人形が来た
何で午前2時から書き始めて、こんな時間に投稿するんだろう……。
誰か助けて。
怖いんですっ。
でも、睡魔が全然来てくれないんですっ!
この話は、今にして思えば一本の電話から始まった。
それは、高校時代の同級生からだった。
『ぁー、もしもし? 磯田? 昭司君はいますか? 曽我といぅものですが。曽我ライト。高校時だぃの』
よく聞こえない。
「電話が遠いな。あー、昭司なら俺ですが……高校時代の? 同級の?」
『ょく聞コえなぃな。あー、うん、同級ノ。ちょっと相談がぁって……』
聞き取りづらい電話での会話。
ましてや、記憶にない高校時代の同級の名前。
怪しい。
『こなぃだこっちで同期会あったんだよ、ぃけだ陽子ってやつ、昭司君モ知ってるよね?』
池田陽子の名前を出されては、少なくとも同級生って話は信頼できる。
そこから相談事を聞かされることになった。
電話が遠いものだから、こっちの時間がどんどん削られていく。
電話の相手は曽我礼人。
池田の裏の顔を知っている一人。
と言っても、ヒットマンとかそんなんじゃなく、霊能者ってことだ。
要するに池田とも同級生であり、池田を霊能者として仕事を依頼したことがあるという。
『で、お祓いノ仕事してないかなって……』
「池田の仕事を知ってるなら、池田に頼めばいいのでは? 確か東京在住で勤務地も東京って聞いたぞ?」
『そぅなんだけど……』
何でも池田に仕事の依頼をすると、相当高いとか。
彼女の言い分によれば、自分も命が危なくなる仕事もあったりするからだとか。
そりゃ当然依頼料も高くなる。
だから安く済ませたいんだと。
『……三島美香さんのこと、彼女から聞いた。昭司君、いろいろお疲れ様』
「大したことしてないよ。それで?」
あいつ、まさか美香さんの幽霊を見たとか言ってないだろうな?
……そんなことを言わないまでも、匂わせるようなこと言ってるような気がする。
『君ガお坊さんの仕事をしてるって話聞いてさ』
「仕方がないだろ。跡継ぎなんだから。それより、電話遠いんだが、話、長くなるのか?」
長くなる気がした。
しかもお祓い?
冗談じゃない。
……つか、即電話切るべきだった。
『タんとう直入にぃぅよ。俺の持ってる人形の、お祓いの依頼なんだ』
「俺の寺、そんな仕事は請け負ってないから」
お念仏中心の宗派だ。
そういうのは、やっぱり池田行きの案件だと思うし、俺も親父も、そんなのに何の力にもなれない。
二回くらい、見知らぬ人が寺に来て、心霊写真を見せつけて「お祓いしてください」なんていう奴はいたがな。
持て余すくらいなら最初から撮るなよ。
わざわざ心霊スポットとやらに足を運んで撮影したやつだって。
後先考えることもできなかったのかね。
『引き受けてくれると有リ難かったんだが』
「いや、無理だから」
『でも、池田から君の話ヲ聞いて、ひョっとしたらと思って……』
……おいこら待て。
嫌な予感しかしないんだが。
『フラんス人形なんダけど、お祓い済んだら、またこっちに送り返してくれないかなア?』
何か……こいつ……様子おかしくないか?
電話が遠いのに、掛け直すことも考えない。
こっちの話を全く聞かない。
幽霊話はもうたくさんだ。
『トりあえず、オくっといたから。お布施と送りカぇす伝票? も添えといたからよろシくナ? 多分明後日以降着くと思ぅから』
「おい。ちょっと……」
……電話が切れた。
要するに、フランス人形を送った。
明後日以降着くらしい。
「……祓ったフリして送り返してもいいよな?」
お布施の額がどうであれ、それも一緒に送り返す。
金銭面でのトラブルは、間違いなく回避されるはずだ。
いや、その前に。
池田に電話して確認するか。
「……あー、もしもし? 池田さん?」
『あ、磯田君。こんにちは。初めてそっちから電話かけてくれたね。ありがと』
礼を言われるこっちゃないんだが。
そんなことよりも。
「今しがた、曽我って奴から電話が来たんだが」
『あー、やっぱり連絡したのね? こないだ同期会東京支部で集まりがあってね』
ふむ。
話におかしなところはない。
曽我以外、そして同期会会員以外からも、霊能者としての仕事の依頼は受けたことがある。
が、その仕事の件は内密に、と固く口留めはしていたから、自分がこの仕事をしていることはバレることはない。
だから、それが広まりそうな話もしない。
美香が亡くなった話と、その法要に俺が来てお勤めをした話はしたが、美香の幽霊の話は誰にもしてないらしい。
『ということは……曽我君が自分で、磯田君に仕事を依頼しようと決めたのね』
迷惑なこっちゃ。
『美香のこともあったから……手に余るようならあたしに回してくれて構わないよ?』
「手に余るって……俺はその仕事をする気はないんだが?」
『仕事もそうだけど、曽我君のこともよ』
あぁ、なるほど。
心強い味方ができた。
……美香のおかげかな。
そんなことで、ここまでの一連の話の流れでおかしな点は見つからなかった。
が、その日の夕方……。
「こんばんわー。宅配でーす」
「はいはい。ハンコですねー? ……お待たせ。えーと」
「ここに、お願いします」
「はいはい」
「えっと、東京の、ソガ……ライトさん、ですね」
「は?」
「それじゃ失礼しまーす」
明後日以降届くんじゃなかったか?
伝票から、割れ物注意の文字とフランス人形の文字が真っ先に目に飛び込んできた。
次に目に入ったのは、送り主の住所と名前。
東京都と曽我礼人としっかり書かれてある。
そして電話番号も……。
電話をかける必要がある。
日中電話をかけてきた。
そして品物が今届いた。
電話をかけるよりも前に、品物を送ったってことだろ、これ。
「……あー、もしもし? 曽我さん? 曽我礼人さん?」
『はぃ、そぅです。あ、昭司君?』
昭司君? じゃねーよ。
しかも相変わらず電話が遠い。
一体東京のどこに住んでんだよ。
「そっちから送られた荷物が今届いた。割れ物注意にフランス人形って、何なんだよ」
自分で言っといて、我ながら変なことを言っている。
フランス人形を送るって、先方は言ってたのは覚えてる。
『え? 何でもう着いてるの? まぁ早く着くコトに越したことはないんだガ』
「お前な……」
『一応確認してくれないかな? ひょっとして同姓同名の別人が送った物ってこともアりぇるかも』
おいこら。
伝票の送り主の電話番号にかけた相手がお前なんだが?
……どこぞの企業から送りつけられた物なら、開封した後は返品を受け付けない、なんて話も聞いたことがあったりなかったり。
いや待て。
お布施を宅配便に入れて送ったって話はまずいんじゃないか?
現金を送るには、現金書留とか振り込みとかじゃないと法に触れるぞ?
とりあえず、本人も言ってるんだし、箱を開けてみるか。
「……何だこりゃ」
『フランス人形、入ッテるだろ?』
なんかもしゃもしゃした細かいのがたくさんある。
割れ物注意の品物なら、これにクッションの役目をさせてるんだろう。
だが、そのもしゃもしゃをかき分けて出てきた物は……。
「フランスじゃねーよ。市松人形じゃねぇか」
『え? モっとはっきり言って? サわがしクてよく聞こえない』
騒がしい?
何がだ?
『シャべり声か聞こえる。近くに誰かいるのか?』
「俺一人だよ。玄関の廊下に電話があってそこで喋ってるんだが、家族は扉の向こうの居間にいる」
『今のは、聞こえづらかったけど、その前はハっきり聞こえなかった。シっかリ声を出してくれるとありがたいんだが』
無理やり荷物送りつけといて、何だよその物言いは!
「いー ちー まー つー 人形だけしか入ってない。お布施とやらも、送り返すための伝票もないぞ?」
『いちマつ人形? おふセもでンぴょうも入ってない? やっぱり別人からじゃ』
「この電話、送り状に書かれた電話番号にかけてるんだが」
『じゃぁ俺が送った人形……』
いきなり通話が切れた。
電波悪すぎだろ。
「何なんだよ。……あれ?」
再びかけたその電話番号。
受話器から流れてくる音声は……。
『この電話番号は、現在使われておりません。おかけになった……』
はい?