さて、市松人形は誰が管理する?
「上手いことを言ったつもりだったんだが……」
結構ダメージがでかい。
座布団を狙えそうなことを言ったつもりだったのだが。
「……ツイッターとかなら高評価得られたかもね」
流動的な会話じゃ、含蓄があるようなものはなかなか評価は得られないか。
「で、もう明日明日にでも帰る予定なんだけど、あたしが人形を引き取るって話、了承してもらえるかな?」
思わず池田の顔を見た。
俺に聞くまでもなく、人形を引き取るつもりでいるような、力強さを感じる目。
あの人形と無縁になることに、メリット以外何もない。
のだが。
「いや。断る」
うん。
断る一択だ。
俺の返事を聞いた池田は、予想通り驚いた顔を見せてきた。
というより、驚きを隠せないって言ったところか。
だが、最初に引き取りたいって言われた時から、返事はノーと決めていた。
そりゃそうだろうよ。
「どうして? 気味悪がってたじゃない。迷惑めいたことも言ってたし。それが、どうして?」
まあそう思うのが普通だよな。
というか、まともだよな。
だが、俺だってまともだ。
「どうしてって、そりゃ、人形の送り主は曽我だからな。そいつが送ったつもりの物はフランス人形だったとしても」
もちろん、こいつが引き取っても、いつの間にか手元から消えて、また本尊のそばに戻ってる、なんてことが起こるかもしれない。
が、それよりも、単純に物事の道理が理由だから。
「で、無事に曽我の手に渡ったとしても、俺あてに送った品を、なぜ池田が持ってきたのか。そこら辺で何らかのかたちで疑われやしないか、とな」
「……考えすぎじゃない?」
考えすぎかもしれない。
けどな。
「曽我の立場で考えると、池田からアドバイスをもらって、俺に人形を送った、てことだよな」
「まぁ、そうね」
「じゃあ返す人間は俺でないと筋が通らなくないか?」
「ちゃんとあたしが説得するわよ」
「……じゃあ俺の立場は何なんだ? 厄介ごとを押し付けときゃ、いずれは解決する、という、都合のいい登場人物ってことにならないか?」
「それは……」
「で、もし曽我の手元に戻った時に、人形が破損していたら? 今のところ、壊れたところはない。細かいことを言うと放置の状態だ。放置ってことは、余計な手出しをしてないってことだ。壊したりしたらどんだけ賠償請求されるか分かんないからな」
アンティークだの、置物としての価値はどれほどのものか分からない。
更に何かの付加価値が加わったら、その賠償金はさらに上がるだろう。
もっとも、押し付けられた物に対して、保管者としての責任はあるかどうかって問題はあるが。
「俺は押し付けられたんだから拒否もできたんだろうが、送り主の住所はもう読めないくらい汚れてる。まさか控えのカーボン紙に書かれた住所も汚れてるとは思わなかったしな。まぁそれはともかく、あいつは俺に預けたつもりでいる。そう考えると、無事に曽我の元に戻るのを見届ける必要がある」
「何もそこまで思い詰めることは……」
「いや。俺のあずかり知らぬところで、あの人形をここに送る決断を曽我が下すに至る話をされたんだからな。ましてや、送ったのはフランス人形のはずだった。それが市松人形になったってんだから、曽我はパニック起こすのも当然だ。そこで、戻ってきたのは俺からじゃなく池田から、となりゃ、破損のことも気になるだろうが、俺の元に届いた市松人形と同一かどうかってのも疑わしい、と思うのではないだろうか、とな」
「それは……」
自分が体験したこと、行動に起こしたことそのものは、第三者に伝えることは難しい。
本物の市松人形だと、いくら声を大にして言い張ったところで、相手からそうではないと否定されたら、その否定を打ち消す証拠などがない者に、説得させる方法はまずなかろう。
「まぁ筋としては、曽我本人がここに来て受け取るのが一番か? それでも偽物と疑うなら、もう俺は関知しない。もちろん池田とも縁を切る」
「え?」
驚くことでもないだろうに。
当然だろ。
「俺のことを、俺がよく知らない相手に伝えた結果、こういうことが起きたんだ。縁を切るのは、同じようなことが起きないように。いわゆる再発防止のため、だな」
「いくらなんでも、それは考えすぎよ」
「あのさぁ……。いきなりあの人形が送られてきて、しかも品名は別の名称。で、送った本人の連絡先は不明。そしてその人形を送りつけて、俺にどうしてほしいなどの要望もなし。うちは曽我家の物置じゃねぇんだぞ?」
曽我の意図は全く掴めてない。
何度か連絡したが、ノイズのせいで碌に意思疎通もできてない。
おまけに、俺への曽我の出方が全く分からない。
結局は、信頼関係を築いてない相手に大切な物を託すってのが最大の間違い。
最悪でも、送る前に俺に連絡を取るべきだった。
配慮がないというか、短絡的というか。
人騒がせにも程がある。
「まぁなんだ。フランス人形が送りつけられたと思ったら市松人形だった。そして曽我の手元にあった市松人形が消えた。この時点で、曽我の人形と送り付けられた人形が同一の物かどうかの確認が必要だったんだな。もっとも俺からじゃ、確認の連絡は取りようがなかったが」
状況を見れば、同一の物で間違いないとは思う。
だがそれは、超常現象ありき、という前提があった上での話。
俺達が住むこの世界は、あなたの知らない世界でもなければ異世界でもなく、現実世界。
日本国の憲法や法律を守ることで基本的人権が守られての生活を送っている。
ましてやこっちは寺で僧侶だ。
人生のお手本とか見本となるような生活を送る必要があり、いくらこっちに責任はないとしても、誰かから何かを責められるような生活を送るのは、僧侶としてはいかがなものか、と。
「まぁ……筋を通すことは必要よね。考えてみれば、あたしは曽我君のアドバイザーの立場で、曽我君はあたしのクライアントじゃなかった。確かにあたしにも非はあるのね。ごめんね、磯田君」
「謝罪はいらない。曽我からこっちに連絡を寄越すように言ってくれて、曽我から連絡が来て、人形の措置をどうするかを決められたらそれでいい」、
檀家さん達には、今後もいくらかの怪奇現象を目にすることになるだろう。
まぁ辛抱してほしい。
間違いなく、人形は檀家の家に移動することはないし、害が及ぶこともない。
心霊スポットになりゃせんか、とこっちが危惧するていどのことだ。
それにしても曽我の奴は、せめて池田の責任感の強さの爪の垢くらいの分量くらいは煎じて飲んで身に着けてほしいものだ。