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俺だけが知らない

 三村さんの話が長くなりそうだ。

 立ちっぱなしにさせるのは申し訳ない。


 時々雑談好きな檀家さんが来る。

 ゆっくりしてもらうために、折り畳みの椅子を用意している。

 普段は折りたたんで壁に立てかけてあるその椅子を引っ張り出し、三村さんに勧めた。


「……ささやかな趣味ってもんもありましてな」


「はぁ」


 椅子に座ってから唐突に話題を変える三村さん。

 しかしその話はすべて繋がっていた。


「宝くじ、買うのが趣味なんです。一万円買って、五万円くらい当たればいいな、と」


 これもまた、随分生々しいな。


「肥料代くらいは賄えたらな、と」


「これだけの枝豆のほかにも、いろんな野菜を育ててるならそれくらいはかかるんでしょうね」


「えぇ。で、まぁ、当てたんですよ」


 それは吉報。

 うれしい限りじゃないですか。


「おめでとうございます! って、三百円程度じゃないですよね? 連番十枚買えば、必ず当たりますもんね」


 俺もたまに買うことがある。

 が、高額当選は滅多に当たるもんじゃない。

 むなしい願い。

 そう思うようになってからは、全く買わなくなった。


「……ぶっちゃけますと、その希望の十倍ほど……」


「は?」


 五万円くらい当たればいいな、と思ってた、その十倍……。

 五十万?!

 すげえ!


「……ですが……」


 禍福は糾える縄の如し。

 盗難にでもあったか?

 って、ならここに駆け込むよりも、警察に相談した方がいいんだろうが……。


「その……こないだ、本堂で法要をお願いしましたよね」


「え? え、ええ、そうでしたね」


「宝くじを買ったのは、その二週間くらい前のことなんですよ」


「はあ」


「で、その法要中のことなんですがね……」


 どうやらここからが本題のようだ。


 自分は本堂の内陣の正面にある、導師が座る席で檀家に背を向け、本尊に向かって読経していた。

 あのときの市松人形は、宮殿の端で俺の方を向いて安置されていた。

 というか安置させていた。


 だって正面を向かせてたら、俺の後ろに参列している檀家さんと目が合ってしまうだろ。

 その時に不気味さを感じたりしたら、ご先祖様方のご供養どころじゃなくなってしまうだろ。

 だがその人形が見る方向は俺。

 不気味さを、俺が一手に引き受ける。

 ささやかな俺なりの気遣いってやつだ。

 ところが、その法要の最中に、人形と目が合ったという。


 三村さんが座ってた位置は、俺の斜め後ろ。

 本尊と俺の間に直線を引いて、左の方に平行移動させたら、その直線上に市松人形と三村さんがいる。

 もっともその距離は、俺と本尊の間よりも長いが。

 しかも市松人形は、三村さんからはより小さく見える。

 が、人形が見る方向は、三村さんを正面から見据えていたというのだ。


「いや……いやいや。いやいやいや。それは……ないですよ。だってあの晩、門を閉めるとき、人形の位置、確認しましたもん。あの人形、斜めを向いて、導師の席の方を……」


「それが……あの人形の顔……。あれ、おかっぱ頭の、女の子の顔ですよね?」


 何をいまさら、だ。

 少女の人形以外どう見えると?


「……髪の毛は常に揃ってる、ごく普通の市松人形ですが……」


「違ってたんですよ」


 はい?


「違ってたんですよ。私の方を向いて、目があった時の顔」


 そこら辺でお話しやめてほしいんですがね。

 俺らは本堂で生活してるわけじゃない。

 が、生活圏である庫裏と本堂は廊下で繋がっている。

 いわば、一つ屋根の下で生活している、という表現は、強ち間違いじゃない。

 つまり、同じ建物の中で、何か怖い物体と一緒に生活している、とも言えるわけで。

 それを、その物体にまつわる話を俺よりは知らない人から聞かされるわけだから、これ、どんな嫌味だよ、と。


「……福沢諭吉ぽい感じに変わってて……」


「へ?」


 鬼気迫る顔で睨まれるとか、死者の顔になってた、とかじゃなく、福沢諭吉?

 一万円札の?

 なんで?


 というか、その姿を想像すると……何かシュール。

 だが……。


「えっと、三村さん」


「はい」


「顔と体のバランス、崩れてるような……」


 場面によっては滑稽。

 だが、不可解な現象を目にしてる俺にとっては、なんかもう……。


「おかしいですよね。でも、本当にそう見えたんです……。でも……」


「でも?」


「……どんな時でも、瞬きってするもんですよね。一回瞬きしたら、顔も方向も元に戻ってて……」


 なるほど。


「気のせいだったのかな、と。ご本尊のそばにいる人形ってことで、うん、気にしないことにしよう、と……」


 あの法要の後、その場でお布施を受け取った。

 その時の三村さんに、おかしなところはなかった。

 本当に気のせいにしてくれたんだな。


「ですが、宝くじで高額を当てた時に、そのことを思い出しまして……」


 ……不気味さを醸す現象が、有り難くめでたい吉兆ってのも、そりゃはっきりとは言いづらいわな。


「あぁ、それでこの枝豆を……」


「あ、はい。丹精込めて作った物でして……」


「お気遣いありがとうございます。あとでおいしくいただきます」


「そう言っていただけると……。で……あの人形は、あのまま……置かれるのですか?」


 ……あのままって……。

 そうするしかないじゃん。

 どこに置いても、あそこに戻ってくるんだもん。

 そのまま放置するしかないじゃん。

 けど、その現象のことは、何も知らない檀家さんたちに話すわけにはいかない。

 この噂が広まったら、収集つかなくなるしな。


「まぁ、そうですね。でもずっとそこに置いておくつもりはないですよ。ちょっとした伝手の預かりものですので。盗難に遭わないように気を付ける工夫はしなきゃ、とは思ってますがね」


「そう、ですか。まぁ、お寺さんがしっかり管理されるなら、まぁ安心でしょうかね」


 それじゃ、と三村さんは椅子から立ち上がり、一礼して玄関を出た。

 三村さんの姿が見えなくなった後も、俺はそこから動けずにいた。

 ちょっとでも動くと、思考がぶれそうな気がしたから。


「……俺が知らない超常現象……いや、違う」


 俺だけが知らない超常現象かもしれない。

 だって、気のせいで済ませられることなら。

 あるいは何かの出来事の予兆として起きた現象だけど、それを見た人がその現象を忘れてしまったら。

 俺の耳に入ることはなかった現象、ってことだ。


 あるいは実際、次々とお檀家さん方に不幸な出来事が連続して起きていて、その原因があの人形だったとして、檀家全員がその市松人形が原因であることを認識して、でも俺だけがのんきにもそれを知らないままだとしたら……?


 いたたまれなくなって、考察もまとまらない。

 もうこうなったら、池田に無理にでも来てもらって、とっとと持ってってもらった方が……。


 ……でも、いつの間にか池田の手から離れてここに戻ってきたらどうするよ?

 守り神。

 その神相手に池田が太刀打ちできるのか?


 ……いや待て。


 落ち着け。

 三村さんの場合は、不気味な現象は宝くじの高額当選の吉兆、ということだ。

 素直には喜べまい。

 が、利益はあった。

 で、ひとまずそれは置いといて。


 逆に、不幸な事ってどんなことだ?

 たとえば、家族の身に、次々と健康を害し、死に至ることが起きる、とか。

 だが、怪我や病気って、生きている間は誰でもその身に起きることじゃないか?

 誰に対しても、お前に死が訪れる、と予告はできる。

 いつかは不明だが。

 考えると、その不幸ってのは、みんな平等に起こりえることだ。

 その平等ってとこがミソだ。


 しかし三村さんの場合、不平等な目にもあっている。

 宝くじの高額当選。

 これは得したことだろうし、誰にでも起きることじゃない。


 不気味さは悪。

 不気味さは不幸。


 とは、必ずしも当てはまらない、ということか?


 ……福の神と貧乏神はワンセット。

 そんな物語を、昔どこかで読んだ気がする。


 待て。

 動かずに考えてても、思考の方向がぶれている。

 俺の知らないところで、俺だけが知らない現象が起きている可能性の有無と、それに対してどう対処するかって話じゃなかったか?


 ……だが、知らないのなら、教わるしか知る方法はない。

「寺にあるのに、和尚さん、知らなかったんですか?」

 なんて言われるのは不本意なんだが……。


 ……池田に相談してみるか。

 他に頼れる奴、いないしな……。

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