第3話 付与術師、馬車を戦車から救急車に変える
衝突の瞬間、少しだけ衝撃が伝わってきたが……それもちょっとだけ身体がガクンとなる程度のもので、痛みを感じることとかは一切無かった。
こんな攻撃方法だし、軽い打撲くらいは覚悟していたつもりだったのだが……『交通事故ダメージ非対称化』は、思った以上に効果があったみたいだ。
一旦馬車を止めて、外の様子を見に行くか。
そう思い、馬車を減速させていく。
その時……俺は、自分の身体が強化されるような感触を覚えた。
これが、俗に言う「殺した魔物の魂を吸収して自分が成長する感覚」のことか。
長年冒険者を続けていたとはいえ、裏方作業ばかりで戦闘経験はゼロだったので、自分がこの感触を覚えるのは初めてだな。
というか……それを感じたってことは、ボアヴァルカン、俺の攻撃で即死したのか。
なら、脅威は完全になくなったってわけだな。
安心しつつ、車体を完全に停止させる。
外に出てみると……そこには横になったまま動かないボアヴァルカン、剣を構えたまま口をあんぐりと開けて硬直している人、そして相変わらず壊れた馬車の側で腕を押さえている少女がいた。
まず俺はボアヴァルカンの死体に近づき、その死体を携行していた魔法袋に収納した。
この魔法袋は、かつて俺が買ったバッグに『亜空間拡張』を付与し、実際の用量以上のものを収納できるようにした便利な袋だ。
バッグの材質が魔法袋向けのものではないので、拡張できた亜空間の体積はたかが知れているのだが……それでも何とか、ボアヴァルカン一体くらいなら収納しきることができた。
馬車に目を遣ったところ……俺が借りた馬車には、目立つ外傷は無い。
だがもしかしたら、衝突の影響で意外なパーツが故障寸前になってしまっているかもしれない。
もしそれで、返却時に修理費とかを請求されたとしても……ボアヴァルカンを売って金にすれば、弁償費用は払えるだろうな。
などと考えていると、先ほどまでボアヴァルカンを戦っていた人が、俺のもとに近づいてきた。
「あの……助けてくださってありがとうございます!」
その人は深々と一礼しつつ、そう口にした。
「私、護衛のナナと申します。見たこともない攻撃方法でしたが……貴方はいったい?」
ナナと名乗るその人は、続けてそんな質問をぶつけてきた。
「通りすがりの付与術師のロイルです」
こんな自己紹介で大丈夫かと思いつつ、俺はそう名乗った。
「護衛というのは……あちらの方の護衛ですか? 何だか怪我してるみたいですが……」
そして依然として腕を押さえている少女の方を見つつ、俺はそう尋ねた。
「その通りです。私としたことが、青猪の攻撃を防ぎきれずに、マリー様に怪我を負わせてしまいました……」
「ボアヴァルカンは、突破力が高いですからね。ある程度は仕方のないことですよ。命に別状は無さそうですし、護衛の役目は果たしたと思いましょう」
「そんな風に言ってくださるなんて、優しいんですね」
などと会話をしつつ、俺とナナさんはマリーと呼ばれる少女のもとに歩いていった。
もちろん、『念動運転』で馬車には後ろからついてこさせつつ、だ。
「マリー様、申し訳ございません! お怪我負わせてしまって……」
「大丈夫です。私なら、腕を痛めた程度ですので。ナナこそ怪我はありませんか?」
「私のことは心配なさらないでください」
などという会話が繰り広げられる中、俺はマリーさんの腕の様子を観察した。
ナナさんに心配をかけまいと、口では平気を装っていたが……見る限り腕は変な方向に曲がっていて、かなり痛そうだった。
これは……出発前に、ちょっと治療をしてあげた方が良さそうだ。
「『交通事故ダメージ非対称化』『ミニターボ』解除。『オートヒール』付与」
あらゆる物体には、それぞれ施せる付与の個数に限界があり……この馬車の場合は、その限界は3つだ。
今までかけた付与でその枠が全部埋まってしまっていたので、俺は今後使わない二つの付与を外し、代わりに『オートヒール』という付与をかけた。
『オートヒール』は、空間内部にいる人間を自動的に治癒する付与効果。
この中で休んでもらえば、マリーさんの怪我はかなり良くなるだろう。
「ところで……この方は?」
マリーさんの関心がこちらを向いたところで、俺は話に混じることにした。
「通りすがりの付与術師のロイルです。たった今、俺の馬車に『オートヒール』を付与しました。良かったら……この内部で休んでいかれませんか?」
「良いのですか? では、お言葉に甘えて」
俺の提案に、マリーさんは二つ返事で乗ってくれた。
マリーさんに馬車に乗ってもらうと、続けて俺とナナさんも馬車に乗った。
そして俺たちは、しばらくマリーさんの回復を待つことにした。