第10話 付与術師、剣に付与して戦う
結局、あの後俺はさして街を散策することはできなかった。
凄すぎる貰い物をして、それどころな気分じゃなかったからだ。
屋敷を出た俺は宿に直行し、部屋でゆっくりとしていた。
そして食堂が開くと、俺は早めの夕食を取ってすぐに寝たのだった。
そして、次の日。
冒険者ギルドに行くと……受付嬢の一人が俺に気づき、俺がカウンターに来るよう手招きしてきた。
「ロイルさん、ボアヴァルカンの査定結果出ました! 買い取り金額はこちら、四十万ジャーチになります」
そう言って受付嬢は、用意していた金貨の山をカウンターに置いた。
「ありがとうございます」
「ほんともう、こんな強力な魔物を倒せるなら、もっと高いランクの依頼受けましょうよ……」
カウンターの金貨を袋に詰めていると、受付嬢はそう口にした。
そうは言っても……これを倒せたのは、状況が味方したのもあってのことだしな。
ボアヴァルカン級の魔物真っ向勝負で挑んで、確実に勝てるかというと怪しいところなんだよな……。
などと考えていると、受付嬢がこう続けた。
「同じ採取系依頼を受けるにしても、せめてDランクのマジヤ草採取の方にしませんか? キリア草にくらべ採取場所に魔物が発生しやすい事からDランクの依頼となってますが、遭遇しうる魔物の強さはボアヴァルカンの足元にも及びません。慎重に行きたい考えは理解できますが、それを踏まえてもこれくらいがちょうどいいかと」
それを聞いて……俺は、確かにそれはいい案だと思った。
戦闘経験ゼロだからと言って、一生を薬草採取で終えるのはそれはそれで論外だからな。
機会を見て、いずれは討伐系の依頼も受けていこうとは考えていたのだ。
そこへきて、昨日のクラウソラスの一件だ。
魔物と戦うことを視野に入れて冒険するタイミングとしては、最適と言えるだろう。
「そうですね。じゃあ、それ受けます」
そう言って俺は一旦カウンターを離れ、依頼掲示板から「マジヤ草採取」の依頼書を剥がし、カウンターに戻ってきた。
「かしこまりました」
受付嬢はそう言って、依頼受注の処理を進めた。
「いってらっしゃいませ」
受付嬢に見送られ、俺はギルドを後にした。
それじゃあ、依頼達成に必要なものをいくつか買い揃えたら、早速マジヤ草が採れる西の森林に行くとするか。
◇
ギルドを出た俺はまず雑貨屋に寄り、タオルと針金を購入した。
そしてそれから、俺は西の森林に直行した。
西の森林に向かいながら、俺は早速クラウソラスにいくつかの付与を施した。
とりあえず今回付与したのは、『風刃』『電離』『追尾』『対全属性ダメージ上昇』の4つ。
剣の扱いに関しては完全に素人なので、適当に剣を空振りしても飛ぶ追尾式斬撃が魔物に命中するようにと考え、この組み合わせにしたのだ。
まだまだ付与できる枠は有り余っているのだが、さしあたりはこんなもんでいいだろう。
森林に足を踏み入れると、俺は買ってきた針金を直角に折り曲げ、それに『モンスターダウジング』という付与をかけた。
これは、一定の距離内に魔物が近づいてくるとその方向を指し示してくれる優れものだ。
五感で気配を探るのと違い、ダウジングは欺けないので、これで魔物に不意打ちされる心配はない。
採取中は地面にでも突き刺しておいて、反応が無いか頻繁にチェックするとしよう。
『モンスターダウジング』を付与した針金をかざしながら歩くこと約二十分。
ちょうど目当ての場所が見え始め、さあ採取を始めようというタイミングになって……今日初めて『モンスターダウジング』に反応があった。
反応はあまり強くない。受付嬢の言う通り、倒すのはさして難しくないだろう。
『モンスターダウジング』が示した方向を向いて剣を構え……俺は魔物が姿を現すのを待った。
しばらくして、ガサゴソと茂みを揺らす音が聞こえたかと思うと……魔物が姿を現した。
出てきたのは、何の変哲もないただのウルフだった。
「はっ!」
俺は剣を上段に構えなおし、まっすぐ振り下ろした。
すると、プラズマと化した風の刃が射出され、一直線にウルフに向かって飛んでいった。
ウルフはぎりぎり躱そうとしたが、それに合わせて飛ぶ斬撃の軌道もカクンと折れ曲がったため、飛ぶ斬撃はウルフにモロに命中した。
そしてその一撃で、ウルフはあっけなく絶命した。
……流石にウルフが相手だとこんなもんか。
そう思いつつ、俺はウルフの死体を魔法袋に収納し、今度こそ薬草採取を始めることにした。
買ってきたタオルに『絶対防毒』を付与し、それを顔に巻く。
そして俺は、マジヤ草の群生地に足を踏み入れた。
基本的にマジヤ草は、森林中に点々と生えているが……それとは別に、一か所に固まって群生している箇所もある。
だがそういう群生地には、マジア草に混じって「マイアズマタケ」という毒キノコが決まって生えているのだ。
マイアズマタケは強烈な毒ガスをまき散らすキノコで、そんなものが生えている場所でマジヤ草採取をしていたら、一分と経たずに意識不明の昏睡状態になってしまう。
だから、普通は群生地を避け、点々と生えているのを収穫するのが一般的だ。
だが……マイアズマタケの対策ができるのであれば、群生地で採るに越したことはない。
だから俺はタオルを買ってきて、この方法を取ることにしたのだ。
どんな強力な毒ガスも、『絶対防毒』の前では無力。
俺は何の影響も受けることなく、マジヤ草の収穫を進めていった。
「ふう……やっと終わったか」
そうして、群生地のマジヤ草を収穫し終わると。
結構疲れたし、量としてもある程度確保できたので、俺は街に戻ろうと決めた。
地面に突き立てていた『モンスターダウジング』付き針金を引っこ抜いて回収する。
だがその時……不意に、『モンスターダウジング』に強烈な反応が入った。
「この反応は……マズいかもしれない」
『モンスターダウジング』の反応の様子を見て、俺は思わずそう零した。
おそらく、この場所には普通出てこないイレギュラーな魔物が出現したのだろう。
その反応は、こっちに向かっている魔物がボアヴァルカン……いや、ひょっとしたらそれ以上の力を持っている事を示していた。
さて、どうするか。
逃げるのはおそらく間に合わないだろうし、得策ではないな。
何とか工夫して倒すしかないか。
とりあえず、俺は魔法袋に入れていたウルフを取り出し、地面に置いた。
「『旨味倍増』『捕食者衰弱』付与」
このウルフは囮にしよう。敵がウルフを食べている間に、有効な特定属性超ダメ—ジ効果を付与するのだ。
ついでに魔物が弱ってくれればありがたい。
そんな思いから、俺は魔物が餌に一目散にかぶりつくようになる『旨味倍増』という効果と、食べた魔物を弱らせる『捕食者衰弱』という効果をウルフに付与した。
『モンスターダウジング』が示したのと反対方向に十数歩離れ、数秒待つ。
すると、顔だけで宿一部屋分くらいはあるであろう巨大な蛇が姿を現した。
あれは……ギガントパイソンか。
確か土属性なので、クラウソラスには『対土属性超ダメージ』を付与しよう。
そんなことを考えていると……ギガントパイソンは俺には目もくれず、ウルフを一口で丸呑みにした。




