表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/20

池田への相談後も、こんなんが

 池田との電話が終わった後、自覚した。

 らしくない、と。


 絡まれたストレスの捌け口にしてしまった、と言えなくはない。

 人形を破損した場合の、曽我の出方が全く分からない。

 ストレスの原因はそこだろう。

 人の物を託されるのは、本当に気を遣う。


 ……ちょっとした失敗で、しかも周りに悪影響を及ぼすことのない類のことでも、その失敗が周囲に知れるとすぐに

「責任取れ!」

 などと、その失敗とは無関係の連中から責め立てられた高校時代の影響か。

 しかも毎度毎度だ。


 ひょっとしたらその中に、曽我らもいたかもしれない。

 が、思い出したくもない。


 ……俺がそんな目に遭っているちょうどその頃、池田は美香さんたちと仲良く青春してたんだろうか。

 ……だろうか? じゃねぇな。

 池田に限った話でもねぇな。

 してたんだよ。

 でなきゃ、葬儀の時に駆け付けたりしねぇよ。


 仲良く、楽しい時間を過ごし、後にそれが思い出になって、いつまでも覚えてて、中にはずっと連絡を取り合って……。

 その頃の俺は、不快な思いばかりしてた。

 で、卒業して何年か経ち、そんな一人のために、その一人のために駆け付けた彼女の親友のために枕経とかをしたのは俺。

 まぁ美香さんから何かされたことはなかったが。


 そして、誰一人として俺に対して謝罪の一つもしない。

 それどころか、なかったものとして……。


 そして、在学中のみならず、今現時点でもその連中に振り回されている。

 しかも今度は、俺個人に留まらず、寺も振り回されている。

 しかも個人によって。

 檀家ではない個人によって。


 この文句の行き先が行方不明。


 理路整然にそう考えると、僧侶としての振る舞いができなくなったのも無理はない。

 と思う。

 それぞれみんな社会に巣立ち、肩書も持ったり特別な能力を持ったりして大人になっていく。

 いわゆる成長ってやつだ。

 なのに、その成長した姿を互いに見せず

 その成長した振る舞いを互いにせずに

 成長する前の段階の態度を見せつけて

 それで一体俺にどうしろと。


「なのに、俺はというと、日常の仕事も同時進行なんだよな」


 こちらから池田に電話するにせよ、檀家から不可思議な現象を聞かされるにせよ、その事態の発端はあくまで俺が受け身の立場で、あいつらの騒動に巻き込まれたことだ。

 睡眠時間まで減りそうなくらいの長電話になっちまった。


 ※※※※※ ※※※※※


 そんなこんなで、不可解な現象は続く。


「あの人形、有り難いんだけど何だか怖いわ。和尚さん、一体あれ、何なの?」


「はい? 何かありました?」


 今度は別のお檀家さんの、依頼してきた方の奥さん。

 お墓参りついでにこっちに顔を出して挨拶しに来た、というのは建前で、本題はやはりあの人形の件だった。


「こないだ、本堂でお勤めしていただいたでしょ?」


「ちょうど一か月前ですよね。何かありました?」


「お勤めの最中、あの人形と目が合って……」


 やれやれ、またか、と内心ため息をついた。

 が、俺の知らない情報は何なのか、この耳にしっかり刻み込まないと。


「そしたらあの人形、いきなり息子……末っ子の顔に変わったんですよ!」


 人形が息子さんの顔に変わったんじゃないよな。

 人形の顔が息子さんの顔になったんだよな?

 でなきゃ、ほんとに怖い。


「えーと、息子さんって……あれ?」


 あの時の法要は、夫婦と子供三人だったはず。

 で、この夫婦の子供さんは、全員でその三人だったはず。

 一番小さい子は一才になる前か。

 お母さん……このご婦人に、ずっと抱っこされてたと思う。


「えーと、つまり……抱っこしてた赤ちゃんの顔に……なった?」


「そうなのよ!」


 と力強い返事を返してきたその奥さんの顔は、やはり青ざめていた。

 そりゃ怖いよな。

 抱っこしてた赤ちゃんの顔が、人形の顔になってたら。

 あれ?

 まさか、抱っこしてた赤ちゃんの顔は……?


「まさか、その時の息子さんの顔は……人形……?」


「ちょっと和尚さん! 怖いこと言わないで!」


 どうやら違ったらしい。

 ちょっと安心した。

 それ以上怖い現象が起きたら、俺、本当どうしたらいいか分からんかった。


「……で……その人形が息子の顔になって、その顔が赤くなって泣いてる顔だったのよ!」


「はぁ」


「あんな泣き顔見たことなくて、この子に何かあるのかもって」


 泣き顔?

 泣いてる様子だけか?


「えっと、まさか泣き声は……」


「聞こえてたら、絶叫してたわよ!」


 そりゃそうか。


「で、先週のことよ」


「はぁ」


 聞けばベビーカーにその子を乗せて散歩してたらしい。

 その時には、その不気味な現象は一時忘れて、のんびりと過ごしていた時間。

 ところが急にその現象を思い出して、ひょっとしたら今、この子に何か障害が起きてるかもしれない、と……。


「ちょうどその時、信号のところで止まってたのよ」


「赤信号で、ですね?」


「そうそう。で、熱射病にでもなって、ぐだーってなってるかもって」


 ベビーカーを後ろから押してれば、日さしを覆ってたら赤ちゃんの様子は分からない。

 泣きもせずにへたばってたら、その様子に気付かないままってこともある。

 そう言えば風呂やプールで沈むとき、音もなくすっとその中に沈んでいき、そばにいる大人ですら気付かないこともあるって話、聞いたことがある。


「ハッとして、ちょっとベビーカー引いて、中を確認しようとしたのよ!」


「病気にかかってました?」


 という俺の質問に、奥さんは顔を一層青くしてかぶりを振る。


「ベビーカーを引っ張らなかったら今頃……」


「はい?」


 大型トラックが左折して、目の前の横断歩道を通り過ぎていったんだそうだ。


「そりゃ危なかったですね。何事もなくて何より」


 って、何事もなかった?

 その時点では、赤ちゃんの安否はまだ未確認なのでは?


「ほんとよ! そのトラックの後輪が、歩道に乗りあがって、そのまま通り過ぎてったんだから!」


「へ?」


 ベビーカーを引っ張らなかったら、トラックの後輪に巻き込まれてた、のだそうだ。


「考えてみれば、あの人形の顔、あんな赤い顔をして泣く顔って、どこか痛いって泣いてる顔だったって、その時思い出して」


「あ……あぁ……」


 聞いた話だが、お腹が空いたのかおしめが気持ち悪いのかただの機嫌が悪いだけなのかが、泣き声や泣き顔を見れば一発で分かる親もいるらしい。


「それが興る直前に、その不気味な現象のこと思い出すことがなかったらどうなってたかって思うと、虫の知らせというか警告というか……有り難いんだけど」


 まぁそうだよな。


「でも不用意に、しかも法要中にそんなもの見せられた人の立場になってごらんなさいな」


「……えーと……なんか、ごめんなさい」


 謝る以外にどう反応したらいいものか。


「……この子が危ない目に遭う、という警告の意味なら、ほんと有難いんだけども」


「はい……」


「普段のお寺参りの時なら、そこまでこう……ねぇ」


 ……普段、頻繁にお参りに来られるようになったら、年回忌なんて特別な予定の時にそんな目に遭わずに済んだのでは?

 ……と言わない俺は、大人として成長できてるんだな、と思う。


「でもおかげでこうして、家の中じゃみんなで笑って生活できてるんだし……。まぁ、そういうことがあったって話をね」


 要は、我が家の出来事にあの人形が関わったって話をしに来た、と。


 でもその人形がなかったら、そんな不気味な現象は起きなかったわけで。

 そしたら今頃は、笑うどころか、笑顔のない生活をしてたかもしれないわけで。


 だが、その人形がそんな出来事を呼び寄せた、あるいは、いわば自作自演、プロパガンダめいたことをやらかした、という警告とセットになってる不幸を呼び寄せる人形、とも言えないわけで。


 ほんと、マジでどうすんだこれ。


 ちなみにその時の赤ちゃんの容態は、ずっとご機嫌で、今は……家の中で結構破壊活動に夢中らしい。

 上の兄弟が何とか未然に阻止してるらしいが、年齢が年齢だけに仕方ないよな。

 それは人形のせいじゃないし、まぁ微笑ましいエピソードだよな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 1の怪現象で10くらいの見返りを持ってきてる…この人形有能すぎ…? [一言] 僧侶なのに暗黒面に落ちてしまう・・・
[一言] お預かりしている人形なんですが、とあるご一家に代々伝わっていた守り神様らしく幸運を授けて下さるそうですよ?とでも言うしかないな汗 怖いけどwwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ