第18話 マナビタンD、マナビタンSに改名
「『薬効改造』付与」
店員さんが数え終わったマナポーションの瓶の一つに、俺はそう言って付与をかけた。
「出来ました」
そして俺は『薬効改造』を付与してできたマナビタンDを、店員さんに手渡した。
「ホントにやるんだ……。ちょっと開けてみてもいい? 鑑定するから」
店員さんはやれやれといったような表情で、その瓶を受け取った。
「どうぞ」
俺が許可すると、店員さんはマナビタンDの蓋を開けた。
そしてその中に指を突っ込み、マナビタンDをペロリと味見する。
そのまま店員さんは目を瞑り、意識を集中させだした。
数秒後……店員さんはカッと目を見開き、口をワナワナと震わせながら、こう言い出した。
「何この化け物みたいなポーション。これ……一本飲んだら最大魔力量1%くらい上がらない?」
どうやら……俺がたった今加工し作ったマナビタンDは、店員さんの想像を遥かに超えたモノになっていたようだ。
「0.01%も上がれば上出来ってくらいなのに……。上がり幅おかしいでしょ!」
そう叫んで、店員さんは大事そうにソロリソロリと瓶をカウンターの上に置いた。
「1%ですか……」
それを聞いて……俺は少し、感慨深い気分になった。
数年前、俺がマナビタンDを常飲してた頃は……一日分の用量で増やせる最大魔力量は、せいぜい0.5%程度のものだった。
一日あたり0.5%ということは、一年飲み続ければ1.005の365乗で約6.2倍。
そんなペースで魔力を増やし続けること数年、俺はようやく、現在の魔力量に到達することができたのだ。
だが……一日分の用量で1%も最大魔力量が上昇するなら。
一年あれば、魔力量は1.01の365乗すなわち約37.8倍に膨れ上がる。
小さい差のように見えるが、継続を前提に考えると、これは目覚ましい進歩だ。
付与の腕前が上がった恩恵が、こんなところにも現れるとは。
それを知れただけでも、俺はすこし満足できた。
「これもうマナビタンDとは完全に別物だよね。うん。絶対、別の名前付けた方がいいって。例えば……上位互換っぽい名前ってことでマナビタンC……いやマナビタンSかな」
などと言いつつ、レジ打ちの続きを始める店員。
いや、マナビタンDのDは冒険者ランク的なニュアンスじゃないだろ……。
などと心の中でツッコんでいるうちに、払う代金が分かったので、俺は店員さんに言われたお金を支払った。
そして、店を出ていこうとしたのだが。
俺は店員さんに、こう言って呼び止められた。
「あの……一つお願いがあるんだけど」
さっきまでとは違い、店員さんはかしこまった態度でそう話し出した。
「マナビタンS、ウチの店の分も、いくつか作ってもらうことってできたりしない? もちろん、売り上げの大部分は、加工費ってことで君に払うからさ……」
……マナビタンS、あんたの中ではもう正式名称かよ。
などとまたしても心の中でツッコミを入れていると、店員さんは更にこう続けた。
「売る相手もちゃんと厳選する。誰でも自由に買えるようにしたら危険すぎるからね。というか……もしOKしてくれるなら誰に売りたいかは、もう思いついてるんだ。私、このポーションを前線都市で頑張ってる冒険者たちに届けたい」
それを聞いて、俺はちょっととあることが心に引っ掛かった。
「前線都市、ですか……?」
前線都市といえば、【インセインスレイヤー】も時々遠征に行っている場所だ。
そこで頑張る冒険者たちに、となるならば……マナビタンD(Sでもいいや)が、彼らの手に渡る可能性もあることになる。
追放された身としては、今更彼らにこのポーションを飲まれるのは、ちょっと癪なのだが。
そう思ったが、店員さんの次の一言で、俺の考えはガラリと変わることになった。
「実はさ……風の噂で聞いた話なんだけど、どうやら今あの【インセインスレイヤー】が例年にないくらい不調らしくって。もうすぐ前線都市の魔物が活発になる時期だけど、彼らが応援に行けないみたいなんだ。でさ。もし本当にそうなら……今年の前線都市の状況は間違いなく厳しくなるじゃん。その分、そこにいる冒険者たちにこれを渡すことで、少しでも力になれたらなって」
この発言を聞いて……俺も、店員さんに協力してあげた方が良いんじゃないかと思い始めたのだ。
俺が抜けたことで【インセインスレイヤー】が不調になるのは、まあある程度予想できた。
正直自業自得だと思うので、これに対して俺が思う事は特に何もない。
だが……その影響が前線都市に及びそうとなると、話が変わってくる。
もしこれで、今年本当に前線都市が壊滅的な状況になったら……俺を【インセインスレイヤー】に呼び戻そうという声が、出てくる恐れがあるのだ。
まあ世間的には、そもそも元【インセインスレイヤー】としての俺は知らないって人の方が多いだろうが……少なくとも、俺が元【インセインスレイヤー】だと知っているギルド職員は、そう説得してくる可能性がある。
断ると白い目で見られるかもしれないし、そうなるのは俺にとって割とマズいと言えるだろう。
だが……もし俺が単独で、どうにかして前線都市の状況を改善できたら。
俺の【インセインスレイヤー】復帰を望むような論調は、どこからも起こらないで済むはずだ。
せっかくここまで、第二の人生も良いスタートを切れていたんだし……どんな形であれ、一度追い出されたパーティーへの復帰なんて絶対に嫌だからな。
それを防ぐための手は、今から打つ方が良いに決まってる。
「そうですね。じゃあ、やりましょう」
俺は店員さんの頼みに、そう答えた。




