人形も持ち主も、その意図は不明
俺の仕事ってば、ほとんどが檀家からの依頼があってからの法要だ。
ほとんど、というのは、檀家以外の人からの依頼もあるってこと。
いずれ、依頼なしの仕事ってのはない。
で、その仕事はどこでするか、という段になるんだが、大概はお檀家さんの家の仏間か、菩提寺……うちの寺の本堂の二択。
で、その本堂での法要の最中の話だ。
檀家の年回忌の法要が終わり、気を付けてお帰り下さい、と声をかけた時のこと。
「あの……ご本尊の脇にいる、日本人形……あれ、なんです?」
なんです?
と問われましてもな。
「まぁ、知り合いから送り付けられた物、ですかね。ご本尊への供養の品とか、呪いの人形の類ではないので、アレを真似して勝手に宮殿にモノを置かないでいただきたいものですが……」
「そんな説明の張り紙とかを張っておかないと、普通は分かりませんよ」
そこにこういう物が置かれてあり、それと同じ物は我が家にもある。
あるいは、似た物なら我が家にもある。
ならば我々もそこに飾らせてもらおう。
以上の理屈で、寺が管理しているエリアに、檀家が勝手に物を置かれることはたまにある。
「あそこにこれを置かせていただいていいですか?」と断りを入れる檀家もいなくもないのだが、かなり稀。
本来は、そのように許可をもらってから置いていくべき、のはず。
幸いにもこのお檀家さんはそのような心配をして下さり、そのお気持ちはとてもありがたい。
が、あの市松人形の件は、流石に詳しく説明することはできない。
どの部屋に持って行ってもいつの間にかご本尊のそばにいるもんだから、こっちはもうお手上げ状態。
そんなことを言おうものなら、あっという間に町中の話題になっちまう。
オカルト話は嫌いじゃない。
が、こうして現実として存在する事実となると、気味が悪くて仕方がない。
だがここに放置しておけば、理由を作り上げて思い込むことができる、という利点がある。
思い込むことができるなら、その不思議な現象も納得できる、というものだ。
どういう理由かというと……。
本尊の真ん前に市松人形を置いたら、流石に法要の邪魔になる。
そこで、本尊の斜め前に置いた。
できれば、なるべく視野に入らないように離れた位置に。
で、夜になって門を閉める。
ところが翌朝門を開ける時には、本尊のやや斜め前に移動していたり、位置はそのままだが本尊の方を向いて、こっちには背を向けている。
こんな現象が毎回起こる。
しかし、前日の閉門前に自分が知らないうちに誰かが市松人形をいじって、元の場所に戻さなかった、ということであれば、不可解な現象の解明完了、ということになる。
市松人形にずっと張り付きながら生活するなんて無理な話だし、この理論に不自然なところはどこにもない。
ただ、一点気がかりなことがある。
それは、これを送りつけてきた曽我礼人から「返してくれ」と言われた時に、帰ってくれるかどうか。
もしこの人形に意志があるなら、礼人がこっちに押し付けたかったフランス人形を押しのけてまでここに来たかった、のだろう。
そして本堂の本尊のそばにいたがった。
そんな人形が、元々の持ち主の所に大人しく戻ってくれるかどうか。
現在この一松人形が、不幸を呼び寄せてくるってことはない。
位置が変わる、という不可解な現象以外におかしなところはない。
ネットなどでよく見かける、髪の毛が伸びる、などということはない。
だから、ずっとここに居られても、迷惑と思うことはない。
ただ、その現象に不安を感じるようになったらどうなるかは分からん。
蝋燭の火の中に突然現れて、燃え広がって本堂が全焼などという最悪な事態だって、絶対にないとは言い切れない。
そんなことにならないように祈る以外に手立てはない。
だが、そんな得体のしれない人形が、なぜ本尊のそばにいたがるのかは分からない。
うちの本尊に霊験あらたかなエピソードはないし、歴史上の有名人が関わってる話も聞いたことがない。
そんな市松人形に付きまとわれる理由に思い当たる節はない。
だからこそ、安心してみていられる根拠が乏しい。
故に、不安が募ることもある、と。
だが、池田からの知らせは、俺だけの不安を増幅させてくれた。
『もしもし? 磯田君? あのね……曽我君、いなくなっちゃった』
「へ?」
※※※※※ ※※※※※
池田からの話だと、あらゆる連絡手段が取れなくなったんだそうだ。
携帯に固定電話。
自宅に勤務先。
勤務先からは、入院からの無断欠勤でクビ。
「なんじゃそりゃ。勤務先の上司とか同僚とか、見舞いに行かなかったのか?」
『ちょくちょく見舞いには行ったらしいのよ。ところが退院の時期は誰からも知らせてもらえなかったらしくてね』
おいおい。待て待て。
入院患者が退院の日を秘密にする、てのは、まぁ分かる。
どんな事情を抱えているか、それは本人しか分からない。
知らせたくないという気持ちを持つ患者もいるだろう。
けど、病院はどうなんだ?
……自分に害をなす人しか見舞いに来ないから教えないでくれ、という患者からの依頼があれば、その要望に応えなきゃならんか。
守秘義務ってのもあるだろうしな。
『それで方々に連絡とって、曽我君と連絡とりたいってお願いしてみたんだけど……』
ほう。
なんか、責任をとった行動、みたいな感じがして、仕事人って感じでいいなぁ。
『実家もなくなってるみたいなの』
「……はい?」
実家の方々もお亡くなりに?
『更地になっちゃってるらしいのよ。曽我君の実家。ていうか、磯田君、確認しに行けるんじゃない?』
待て。
待て待て。
「……まさか、俺に確認しに行け、と?」
『そりゃそうよ。できれば私が行きたかったわよ。でも本職の方も忙しいし、誰かから正式に依頼を受けたわけじゃないから、経費がどこからも下りないのよ』
なんでそんな不気味な一件に首突っ込まなきゃなんねえんだよ!
「冗談止めてくれよ。こっちは、いくら副住職っつっても、一応寺を支えてる一人だぜ? 俺がいなくなったら、年食った親父が一人きりで、仕事できなくなるまでやんなきゃなんねえんだぞ? 次の世代がいるならともかく、俺は独身だから、俺がどうにかなったら俺の代で終わりになるんだぞ? 俺の寺がなくなろうが、お前の仕事に差し支えがないなら構いやしねぇだろうけどよ!」
『そんなこと思ってはいないし、そんなつもりもないわよ。でも関係者である以上、手伝ってくれてもいいんじゃない?!』
何できつい口調で責められなきゃなんねえんだよ!
一体俺が何をしたっての!
「あのさあ……。勘違いしてねぇか?」
『何よ! 少しくらい協力してくれてもいいじゃない!』
分かってねぇな。俺の立場が。
「俺はさ、巻き込まれてんだよ。巻き込んでもいねぇし、むしろ無関係だったんだぜ? なのに勝手に荷物を送りつけられて。しかも、仕事に差し障りがあったりもする。迷惑をかけられてんだよこっちは!」
『あ……』
あ、じゃねぇよ。
言われなきゃ気付かなかったのか?!
「くだんの荷物をこっちに寄こせ、なんて言ったこともねぇし、俺からここの住所を教えたこともねぇ! 勝手に俺を頼りにしたらいいっつって差し向けたのはお前だろ? それほど親しくもなく、ましてや檀家でもねぇ。仕事の邪魔になるようなことを押し付けられた俺も、被害者の一人ってこと、分かれよな」
『……ごめん。美香の時、本当に頼りになってくれたから、今回も頼りになってくれるって思いこんじゃった。ごめんね。……じゃあ……手を煩わせて申し訳ないんだけど、私のとこに送ってくれる? 私が全部引き受ける』
俺も池田に、現状に至るまでの詳細を伝えてなかったから、しょうがないってばしょうがないんだが……。
「……俺も被害者、っつったろ? もう被害を受けている。生活に支障をきたすほどじゃないがな」
『え? 磯田君の身にも何かが起きてるの?!』
取り乱した声がいきなり耳に届く。
鼓膜がどうにかなりそうだった。
「俺の身じゃねぇよ。俺の仕事だよ。それにそっちに贈るのも難しいかもな」
『どういうこと?』
こいつにこれまでのことを報告するのは初めてかもしれん。
本堂の本尊のそばにいたがること。
送り返そうとしても、送るまでの作業がスムーズにできなかったり、ようやく送る段になっても送れなかったり、その件で電話をしようとしても繋がらなかったり。
こうして挙げると、既に完全に巻き込まれてるな、俺。
人的被害がないのが不幸中の幸いか。
『……そんなことになってるとは思わなかった。ごめん』
「お前が絡んでなかったら、こっちがこうなってるなんて夢にも思わなかったろうが、お前と曽我の絡みから俺が巻き込まれたんだから、そっちからもっとこっちへの様子を伺う連絡を多くしても良かったろうよ。勝手に当てにされてあと放置って、トイレで用足した後、水も流さずにトイレから立ち去るようなもんじゃねぇか」
『……言わんとしてることは分かるけど……例えに品がなさすぎ』
品があろうがなかろうが、迷惑千万ってことには間違いはない。
「で、そいつの奥さんとやらはどうなった? 勤務先も連絡が取れなくなったっつったよな?」
そうだよ。
すっかり忘れてた。
一番近しそうな人、いたじゃん。
『離婚成立したわ。そっちは普通に生活してるみたいだけど、どこにいるかまでは分かんない』
まさかの。
……じゃああの人形、持ち主が消息不明なら……どう扱えばいいんだ?