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私のHERO  作者: 筆上一啓(フデガミカツヒロ)
10/19

はじめてのプレゼント

 実は言うとこの小説の最初にできたのはこのパートで短編でした。それにいくつもの伏線を前の話にちりばめて、その分この話でも修正が必要になったのですが中学生編のクライマックスですので是非お楽しみください。

 3年の3学期になって、受験勉強もいよいよ佳境に入ってきた。彼は、ついに松葉杖が外れて水得た魚のように元気に走り回った。マラソン大会では本当に3ヶ月も松葉杖を突いていたと思えない走りで校内順位8位に入賞してみせる。文字通り走り回って見せていた。

 そうして、残り少ない体育の授業はバスケットボールだった。当時はスラムダンクと言うバスケット漫画が大ヒットして、空前のバスケットブームだった。彼も他の男子もうちの中学にバスケ部があればバスケ部に入っていたという男子は多かった。バスケ部が無かったので休日に仲間で集まって市の体育館でバスケをしている男子たちが多かった。

 彼の場合は、新体操部の顧問の先生が少し変わっていて身体能力の向上のためにいろんなスポーツをやるべきだと言う考えで、陸上部と一緒に練習することもあればサッカー部に混ざったり、野球部に混ざったり、女子しかいない私のいるテニス部に来てみたり、女子バスケ部と練習をやっていたりしていたので、休日まで部活三昧の彼もいくらかはバスケットをしていたみたいだった。

 彼は丁度バスケットの授業から体育に復活したのでとても嬉しそうだった。味方でいるときは心強いのに敵にいるときは面倒くさくてしょうがなかった。いや、味方でも面倒くさかった。彼のノールックパスに何度驚かされた事か!フェイクを掛けるのは敵だけにしてほしい!パスを求めているのに、ワザと切り込んで行こうとしてからノールックパスを送ってくるから、せっかくのフリー状態からのジャンプシュートのリズムがくるってしまう。まあ、ディフェンスが来る前にはシュートを行えるので何度も点を取らせてもらったけど・・・。

 そして彼と田中君と池田君が敵の時は正直、勝てる気がしなくてやる気が出なかった。池田君のトリッキーなプレイに彼のシュートレンジの広さ、それをカバーする田中君のゴール下。

そして、3人の息があっていること。3人ともノールックパスのオンパレードで誰にパスが行くか分からない。

 一度、田中君と池田君が私のチームで面倒くさいのは彼だけだった時、私は彼を徹底的にマークした。しかし、彼はディフェンスに入った私をおちょくるかのようにステップバックシュートを決める。次こそはと接近して体で止めようとするとモーションの少ないフックシュートを決める。今度と言う今度こそはとシュート体制に入った彼をジャンプしてディフェンスすると、フェイドアウェイシュートを放った。フォロースルーがシュートの決まることを確信させているのに腹が立つ。私が「キー!」となっているのを見て、彼は私にスリーポイントエリアの外を指さす。私が「?」となっているのを見て、

「ボクのシュートレンジはあそこだから。」

 とドヤ顔で言った。確かに彼を外でフリーにすると高確率でスリーポイントを決める。難しい真横からのスリーポイントをスウィッシュで決める。私は彼を先生の見ていないところでどついた。

「偉そうに言うな!小学生までは全部私に負けていたくせに!」

 そんな、しょうもないことを言って彼の自尊心を傷つけようとする。だけど、彼は意に介さない様でニコニコしながら自軍のディフェンスに急ぐ。

 逆に私がシュートを決めようとしていた時、彼は他のメンバーのディフェンスについていた。私はフリーになった一瞬のチャンスを逃すことなくジャンプシュートを放った。私の手からボールが離れた瞬間、目の前を大きな影が横切った。まるで鷹が空中で獲物を捕まえるかのように最高点に達する前のボールを横から飛んできて取って行った。着地した彼の懐にしっかりとボールが握られている。

「速攻~!」

 彼と同じチームの外野さんの声がすると彼はドリブルはせず、外野さんに長距離パスを送った。そのボールを受け取るとノーマークでレイアップを決められた。流石、女子バスケ部の元キャプテンだけあって外野さんは見事な判断力だった。

 しかし、彼はさっきのディフェンスは危険だと注意を受け、さらに彼は怪我から回復したばかりなので、体育の三戸森先生に無理をしない様にと途中で強制的に交代させられる。まだまだ暴れたりなさそうなのに、そのしょんぼりとした姿を見て池田君が笑いながら言う。

「さっきまでおもちゃで遊んでほしそうな飼い犬みたいな顔してたのに、今はお預け食らった犬みたいに元気ないしwww」

 言われてみると、本当に犬みたいに全身に感情があふれ出ている。思わず私も笑ってしまう。

 彼は暫らくは見学してみんなを応援していたけど、ゲームに戻れない事を知っているので、途中から別のコートで他の生徒に混ざって、シュートやドリブルの練習をしている。彼のシュートフォームは本当にきれいだった。全身のばねを使ってボールを押し出してる。きれいな放物線を描いて何度もシュートを決める。私は交代のタイミングで彼の方に近づき、彼に話しかける。

「ねえ、シュートきれいだよね。教えてよ。」

 私の問い掛けに、周りにいた数人の生徒も「自分も知りたい。」と近づいてきた。

「う~ん、どう伝えたらいいかなぁ?」

 と言いながら、彼は自分のフォームを確認しながら3本のシュートを決める。納得した様子になると口を開く。

「手の届かない戸棚の上に、重い薬箱を直す感じかな?」

 みんなが「ぽか~ん」となってしまう。三戸森先生はそれがたまたま聞こえたらしくて、クスクスと笑っている。普通は半身に構えて脇を締めて、左手は添えるようにとか・・・は月並みだけど、そんな感じの説明を期待しているのに随分と調子の狂った説明が飛んできた。

 私は「なんだ、それ?」と思いながら、ゴールの前に立つ。「戸棚ねえ・・・。」と思いながら彼の言葉を思い出す。

「重い薬箱を戻すように・・・。」

 ゴールが戸棚の上に見えてくる(ような気がするだけ)。重い薬箱を高いところに戻そうとするとつま先で立って、利き手で押し込むように持ち上げる。なんとなく昔経験したことがあるような体の感覚を思い出される。ボールが私の手から離れる。私の視線の先にあるゴールに向かってボールが弧を描く。このシュートは入る確信があった。

「ポスッ」

 リングに当たらず、気持ちの良い音を立ててシュートが決まる。

「うそ!なんであの説明で入るの?」

 周りのみんなも信じられない様子なのに、いざ、シュートをしてみると彼の説明で確実にシュートの成功率が上がっていた。調度、そこにゲームの交代のタイミングで三戸森先生が近づいてきた。

「面白い説明だね。どれだけ投げ込めばそんな説明になるんだろうねぇ?」

 彼は少し恥ずかしそうに照れ笑いをする。

「いや、そんなには投げ込んでないと思いますけど?小学生の頃から、空手を習っていて練習の前にみんなで遊んだくらいですよ。」

 なんとなく納得しそうな説明をするけど、それは全体的な勝負勘はその遊びや空手の練習で付くかもしれないけど、シュートの成功率の高さは別に地道な練習を繰り返さなければ習得できないような気がする。特に私の目の前で見せたステップバックシュートとフックシュート、フェイドアウェイシュートは相当練習しないと試合中には決められないような気がする。

「ねぇ、フックシュートのコツはあるの?」

 私の問いに彼は悩む様子もなく答える。

「あんなの大体、まぐれだよ。強いて言えばパスする感覚で投げれば、大体思ったところに届くかなぁってくらいだよ。」

 そう言って彼は溜めもなくフックシュートをやって見せる。言っていたように試合中のシュートはまぐれだったようでボールはボードに当たって明後日の方向に跳ね返って行った。

「狙って、溜めがあるとガードされて相手ボールになるから狙えないしねぇ。」

 飛んで行ったボールを拾ってくると彼は続けて答えた。

「じゃあ、フェイドアウェイシュートのコツはあるの?」

「あれは、対チャッピー(田中君)対策で相当練習したから、練習あるのみじゃないかな?3ポイントシュートの成功率上がってきてからすれば少し楽かもってくらいしかアドバイスはないね。」

 田中君は元バレー部でジャンプ力も身長も有るので普通にジャンプシュートしても簡単に止められてしまう。私自身、何度も簡単にシュートを阻まれた。彼は田中君と仲が良いからよく遊んでいたのでその時にバスケもしていたらしい。そこでことごとく田中君にシュートを弾かれたために、自分のシュートレンジの広さを使って対策を考えた結果がフェイドアウェイシュートだったと言う事らしい。

「ふ~ん。てっきり女の子の気を引こうとして馬鹿みたいに練習してるのかと思った。」

 いつもの悪い癖で彼に悪態をつくと私は自分の練習に戻った。

 この頃は本当にいろんなことがあって彼は一喜一憂していた。バスケットで意気揚々とプレイしているかと思えばちょっとした事で憂いに浸っていた。そんな調子だったから1月17日は、彼には忘れられない日になった。朝は6時から勉強している彼は早朝5時に目を覚ますと朝食を取りながらNHKでニュースを見る。6時前に速報が入り、関西方面で大きな地震が起きたと報道された。私自身もニュースを見て燃える街並み、倒壊した大きな架橋をみて衝撃を受けた。その日彼は珍しく遅刻してきた。休み時間も昼休みも放課後も職員室のTVの前に座り込み、地震の報道を見ていた。真剣な眼差しと共に焦燥感が溢れていた。職員室に行き、TVの前に来るたびに先に報道を確認していた教師に彼は、

「三田市はどうなっていますか?」

 と聞いていた。私は彼に知り合いでもいるのかと聞いてみた。そうしたら彼が言うには、母方の遠縁がいて、一番上が小学4年生の女の子、次が小学1年の女の子、一番下が幼稚園の男の子が兵庫県にいて、みんな彼によく懐いていたらしいのだ。朝から、電話も繋がらず心配でしょうがないのだと言う。彼は私にその話をすると不安を口にした事で感情が爆発してしまい、急に泣き出してしまった。TVはそんな彼に気づかいすることなく100人単位で怪我、死亡者、行方不明者の数が増えていることを告げる。彼はますます情緒不安定になり、ついには先生に保健室に連れて行かれた。

 春先に彼が怪我のことで泣いているのを見かけてしまったことがある。彼はいつもニコニコしていて、私の顔を見れば悪態をついて、目立ちたがりの生徒のようにワザとではないにせよ、部活や美術、成績で人の前に立つ機会が多い分、ちょっとした行動が彼を悪目立ちさせていた。毎日のそれが、学生生活を謳歌しているように見えさせていた彼には、普段人には見せない繊細な部分がある事に彼を10年見てきてようやく気付いた。

 結局、一週間ほど経って親戚が全員無事と判るまで彼は暗い顔をしていた。今、思い返すと一度だけ似たような状況を見たことがある。1年の時、彼が本気で取り組んでいたはずの部活に顔も出さず教室で暗い顔をしていたことがあった。私はたまたま部活に向かう途中で教室に忘れ物に気付いて戻った時にそんな彼を見つけた。

「どうしたの?いつもは真っ先に部活に行って準備しているのに?」

「うん・・・、飼っていた子猫が昨日の夜亡くなって・・・、なんか、やる気が出なくてさぁ・・・。」

 彼が言うには数日前から調子が悪そうで親猫が子猫を外に連れ出そうとしているので、おかしいと思った親が動物病院で見て貰ったら、大きな骨を飲み込んでそれが内臓に刺さって化膿していて、病院で見て貰った時にはすでに手遅れで助けることは叶わなかったらしい。春先に三匹産まれたのに、立て続けに二匹なくなってショックを隠せないでいたらしい。

「らしくないなぁ。元気出せ!部活行って体動かせば気がまぎれるよ!」

 私はそう言って彼の背中を思いっきり叩いた。彼は「イタッ!」って言ったけど、私を見つめるその眼に力が戻ってきていた。

「らしくないかぁ。そうだね、くよくよしていても何も変わらないし、部活行くわ!」

 そう言うと彼は鞄と部活道具の入ったセカンドバッグを掴む。

「ねぇ、今日いっしょに帰らない?」

「いいけど、なんで?」

 小学生の頃は一緒に帰ろうと声を掛けても普通に「いいよ。」しか返ってこなかった。彼は空手をやっていた影響で「男子は女子を守るもの」と言う心掛けがあったから、一緒に帰ると公道に出てからは恥ずかしそうにしながらも手を引いてくれる。彼が必ず道路側に立ってくれる気遣いもあった。歩行者用道路がない白線だけの道路で車が来れば、止まって道端に体を寄せながら私を見て気にかけてくれる。彼の家は学校の西門を出れば私とは反対方向なのだけれど、自宅に向かう細い道に入るまでは100mも無いから、わざわざその枝道になるところまで送ってくれていた。帰り道の会話は彼には女心など分かるはずもなく、私に勉強の分からないところばかり聞いてくる。

 彼は小学5年生まで正直成績の良い方ではなかった。国語や社会、理科はまあまあだったけど算数はテストで30点取れていないこともよくあった。6年生の時に仲の良かった4人の男子のうち2人が塾に行くようになって成績に差が出始めたころ彼は馬鹿にされたらしい。それが悔しくて、それ以降休み時間の度に先生の所に行っては分からないところを聞いていた。先生が捉まらない時は私や若菜ちゃんのところに来て小学2年生のところから勉強をやり直していて、分からないところ聞いてきていた。特に算数は、彼は相当遅れていた。教えるこっちがどうしたら理解してもらえるか悩まされたほどだった。でも彼は頑張って、算数のテストで88点を取ることが出来た。先生がテスト用紙を返却する時に、

「頑張ったな!88点だぞ!」

 と言った。その瞬間、クラス中の男子が「カンニングだ!」「ズルだ!」と騒いだ。でもそれを先生は、

「休み時間の度に先生の机に来て、分からないとこを聞きに来ていたからズルはしていないぞ!ちゃんと頑張っていたからズルじゃないぞ。」

 と擁護してくれた。私や若菜ちゃんなど彼の勉強を手伝った数名の生徒も彼の頑張りを証明した。それでも負けず嫌いの彼は満足できず、

「じゃあ、次のテストは一番後ろの席で後ろ向きで受ける!」

 と宣言した。先生が「テスト中はズルが出来ない様に先生が見張っているし、頑張っているのは知っているからそこまでしなくていいゾ。」と言うのを聞かずに、次の算数のテストでテスト用紙を貰うと一人机を移動して、スペースのある窓際の教室の後ろの掃除用具入れの前に移動して、一人後ろ向きにテストを受けた。

 そのテストの結果は92点でさらに点数を上げた。先生も、

「これでみんな信じるだろ?ズルはしていないって!」

 男子も単純なものでこれで簡単に彼を信じ、今度はヒーロー扱いだ。ただ、これで納得する彼ではなかった。彼はなおもカンニングを疑われるのが嫌で、席替えで隣の席が私や若菜ちゃんなど彼より成績がいい生徒が横だと、また掃除用具入れの前に移動して後ろ向きにテストを受けていた。

 そんな感じで彼には私と帰る理由があったから、小学6年生になってからはよく一緒に帰っていた。だけど、中学生になってからは「一緒に帰ろう?」と声を掛けても「なんで?」と帰ってくる。その度に「どんな勉強しているか知りたいから。」とか「部活での事を知りたいから。」と適当に理由を付けていた。

 だけどこの日は、

「誰かと一緒なら、辛いことは半分。うれしいことは倍って言うでしょ?」

「そうか。ありがとね!」

 彼だったら恥ずかしがって断りそうな理由だったけど、すんなり受け入れてくれた。彼は私に礼を言うと走って部活に向かった。私も部活に向かうのが遅くなってしまったので、忘れ物をとると急いで部活に向かった。

 夏を前にだいぶ日も長くなったけど、私たち軟式テニス部は日が暮れると部活は終わってしまう。着替えを済ますとみんなを見送って私は体育館に向かう。

 蒸しかえった体育館は扉も窓も全開に開けられていた。私はグランドから近い入口のドアの段差に腰を掛けて、彼の部活が終わるのを待つ。先にバレー部が男女とも終わって片づけをはじめる。次にバスケ部が片づけをはじめる。彼の新体操部が一番遅くまでやっている。当然、毎年九州大会まで行っているのだからそれなりに練習を積んでいるのだから当たり前だ。7時半になって新体操部の先輩たちが帰っていく。その後、彼ら1年と補助に2年が数名残って自主練習を続ける。結局、練習は8時前まで続いた。片づけが終わってみんなが着替えに向かうと彼は一人職員室に向かう。体育館の戸締りのために鍵を借りにいったのだ。鍵を取ってくると鍵をかけるついでに私のところにやってくる。

「ずっと待ってたんだ。」

「うん。」

「ホントに待ってたんだ。遅いから先に帰っててよかったのに・・・。」

「友達甲斐のない事いわないでよ!」

 私は軽く彼を小突く。

「待っててね。すぐに戸締り終わらせてくるから!」

 彼はそう言うと体育館の窓と扉、用具倉庫を全て閉めて鍵まで掛けてくる。着替えずジャージのままで鞄とセカンドバッグだけ担いで職員室に繋がる扉まで走ってくると最後の鍵をかける。

 再び私に、

「あと、ちょっとだから!」

 と言うと鞄とセカンドバッグを置いて職員室に走る。戻ってくるとあの安部譲二に似ている教頭先生と一緒だった。

「お疲れ様です。」

 その場を取り繕うかのように教頭先生に挨拶をする。先生は挨拶を返すと鍵がしっかりと掛かっているか確認してから彼から鍵を受け取る。教頭先生から、

「遅くまでお疲れ様。気を付けて帰るんだよ。」

 と言われて、二人で声を揃えて「はい。さようなら、教頭先生。」と言った。この時はまだしおらしくしていて、この後、この教頭先生に安部譲二のモノマネさせるなんて思ってもいなかった。

 彼が登下校用の靴を履いて、私と帰路についたのを確認して教頭先生も職員室に戻っていく。教頭先生は大変だと思っていつも最後まで残っているのか彼に聞いてみた。やはり、ほぼ毎日最後の見回りまでしているらしい。どうしても用事があって残れない時は最後に戸締りをしたものが職員室の鍵を保管している棚に鍵を戻して、その棚の鍵まで掛けるそうだ。そういう時は大体部活の顧問がやってくれるらしいが、顧問の先生も新婚なのでまれに彼がそこまでするらしい。

 校門を出たところで彼に尋ねる。

「小学生のころまでは一緒に帰る時、手を引いてくれていたよね?」

「そうだね。」

「手、引いてくれないの?」

「そうやって、またボクをからかう!誰かに見られたら変なウワサ立つかもしれないジャン!」

 暗がりなのに彼が赤くなっているのが分かる。私は普通に頼んだつもりだったのに、からかわれたと思われてしまった。それならそれで切り返しがある。

「私たちが最後だから、もう誰もいないよ。それに真っ暗だから私たちって分からないよ。ナイトは女の子を守るもんじゃなかったの?」

 そう言われると彼は弱いらしく、「う~ん」と唸ってから、

「指だけね?」

 と言って、手を差し出してくる。その手の平に私が右手を乗せると人差し指から小指の4本の指だけを私の指に掛けて手を引いてくれる。この稚拙な感じが逆に恥ずかしく思えた。彼は私をリードするように半歩前を歩く。そして、横断歩道を渡ると道路側に並びなおしてくれて、再びぎこちなく手を繋いでくれる。一度、離したらもう繋いでくれないような気がしていたので、彼が再び手を差し伸べてくれた時はそれに気づくのに遅れてしまった。

「うん?」

「なんでもないよ。少し考え事してただけだから。」

 何でもない事のように手を出してきたことに、すこし驚いていたらまさか彼の方に不思議に思われてしまって、咄嗟に取り繕う。

 次に手を繋いで歩きはじめると、彼は半歩前ではなく私の横に付いて歩く。「どうしたのだろう?」と思っていると、

「ねえ、ミスチル好きだったよね?」

 と珍しく、帰り道に勉強以外のことを彼が聞いてきた。学校では普通にこんな話もするのだけれども、彼が一緒に帰る時にこういう話を全くしてこないのはいつも不思議に思っていた。だけど、学校の延長だと思えばたいして不思議でもない会話だ。たまたま、今までが勉強の話しか黙っていただけだと思った。

「好きだよ。桜井さん、カッコいいよね!」

「ええっ!曲じゃなくて桜井さん?!」

 彼の手に少し力が入ったのが分かる。

「なんだ、顔なのかよ。」

 怒ったり、ガッカリしたり彼の心は大忙しのようだ。

「なに?ヤキモチ焼いてるの?」

「そんなんじゃないよ!」

 また怒った。ヤキモチを焼いてくれるのが嬉しいのと悪戯心が私を高揚させる。

「桜井さんは大人だし、ミュージシャンだし、遠い存在なんだから憧れるくらいいいじゃない。」

 私は悪戯心をぐっと押さえて、少しだけ彼に弁明する。彼を見つめると目を逸らされてしまう。

「ねえ、怒ってるの?」

「怒ってないよ!いい曲歌うから歌が好きなのかなぁって思っていたから、ちょっと残念だなぁって思っただけだよ。」

「曲ももちろん好きだよ。だけど、プラスカッコいいから仕方ないじゃない!」

「・・・。」

 彼は黙ってしまった。

「ねぇ、テレビの人でもわたしが他の男の人を良く言うのはいい気持ちがしない?」

「・・・。」

「それを『ヤキモチ』って言うんだよ?」

「違うし!からかわないでよ!!」

 もう少しだけからかおうと思っていたけど、完全にすねてそっぽを向いてしまった。しょうがないから話題を戻すことにする。

「で?」

「?『で?』って?」

 彼が不思議そうな顔でこっちを見る。やっと目が合った。

「ミスチルのことで聞きたいことがあったんじゃないの?」

「ああぁ、そうだった。」

 彼は思い出したように話し出す。

「この前、ラジオでノーカットで『君がいた夏』と『友達のままで』が流れたの録音して聞いてるんだけど、CD持ってたらカセットにダビングしてほしいなと思っててさ。」

「そうなんだ。実はわたしもCDは持って無いんだよね。」

 私たちが中学に上がったばかりの92年はCDが普及し始めて間もなかったので、CDラジカセは中学生の私たちには高価な物だった。当然、CDもなかなか買えない。シングルCDで千円くらい、アルバムで3000円なので少しお小遣いを我慢すればアルバムも買えないことはないのだけれども、私たちの町にはレコード店が無く隣町まで行かなくてはならなかった。列車の運賃も考えるとなかなか手が出せなかった。

「一応、お姉ちゃんが持ってるから頼んでみようか?」

「イイの?」

「あんまり、期待しないでね。」

 彼の顔が急に明るくなった。それはそれで嬉しかったのだけれども、私は嫌なことを思い出して彼に当たってしまう。

「ねぇ、聞いてよ!お姉ちゃんって、ヒドいんだよ。CDラジカセ買うときに『二人で使うから』って言うからわたしも少しお金出したのに、全然私に貸してくれないんだよ!!」

 私は彼に甘えて、少し当たって、少し共感してもらえるだけでよかったのに彼は「ポカン」と呆けている。

「どうしたの?」

 同意が欲しい私は彼が何を考えているか分からず問いかける。

「・・・いや、君が誰かの悪口を言っているのを初めて聞いたから、意外だなぁと思ってさぁ・・・。」

「そうだっけ?」

 思わずそう答える。私は彼の前でそこまでいい子をしていただろうか?そこまで自分を隠していただろうか?今まで彼とは色々話をしてきたつもりだけれども、悪口の一つくらい言っているような気がするけれども、彼の中の私はそんなイメージなのだろうか?

 なおも姉の悪口を言う私を彼は複雑な表情で聞いてくれている。笑顔で「そうだね」と言ったり、苦い顔をして「そうだね」と言ったり・・・。彼は確か妹がいたからきっと姉と同じようなことをしていて、今反省しながら「そうだね」と言っていたんだと思う。一応、私の話を嫌がらずに聞いてくれている。彼は興味がない時や嫌な話をされているときは、あまり関わりたく無いので「ふ~ん」しか言わない。三園さんとの話に付き合わされているときはよく「ふ~ん」がでている。

 そうこうしている内にいつもの分かれ道に入った。

「じゃあね。」

 と言って繋いでいた手を放そうとすると、強く握り返されて離してくれなかった。

「もう少しだけ、付き合うよ。今日は体を動かし足りないから、こっちからランニングしながら帰るよ。」

 そう言って、彼は私の家の方の道に向かって手を引く。ただ、私の家に向かうさらに細い枝道に入る角まではほんの15mほどしかない。なんだかいつもより歩く速さが遅くなっているような気がする。彼は黙って私の手を引いて歩く。それでもあっという間に枝道に入る角まで来てしまう。カーブミラーのところで彼は立ち止まる。

「ここでいいよ。送ってくれてありがとう。」

 私はそう言って彼から手を放す。今度は抵抗されることなくするりと指が抜ける。

「こっちこそ、付き合ってくれてありがとね。」

 そう言うと彼は私に手を振る。私は手を振りかえすと「バイバイ」とだけ言って、未練が残りそうなので振り返らずに走って帰る。家に帰りつくと家の中に入らず、家の裏の方に回る。裏に回ると田んぼや畑が広がっていて、100mくらい向こうに道路が見える。彼が本当にランニングをしていればそこに姿が見えるはずだった。

 彼は本当に鞄を重そうに揺らしながらランニングをしていた。私は別にあの言葉が本当でも嘘でもどちらでもよかった。あの言葉が本当で、体を動かすことで気持ちが晴れて明日、いつもの元気な彼と会っていつものように話ができるならそれはそれで良かった。ただ、私はほんの少しだけ、彼が少しでも私と一緒に居たいための嘘であることに期待していた。だから、ほんの少しだけ残念な気持ちで走る彼の姿を眺めていた。彼の姿が東の雑木林に隠れて見えなくなってもその先を恨めしそうに眺める私がいた。

「そんなところで何してるの?早くウチに入りなよ。『遅い!』ってお母さん怒ってるよ。」

 不意に窓から顔を出したお姉ちゃんが私に呼びかける。

「うん、すぐに入る!」

 やっぱり、見なければ良かった。私の寂しい気持ちとさっき話題に上がったばかりだからミスチルの『君がいた夏』のサビが私の頭に浮かんでくる。

「♪

   また夏が終わる もうさよならだね

   時は二人を 引き離していく

   おもちゃの時計の針を戻しても

   何も変わらない

   Oh I will miss you.

                         ・・・♪」

 私は少し大げさかもしれない。明日になれば普通に会えるのに、もう会えないような寂しさに気持ちなって泣きそうになる。彼の事を考えて、食事ものどを通らない。宿題をしていても、お風呂に入っていても、布団に入ってもなかなか寝付けない。あの頃の私は全部彼だった。彼が楽しめていればそれはそれでいいのだけれど、悲しんでいれば、落ち込んでいればそれも全部私に分けて欲しかった。

 この日と彼からの初めてのプレゼント貰った日、最後に彼から「一緒に帰ろう」と誘われたあの日を除いて彼と二人きりで楽しく話した帰り道は無かった。

 2月の寒い日だった。明日は私立高校の入学試験と言う事もあり、いつもより遅くまで放課後の職員室後ろの勉強会もやっていた。人数もほとんどのメンバーが参加して職員室が生徒で溢れかえっていた。いつも通り4時から始まった勉強会も昼過ぎから降り始めた雪の影響で家の遠い生徒たちは苦手部分の最終確認で先生たちを捕まえて質問攻めして、4時半から5時には帰って行った。7時過ぎまで残っていたのは、家の近い私と彼と尾道君と成田さんの4人だけだった。帰る準備を始めると3人は何かを話していた。今日は3人で帰るのだろうと思って私は3人に「バイバイ、明日は頑張ろうね!」と言うと一足先に学校を出る。一段と降り出した雪はいつの間にか先に帰った生徒たちの足跡を消していて、私の歩いた後に道が出来る。5㎝以上積もった柔らかな雪が一歩歩くごとに登校靴の学校指定のスニーカーにじわじわとしみ込んでくる。

「冷たいな。早く帰ろう。」

 そんなことを思いながら歩みを早める。学校を出てすぐの横断歩道を渡り、私の家への一番の近道の警察署に抜ける細い道に入る。小さな下り坂があって、雪で滑りそうになるのを気を付けながら歩く。5mもない小さな坂を下りきると、再び歩みを早める。

「ザクッ、ザクッ、ザクッ!」

 新雪を深く踏み込んでいる音が後ろから一足飛びに坂を駆け降りてくる足音を教えてくれる。私の名前を呼ぶ声がして振り返る。吐く息が物凄い量で白くなる。どれだけの距離を追いかけて走ってきたと言うのだろう。彼は息も整わないうちから語りかけてくる。大きな白い息が何度も彼の顔を隠す。

「手を出して!」

 私は何の疑いもなく手を出す。すると彼はポケットから小さな巾着袋のようなものを出す。よく、指輪を一時的に入れておくときに使うような小さくて丸みを帯びている可愛い袋だった。それの口紐をほどくと私の手袋に包まれた小さな手の平に袋の中身をひっくり返す。

 私の手の平には紫色に透き通るきれいな石が十数個広げられる。一つ一つは1センチにも満たないものばかりだったけどどれも綺麗だった。私はその美しさに顔が綻ぶのを感じる。小さく「わぁ」と声が漏れる。

「アメジストって言うんだって。気持ちを落ち着かせて集中力を上げる力がある石らしいよ。」

 少しだけ彼の顔を見る。寒い中走ってきたから顔が、鼻の頭も耳の先も真っ赤になっている。目が合うと彼は本当に初めて見たと思うほど心から嬉しそうな笑顔を私に見せる。私は何故が恥ずかしくなって宝石に目を戻す。ちょっと誤魔化すように言う。

「きれいだね。本物?」

「小さくて安物だけど、本物だよ。」

 本物かぁ。安物かもしれないけど、お母さんの指輪以外で初めて間近で本物の宝石を見たかもしれない。

「どうしたの、コレ?」

「明日のお守りに買ってきたんだよ。」

「へぇ、もしかして私にくれるの?」

「もちろん、そのつもりだよ。」

「ありがと。」

 そう言って、私はいつかの消しゴムのように人差し指手アメジストのいくつかを指で突いて手の平で転がしてみる。浮かれている自分に気付いて慌てて冷静さを取り戻す。私は彼の前で浮かれた時はいつも大きな失敗をしている。落ち着いて考えてみる。「安物っていっても、これだけの量の本物の宝石にいくら掛けたんだろう?」「どうして、こんなに沢山あるんだろう?」などと考えて一つの答えを出して彼に答える。

「でも、やっぱりこんな高価そうなもの貰えないよ。」

 申し訳なくて彼の顔を見れなかった。

「加工できないくらい小さいから、まとめて買っても安かったから気にしなくていいよ。」

「でも・・・。」

 彼の優しさが私の心も体も締め付ける。

「勉強会のメンバー全員に配っているから、君にも受け取ってほしいんだけど?」

 自分で自分の顔が曇るのが分かる。冷静になれていてよかった。浮かれたままだったら、また彼とケンカになっていたかもしれない。「やっぱり私だけではないんだ・・・。」何個もあったから、そんな事だろうと思っていたから、覚悟は出来ていたけど・・・。今では燃えるような恋でもないし、ときめきもない。それでもちょっとだけ彼の特別でありたい。だから、捻くれ者の私は彼にそんな事を言われると、「本当にあげたい人は誰なんだろう?」とか「私は誰の隠れ蓑で、プレゼントされているのだろう?」とか「勉強会のメンバーで渡されるのは、私が一番最後なんだ。大切な人から順番に渡すよね。だとしたら、私は一番下なんだよね。」などと考える。

「じゃあ、この一番小さいのでいいよ。」

「もうちょっと、大きいの選んでもいいんじゃない?」

「いいよ。かわいいし、わたしにはこれで十分だよ。」

「そう?じゃあ、それをあげるね。」

 私には、彼のなかの私の優劣順位であればこれでももったいないくらいだと思う。私はその一番小さなアメジストを指で摘みあげると、落とさない様に、手袋越しでも感覚をしっかり確かめるように力強く握りしめる。

「うん、ありがと。」

 二度目の「ありがとう」を聞くと彼は、またとてもうれしそうな顔をする。釣られて私も笑顔になる。それで少しだけ曇った私の心も晴れた。

 彼はふと学校の方を振り返る。気になって私もその方向を見る。この細い枝道の入り口のところに尾道君と成田さんが立っていた。私たちが二人に気付いたのを確認すると二人は私たちに手を振って大通りの方に向かって歩いて行く。私は大きな謎を抱える。成田さんは彼と分区が一緒だから彼と同じであっちの道で帰る日もあっても不思議ではない。しかし、尾道君は私たちのいまいるこの道を帰る方が近道だ。この道から警察署のある交差点に出て小学校と公民館の前を通って国道に出て、右に行けば尾道君の住む自衛隊の官舎。左に行けば私の家に向かう分かれ道。勉強会に参加するようになってからは私と尾道君の二人で帰る日もある。尾道君と二人の時に後ろから彼が追いかけてきて3人で帰ることもあれば、逆に彼と二人のところを尾道君が追いかけてくるときもある。本当に時々だけど成田さんと4人の時もある。だけど、今日はあの二人は明らかに私と彼を二人きりにしてくれた。彼が二人に手を振るから、私も二人に手を振る。

 すぐにのぼせ上がる私は二人の行動で細やかな期待と共にある仮定を立てる。学校で3人が話していたのは私にプレゼントをするための算段を立てていたのではないか?どういったら私が受け取ってくれるか彼は相談していたのではないか?「全員に配っている」と言えば確かに受け取るだろう。思い返せば全員に配っていれば私が選べるアメジストは数個といったところだろう。しかし、10個以上残っていた。だとすれば配っていたとしても5人程度になる。尾道君、三船君あたりには本当にあげているだろうけど、あと数人は誰だろうか?成田さん?小山さん?南さん?三園さん?勉強会の初期メンバーで彼ともかかわりの深い人ばかりだけ?最低限、そのメンバーに配ったとして私が最後なのはこの状況を狙ってた?

 いやいや、そんなはずは無い。冷静になれと自分に言い聞かせる。きっとこうだ。彼はさっき尾道君と成田さんに先にアメジストを渡していたんだ。彼が私に渡すために走って行ったのを見て、彼が私に好意があると勘違いをして気を使ったんだ。尾道君はよく一緒に帰っているから私たちの仲を知っている。だから、あまり一緒に帰ることのない成田さんが勘違いをして尾道君を誘って別の道で帰ったんだ。アメジストは進学校を目指している初期メンバーだけではなく、他の学校を目指している後から参加したメンバー分もあって配りきれなかったからなんだ。と半ば強引に『私の為』説を否定する。

「一緒に帰ろうか?」

 彼も二人は後からやってくると思っていたのだろうか?二人に手を振りながらも不思議そうな顔をしていた。そのままの顔で私を誘ってきた。呆けたその顔が少し可愛かった。

「うん。」

 私の返事は「Yes」しかなかった。本当は彼の優しさが辛くて一人になりたかったけど、ここで断れば彼にも、あの二人にも悪い。私は返事をして頷くとそのまま少し俯いて考え事をしていた。私のこの後の立ち振る舞い方を考えていた。

 彼の手が手袋越しに私の頭に触れる。左右に三つ編みにした髪の分け目を崩さない様に丁寧に私の頭に積もった雪を払いのけてくれた。

「傘持って来てないの?」

「うん、こんなに降るとは思ってなかったから。」

 私は俯いたまま返事をする。彼のこういうマメなところはいつもは嬉しかったけど、この時ばかりは余計に思えた。私の心をチクチクと刺してくるからだ。

「ちょっと待っててね。」

 そう言うと彼はセカンドバッグの中から折り畳み傘を出して広げる。小さな折り畳み傘は二人を十分には雪から守ってはくれない。彼は私に雪が降らない様に多めに傘の中に入れて、彼は私に肩が触れるくらいには近づいているけど、首を傘の中に向けて傾げている。肩には雪が積もっている。歩き出すと私に触れるの避けるようにフラフラしてさらに歩き辛そうだし、傘からもっとはみ出してしまう。

「ねえ、もっと寄らないと傘から出てるよ。明日風邪ひいたら大変だからくっ付いていいよ?」

「僕は大丈夫だからいいよ。」

 案の定と言うか何というか予想通りの返事過ぎて次の言葉が浮かばない。私はどうしようかと考えた結果、この雪の中落としてしまったら見つけだすことはもうできないくらい小さなアメジストを、落とすことの無いようにしっかりと握りしめていたアメジストを、セーラー服の胸ポケットに入れることにした。滑り落とさない様に気を付けながらアメジストをポケットに入れると空いた右腕で傘を差す彼の左腕に抱き着く。傘は少し下がって、傘の骨が彼の頭に触れている。しかし、これで彼もしっかりと傘に入れた。彼と腕を組んだのはこれが2度目だけど、初めて腕を組んだ時は間に松葉杖もあったしこんなに彼にくっ付いたのは初めてだった。私は恥ずかしくなって、それを誤魔化すために話題を探す。

「ねえ、明日の・・・」

「待って、今日だけは勉強とかテストの話はやめよう。」

 彼が私の話を遮った。

「力が入りすぎて、明日の試験失敗したくないジャン?いつもの様な話をして、リラックスして明日に備えようよ。」

 彼は、少し恥ずかしそうにそっぽを向いてそう言った。わざわざそっぽを向く意味は分からなかったけど彼の言うことももっともだ。

「そうだね。」

 といったものの最近は勉強の話ししかしてきていなかったから、急に普通の話題と言われても話題が見つからない。少し黙って話題を探っていると彼から話題を振ってきた。

「ミスチルの『Tomorrow never knows』いい曲だよね?」

 勉強以外で彼との共通の話題はミスチルと友人たちの面白かった話くらいしかない。彼が必死に探り出した話題は数が月前にリリースして未だヒット中のミスチルの曲の話題だった。私はいつもの調子で彼の話に乗っかる。

「いい曲だよね。私も好き!」

 そして、いつもの悪い癖で彼をからかう。

「じゃあ、『分かり合えた友の愛した女』って私のこと?」

「また、そうやってからかう!単純に『明日のことは分からないから頑張ろう!』って気になれるジャン!」

 イタズラっぽく言ったことで伝わったらしく、彼はいつも通り少し怒ってリアクションをしてくれる。

「あはは、冗談だよ。私もそうだからあの曲好きだよ。」

 この後、また桜井さんがTVでカッコ良かった話をしてワザと彼を少しだけ不機嫌にさせる。いつかの様に「ヤキモチ焼くな」と言って彼をまたからかう。そうしていつものように不機嫌になって話してくれなくなった彼を今度は私から話題を切り出して笑わせる。先日、尾道君が話してくれた失敗談や私が肩もみを頼んだらいやらしい顔をしたから断った時の話をした。彼は嬉しそうにそれらの話を聞いてくれて、都度笑ってくれた。気が付けば曇っていた私の心はすっかり晴れていた。いや、少し違う。今降るこの雪の様に小さな灯りをそれぞれが反射させて、一つ一つの雪の結晶が輝いて、街を照らしているのと同じように一つ一つの彼とのやり取りと過去の思い出が輝いて私の心を照らしてくれていた。

「あはは、みっちょんらしいwww」

 そのほかにもいろんな話をした。普通に帰れば10分もしないでついてしまう家にもなかなかたどり着かない。きっと積もった雪で足場が悪いせいだろう。きっと、慣れない相合傘で歩幅がうまく取れないせいだろう。きっと、フラフラ歩く彼の所為でまっすぐ歩いていないからだろう。時間が経つのも寒さも忘れて二人で歩いた。いつもは暗い夜道なのに、今日はとても明るい。街の細やかな灯りを雪がそれぞれに反射させているせいだ。今夜は彼の笑顔もヤキモチ焼いてすねた顔もハッキリと見える。あの日の様に闇夜に紛れて、恥ずかしさを隠すことも忘れて二人の時間を過ごした。

「じゃあ、明日お互いに頑張ろうね!」

 そう言って別れたあのカーブミラーの下。彼は私が見えなくなるまで曲がり角に立って手を振ってくれている。申し訳なくて、何度も振り返っては手を振りかえした。彼が見えなくなってから、しばらくして引き返す。彼がランニングコースから帰ったか、普通に帰ったか確かめに戻ってみた。彼は今日は普通に大通りに戻って帰っていた。私は私に気付いていない彼の背中に小さく手を振ると今度こそちゃんと家に帰る。

 家に帰るなりお母さんに怒られる。帰宅したのは8時前だった。たったあれだけの距離を30分以上かけて帰っていた。余りの楽しさに時間を忘れて、私自身はいつも通りの10分くらいの時間にしか感じていなかった。二人だけ時間が止まってたのではないかと錯覚するくらいの時間差がそこにはあった。私は急いで晩ごはんとお風呂を済ませる。

 お風呂から上がるとハンガーに掛けた制服の胸ポケットを確認する。微かな感触から彼から貰ったアメジストを見つけ出す。「今度こそは」としっかりと握りしめると母親のところに手頃な袋がないか尋ねに行く。お母さんから何に使っていたのかは分からないけど、少し曇った半透明のチャック付きの4㎝×5㎝くらいのビニール袋を貰うとその中に彼から貰ったアメジストを入れる。

 それを一旦は勉強机の引き出しに入れたのに、参考書などを広げた後また、引き出しを開けてアメジストを眺める。しばらくして私はせっかく広げた参考書を片付け始める。きっと今日は勉強に身が入らないと分かったからだ。彼の言うとおり今日は力が入りすぎない様にリラックスすることを優先することにした。

「ねえ、それどうしたの?」

 お姉ちゃんに急に話しかけられる。私はこのアメジストを眺めてきっと顔は綻んでいただろう。お姉ちゃんが高校生になってからは正直ケンカも増えてお姉ちゃんにこれを見られるのは面倒くさいことになる予感しかしなかった。

「どうもしてないから!」

「ねえ、それ本物?」

「どうでもイイでしょ!」

 怒っている私など意に介さない様にお姉ちゃんは自分の疑問をぶつけてくる。

「ああ、分かった。あの子、保育園から思っている男の子に貰ったんでしょ?」

「だから、誰からでもないし!」

「図星なんでしょ?あんなに嬉しそうな顔してるの初めて見たし!」

「だから、違うって!」

「あんた達!近所迷惑だからケンカはやめなさい!」

 急に部屋に入ってきたお母さんに怒られる。さらに私は「明日は入試なんだから早く寝なさい!」と怒られる。渋々私たちは大人しくすることにする。

「ねえ、さっきの取らないから見せてよ。」

 お母さんが部屋から出るのを見てお姉ちゃんは会話を再開させる。

「いやだ。」

「ねえ、イイでしょ?誰からか貰ったものでもない、どうもしてない物なんだったら少しくらい見ても悪い理由ないでしょ?」

「・・・。」

 とんでもない誘導尋問だ。見せるか、好きな人から貰ったことを打ち明けるしかないなんて・・・。

「ちょっとだけだよ。」

 そう言ってアメジストをお姉ちゃんに渡す。正直、ビニール袋越しでも触ってほしくなかった。彼と私の二人だけが触れたものであってほしかった。幸い、お姉ちゃんは袋から出すことは無くビニール袋越しに見てくれた。

「へえ、アメジストか。確か『願い事は叶う』だったかな?」

「えっ?!何それ?『リラックスして集中力が上がる』んじゃないの?」

「ああ、なんかそんなのもあるね。あのね、石の光の波長でねリラックス出来たりするらしいんだけどね、私が言ったのは石の持つ意味みたいなものだよ。花に花言葉があるみたいに、例えばダイアモンドなら『変わらぬ愛』みたいに意味があるんだよ。だから花束みたいに相手に指輪とかネックレスにしたりしてプレゼントするんだよ。」

「へぇ、そうなんだ。」

「その子が意味を知ってるにせよ、知らないにせよあんたはその子に思われているんだよ。」

 そう言うとお姉ちゃんはアメジストを私に返してくれる。

「そっかぁ。そうなんだぁ・・・。」

 大事そうに受け取る私を見てお姉ちゃんはにやける。

「そんなに大事そうにして、プレゼントされたってバレバレだし!」

「もう!分かってるなら一々言わなくてもいいでしょ!」

 私は身近にあったクマのぬいぐるみを投げつける。お姉ちゃんはあっさりとキャッチすると私にパスをするように返す。

「はい。今日はもう勉強しないの?」

「力が入りすぎて明日失敗しない様に言われたから、今日はもう勉強しないことにしたの。」

「そう。それもその子に言われたの?」

「先生だし!」

 どうやら私の嘘はお姉ちゃんにはバレバレの様でニヤニヤしている。

「そう。明日は滑り止めだけど、その子と同じ高校行くんでしょ?頑張らないとだね。合格祈願までされているんだしね!」

「うん・・・。って、なんで同じ高校のことお姉ちゃん知ってるの?」

「あっ、しまった。ごめんね、FAX見ちゃった。」

 お姉ちゃんは「てへ」って感じで舌を出して謝ってくる。

「まじサイテー。人のモノ勝手に見るな!」

 この後、私の大声でお母さんが再びやってきて二人して怒られる。明日の入試を心配されてお姉ちゃんは私の倍怒られた。

 次の日、私立高校の受験会場に彼の姿を見かけなかった。近隣の中学生のほぼ全員が本命、滑り止め様々な理由で受験をするので物凄い人数がいるから見つけられないのだと思った。だけど、尾道君と三船君を見つけたから彼がどこにいるか聞いてみて驚かされた。彼は本命の公立高校一本だけしか受験しないらしいのだ。

「まさに『背水の陣』だね。」

 と私が言うと、

「みっちょんが同じこと言ったら、アイツ『違うよ。四面楚歌なんだよ。』って言ってたんだけどオレ頭悪いから意味が分からんかった。」

 と三船君が答える。尾道君は何か知っているかのようだが言えないので黙って視線を逸らす。

「意味わかる?」

 三船君に聞かれる。

「さあ?『四面楚歌』って敵に囲まれて負けを悟るって意味でしょ?滑り止めを反対されたって事?普通、本命の入試の時に風邪とか失敗とかしないように滑り止め受けさせるもんじゃない?」

「それが分からないんだって!」

 彼が受験しない理由が分からないまま、二日間の入試日程を終える。試験の終わりに同じ学校の生徒で集まっているときに尾道君が話しかけてきた。

「オレ、一応滑り止め受けさせて貰えたけどアイツと一緒で本命受からなかったら親に自衛隊に入れって言われてるんだ。アイツも受験失敗したら『家を継げ』って言われたらしい。なんか、親とうまく言ってないみたいなんだ・・・。」

 一昨日はあんなに嬉しそうにしていたのに、どこにそんなに闇を抱えているのだろう?親とうまくいってなくて『四面楚歌』の状態で彼は一人、孤軍奮闘している。この後、尾道君からアメジストのお守りを入試の前に貰っているのは尾道君と三船君と私の3人だけだと知らされる。もちろん、本当に勉強会のメンバーに配るつもりらしいのだけど私たち以外には本当に『リラックスして集中できるお守り』としてだけど、私たちには『一緒の高校に行こうという願い』も懸けられているらしい。私がはじめて貰ったプレゼントは確かにアメジストだけれど、それより前にずっと前からいろんな物を彼から貰ってきた。恋も青春も思い出も。他のみんなよりはちょっとだけ彼の特別な存在のつもりでいた。恋人ではなくても他の友人たちよりは悩みも愚痴も聞いてきたつもりだった。それなのに、こんな人生の分かれ道になるような本当の悩みは言ってくれていないなんて、これまでの私たちの時間は何だったんだろうかと思う。私の本当に欲しかった彼ものは、良いことばかりではなく、辛い事や悲しいことがあればそれも分けて欲しかった。こんなきれいな石ではなくて1年の時の様に苦しみを分けて欲しかった。私が欲しかった初めてのプレゼントは1年の時にもらった彼の苦しみだ。それをもっと、もっともっと欲しかった。

 今更ですが軽い設定のお話しですwww

 話の書き方的にお気づきだとは思いますがケータイ小説風の書き方をしてます。理由は主人公たちの時代背景が90年代の青春でその子たちが成人した時くらいに流行ってたのがケータイ小説で私小説風の内容が流行っていてそれを主人公がやっているかのような感じにしたかったからです。

 ほんと、今更ですよねwww

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