第16話 安眠全部屋付与、そして現在のインセインスレイヤー(二回目)
結局あの後は、「ダークパイソンの解体が終わり、業者に頼んで蛇革のバッグが完成したら、俺がそのバッグに『亜空間拡張』を付与しにいく」ということで話がまとまった。
亜空間拡張の収納容量は、付与術師の腕次第でもあるので……できる限り大容量の魔法袋を作るために、俺に付与してほしいのだそうだ。
俺としても、素材代だけでなく加工費まで貰えることになるので、おいしい話だと思って承諾することにした。
そして、ギルドを出てからは。
俺は、今日泊まる宿を探すことにした。
◇
そして……結局俺が行きついたのは、今まで泊まっていたのと同じ宿だった。
別に俺、この宿に特に不満があったわけでもなかったからな。
値段もリーズナブルだし、品質もそこそこ良いしで、わざわざ別の宿に変える必要性が全くないと思ったのだ。
一旦チェックアウトしてるので、前と同じ部屋が空いてるかは分からないが……たとえ違う部屋しか取れなくても、その時はその時でまたベッドに『安眠』を付与すればいい。
そんなことを考えつつ、俺は宿のフロントに並んだ。
フロントにて……俺の順番が来ると。
受付嬢はハッとしたような表情をして、こんなことを聞いてきた。
「あの……貴方って、以前216号室に宿泊されていたロイルさんですよね?」
「ええ、まあそうですが」
216号室……確かに、俺が泊まらせてもらっていた部屋だな。
何かあったのだろうか。
疑問に思っていると、受付嬢はホッとした表情でこう続けた。
「良かった……。また泊まりに来てくださり、本当にありがとうございます。実はちょっと、216号室の部屋のベッドのことで、お話したいことがあったんです」
「はい」
「実はあの部屋、ロイルさんがチェックアウトした後お客さんが入られたのですが……その方が、『ベッドの質があり得ないほど向上している』と仰ったんです。そしてそれを聞いて、私たちも何があったんだろうと思って調べてみたんです」
「なるほど」
「すると……そのベッドには、横になると非常に心地よく感じるような魔法がかかっていたのです。ロイルさんが泊まる以前は、そんなのありませんでしたし……あれ施してくださったの、ロイルさんですよね?」
どうやら……受付嬢は、『安眠』の付与について聞きたかったようだ。
「ああ、あれなら。俺が『安眠』って付与をかけました」
俺はその問いに、そう答えた。
「やはりそうでしたか……。ありがとうございます」
答えると、受付嬢はそう言って笑顔になった。
そして、こんな提案をしてきた。
「ではその、一つお願いなのですが……もしロイルさんさえよろしければ、その『安眠』って付与を全部屋に施してくださったりはできないでしょうか? もちろん、報酬はきちんとお支払いします」
『安眠』を全部屋に、か。
それくらいならお安い御用だし、悪くない提案だな。
「良いですよ。ちなみに、報酬って具体的にどんなふうになるんですか?」
俺は提案に前向きな姿勢を示しつつ、そう尋ねてみた。
すると受付嬢は、俺の質問にこんな答えを返してきた。
「そうですね……。私たちとしては、あのベッドがあれば宿の値段を二千ジャーチくらい値上げできるのではないかと思っております。それを踏まえ……ロイルさんには値上げ分の五割、つまり一泊一部屋あたり千ジャーチの権利収入を永続的に支払わせて頂く形でどうかと考えました。いかがでしょうか?」
どうやら……今回『安眠』を付与してしまえば、生涯馬鹿にならない金額の不労所得が入るという話みたいだった。
「良いですね、それ。分かりました」
俺がそう答えると……受付嬢はあらかじめ用意していた契約書を取り出し、その内容を説明してからサインを求めた。
とりあえず……これで俺は、今後どんなことがあろうとも食いっぱぐれることはなくなったってわけだな。
これはかなりおいしいぞ。
そんなことを考えつつ、俺は受付嬢の案内のもと、宿の全部屋のベッドに『安眠』を付与して回ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇[side:インセインスレイヤー]
ロイルが『念動運転』で、闇の森から帰ってきている頃。
【インセインスレイヤー】のメンバーたちは……不生鳥討伐失敗から約一週間ぶりに、新たな討伐依頼を受けていた。
今回彼らが討伐しに行こうとしているのは、「パニッシュオーガ」という上半身のみの空飛ぶオーガ。
ファイアドラゴンや不生鳥から比べれば数段劣る、下位のAランクパーティーでも倒せるような魔物だ。
【インセインスレイヤー】ともあろう者が、そんな低難易度な依頼を受けることになったのは……ひとえにライザーの怪我が完治していないからだ。
命からがら帰還して、何とか膝の矢の手当ては受けたものの……不生鳥が放った「スカルアロー」には特殊なデバフ効果があって、ライザーはまだ、ほとんど戦力になれないような状態なのだ。
もちろん彼らは、それでもいつもと同じような難易度の依頼を受けようとした。
だが彼らがそんな調子でも、受付嬢の方が頑として、それを認めなかったのだ。
それにより、一時はギルド内で喧嘩が起きそうにまでなったが……受付嬢はとうとう、ライザーに「これ以上無理を通そうとするなら停止処分にします」とガツンと言った。
そしてそんな経緯で、ライザーたちはしぶしぶ難易度の低い依頼で妥協することにしたのである。
もしここにロイルがいれば、スカルアローの傷など『名医の執刀』を付与したナイフで取り除いて、ライザーの怪我を全治二日レベルに抑えていたところだろうが……残念ながら、彼はここにいない。
普段怪我をしないライザーには、そんなことは知る由もないが……ライザーは、怪我の治療に時間がかかることにも、イライラを募らせていた。
名誉挽回を焦る気持ちに、怪我が治らないイライラ、そんなドロドロな感情が蠢く中彼らは目的地に向かった。
そして、パニッシュオーガのところへ到着すると。
ライザーは怪我してない方の足に体重をかけつつ剣を抜き……ローズとリナも、それぞれ魔法を用意しだした。
「グオオォォォッ!」
パニッシュオーガは……先頭のライザーに対し、平手打ちをかまそうとした。
それをライザーは、普段ならあり得ないくらい間一髪で躱す。
だが……直後発生した突風に、ライザーだけでなくローズとリナも、吹き飛ばされてしまった。
パニッシュオーガは、平手打ちの攻撃モーションがさながら体罰教師のようということで、そう名付けられたのだが……実は、その脅威はビンタそのものではない。
その後に巻き起こる突風こそが、冒険者が攻守共にかき乱される最大の要因なのだ。
この風に耐える前衛なり、風を相殺する魔法使いなりがいないと、パニッシュオーガは倒せない。
誰かの武器にロイルの『空間強制無風化』でも付与されてれば、このパーティーにとってパニッシュオーガは敵でなかっただろうが……残念ながら、今の彼らの武器にはその付与はついていなかった。
「クソ! もう一回!」
それでも、ライザーは足を引きずりながら、ローズとリナは打撲を治すためヒールポーションを飲みながら、パニッシュオーガに再度接近していった。
前回の汚名を晴らすことしか頭にない彼らは、とっくに冷静さを失っていた。
そんな彼らに、次は有効な攻撃ができるかといえばそんなはずもなく……彼らはまた、凝りもせずに吹き飛ばされた。
そして、それを繰り返すこと十数回。
パニッシュオーガは無傷なまま、とうとう彼らはポーションを全て使い切り……撤退を余儀なくされた。
「クソッ、なんでパニッシュオーガごときに……」
三人の表情は、悔しさに歪んでいた。
二連続敗退、それも格下の魔物相手にそんな結果になったことに、彼らのプライドはズタズタにされてしまったのだ。
そして……同時に、彼らは無意識に一つの事実を悟ってしまった。
【インセインスレイヤー】は、ロイルなしではAランク下位ほどの実力も無いのだと。
……もちろん、プライドの高い彼らが心からこの事実を受け入れる、ましてやロイルを呼び戻すなど決してあり得ないのだけれど。




