曽我の所在 人形の所在
第1話に、ちょっとした秘密があります。
その秘密が分かっても、何のプレゼントもありません(笑)。
……書いてても怖いので、それをごまかすためのちょっとしたいたずらです……。
怖い話、コワイヨー。
ついさっきかけた電話が突然切れた。
何なんだ? と頭の中にハテナマークが充満する。
が、間髪入れずにかけ直す。
納得できない現状が目の前にあったら、誰だって納得できるよう解釈したいために情報を一つでも多く集めたいだろう?
俺もそうだ。
が、その情報が突然二つ減った。
「……え? 宅配便の伝票の控え……何で……いきなり……?」
曽我礼人。
この名前はしっかりと表記されている。
同じくらいはっきりと表記されていた住所と電話番号が……。
「……何で……無理やり擦ったように……黒くなって……一文字も読めなくなってんだ?」
こんな短時間で、初めて見る住所をしっかり覚えられる者はいない。
電話番号だって、090から始まる携帯電話の番号なんか覚えられるわけがない。
という前に、なんで、文字が判読できないほど黒いインクが広がってんだ。
「と、とりあえず、リダイヤル機能で再ダイヤル……」
受話器から接続音が聞こえる。
その接続音が終わると同時に流れるあのメッセージ。
『お客様がかけた電話番号は、現在使用されておりません……』
送りつけられた荷物は、一般人なら理解できない状況の中心になっている。
理解するために必要な情報がもっとほしい。
ところがその情報を得るための手段も、理解できない状況に陥った。
この状況をどうやって納得したらいいというのか。
ていうか、この送りつけられたこの荷物を、今後どのように扱ったらいいのか。
「でも送り先の住所はここ。宛て名は俺の名前。これははっきり書かれてるし……。あ、池田に連絡してみるか」
ここでまた同じように、通話が切れたり繋がらなかったりしたら……。
『はーい、磯田君、曽我君の事かな? どうなったの?』
「いや、それが……。あー、とりあえず曽我とやらの住所と電話番号を知りたいんだけど。実は……」
まずは短時間でいきなり汚れた伝票の件を伝える。
『何それ』
いや、霊能者から、現実的にあり得ないことを改めて聞き直されてもな。
「とりあえず、池田さんに丸投げしようにも、実際の物品がこっちにあるからさ。まず曽我に断りを入れてから池田さんに預けた方がいいかなって。で、池田さんの住所……送り先の住所も聞いときたいかな」
『そうだね。分かった。……あ、ごめん。ちょっとそっち方面の仕事の電話かかってきたみたい。その電話終った後に彼の住所教えるよ。ちょっと時間かかるけど待っててね』
「了解」
とりあえず、これで多分この厄介な問題からは解放される。
迷路の中にいて、ゴールが目の前にあって、そこまでのルートに枝分かれの道がない。
そんな気分。
だがまさか、その短い距離を歩けない状態になるとは思わなかった。
明日の仕事の予定はある。
いや、なかったとしても、決まった時間に本堂の門を開けなきゃならない。
夜九時に寝て朝の四時に起きる。
できれば夜更かしはしたくはない。
フランス人形と書かれた伝票の中身が市松人形、なんてのも怖いし、さっさと布団の中に逃げたいのだが、いつまで立っても池田から電話が来ない。
「しょうがねぇな……。……あー、もしもし?」
『あ、ごめん、磯田君。今曽我君の住所と電話番号探してるとこなんだけど、ちょっと見つからなくて』
おい。
『見つけたら教えるけど、あたしからも彼に電話しとくよ』
「いつ見つかるの?」
『それが……』
池田の声のトーンが、何となく下がった気がした。
その理由が、その後の言葉で理解できた。
『依頼客のリスト、手帳に記録してるんだけど……。東京支部の同期会に彼も出て、その時も住所の確認したんだけど……』
「うん、それで?」
『……あの時はちゃんと名前と住所と電話番号書かれてるのを確認したんだけど……』
「だけど?」
『ない……のよ』
おい。
「んじゃ連絡取れないってこと?」
『んー……他のとこに記録残ってると思うんだけど……』
「そんなこと今まで」
『こんなこと、初めてよ』
おい……。
『あ、そうだ。磯田君、彼に電話かけたのよね? その番号教えてくれない?』
「え?」
『磯田君の電話からは繋がらなくても、あたしの電話からは繋がるかもしれないから』
なるほど。
「あー、それはあるかもね。リダイヤルした番号は……うん、残ってる。言うよ? ゼロキューゼロの……」
『ふんふん、分かった。確認するね? ゼロキューゼロの……でいいよね?』
あってる。
間違いない。
「うん、それ。じゃあたの」
『あ、ごめん。余計な手を煩わせちゃった』
何だよ急に。
こえぇよ。
『曽我君結婚してたんだった。奥さんの携帯も控えてたはずだったんだ』
おい。
また気味悪い話聞かされるかと思った。
ただの物忘れな話じゃねぇか。
『連絡手段が増えたって話でごめんね? 明日の朝、どっちにも電話してみるから』
「おう、頼むよ」
受話器を静かにおいて、なくさないように、壊さないように、分かりやすいように電話機の傍に置いておいた、例の品が入っている、蓋をされた宅配便の箱を見つめる。
「いきなり箱が飛び跳ねる、なんてこと……ないよな?」
薄汚れて文字が見えない送り主の情報。
ぼんやりとそんな妄想をしながらその伝票を見る。
そしてため息をついて布団の中に入る。
知らないうちに相当神経をすり減らしたんだろうな。
自覚ないまま間もなく眠りについた。
※※※※※ ※※※※※
朝の四時に目が覚めるが、だからと言ってすぐに仕事の連絡などが来るわけじゃない。
早ければ大概朝の七時ごろ。
一般家庭の多くが、朝ご飯を摂ると思われる時間だ。
それもそうだ。
眠りについたまま電話をかけてくる奴なんかいるわけがない。
が、それくらい早い時間の電話は、大概、夜中に家族が亡くなった、なんて連絡が多い。
ところが、である。
この日の最初の電話は違った。
『あー、磯田君? ちょっといろいろごたついててごめん。こんな早い時間に』
こっちは、なるべく早く解放されたい案件だ。
そのためなら、どんなに早い時間でも文句は言わないさ。
「いや、待ってたよ。曽我のことだろ? どうなった?」
『結論から言うね? 曽我君、磯田君にフランス人形送ったつもりなんだけど、戻ってきたって』
なんじゃそりゃ?
『箱に入れて間違いなく送ったんだって。なのに朝起きたら、いつも置いてあった場所に、そのフランス人形があったって』
奴には電話で、送られてきたのは市松人形だって言ったんだけどな。
その人形は、この電話の傍にある宅配便の箱の中。
蓋を開けるとクッションの中に埋もれているはずの市松人形。
しかしよく考えてみると、送られてきたのがフランス人形で、それがこの箱の中にあったら尚更不気味じゃね?
「市松人形が送られてきた。通信状態は悪かったけど、はっきりそう伝えたはずなんだがな。昨日池田さんにもそれ、伝えたよな?」
『うん、聞いた。でそのことも話ししてみたんだけど……』
ええい、じらすな!
『市松人形は確かに家にあるって言ってたんだけど、探しに行ってもらったら、市松人形がないって……』
「持ってる市松人形が十体もある、とかって」
『フランス人形も市松人形も、一体ずつだから』
それならすぐ分かるか。
『で、詳しく聞いたら、磯田君に送るために箱詰めして伝票書いて送ったのは奥さんなんだって。間違いなくフランス人形を箱に入れたって言ってた』
おいおい。
『なのに、フランス人形はある。市松人形はない。どういうことだーって曽我君が怒って……』
「ごたついてたってのはそのことか」
『うん』
……現実主義者がこの話を聞いたら、多分きっと、勘違いして取り違えて箱に入れて送ったんだろう、と言うだろうな。
『我君、昔から人形コレクターしてて、その趣味が共通してるってことで奥さんと結婚したんだって。で、その噂を聞いた二人の知り合いからその人形を受け取ったんだけど……』
おいこら。
何でそんな因縁話いきなり聞かせるんだよ。
しかも一日の始まりの時間帯に。
しかもこっちはこれから仕事があるってときに。
『その人形が来てから、曽我君が不運続きで。奥さんは幸運続きらしいけど』
めんどくせー。
すごくめんどくせー。
家庭の事情まで聞かされそうだわ。
「それはいいから、俺は曽我の連絡先をだな」
『あ、そうだね。ちょっと待っ……あ、ごめん。それまた後で。ちょっと仕事の電話来たから』
切られた。
邪魔な情報ばかりはいってきて、必要な情報が来なかった。
「……たく……。何の因果で人形を預からにゃ……あれ?」
箱のふたを開けてクッションをまさぐる。
最初に対面してから見てない市松人形を、まだ箱の中にあることを確認するつもりだったんだが……。
「あ? ……何でないの? 真っ直ぐ手を突っ込んで、クッション以外の手触りが何で箱の底なんだよ……」
人形を再び箱に入れてクッションも入れた時、箱と人形の大きさの割合は確認した。
人形の上下左右、箱の淵との隙間は、俺の手の指が底に就く前に人形のどこかに触れるくらいしかなかったのは、昨日間違いなく確認してる。
この時の俺は、「預かった人形をなくしちまった」という程度の認識だった。