の子を励ましながら抱っこして坂を上ったんだよ。」
関谷さんは目を輝かせながら語り続ける。
ガソリンスタンドに着くと従業員に事情を説明して救急箱を用意して貰う。彼は男の子を建物内の自動販売機の近くにある椅子に座らせる。関谷さんも「男の子でしょ。頑張れ!」とずっと励ましてきた甲斐あってこの頃には「ヒックヒック」と息を引きつらせてはいたけれどうにか泣き止ませることが出来た。
すぐに女性の従業員が救急箱を持って来て応急処置に当たろうとする。消毒液や脱脂綿を取り出すのを見ると彼は再び男の子に話しかける。
「ケガを見ると『痛い』と思っちゃうから手当てしている間、お兄ちゃんとにらめっこしよう。」
声にはしないが男の子は理解が追いつかず「えっ」ってなっているところに、
「にらめっこしましょ。あっぷっぷっ!」
彼は空かさず掛け声をあげ変顔をつくる。その顔を見て先に笑ってしまったのは関谷さんだったが従業員の女性も笑うと男の子も吊られて笑う。
「笑ったからボクの負け!次はこのお姉ちゃんと勝負ね!」
「えっ、わたし?!」
彼に急に振られて驚いている関谷さんに対して男の子は機嫌を直しやる気満々の様で、
「にらめっこしましょ。あっぷっぷっ!」
とややフライング気味に掛け声をかけた。男の子の変顔もなかなかのものだったのだけれども関谷さんが咄嗟に作った変顔の方が勝っていた。男の子は再び笑って負けてしまった。
「もういっかいショウブだ!」
すっかり元気になった男の子はもう一度彼に勝負を挑んだ。今度は彼はワザと負けてあげたが男の子は勝っても笑っていた。関谷さんとももう一度勝負して勝ったのにそれでも笑った。男の子は怪我の痛みをいつの間にか忘れていた。そうしているうちに応急処置は終わっていた。
「本当だ!痛くなかった!!」
男の子は痛みを忘れていたことにも驚いていた。
「よかったね」
と彼。
「えらい。えらい。」
と関谷さん。二人に頭を撫でられてまんざらでも無い様子の男の子がいる。この後はガソリンスタンドの従業員が男の子の家に連絡を入れて迎えに来てもらえることになった。
関谷さんは彼に尋ねた。
「どうしてガソリンスタンドに来たの?途中の家にも救急箱はあるかもしれないのに?」
彼は恥ずかしそうに頭を掻きながら答える。
「自分もやんちゃでよく怪我をしていたんだけど、ガソリンスタンドの人に手当てしてもらったことがあって、車の整備中に怪我することもあるからここなら必ず消毒液とか手当てに必要なものが有るのを知っていたんだよね。」
と。それを聞いて彼女と女性の従業員はクスクスと笑う。
「確かにアイツは昔っから怪我ばっかりして心配ばかりかけていたなぁ・・・。」
私はそう悪態をつきながら過去の彼の色々なトラブルを思い出していた。そして、話ついでに数か月前に私も似たような光景を目にしていたことを思い出した。
梅雨時期の雨の降る日だった。登校中、電車を降りて駅を出ると土砂降りの雨だった。学生がほとんどの駅前に年配の女性が一人いた。私の少し前を歩いていたその女性は駅前のロータリーのあたりで足を滑らせて尻餅をついた。
空かさず私の後ろから彼と尾道君が女性に近づき手を取って引き起こした。「痛いところは有りませんか?」「立てますか?」と女性を心配して二人で声を掛けて傘を拾い上げて女性が濡れない様に傘で覆う。女性は「大丈夫」と伝えると二人に何度もお礼を言った。二人は「大したことはしていない」と過剰な礼を遮り学校に向かった。
翌日の朝、緊急の全校朝礼があり女性からのお礼の言葉が述べられた。女性は制服をよく見ていなかったのでどこの高校か分からず近隣の高校すべてに連絡を入れて該当する生徒に礼が言いたかったようだ。校長もうちの生徒とは知らず「見習うべきだ」と賛辞を与えた。
かく言う私はその女性が足を滑らせたとき私の方が近かったにも関わらず何もしなかったし出来なかった。ただ、二人の様子を見ながら他の大勢の生徒と同じようにその横を通り過ぎた。関谷さんのように一緒に居て声を掛けることすら出来なかった。声だけも掛けられる彼女を少し羨んだ。
「そうやってなんでも首を突っ込んではトラブルに巻き込まれんだから関谷さんも彼には気を付けないといけないよ。」
私の細やかな抵抗にも似た忠告にも動じる様子もなく関谷さんは応える。
「ふふっ、彼にはそう言うところあるよね。でもね、違うの。男の子が転んだとき私も頭の中では『たすけなきゃ』って思っていたけど動けなかったの。でも彼はすぐに助けに行ったの。誰にでも出来ることじゃないし、本当に誰にでも優しいんだなぁって!」
再び窓際により外を見て何かを思い出すように遠くを見つめて語る。そして、少し間をおいて、
「私、彼のそういうところが好きだな!」
振り向きざまにそう言った彼女の顔は眩しいほどの笑顔だった。その場に居た私と槻山姉妹は彼女の輝く笑顔と突然の告白に言葉を失った。
私はこんなにも清々しく恋に落ちた人を目の前に見るのは初めてだった。自分の気持ちを忘れて彼女を応援したいと思うほどに彼女の気持ちの清らかさに惚れていた。
そしてそれは同時に彼に対する気持ちの上で私に敗北を宣言していた。長く彼といて、彼を追いかけている内にどこに惚れていたのかはあいまいになってきていた。彼女ほど明確な理由が自分の中に見当たらなくなってきていた。きっかけは同じように保育園時代に何度も助けに来てくれていた彼の本物の優しさのはずなのにその事すら色褪せ始めてきてる。彼女のように鮮明に彼に対する思いがあるのではなく他の誰かにとられたくないと言う独占欲みたいなものばかりが先に出て嫉妬ばかりしている自分に気付く。改めて自分の中の彼に対する気持ちを思い出そうとするのに敗北感ばかりが募る。
私も茉耶さんもそれ以上彼の悪口を言うことが出来なくなっていた。これ以上言う事は彼女に対して失礼だと感じていた。
一方で莉乃さんは「応援するって言ったのに!」と喰ってかかってもよさそうなものを「そうだよね。そう言うところだよね。」と手を取って賛同している。まるで一人のアイドルを応援するファンの女の子の様な反応だった。
関谷さん自体が自分の気持ちにどれくらい気付けているか分からないが周囲から見ればその変化は顕著だった。クラスメイトに向かって怒った時は「怖かった」と言っていたのに次に同じことがあった時は「他人のために真剣になれるってすごい!」と褒めるのだ。
ある日、彼のクラスの男子が近くにある私立高校の偏差値が低いことを理由にそこの生徒を馬鹿にしていた会話が聞こえてきたとき彼はその男子の襟首をつかみ上げ、
「看護科や調理科には夢をもっていっている奴もいるし、試験当日に怪我や病気で受験できなくて悔しい思いをして通っている奴もいるんだ!そんなことも知らないで全員を馬鹿にするようなこと言うな!!!」
とすごんだらしい。きっと彼のことだから成田さんのことや看護科や調理科に行った友人や先輩たちのことを馬鹿にされたような気分になって怒ったんだろう。これをその時の関谷さんは、
「意外と怒りっぽくて怖い人なんだね。」
と言って暴力的な行動を否定していた。逆に私の方が、
「自分のことより人のことになるとムキになって戦おうとするからね。頑固で融通の利かないところはなるけど普段は優しいしいい奴だよ。」
とフォローする始末だ。
彼への反応が変わるとこうだ。
ある日、英語の教科担が同じように私立高校の生徒を馬鹿にしているかのように簡単な問題を間違えた生徒に対して、
「来る学校を間違えたんじゃないか?お前の学校はもう少し西だぞ。」
と言ったらしい。これに彼は腹を立てて、
「先生、自分の友人や知人には調理科や看護科に夢を持っていった人もいますし、怪我や病気で受験できずに悔しい思いを抱きながらもあの学校の首席や次席を務めている人もいます。全員を馬鹿にするような言い方は控えてください。」
と立ち上がって抗議したらいいのだ。英語の教科担はそれが面白くなく、
「教師に歯向かうとはいい度胸だ。そのまま立ってろ!」
と見当違いにも彼に当たり散らした。それを聞くと彼はノートと教科書を取ると席を離れようとする。
「どこに行く気だ!」
と先生が問うと、
「自分、図体デカいんで後ろの生徒の邪魔にならないように先生が『立っとけ』と言うなら教室の後ろで授業を受けます。」
と彼は答える。
「どこまで教師に歯向かう気だ!もういい!!座ってろ!!!」
教科担は頭のてっぺんまで顔を赤くし憤慨した様子で彼に着席を命じた。その後機嫌が直ることなく問題を間違える生徒には当たり散らすかのように厳しい言葉を浴びせかけた。
この時のことを関谷さんは、
「怖い先生でも平気で『間違ってる』って言えるってすごいよね。それにすごく友人想いで、人のためにあんなに本気で怒れるってなかなか出来ないことだよね。」
とべた褒めする次第だ。
私のクラスも英語は同じ教科担で正直、私もその教科担のことは嫌いだった。下品なギャグや人を馬鹿にすることで笑いを取ろうとする行為に虫唾が走る。彼が言うところの「程度の低いボケ」しか出来ない人だった。知性も品性も感じないので生理的にも受け付けなかったので彼のやり返した話を聞いて少しスッとした気持ちになったけど、同じクラスだったら彼の行動にヒヤヒヤされられていたかもしれない。
それにしても理解に苦しむのは関谷さんも莉乃ちゃんも彼に好意を寄せる人物が近くにこれだけいても焼きもちを焼かないことだ。私を含めて彼のファンクラブの会員ではない。容姿にひかれてキャーキャー言っているわけではない。確かに彼にかかわり彼に心を惹かれている。それなのに二人はそんなのお構いなしだ。二人で彼のいいところを褒めあっている。
一度二人に聞いてみた。「焼きもちは焼かないのか?」と。すると、莉乃ちゃんは、
「できれば私のことをもっと見て欲しいけど、全然相手にされてないし、話しかける勇気はなくて今のままで十分・・・。」
としおらしく答えるもんだから可愛すぎて女の私が抱きしめたくなる。
関谷さんに至っては笑いながら、
「正直、恋愛とかよく分からなくて・・・。一緒にいれたらそれだけで幸せで、もし私以外の人を選んでもそれはそれで彼の選択だから尊重したいと思っちゃうし・・・、だから本当はこれは恋じゃないのかなぁって思うこともあるんだよ。」
価値観が違い過ぎて理解に苦しむけど前に彼が同じようなことを言っていた。神様の結婚のことももっと自由な「一緒にいたいから一緒にいるだけ」と自分の気持ちにさえ縛られない相手と何かを共有することに喜びを見出すような感じで表現していた。二人の恋愛の価値観は人を超えて神様の恋愛観に似ているのかもしれない。「嫉妬」という自分の気持ちにも縛られない自由な心の恋愛を二人は望んでいて、それを持っているのかもしれない。
私は二人がうらやましく思えた。心が縛られない恋がしてみたいと思った。今までの私は山田さんにも成田さんにも嫉妬してお腹の奥の方から湧き上がってくるどす黒い感情を抑えきれずに山田さんとの仲を邪魔しようとした。受験に失敗して傷ついている成田さんに一緒にあれだけ頑張ってきたのに言葉一つ掛けなかった。いろんな人との仲を疑ってきた。私を縛る私の心はなにやら見たこともないような暗い汚い色の靄のようなものに長い事包まれていて洗濯を繰り返された洋服のようにとてもグチャグチャでヨレヨレで色褪せてきた物のように思えた。
そしてついにその日が来た。それは9月の終わり。実力テストも体育祭も文化祭も脱兎のごとく過ぎ去り、次の中間テストを直前に控えたテスト準備期間で部活も課外授業もない緩やかに時間が過ぎていく放課後だった。
関谷さんはいつも以上にニコニコとして私たちのクラスにやってきた。しかし、いつも一緒の莉乃さんはいない。莉乃さんがいなければ大体彼と一緒にいることが多いがそれもなく一人で私たちの教室にやってきた。何かがいつもとは違うのはすぐに気付いたが何がそうさせているかまでは分からなかった。
「どうしたの?何かいいことでもあった?」
と茉耶さん。
「うん。嬉しすぎてお裾分けしたい気分だよ。」
「何があったの?」
と私が問いかけると真夏のアイスクリームがとけるように表情を緩ませて、
「さっき、『好き』って言われたの。」
「えっ、誰に!!!」
思わず茉耶さんと言葉が揃ってしまう。彼女は少しだけ言うか言うまいか悩んで、
「彼に。」
とまるで「名前は言わなくても分かるでしょ?」と言いたげに名前を伏せて答える。しかし、私たちは誰か理解してしまう。彼女が告白されて嬉しい相手は一人しか思いつかない。
「アイツ?!なんで!!!」
と茉耶さんは怒ったようにいう。当たり前だ。コンプレックスを抱いても可愛いがっている妹だ。その妹の思い人が違う女の子を選んだのだから。その男の子のことを認めていないから付き合うのも許せないけど、妹の気持ちを裏切る方がもっと許せないだろう。
「なんて言われたの?」
私はこと恋愛感情においては自分の気持ちを素直に出すところを見たことない彼が彼女にどういう風に気持ちを伝えたのか気になって聞いてみた。
「彼が私や莉乃ちゃん以外のクラスメイトにも親切だから『君は誰にでも優しいから誰が好きか分からないよ』って言ったら『えっ、君が好きだよ』って言ってくれたの。」
「・・・。」
次の言葉が出なかった。あまりにも素直に答えすぎていて拍子抜けしてしまった。顔も真っ赤にして緊張してカミカミで『好きです。付き合って下さい。』と小心者の彼が最大限の勇気を出して一世一代の大告白をしたのかと思ったがそうではないらしい。飄々とした感じは彼らしいのだが告白までそんな感じで来るとは思わなかった。
思い返せば去年の今頃、登山遠足で同じような状況で私は彼に『好き』と伝えられていたことを思い出す。彼が気持ちを素直に出さないのではなくて私が素直に彼の気持ちを受け入れてあげられていなかったんだと気付かされる。そうだ、彼はあの時声が消え入りそうになりながらも私に気持ちを伝えてきたのに私は自分に自信がなくて彼を突き放したんだった。
「で、付き合うの?」
茉耶さんが冷ややかな表情で問いかける。
関谷さんは不安そうな顔で私を見つめると、
「いいの?」
と聞いてきた。
「えっ、なんで?」
なぜ、私に了承を得ようとしているのか咄嗟には理解できず質問で返す。
「私、彼は君のことが好きだと思っていたから・・・、両思いだし邪魔しちゃ悪いかなって思っていたから・・・。」
とんだ見当違いだ。彼自身が今しがた私ではなく関谷さんを選んだことからそれは明白だ。そして、彼女のこの発言でやはり私に気を遣って今まで私にも彼の情報をくれていたことを悟る。自分の気持ちも大切にしながらも周りの友人が同じ人を好きでも応援する。誰にでもできることではないことを鼻につくこともなく簡単にやってのける彼女の人間性がうらやましい。私なんか彼の気持ちを踏みにじっておきながら嫉妬ばかりして彼と付き合う資格なんか微塵もない。
私はどう答えたら自分に遠慮することなく彼女が自分の気持ちに素直になって彼を受け入れるか考える。
「私のことは気にしなくていいよ。実は中学一年の時に告白したんだけどフラれてるから。まあ、揶揄うような感じで言った自分が悪いんだけど、彼の自尊心を傷つけたみたい。すごく怒らせちゃって、こっぴどくフラれてるんだよね。だから本当にただの『腐れ縁』だから自分の気持ちに素直になっていいんだよ。」
どう伝えれば関谷さんが私の気持ちは誤解と思ってくれるか、遠慮することなく自分の気持ちに素直になってくれるか分からないまま唇から滑り落ちる私自身の言葉に判断を任せる。
彼女は依然として釈然としない様子で「う~ん」と唸りながら私を見つめる。私は自嘲するようにヘラヘラと笑い照れ隠しで頬を掻く。
「こんなところにいた。」
声の主は彼だった。永遠に続くかと思われた関谷さんの疑いと遠慮の眼差しは自分のクラスから彼女を探しに来た彼と莉乃さんによって解放された。
「一緒に帰ろうか?」
彼の手には関谷さんの鞄と荷物がある。関谷さんは彼の顔を見ると嬉しそうな顔をして彼のもとに近づき下校に誘う。
時々、莉乃さんも含めた3人で帰ることはあったようだが流石にこの日は3人とはいかない。莉乃さんは関谷さんと入れ違うように私たちの方に近づき、
「わたしは今日は茉耶と帰るから先に二人で帰っていいよ。」
と莉乃さんが気を利かせて二人にしようとする。関谷さんは少し困ったような顔をした。二人きりは不安なのだろうか?まだ自分の中で飲み込めないものがあるのだろうか?助けを求めるような眼差しで莉乃さんを見つめる。それに彼女は笑顔で手を振り「健闘を祈る」と言葉のないエールを贈る。
それを見ると関谷さんは笑顔で私たちに手を振る。その笑顔は「頑張ってくるね」と答えているようだった。彼のように笑顔一つで会話をする。二人は似ているのだろうか?それとも似てきたのだろうか?
二人を見送ると茉耶さんが莉乃さんに声を掛ける。
「ちょっとリノ!大丈夫?!」
茉耶さんの心配をよそに莉乃さんは平気そうにニコニコとしている。
「参っちゃうね。優しすぎるんだもん。キセを追いかけてくれれば私も泣くことができるのに一緒にいてくれるんだもん。泣けないよね。」
莉乃さんに詳しい話を聞いてみた。その日のホームルームで渡されたプリントをまとめるのに彼が自分のホッチキスを取り出したの見て一つ前の席の関谷さんが「貸して?」と頼んだところ態々席を立ってプリントを留めてくれたらしい。それを見て近くの席のクラスメイトも頼むものだから頼まれたクラスメイト全員のプリントをホッチキスで留めてくれた。それに対して関谷さんは少しヤキモキしたらしくて彼に、
「誰にでも優しいから誰が好きか分からないよ。」
と愚痴っぽく言ったらしい。それに対して彼は飄々として、
「えっ、君が好きだよ。」
と答えたと言うのだ。
それを聞くと関谷さんは嬉しさのあまり笑みがこぼれるが莉乃さんや私のことを気にかけたのか「えへへへへへぇ~」と誤魔化すかのような笑い声をあげながら教室を歩いて出て行ってしまったらしい。
「いっちゃったね・・・。」
置いてけぼりを食らった二人は顔を見合わすと声がそろう。関谷さんが走って教室を出れば彼も追いかけたかもしれない。彼がすぐに追いかける知恵が回らなくても莉乃さんが追いかけるよう指示を出したかもしれない。しかし、不自然な笑い方をしながら歩きながら教室を出ていく様に呆気に取られて動けなかった。その後、どうしていいか分からず、
「どうしようか?」
と莉乃さんが彼に尋ねたらしい。彼は、
「少し待ってみる?」
と言って関谷さんが帰ってくるのを待つことにしたらしい。学校から抜けて一人で帰ることはない。関谷さんの鞄もまだ教室に残っている。必ず戻ってくると踏んでの判断らしいが、正直ドラマ性がなくて面白みがない。女の子としては追いかけて欲しい場面だろう。
二人は取り留めのない話をしながら関谷さんを待ったが30分を超えても戻ってくる様子がないので探すことにしたらしい。関谷さんの行動範囲を考えれば1番可能性が高いのは私たちの5組、次が家政科、その次は図書室。可能性は低いが1組から順番に覗いてから4組までを覗きながらやってきたらしい。5組に来たところで予想通り関谷さんを見つけた次第だ。
ここまで聞いてどこに彼の優しさを感じたのか理解できないので茉耶さんが、
「それのどこに優しさがあるのか意味が分からない。ただの優柔不断の女たらしにしかきこえないんだけど?」
その疑問に莉乃さんは答える。「好きだよ」と言った瞬間、彼は『しまった』という顔をして一瞬莉乃さんの方を見たというのだ。目があった瞬間申し訳なさそうな顔をしたらしい。これを見て莉乃さんは自分の気持ちはとっくに彼に気づかれていると悟った。その後、関谷さんを追いかけるタイミングを失くしたのもあるかもしれないけれど莉乃さんをフォローするかのように彼女のもとに留まった。関谷さんの戻るのを待つ間も言い訳や取り繕うこともなく普段と変わらない会話を続けた。関谷さんを見つけに行く前も「見つけて3人で帰ろう」と提案してくれて莉乃さんが一人にならないように気を遣ってくれた。
莉乃さんは彼のその行動に関谷さんの恋人になって彼女を束縛するのは望んではいないこと、お互いの自由を尊重しながらも好きという気持ちを少しでも満たされればいいと思っていることを理解する。そしてそれが関谷さんも同じ価値観であることを知っている。いつも日常、友人たちに囲まれる中で周囲に他の友人がいても構わない。少しだけ一緒の時間が増えれば十分と欲のない恋愛をしている二人をお似合いだと思う。応援したいと思う。ついてはいけないと思う。うらやましいと思う。二人が幸せなことが自分のことのように思える。少しだけ二人の価値観に近づけたような気がした。
「 リノ!あいつのこと怒っていいと思うよ?!」
莉乃さんは首を横に振る。
「はあぁ・・・。アイツ、キセまで不幸にしたら、絶対に殺してやる!一生恨んでやる!!!」
「マヤ、私不幸じゃないよ。幸せだと感じているんだよ。」
茉耶さんは言葉を失う。
双子でほとんど同じ顔をして同じくらいの背格好で、見た目ではほとんど違いがないのに周りの人間関係や環境でこうも性格や考え方も変わるものなんだなぁと感心させられる。
ふと窓の外を見ると窓の下に二人が校舎から出てきた姿が見える。関谷さんは嬉しさが隠し切れないのかまるでメトロノームのように上半身がリズミカルに揺れている。流石の彼も平常心とはいかないらしく彼女に近づいたり離れたりと蛇行運転を繰り返している。初々しく見える。まるで小学生の恋人同士のようだ。確かにあれでは怒る気もなくして応援したくなるような気もする。
しかし、ふと気になったことだが関谷さんは自分のクラスを出てからどこに行っていたのだろうか。私たちのクラスに来るまでそんな何分もかからない。私たちのクラスで話をしたのも10分もないはずだ。だったら20分強どこで何をしてたのだろう?家政科の友人や図書室で気持ちを落ち着かせようとしても今度はそこから私たちのクラスに来ていたらそこでの時間はほとんど取れなかったはずだ。
彼女はどこで何を考えていたのだろうか・・・。
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