入学式
たくさんの作品の中からご興味を頂きありがとうございます。この作品は1990年代を舞台にしています。作品内のリアリティのため実在する地名、人名、商品名、企業名を利用している場合はございますがストーリー自体はフィクションとなります。実在する人物、及び、商品、企業とは関係ありませんのでご注意をお願い致します。
在校生よりほんのちょっと長い春休みに入った。しかし、遊ぶ暇もなくクラス編成テストに向けてのテスト勉強が待ち受ける毎日だった。家に居ても昼間は誰もいないから毎日のように図書館に勉強をしに行った。図書館に行くと他校の生徒を含めて何人かの生徒が勉強をしていた。だけど、あれほど週末の度、毎週のように来ていた尾道君と三船君は来ておらず彼だけが図書館で勉強していた。三船君はスポーツ特待性だからクラス編成テストは関係ないので分からなくもないけど、尾道君はもう少し勉強してもいいように思う。それは、彼の学力の問題ではなく、私がもう少し図書館での仲間が欲しいだけの話しなのだけれども・・・。
私の友人たちは同じ高校に受かった子でも大学進学まで目指していないか、この図書館までが遠すぎて逆に効率が悪くなるかで、図書館での勉強会に誘っても断られてばかりだった。
彼も似たようなものなのか大抵一人だった。たまに三船君が一緒に勉強している位のものだ。彼はいつも午前中から勉強に来ているようで、昼ぐらいに私が来ると外のテラスでお弁当を食べているのをよく見かけた。そして、大抵彼が先に来て二人掛けテーブルを取っているので三船君がいない日は私はそこにお邪魔するような感じだった。
この頃から少し彼に避けられているような気がしていた。私と一緒に勉強していると彼は突然立ち上がり、
「気分転換にひとっ走りランニングしてくる。」
と言って30分くらい戻ってこなかったり、
「気分転換しよう!」
と言って『Newton』のような雑誌や小説を読みだしたりして、私とずっといるのを避けているようだった。まあ、全て彼のいつもの行動の一つだし、はじめから気分転換に走るつもりで替えのTシャツとタオル、スポーツドリンクの入った水筒を持って来ていたからそれが彼のルーチンなのかもしれないけど、なんとなく避けられているような感じをうけた。図書館だから私語は慎むべきだし、お互いにあまり会話をしないのもだけど、なにかが引っかかる感じがしていた。なんとなくだけど彼が心の奥底から笑ってくれることも心の弱さも、大切な気持ちを私に出してくれなくなってきているような気がしていた。
「ねえ、将来何になりたいの?」
気晴らしにと分厚い小説を読んでいる彼に問いかけてみた。
「建築デザイナーかなぁ?ちょっと前までは電子回路とか組む技術者になりたかったんだけど、工業高校行かせてもらえなかったからねぇ・・・。」
ペンを止めて彼を見る私とは正反対に彼は本から目を離さない。
「何で、今は建築デザイナーなの?」
「数学と芸術が一つになっているってすごくない?工業高校の体験入学に行った時にこれも面白いなぁって思ったんだ・・・。これだったら大学目指す意味があるかもって思って・・・。」
小説を読みながら答えるから、所々会話が途切れる。
「ふ~ん。じゃあ、もし逆に工業高校に行ってたらどうしてた?」
「『もし』も『たら』もどこに行ってもないよ。未来も過去も、たとえ北海道に行ってもね!」
「ほっかいどう?」
「あれ?覚えてない?全国模試の現代文でこの人のエッセイが問題になってたでしょ?」
そう言って彼は手にしていた本を閉じて表紙を私に見せた。そこには『ガダラの豚 中島らも』とタイトルと作者名が書かれ民族工芸品の様なお面の写真が表紙を飾っていた。
「この人のエッセイが問題になってて『もしも~たらなんて北海道に行ってもない』ってユーモアたっぷりに書いてあったでしょ?!」
「・・・覚えてないなぁ」
試験に出た作品を問題としてではなく『面白い』と思って読んでいるのは彼くらいではなかろうか?
「それで、その人の本読んでるの?」
「うん。これはしっかりと小説として成り立ってて面白いけど『明るい悩み相談室』なんて笑いが止まらいくらい傑作だよ。」
「えっ?!なんで悩み相談が笑える本なの?」
彼が言っている意味が分からなかった。
「ふふっ、投稿者の悩みに対して『悩むだけ無駄』なスタンスで面白おかしくアドバイスするんだよ。物事のとらえ方が凄く変わってる人だから面白いんだって!!!」
思い出し笑いをしながら楽しそうに話す彼はとても生き生きとしていた。彼の話だと同じく面白いことが大好きな彼のお笑いの相方、私と彼とのもう一人の幼馴染でおちゃらけトリオの沖田君も『明るい悩み相談室』は読んでいるらしい。私も少しだけ興味が沸いたけどクラス編成テストが終わるまでは試験に集中しなくてはいけない。私は私の未来の為にも特別進学クラスに行かなければいけないのだから!
クラス編成テストの内容は現代文、古文、英語、数学の4つだけだ。彼は歴史が無いのをとても悔やんでいた。
「歴史があれば、1教科テスト勉強が楽できたのになぁ。」
嫌味な愚痴を吐き捨てていた。
彼のテスト勉強は脱線ばかりしていた。古文なんかは解いて内容が面白いと思ったら、それが図書館にないか探して、見つけると古語辞典片手に読みふけるのだ。枕草子や更級日記は彼にとって笑いのツボだったらしい。枕草子のどこがそんなに面白かったかと聞いたら「中納言が『こんな珍しい扇の骨は見たことが無い!』っていったら『じゃあ、それはクラゲの骨でできてるんでしょうね』って少納言がボケて『そのネタ頂き!!!』って中納言がパクるとか面白すぎ!!!」ってボケを褒めたり、感性の豊かさや知識の深さを褒めていた。更級日記なんて授業で1回しか使わなかった内容も読み込んでいて、「どんな話だったけ?」と聞くと「都暮らしや源氏物語に憧れる女の子の話しだった。今の女の子が渋谷に憧れたり月9を楽しみにしたりするのと一緒で、夢見る女の子っぷりが1000年前から女子って変わってないところがチョーウケる!!!」と笑いながら解説してくれていた。ちなみにこの解説は受験中の話しで、これにはカチンと来たので「女子を馬鹿にしてる!」と説教してやったと言う後日談つきだ。
英語も少し変わった勉強方法をしていて、洋書を辞書片手に読んだり、図書館にある洋画を字幕をなるべく見ない様に鑑賞したりして、生の英語に触れることを意識しているようだった。なぜそんな事をしているのか聞いてみたら、「校外テストの英語のテストや有名私立の受験問題だと、最近の英語の文章が出てくるから今使われている英語を学ばないと点が取れない」と言うのだ。これには少し納得するところがあって、実際に校外テストでは習ったことのない熟語や慣用句が出るのはもちろん、例えば「a cup of coffee」とは言わなかったり、習ってきたことが意味をなさないことが多々あった。
脱線ばかりで勉強に集中できていないと思っていたけど、彼なりに試験内容の傾向を調べて、それに基づいて応用力が付く様に勉強しているようだった。傾向と対策を参考書任せにしている私とは大違いだけど、彼を肯定するつもりはなく無駄なことをしていると思った。そんなこと専門の人に任せて1問でも例題を解いて経験値を積んだ方が私は効率的だと思っていた。
しかし、その結果はどちらが正しかったか数日後のクラス編成テストが証明することになった。私たちの受けた進学校のクラス編成テストは公立入試とは比べ物にならないくらい難問だらけだった。基礎問題なんて1割もない。応用問題ばかりで、ある程度パターンで解ける数学が一番簡単に思えた。その数学でさえも図形や証明問題はやっと解いた公立入試の問題より解法が見つけられなかった。現代文もなんとかなっても古文は聞いたこともない内容で訳がわからない単語ばかりだった。英語も同じだ。彼の予測していた通り、現代の英語のエッセイから出題されていて、聞いたこともない熟語や慣用句で内容を読み解くのに四苦八苦させられた。
テストの後に同じ中学で集まって、お互いの成果を確認し合った。みんな散々だったらしい。彼もだいぶ苦戦したとの事だった。普段は、みんなとこう言う会話に参加しない一匹狼の田池君も苦戦したことを言いに来た。そして、彼と英語のテストの答え合わせをしていた。
この結果が分かったのは入学式当日のクラス編成の割り当て表だ。1組から4組までが成績上位者で、特に1・2組は特別進学クラスとして公立入試とクラス編成テストともに上位者のみが編成されたクラスだ。その2クラスの中に田池君と彼と南さんの名前があった。公立入試の合格発表で上位者の張り出しのあった小山さんは体調を崩していてクラス編成テストは散々だったので私と同じ5組の一般クラスだった。この結果には彼自身驚いていてプレッシャーを感じていたようでクラス割り当てを見て喜ぶどころか青ざめていた。励まそうと声をかけようと思ったけど三園さんも同じクラスになっていて話しかけられて、彼に話しかけるタイミングを無くしてしまっていた。気が付けば、中3でも同じクラスで今回も同じクラスになった南さんと一緒にいた。
その後は時間までにそれぞれのクラスに入り、席に着く。入学式の注意事項を案内されると体育館に移動して式が始まる。当たり前だが、中学まで総代を続けてきた私もお役御免で一般生徒だ。粛々と進んでいく入学式のプログラムを期待と緊張とほんのちょっとの気怠さを感じながら過ごし、式を終える。
式を終えた後、自然と同じ中学でまとまっていた。一匹狼の田池君もしばらくは一緒にいて、彼や気の知れた数人の男子と話していたけど気が付いたら帰っていた。保護者もその輪に加わりそれぞれに井戸端会議を始めている。こうしてみると女子の母親はほとんど来ているのに男子の親はほとんど来ていない。男子ならではの問題なのであろう彼も親は来ていなかった。私は母親が来ていて、生徒たちの輪の外で保護者同士で井戸端会議していた。少し、気になったのはその輪に入る前に彼に話しかけていたことだ。彼と笑って話していたかと思うと彼が顔を赤くしていたりと困らせているようでもあった。何の話をしていたのか後から聞いても教えてはくれなかった。うちの親も彼を気に入っているようで町でばったり出会ったりしたタイミングで話しかけているようでちょくちょく彼から「また、お前のお母さんに話しかけられて昔の話で恥ずかしい思いをさせられた。」と聞かされていた。私としては彼に変なことを言ってはいないか気が気ではないから止めて欲しいところなんだけれども・・・。
そんな感じで周りの女子と談笑をしていると突然彼が私に近づいてきた。彼は私に顔を近づけるので思わず赤面してしまった。私のそんな変化も気にすることなく彼の視線は私の胸元に向かっている。いやらしい気持ちは一切感じないにせよそんなところをまじまじと見られて恥ずかしくないはずがない。恥ずかしさと彼の行動の意図が読めず、赤面したまま動けないでいる私に彼は顔を起こすと、
「なんだ、校章か。ちっちゃ!」
と言い捨てた。彼が見ていたのは胸ではなく、胸にある校章だった。確かに彼の言う通り校章は小さい。8㎜ほどの高校の校章に横に羽のようなものつけて、横の長さでも2㎝ほどしかない。この日眼鏡をかけていない彼がそこまで顔を近づけなければこれが校章と確認できないのはわかるけど、なぜ私なのか?なぜ今なのか分からない。みんなの前で堂々と胸を見られて恥ずかしい思いをさせられて、挙句の果て「なんだ」とはなんだ!
「胸見て、『ちっさい』とか言うな!」
気が付けば私は怒りに任せて声をあげて彼を叩いていた。
「胸じゃないし!校章だし!!!」
いやらしい気持ちがないことを肯定しようと彼も意地になって大きな声で言い返してくる。
「じゃあ、私のを見る?」
そう言って二人の言い争いに水を差す形で仲裁をしたのは南さんだった。南さんはそのたわわな胸をゆさゆさと両手で縦に揺さぶりながら彼に声をかけた。
「だから、おっぱいじゃないし!!!」
彼は今度は顔を真っ赤にして否定している。
南さんの奇妙な仲裁に呆気にとられていると、更に水を差す声が聞こえる。私の母が一連のやり取りを見て大声をあげて愉快そうに手を叩きながら笑っていた。
「ちょっと、娘が馬鹿にされてるのに何笑ってんの⁈」
彼に向けきれなかった怒りの矛先を母親に向けて、私は母親をバシバシ叩いた。
「だってねぇ・・・。」
そう言っては彼に視線を送る母。彼はその視線に気づくと恥ずかしそうにさらに顔を赤くして顔を背けるのだった。
ほかの生徒や保護者達もそれを見ては微笑ましそうに笑ったり見て見ぬふりとそれぞれのリアクションをしていた。そんなこんなで解散の時間がやってくると再び私の母親が彼に話しかけた。
「本当に二人は昔から仲良しね。どう?車で来てるんだけど一緒に帰らない?」
どう見たら仲良しに見えるのか理解に苦しむ。そして、年頃の娘がいるのに男子をプライベートスペース(大袈裟www)に誘うとはどういう要件だろうか?「ちょっと待って!」と言おうとする私より先に彼が答えた。
「いえ、遠慮します。電車で来てるし、駅に自転車置いてるので明日の登校に困るので。」
彼は爽やかな作り笑顔で母の誘いを断る。
「それにお母さんと話すと必ず昔話で恥ずかしい思いするから・・・。」
「そう?それは残念。」
母は帰るのを断れたことより、話ができないことの方が残念そうな感じだった。母は彼に恋人にでも送るような笑顔で手を振って彼を見送る。
「じゃあ、またね。」
「また、明日!」
私も手を振ると彼も手を振り返してくれる。
彼が友人たちと帰っていくのを見送ると私たちも帰ることにする。
そうして入学式早々、今までと変わらない二人のやり取りは今後の進展がない事を予告するようだった。
最期まで読んで頂きありがとうございます。
この話で主人公たちも高校生になりました。新たな物語の予感を出しつつ続きます。
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