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何でそこにいるのさ?

 綺麗に書かれた文字列が、一瞬にして黒い汚れに変わる。

 相手が送った品物がこっちに届いた時、その中身が変わる。

 その中に再び戻したのに、その中になぜかそれがない。

 どれも不可解な現象。

 なのに、俺はあんまり驚かない。

 理由はある。

 それは、子供の頃のこと。


 ※※※※※ ※※※※※


 あの時は、確か……幼稚園に入った頃だったか。


「しょうちゃーん、ばんごはんのおてつだいしてくれる―?」

「はーい」

「ちゃわんと、おわんと、おさらをおおきいのとあおいの、ちいさいののさんまいを、みんなのせきのまえにおいてくれる?」

「はーい」

「あ、それとコップもねー」


 言われた通り、手伝いを完了したつもりだった。

 しかし、あとから言われたコップの用意に気にとられ、皿の数を失念していた。

 こんなこともあった。

 確か小学校二年の頃か?


「お風呂のタオル新しくするから……このタオル使っていいからね」

「うん、分かった」


 晩ご飯の後、テレビアニメを見ながら母から言われたことに生返事。

 テレビの後、服を脱いで風呂場に入った後でタオルがないことに気付く。

 どっちも母親から「うっかりさんのしょうちゃん」などとからかわれたりした。

 だが、学校へは、宿題を忘れたり教科書を忘れたり、家庭への連絡事項を忘れたりと、忘れないことが珍しかった。

 成長するにつれ、そのうっかり度は深刻さを増していった。

 大学時代は、学年の途中で単位数が足りないことに気付いて慌てて授業科目を増やしたり、この仕事の資格を得るために必要な研修の日程を間違えて覚えてたり。

 子供の頃はうっかりで済ませられたことが、人生を狂わせかねないとんでもない事態を引き起こしそうになるまでになった。

 この仕事についてからも、ミスは度々起こした。

 法事の日にちを勘違いして、父親である師匠から厳しく注意されたことも数知れず……。


 ※※※※※ ※※※※※


 つまり、箱の中に戻したはずの人形がない。

 うっかりミス、勘違いで箱の中に入れたもの、と思い込んでしまったに違いない。

 と、その時の自分を振り返り、冷静に見直す。

 送り主の住所と連絡先が、文字が読み取れないほど黒くにじんでいた。

 池田との話で、曽我は東京に住んでるということは知っていた。

 つまり、住所と電話番号は、初めから黒くにじんでいたのではないか、と……いうことにした。

 なぜなら、何と書かれていたか覚えてないから。

 覚えてないなら、きちんとした文字で書かれていたという思い込みが強いから、そんな矛盾が生まれたんだ、と解釈できる。

 幽霊の 正体見たり 枯れすすき だったか?

 不気味な物を見たとしても、思い込みや勘違いで見間違えるなんてよくあること。

 特に俺は、子供の頃からその傾向は強かった。

 だから、仕事関係ではそんなミスをするたびに、何度も何度も確認をする。

 それでもミスをするんだから救いようがないんだが。

 そして、仕事以外の雑用では、そんな思い込みは日常の中にはよくあること。

 美香の幽霊を見た時には、最初は流石に驚いたが、幽霊というより、美香の存在そのものって感じがしたし、自分の人生や生活に介入してきそうな感じがしなかったからな。

 それに、人形を取り違えて送ったのは向こうのミス。

 俺が問い合わせの連絡をしなけりゃ、向こうでは何事もなかったという認識のままだったろうしな。

 取り違えても気にすることのない程度の価値しかない人形、とも言える。

 つまり、責任は向こうにあり、なくしたりしても金銭で示談できる物、と……。


 ところがである。

 本日の予定の仕事は朝の九時。

 本堂での年回忌の法要。

 一時間前にその準備をする。

 毎朝、お勤めと掃除は欠かさない。

 その時には何の異常もなかったんだが…‥。


「……なんで市松人形がこんなところに……?」


 本堂の正面にいらっしゃるご本尊。

 要するに仏様。仏像。

 その手前の脇に、なぜかちょこんと市松人形が、足を伸ばして座っていた。


「……これは……流石に勘違いのせいにするって訳には……いかないよな」


 本堂の内陣、外陣の床をモップや掃除機を使って掃除。

 外陣のほうには、木製の結界や衝立、賽銭箱などがある。

 その隅に、時々蜘蛛の巣が張られるときがある。

 それも払う。

 上部にはうっすらと埃がかかる所もある。

 雑巾などでそれらをふき取り綺麗にする。

 内陣には、前机だのなんだのと、細々としたものがたくさんある。

 軽い物は持ち上げながらその下を雑巾などで拭いて綺麗にする。

 もちろんご本尊がいる宮殿も、あれこれを破損しないように、丁寧に手を使って掃除をする。

 掃除機などを使った場合、あちこちにホースをぶつけたりするかもしれないからだ。

 その毎日掃除をする時間は午前五時。

 いつも見る堂内の光景。

 宗派宗教と無関係の物は本堂の中には存在しない。

 いろんなお寺の本堂を見ると、趣味が高じてたまった書物を、堂内に置いた本棚の中に収納して、檀家さんたちに図書館のごとく貸し出すところもあるようだ。

 が、そんなことはまったくしないので、余分なものは存在しない。

 なのに午前八時、仕事前の掃除をしようとしたら……。


「……だれがここに置いたんだよ……。俺だって一回しか触ってないのに……」


 なのに午前七時の時点では、池田からの電話を切った後で確認したら、人形は箱の中から消えていた。

 勘違いで、人形に触った回数を間違えて覚えているのは有り得ない。

 自分の物ならともかく、押し付けられ、管理責任は必ずしも自分にはないとは言え、人様の人形だ。

 べたべた触って破損したら、弁償は俺がしなきゃならないわけで。

 誰が好き好んでそんな面倒事を起こすか、という話。

 触らなければ壊すこともない。

 余計なことをしなければ、余計なトラブルに巻き込まれずに済む。

 箱から取り出して、にんぎょうだけを別のところに移動させるような危ないことをするわけがない。

 もちろん、そんな自分であるという主張を他人に理解してもらう努力なんかする訳はないが。

 だが何歩か譲って、何度も触ったことにしたとしてもだ。

 本堂に、しかも本尊の傍、宮殿の中に、檀家でもない人物からの品物を置くわけがない。

 というか、そんな場所に移動させるわけがない。

 というか、移動して何の意味があるのか。

 というか、今日これから始まる年回忌の法要の邪魔以外何者でもない。

 自分の勘違いか何かで、人形がここに存在する、ということ自体あり得ない。

 が、誰かがここに持ち込んだかもしれない可能性はないこともない。

 とにかく……今は……。


 これから始まる法要の邪魔だ、としか思えなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 続編嬉しいです。 池田さんとの交流続いてなによりだけど変なことに巻き込まれたなぁ。 怪奇現象起こっててやはり怖い。 怖さよりこれからの儀式の邪魔と思える主人公のメンタルが羨ましいですね。
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