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犬も食わない喧嘩なら、俺だって食うつもりはない

 こんな俺でも、怖い物はある。

 確かに、箱に入れたはずの人形が消えていた、というのは、多少の恐怖は感じる。

 が、こんな俺だから、箱に入れたつもりだったが、別のことを考えたり何かに気をとられてる間に、無意識に別のところに人形を置いていた可能性もなくはない。

 要は、自分のした行為が、記憶にしっかり刻まれてないことが多いってことだ。

 だから、あるはずがない物がそこにあることを確認した時に、その物体への恐怖よりも強く思うことがある。

 それは、そんな理解できない事象が起きたとしても、その物体の因縁を考える前に、自分の行動を疑ったり、自分の不注意への戒めの思いだ。

 だから、あるはずのものがなかったりしても、ないはずの物があるのを見ても、自分のミスに冷や汗を流しても、恐怖の鳥肌が立つことはない。

 動かないはずの物が動いてたり、動くことが決してない箇所が動いてるのを見たら、流石に怖いとは思う。

 が、その前に、電池を入れる蓋を探すんじゃなかろうか?

 電動である見落としがあるかもしれないからな。

 そもそも仏教ってのは、因縁を説いている。

 物事には原因と結果が存在している。

 俺の頭じゃ理解不能と思われる事態にも、どこかに原因があって、それが理由でそんな結果を出した、結果になったってことだから。

 ただ、何か原因があるんだろうな、と思ってるだけで、それを立証できない間は不安はある。

 こっちの思う通りに存在してくれない可能性があるから。

 その可能性が高かろうが低かろうが問題ではない。

 可能性があるってだけで不安だ。

 それもそうだ。

 お勤めの最中に、突然ご本尊の傍に人形が現れたらどうなる?

 法要を依頼してきた檀家さんご一行がパニックを起こすこと間違いない。

 そのパニックを収める器量は俺にはないからな。

 とりあえず、法要の間だけでも大人しくしてもらわなきゃ困る。

 ということで、本堂の隣にある来客用の応接間の上座の正面に安置してみた。

 箱から本堂の本尊に移動した、というなら、おそらく本尊の傍にいたいと思ってるに違いない。

 だがそれだと仕事の邪魔になる。

 ならば、なるべく本尊に近い、仕事の邪魔にならない場所に一旦置いておくしかない。

 それがそこ。

 しばらくはそこで大人しくしてもらおう。

 短くても、今日の予定の仕事である、本堂での法要の時間だけでも……。


 ※※※※※ ※※※※※


「……もしもし? 池田さん? 今いいかな?」

『えっと、あと一時間待ってもらっていい? 今仕事中だから』


 九時からの法要の時間は、三十分を越えた。

 十時のおやつの時間を待って池田に連絡。

 普通の仕事をしている真っ最中で、あの人形の件の話を聞いてもらえるかどうか。

 案の定、昼休みの時間でないと、ゆっくりと話を聞いてもらえなさそうだ。


『ごめん、待たせたわね。で……曽我君の件かな?』

「あぁ。送られてきた人形がな……」


 仏事の仕事の邪魔になる可能性がある不安を相談した。

 持ち主の所に戻せるなら、それが根本的解決法であり、こっちの憂いもすべて消える。

 が、そうは上手く事が運んでくれなかった。


『曽我君、今、なんか入院してるらしいの』

「へ?」

『離婚問題にまではいかないまでも、夫婦間でかなりこじれてるらしいわ』


 夫婦喧嘩は犬も食わない。

 俺だって首は突っ込みたくはない。

 が、火の粉のレベル限定での巻き込まれはすでに起きてる。


『曽我君は不幸続き、奥さんは幸運続きって前に言ったの、覚えてる?』

「そんなこと言ってたな」

『奥さんの幸運続きは、宝くじ、買うごとに五千円くらいの賞金は当選してるのよ。番号記入するタイプじゃない、普通の宝くじでね』


 昔ながらの、当選番号付きの宝くじってことだよな。

 大したもんじゃねぇか。


「けど曽我君、ほとんど毎夜、そのフランス人形に首を絞められる夢を見てて、寝不足気味なんだって」


 睡眠不足はつらいよな。

 体力も削られりゃ、不健康では済まされない。

 病気への抵抗力もガタ落ちになる。


『夢だけの話だと思ってたんだけど、先週だったかな? 彼の首に痣っぽいのがあって、その話を聞いた跡だもんだから、よく注目したら……』

「うん」

『指の跡っぽいのよ。確かに人形の手の跡と言われれば、そう見えなくはないけど……。あたしはそのフランス人形見てないから』


 実物を見ないことには、流石の霊能力者も情報不足ってことか?


『そのフランス人形を磯田君に送ったって言ったもんだから、奥さん拗ねちゃって』


 夫婦喧嘩の勃発か。

 けど待て。

 俺のところにはそのフランス人形は……。


『でも、送ったはずのフランス人形が家にある。代々伝わってる日本人形……市松人形がいつの間にか消えてた。宅配は奥さんに任せてたから、お前が中身を見て、入れ替えて発送したんだろうって』

「奥さんに頼んだ? 奥さんは、手元に残したいフランス人形が箱詰めされてるのを見たってことか?」

『違う違う。そうじゃないのよ』


 礼人は、フランス人形を箱に入れて、包み紙で包んで俺の寺宛ての配送票を張ったんだそうだ。

 配送業者へ連絡するか、配送センターにこの箱を持ってってくれ、と奥さんに頼んだらしい。

 品物は割れ物としか書かれてなかったから、箱詰めしてるところを見てない奥さんは、中の物は知らなかったらしい。


『ということで、曽我君は、勝手に中身を見て、自分にばれないように身代わりの人形として市松人形を入れて送ったんだろうって言いがかりをつけて、奥さんは、自分の幸運の女神を知らないうちに人様に送って手離そうとしたことに怒ってひと悶着』

「その結果、礼人は入院、と?」

『違う違う。それも違うの。ある朝、そばにフランス人形が枕元に置かれてあって、それでびっくりして、勝手に中身見て、勝手に中身入れ替えて、どういうつもりだ、って。そこからその喧嘩に発展したんだけど、その夜は悪夢は見てなかったらしいの』

「悪夢を見てない? それがどう関係が?」

『その日の会社からの帰りに、トラックに轢かれちゃって……』


 マジかよ。


『太ももの単純骨折で済んだから、そんなに長い入院の必要はないだろうってことらしいんだけど、夫婦仲は悪いままなのね』


 悪夢の話はどうなった。


『で、いつも苦しまされてる悪夢を見てた方がまだマシだったって嘆いてた』


 あ、戻った。

 にしても、お気の毒な話だ。

 けど俺には関係ない。

 そもそも、俺、人形を引き取ることに同意してなかったはずだが?


「あーそう。でもそんな話、俺には何の関係もないし、そもそも人形を引き取るって話には同意してねぇんだよ。池田さん、何とかしてくんない? 勝手に移動する人形なんかあったら、こっちは仕事の邪魔になるんじゃねえかって、気が気じゃないんだよ」


 相手がフランス人形だろうが市松人形だろうが、除霊なんかやり方知らねぇし。

 こんな非科学的な事に、生活を左右されるなんてとんでもない話だ。


『一方的に押し付けられたんだっけ? 弱り目に祟り目だろうけど、あたしからも一言言っとくわ。あたしの住所分かるよね? そこに送ってくれない? あ、着払いでいいから』


 物分かりがいい人は嫌いじゃない。

 つか、助かる。

 さて……猫の宅急便の配送の伝票はどこに仕舞ってあったかな……。


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