第19話 測定不能
それから一週間、俺はマジヤ草採取に勤しんだ。
店頭には結構な量のマナポーションがあったが……前線都市の冒険者たちの力を全体的に引き上げるとなると、圧倒的に足りない量だったからな。
【インセインスレイヤー】不在の危機を自力で乗り越えてもらいたい以上は、もっとたくさん供給した方がいいんじゃないかと思ったのだ。
ただ……前線都市の魔物の活性化は、あと二か月ちょいでピークに達するらしい。
それを考慮すると、あまりにも長い時間をマジヤ草採取に費やしていると、届いた頃にはもう手遅れってことになってしまいかねない。
だから俺は、一週間という期限を設け、集められるだけのマジヤ草を採取しまくることにした。
結果……結構な量が集まった。
おそらく、マナポーション換算で三千リットル分くらいのマジヤ草を手に入れることができたのだ。
マナビタンDの一日分の用量は百二十ミリリットルなので、この量あれば、四百人の冒険者が約二か月間マナビタンDを飲み続けられる計算になる。
当面の量は、確保できたと言えるだろう。
ちなみに報酬契約だが……店員さんは自分の取り分はマナポーション代に毛が生えた程度で良いって事で、それと輸送などの経費を除いた売り上げのほとんどを俺が貰っていいと言ってくれた。
契約書もきちんと書いてくれていて、法的に有効な控えもちゃんともらってある。
店員さんは、「国から防衛予算が出るクラスのポーションなので、かなり高額で買い取ってもらえるはず」などと言っていたが……まあ捕らぬ狸の皮算用をするのもアレなのでな。
報酬は、届いてからのお楽しみと思っておこう。
そして、今日だが……俺は久しぶりに、冒険者ギルドに顔を出していた。
ダークパイソンの革製の鞄ができたとのことで、それに『亜空間拡張』を付与するために、解体施設に呼び出されていたからだ。
受付嬢の案内のもと解体施設に行くと、そこにはダークパイソンの革でできた鞄が山積みにされており、その横で解体作業員も待機していた。
解体作業員は、まずは一本の水筒を手に近づいてきて……俺にそれを渡しつつこう言った。
「約束の特注品、ちゃんと用意できてるぞ」
実は……マナポーションを買いに行った日。
マナビタンD市販の話がまとまった後、俺はギルドに行って「余った革でダークパイソンの革製の水筒を一個作ってもらえませんか」と頼んでいたのだ。
これに『亜空間拡張』を付与し、中にマナビタンDを詰めたら輸送が楽になると思ったからである。
それが、ちゃんとできていたということだ。
「ありがとうございます」
俺はそう言って水筒を受け取りつつ、早速水筒に『亜空間拡張』を付与した。
「じゃあ早速……まずはこれに、『亜空間拡張』を付与してもらえないか」
水筒の件が終わると、解体作業員は山積みになったダークパイソン製の鞄の一つを手に取りそう言った。
「分かりました。『亜空間拡張』付与」
俺はそれに、即座に付与を施した。
「ありがとう。じゃあ、他のに付与する前に……ちょっと待っててくれ」
すると解体作業員はそう言ったかと思うと、横から何やらデカい水晶玉がついた装置を取り出した。
「それ……何ですか?」
そう聞いてみると、解体作業員はこう答えてくれた。
「魔法袋は、容量で値段が決まるからな。売値交渉の判断材料にするために、これで容量を測定しておくのさ」
……なるほど。水晶玉がついた装置は、容量測定器具だったか。
確かに魔法袋の容量は、素材の材質だけでなく『亜空間拡張』の熟練度によっても左右されるからな。
同じダークパイソンの革製でも、値段に差がつくということなのか。
良い結果になるといいな。
そう思いつつ、測定の様子を見守る。
「この水晶が何色に変化するかで、容量が分かるってわけよ」
解体作業員はそう言って、装置を起動させた。
だが……次の瞬間。
その装置は、俺たちが予想だにしない反応を見せたのだった。
パリインッッ!!
そんな劈くような音を立て、水晶玉は勢いよく割れてしまったのだ。
何がどうなったんだ。動作不良か?
それを見て、俺は少し心配になった。
そんな中……解体作業員は口をあんぐりと開けて、絞りだすような声でこう叫んだ。
「な……バカな! 測定不能、だと……?」
……測定不能? 付与は失敗などしてないはずだが……なんでそんな結果が出る?
疑問に思っていると、解体作業員はこう続けた。
「麻に『亜空間拡張』を付与できるって時点で、異常だとは思ってたが……まさか、マトモな材質に付与するとこんな結果になるなんてな。測定上限を超える魔法袋なんて初めてみた……というか、おそらく歴史上存在しないレベルだぞ! お前マジで、どんだけ付与の腕前高いんだよ……」
……どうやら俺の魔法袋は、単に容量が測定上限を超えていただけみたいだった。
「ということは……高く売れそうですね?」
「お前、歴史的快挙を見せておいて、気にするのそこかよ……。ま、まあ、とんでもない値はつくだろうな」
とんでもない値、か。
なんか最近、そういうの多いな。
などと思いつつ、俺は残りの鞄にも『亜空間拡張』の付与をつけていった。
そして、全ての鞄に『亜空間拡張』の付与を終えると。
「あの……これ一応、壊れちゃったのそのままにするのもアレなので直しときますね」
俺はそう言って、測定装置に『自動修復』という付与を施した。
すると、水晶の破片は逆再生でもするかのように集まっていき……瞬く間に、傷一つない水晶玉に戻った。
「では、失礼します」
「あ、ああ……こちらの不手際なのに、測定器の修復までしてもらって申し訳ない。なんか今日は、ずっと変な夢見てるみたいだな……」
呆然とする解体作業員をよそに、俺は解体施設を後にした。




