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よろしくお願いいたします。

俺みたいな人間はどこにでもいる。


平凡な会社員で、平凡な妻がいて、平凡な高校生の娘がいる。そんな人間はどこにでもいる。




「ちょっとぉー! 早く出てきてよ!」


ドアを乱暴に叩かれて我に返る。

やれやれと溜息を吐きながらパンツとズボンをあげてレバーを回した。

激しく流れる水音とともにトイレから出ると、娘の亜美が俺を睨みつけていた。


「毎日毎日! なんでトイレ占領すんの!? マジありえない!」


茶色く染めた髪に派手な髪飾り、これでもかと短くしたスカートに我が子ながら太い脚。

天ぷらを食べたあとのようなテカテカとした唇はだらしなく着崩した制服とある意味お似合いだ。


「はいはい、悪かったよ」


娘には分かるまい。

妻、娘と、自分以外女しかいない家庭の男は肩身が狭い。トイレぐらいでしか息がつけないのだと。

軽く舌打ちのようなものをされ、入れ違いにトイレを替わると「くっさ…!」と嫌味ったらしい声が聞こえた。



新聞紙を持ちながら朝食の席につく。

こんがり焼けたトーストと目玉焼きとウインナー、インスタントのコーンスープ。若い頃はこれでも良かったが、歳をとるにつれきつくなってきた。

たまには和食が食べたい。


妻が慌ただしく動いているのを横目に見ながら、白ごはんと味噌汁を想像して食べた。

毎日同じメニューなのだから味わって食べる必要もないだろう。


「パパ。私、同窓会、今日ですからね」

「…あぁ」

「夕食は冷蔵庫にあるのチンしてね」

「…あぁ」

「帰ってくるのは明日のお昼ごろになるからね」

「…あぁ」

「ちょっと、聞いてる!?」

「…あぁ」

「…もうっ!」


最近妻はくだらないことで怒るようになったと思う。

結婚前より太ったし詐欺にあった気分だが、こちらも腹囲と頭皮が気になっているからお互い様だろう。


「あー! もうこんな時間!」

「もー…だから何回も起こしたでしょう?」


大袈裟な足音をばたつかせて娘が駆け込んできた。

これも毎朝のことだ。妻は文句を言いながらも手に用意していたお弁当箱をパスして娘の背中を叩いた。


「オッサンがトイレ占領するからだって!」

「こら! パパに向かってオッサンなんて!!」


娘はいつからか俺をパパと呼ばなくなり、オッサンと呼ぶようになった。可愛げの欠片もない。


「いってきます!」

「はいはい、いってらっしゃい」


朝食を食べ終わり、新聞紙をもってもう一度トイレに入った。やっと少しはゆっくり出来る。


いつも通りベルトを外しズボンとパンツを下げて便座に座った。新聞紙を広げる。


また総理の支持率が下がった。やはり先日の問題発言のせいか。あの取引先の会社の社長はやたらと政治について語りたがる。

またリコールか。トヨダの株がまた下がるな。

女優の結婚発表?興味がないが一応チェックしておこう。最近の若い女優の名前を言われてもみんな同じ顔に見えるが、なんとなくは聞いたことのあるような名前だ。


トントン

ドアがノックされる。


「じゃあ私も、もう出るからね! 戸締りよろしくね! あと廃品回収のダンボール、置いておくから出しておいてね!」

「……」

「聞こえてる!?」

「…分かった、分かった!」

「もうっ! じゃあいってきます!」

「あぁ」


結婚相手は一般男性?どうせどっかの若いベンチャー企業の社長だろう。金のないやつが美人女優と結婚なんて出来るわけがない。友達の紹介?どうせ合コンだろう。



_バタン



ふと腕時計を見る。そろそろ俺も会社へと向かう時間である。

いつも通りパンツとズボンを上げベルトを閉める。水を流すレバーを回し、流れ出た水で手を洗う。タオルでパッと拭う。

新聞紙を片手にドアノブに手をかける。

回す。

押す。


ガタッ


開かない。


「…は?」


トイレのドアの前に何かが突っかかっている。押しても引いても開く気配がない。


「おーい!」


ドンドンと乱暴にドアを叩く。いつもは家にいる妻も、たしか、さっき出ていった気がする。

そういえば何か言っていたな。


…今日は廃品回収。そのダンボールがドアの前で引っかかっているのだろう。


汗が一気に吹き出る。

窓からはジリジリと熱が射す。



今は七月。

ここは八階のマンションのトイレ。


顎を伝って汗が流れた。


俺はどうやら真夏のトイレに閉じ込められてしまったらしい。




ありがとうございました

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