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一九九九年、夏。

作者: 恋音ちひろ
掲載日:2020/10/08

 一九九九年、夏。

 八月二十八日。

 夏の終わりに僕は生まれた。


 同じ日に、ある女の子が生まれた。


 その子と僕が知り合ったのは、中学生になった時だ。


 彼女の名前は、坂井美穂。

 僕が中学一年生の時に、同じ美術部に居たのが彼女だった。

 僕の学校は一学年六クラスだったから、他のクラスの子のことは分からない。

 彼女との唯一の接点が、部活だった。


 彼女は、いつも長い黒髪をポニーテールにして一つに結んでいた。

 制服の白いシャツに映える真っ黒な髪が、僕は好きだった。


 物静かで、いわゆる陰キャだった僕は、彼女を遠くから見つめることしか出来なかった。

 暇なときには、いつも彼女の絵を描いていた。

 その日までは。


 中学二年の時、同じクラスになった。

 僕らの美術部はさほど人数が多くないので、教室で彼女から声をかけられた。


「雅人くん、友達になって」


 突然のことに驚いた僕だったが「いいよ」とだけ返事した。


 彼女は、一年の時の友達とクラスが離れてしまったらしい。

 僕も、唯一の親友とは違うクラスになってしまった。

 そんなこともあり、気が付けば一緒にいるようになった。

 部活終わりに、途中まで一緒に帰ることもあった。


 同じ日に生まれたことを知ったのは、夏休み明けの英語の授業で、夏休みの思い出をスピーチした時だった。

 僕が自分の誕生会の話をし、直後の休み時間に彼女が話しかけてきた。

「雅人くんも、八月二十八日生まれなんだね」

「も? 誰か一緒なの?」

「私も同じ日だよ」


 その日以来、さらに心の距離が縮まったような気がしていた。

 来年の誕生日は、一緒に祝おうなんて話もしていた。

 三年の春の修学旅行では、一緒に水族館を回ることになった。

 水族館では、お揃いのウミガメのストラップを買った。

 お互い、携帯に付けることにした。

 まるで恋人のようだと思いながらも、付き合うという発想がなかった僕が告白をすることはなかった。

 ただこのまま、友達としてずっと一緒に居られたらいいと思った。


 その幻想が崩れたのは、夏が来る前だった。

 彼女に彼氏が出来たのだ。


 それ以来、僕は何となく彼女の隣に居づらくなった。

 徐々に空いていく距離。


 結局、高校は別々の学校に行ったので、彼女とはそれっきりになってしまった。




 そんなことを思い出しながら、実家の縁側でジュースを飲む。

 平成最後の夏だ。

 まだ僕らは二十歳を過ぎていない。

 今年の誕生日も、両親に祝ってもらった。

 大学の同級生に誘われたが、実家に帰ってゆっくりしたいと言ったら、承諾してくれた。

 彼女はどんな誕生日だったのだろう。


 来年には二十歳になる。

 僕らが二十歳になる前に、平成が終わる。


 世の中が二〇〇〇年代に突入する前に生まれた僕らが大人になる前に、先に平成が終わる。


 そこに深い意味があるかは分からない。


 ただ、来年には何かが変わってしまうのだと思うと、その前にもう一度彼女に会いたいと思ってしまった。

 どう考えても、どうあがいても、彼女がどこにいるか検討がつかない。

 実家の場所は覚えていても、会いに行く勇気がない。


 そこにあるのは、何か後ろめたい気持ちであることに間違いはないのだが、この感情に名前を付けることは当分出来なさそうだ。




 二日後、僕は普段の生活に戻るため、実家を出て自宅に帰ろうとしていた。

 まとめた荷物を持って、電車に乗る。

 ある駅に停車した時、窓の外を眺めていると、ふと一人の女の子に目が留まった。

 その子の何が、僕を惹きつけるのかは分からない。

 しばらくしてその理由が分かった。

 彼女のポケットからちらっと見えたそのキーホルダー。

 もう何年も前になるのに、覚えている。

 彼女とお揃いで買ったものだ。


 駅で見たその子が、本当に彼女であるか確証は得られない。

 たまたま、同じキーホルダーを持っていただけかもしれない。

 一瞬で彼女と分かるほど、僕は彼女の顔を覚えている訳ではないし、女子の場合は中学生の頃と大学生になってからでは大違いだろう。


 真実はどうであれ、あれが彼女で、笑って生きていてくれれば、それでいいと思えてしまった。


 いや、噓だ。

 僕はまだそんなに大人びてなんかいない。

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― 新着の感想 ―
[一言]  1999年かあ、つい、こないだのような。  そうですね、その年に生まれた人は、今は二十歳をこえているんですよね。  そりゃ、私も年をとるわ(笑)。  淡い初恋の素敵なお話でした。  ちょ…
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