池田に報告したらば
とりあえず、池田に連絡を取ってみた。
「……ということがあってな」
何とかしてくれねぇか?
と言いたかった。
だが、絶望はしたくなかった。
何とか解決してくれる可能性を消したくなかった。
頼むと、池田はおそらく何とかしようとしてくれるだろう。
けど、何ともできなかったら?
何の解決にもならなかったら?
他に頼りになる奴なんていない。
そうなったら、もう匙を投げるほかない。
それほどまでに、人形の、本尊のそばへの転移は、俺にとっては強烈な印象を残した。
得体のしれないモノに、少なくとも人生を振り回されるのは勘弁願いたい。
できればこの寺、宗教法人も。
『……そっか……。大変だったね。……磯田君の報告からしか考えられないけど……』
なんだ?
何か手掛かりとかあるのか?
『まず、曽我君達が人形の返却を求めてきた時、紛失とか破損とかあったらまずい、って心配してるのよね』
「お、おぉ……」
そうだ。
そのことも忘れてた。
不可解な現象ばかりに気を取られ、送り付けられた時に心配していたそのことを忘れかけている。
『で、その……転移の現象を何とかしたいってことと、檀家が体験して磯田君が知らない不可解な現象により、檀家さんに損害を生じた時の、所属僧侶としての責任問題、よね?』
「お、お、うん。そうだ」
なんか、問題点を明確にしてくれるのは、まぁ、それだけでもありがたい。
『それと、思うんだけど』
「うん」
『結果的に言えば、檀家さんの願い事が叶ったんだよね?』
宝くじの高額当選の件だな?
「あ、あぁ。そういうことだな」
『でも、宝くじを買った後の出来事って言ってたわよね。ということは……願い事を叶える人形、と誤解されるかもしれない、のよね』
「誤解?」
『宝くじを買う前なら、願い事を叶える人形と言えるかもしれない。でも買った後だから、当選する予告を伝えた現象とも言えるんじゃない?』
そうだ。
俺もそうは思った。
だが、予告する人形なのに、願望を叶える人形と思い込まれたら、確かにとんでもない誤解だ。
望まない結果を予告されたとき、期待を裏切られたと受け止められかねない。
『しかも……万が一盗難の被害が出たら……』
「願い事を叶えてくれなかった腹いせに、人形を壊す……」
『……まぁでもこれは考えすぎかもね。どこに置いても、本堂に戻ってくるんでしょ?』
「あ……」
そうだ。
どこに持って行っても、本尊のそばにいつの間にか移動している。
盗み出されても、戻ってくる可能性は……。
……ないとは言えない。
だって、今まで老いた場所は、この建物のどこかだったから。
屋外に持ち出されたらどうなるか……。
『で、本堂の……ご本尊のそばに移動する理由ってのも考えたんだけど……』
へ?
何か、考察する材料があるのか?
『……まるで、仏様のそばにいたいって感じしない? 何でそんなとこに置いていくんだ、仏様のそばにいたいのに、って』
「……そこまで考える余裕は……なかったな」
なんだそれは。
まるで小さい子供のおねだりみたいじゃないか。
守り神の貫禄というか……そんなの、どこにもないっつーか……。
『で、思い返してほしいのは、曽我君の奥さんのフランス人形の件』
え?
そこまで話、さかのぼる?
『フランス人形を送ったはずが、市松人形にすり替わってた』
「あ、あぁ」
『誰がすり替えたのかしらね』
え?
質問されるとは思わなかった。
つか、考えたことがなかった。
超常現象、の一言で済ませられるんじゃねぇの?
「……そこに疑問なんて、思いもしなかったんだが……」
『じゃあ考えてみて? 超常現象だから何でもあり、かもしれないけどさ』
人の心読むの止めてくれない?
ちょっとビビった。
「考えてみて……って……。俺、そこまで頭良くねぇよ」
電話の最中に、聴講させるような質問してくる方もしてくる方だよ。
電話代、かかっちまうだろ。
『……高校時代の磯田君は、確かに成績は振るわなかったけど、こういうことは案外、いろいろ考えられるんじゃない? 超常現象に理由はないって思いこむ人も多いけど、磯田君はそうじゃないよね。あ、買い被りじゃないから』
「……決め付けてんじゃねぇよ。高校時代は接点なんか殆どなかっただろ。曽我にしてもそうだし、美香さんだって……」
『でも、美香の幽霊の姿を見て、驚きもせず怖がりもせず、普通に対応してくれてた』
「あのなぁ……」
危害があるかどうか。
俺が重視してるとこはそこだ。
檀家に危害が加わるようなら、避けて通らなきゃならない。
けど、危害がないなら、対応する余裕はある。
美香さんの件だって、俺や遺族に危害がないように見えた。
だから対応できた。
ただそれだけだ。
幽霊だからコミュニケーションは取れない、なんて思い込みなんかより、俺に訊ねてきた幽霊という現実の方が大事に決まってるだろ。
それを無視して読経続けてもよかったが、読経しながらコミュニケーションが取れちまったんだから。
……頭の良し悪しの話じゃない。
『物事を正しく受けとれるかどうかって考える人っているんだけど、正確に受け取れるかどうかって考える人はほとんどいないのよ。定規にあてはめたがるからね。安心したいがために。だから、自分の安心を前提に、結論を先に決めて、その結論が正しいように理屈を後付けするの。だから矛盾とかが出てきて、そこを追及されると怒る、って人が多いのよ』
……まぁ、よくいるよな。
そういうやつ、うんざりするわ。
『でも磯田君はそんなタイプじゃないんじゃない? 美香の件で、初めて磯田君と会話したりしたけど、それだけでも、何となく、そんなタイプじゃないって分かったよ』
「……決め付けてんじゃねぇよ」
『決め付けてないわよ? そう思っただけ。そしてそのあたしの思いは正確かなーって。答え合わせをちらっとしてみたかったってとこかな」
答えは俺だけが知っている、か?
つか、俺に関心持たれてもな。
『話がズレちゃったわね。正解じゃなくてもいいわ。誰がすり替えたのかしらね』
……話が飛び過ぎだ。
戻すのも無理やりすぎだぞ、おい。
「……まず、曽我じゃない。あいつに市松人形が届いたって連絡したら驚いてたしな。で、フランス人形送付としては未遂で終わったが、その時に奥さんは、曽我がそうするつもりだったってことを初めて知った。ということは……」
『うん。誰がすり替えたかは、現時点で不明。でも……理由なんか何でもありな超常現象であるなら話は別よ』
「……まさか……」
送られそうになったフランス人形?
『そのまさかよ』
おいおい。
意志をもつ人形が、何かの作業を、なんて誰が……。
あ……。
市松人形がいたか。
『フランス人形と敵対していた、と考えたらどうかしら?』
完全なファンタジーな物語じゃねぇか。
誰が信じるんだそんなの。
……いや。
今は、誰にでも信じてもらわなきゃならない話にする必要はないのか。
俺と池田の二人が納得して進められる話なら。
『結果として、フランス人形の思惑通り、市松人形とすり替わることができた』
「……曽我から離れるなんて夢にも思わなかった市松人形が、箱詰めにされて……」
『そういうことね。で、ご本尊のそばにいたがる現状に理由がつく事情も、何となく見えてこない?』
……無理やり曽我と離れ離れにさせられた市松人形。
しかもその目的地は、見知らぬ……。
いや、見知らぬ場所ってわけでもないのか。
……まぁ、地元の町中を見て回って歩いたことがなければ、ピンポイント的には見知らぬ場所に連れてこられた、とは言えるが……。
『そこに、実家が更地に、実家の家族が消息不明ってのも関わってくる、とは考えられない?』
「……はい?」
池田の奴、ホント、俺を買いかぶり過ぎじゃねぇ?
思考が追いつかねぇよ。