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28.元聖女、死神に出会う

「――逃げるんだ、今すぐに。逃げ切れる可能性はほぼないだろうけど、少なくともここにいるよりはマシだろうから」


 そんな言葉が告げられたのと、黒い疾風が生じたのはほぼ同時であった。


 セーナの視界の中から黒髪の女性の姿が消え、直後に甲高い音が響く。

 その時には黒髪の女性は死神の眼前におり、その腕が振り下ろされている。

 今の一瞬の間にそこまで移動し、攻撃を加えたのだ。


 そんな動きが出来るのであれば、逃げに徹すればそのまま逃げ切ることも可能であったかもしれないだろうに……まあ、何故と問うのは無粋というものだろう。

 既に彼女の望みは告げられている。

 ならばセーナ達のすべきことは、決まっていた。


 だが。


「……なるほど、ね。どうして死神に遭遇したらほぼ逃げられないのか正直不思議だったんだけど……これは無理だわ」


「同感。こんなの、逃げられるわけがない。……そもそも、逃げる気が起こらない」


 その言葉は、冗談などで言っているわけではないようであった。

 実際に二人はその場から動く気配すらなく、ただジッと黒髪の女性と死神のことを見つめている。


 ……いや、その言い方は正しくないか。

 おそらく二人が見つめているのは、死神ただ一つだけだからだ。


 何故それが分かるのかといえば、決まっている。

 セーナもまさにそうだからだ。


 死神から目が離す事が出来ず、この場から離れることも出来ない。

 否、する気になれない。

 無意味だということを、理屈ではなく本能で理解しているからだ。


 なるほど死神とはよく言ったものである。

 あれはまさしく死の化身であり、死そのものだ。


 前世のセーナにとって、死とは常に身近にある存在であった。

 自分の身に降り注ぐことはなくとも、四六時中その死を纏った相手と共にいるのだ。

 それも襲い掛かっている死因も何もかもがその度に異なる誰と。

 きっとこの世界で、セーナ以上に死というものを理解している者は存在しまい。


 そのセーナが断言するのだ。

 あれは、死そのものである、と。


 心臓を直接握られているようなものだ。

 そんな状況を前にして、抵抗する気になどなれるわけがあるまい。


 そのことはおそらく、死により近い者の方が強く感じることだろう。

 死にかけているというわけではなく、むしろその逆だ。

 生命力に満ち溢れ、強大な力を持つ者……誰かに死を与える権利を有する者という意味である。

 ある種の同類であるがゆえに、自分よりも遥かに格上であると悟ってしまうのだ。


 エルザ達が動けないのも、まさにそれが理由であるのだろう。

 相手の力量が理解出来てしまったからこそ、全てを無意味だと悟ってしまったのだ。


 では黒髪の女性がエルザ達よりも弱いのかといえば、そういうわけではない。

 彼女は、それでもと立ち上がることの出来る強い心の持ち主だったから、ああして死神に立ち向かう事が出来たのだ。


 ……もっとも、そこに意味があるのかは、また別の話であるが。


「……それにしても、何となく理解してはいたけど、やっぱあいつEランクとかってレベルじゃなかったわね」


「明らかに押されてるけど、あんなのを相手にその程度で済ませてるのがおかしい。私だったら、多分三合もたない」


「あたしだったら遠距離から始められたところで、瞬殺されそうな気がするわ。本当にあんなのを前にしてよくあそこまで動けるもんね」


 死神へと挑んだ女性は、そのまま戦闘へと移行していた。


 ただし二人の言っている通りだ。

 打ち合えてはいるものの、明らかに押されている。


 とはいえ、それでももう少しだけ時間を稼ぐことは出来るだろう。

 その間ここから離れる事が出来るということだ。


 だがセーナも含めそのことを理解していながらも実行に移すことはない。

 黒髪の彼女を見捨てることになるから……というわけではなく、既に述べた通りである。

 無駄だと理解しているからだ。

 確実に途中で追いつかれるからである。


 ただ、それだけであれば、あるいは逃げたかもしれない。

 そうしないのは、下手をすればそれだけでは済まないからだ。


 自分達と同じように。


 そう、何故セーナ達がこんな目に遭っているのかといえば、死神と出会った直前のことを思い返してみれば一目瞭然だろう。

 セーナ達は、巻き込まれたのだ。


 そして逃げてしまえば、さらに誰かを巻き込んでしまう可能性がある。

 それは慈愛や優しさなどではなく、どちらかと言えば意地だろう。


 不可能なことが分かっていながら諦め悪く逃げた果てに、他の誰かを巻き込んで死ぬ。

 そんな格好悪いことなどしてたまるか、という、意地だ。


 まあ、きっとそこに、意味などはないのだろうけれど。


「C、もしかしたら、Bランクぐらいいってるのかも?」


「それでもあの程度……いえ、だからこそああして打ち合える、ってことかしらね」


「つまりは最低でもあのぐらいは出来るようになる必要がある……あった」


「可能かも分からないことに挑戦しなきゃならなかったことを考えるなら、ある意味よかったって考えるべきなのかしらね」


 二人の言葉にきっと意味はない。


 それは悔恨であり、後悔だ。

 終わってしまうまでの時間を、ああ、こうしたかったな、こうするはずだったのに、と自分勝手に呟いているだけ。


 走馬灯を見ているようなものだ。

 そうしたところで何が起こるわけでもなく……ただ、そう、ただ――


「あー……死にたくないわね」


「……ん、死にたくない」


 それはただの、叶わぬ願いであった。


 だが、現実を突きつけるが如く、轟音が響く。

 その音はすぐ傍から聞こえ、見れば黒髪の女性が壁に叩きつけられているところであった。


「かはっ……っ、あー……やっぱ無理、か。あーあー……まだやるべきこと、全然終わってないんだけどなぁ。……っていうか、何でキミ達逃げてないの? ボク逃げてって言ったよね?」


「あんなのから逃げられるわけないでしょ? 必死で逃げたところで、どうせ無意味に死ぬだけよ。そんな無様を晒すぐらいなら、ここで潔く死んでやるわ」


「でも、最後に一太刀ぐらいは入れたいかも?」


「ああ……それはいいかもしれないわね。死んだ後で、自慢できるかもしれないし」


「あー、それはいいね。じゃあ、ボクももうちょっとだけ頑張ろうかな」


 それらは明らかな強がりである。

 一瞬後に死んでいてもおかしくはなく、むしろその可能性の方が高いのだ。


 しかし彼女達は願望を紡ぐ。

 もう無理であることを理解していながら……それでも、と。

 無理だからこそ、最後まで好きに、と。


 その姿はとても冒険者らしいものだと、セーナは何となくそんなことを思った。

 あるいはとても自由で……気楽だと。


「ま、心残りがあるとすれば、治癒士なんかと最後一緒だってことかしらね」


「でもある意味ではそれも、悪くないかもしれない」


「へえ……それは何で?」


「私達にそれだけの価値があると思われたってことだから」


「ああ……確かにね。それを考えると、悪くないかもしれない。ただ、状況を考えるとね……ここまで本当に仕込みだったのかな、っていう疑問がちょっとあるかな。ま、最後がどうなるかなんて知ってる人がいないんだから、こういうことが前回も起こったのかもしれないけど」


「あー、確かにそう考えると、ただの偶然って可能性の方が高いかしらね。ってことは、動じてないのはこの状況から逃げられる算段がついてるからってことかしら」


 そんな言葉と共に、三人からの視線が向けられた。

 だが不思議とそこに今まであった警戒はなく、また諦めもない。

 ただ強い意思だけが、そこには宿されていた。


「そういうことなら、さっさと行きなさいよ。最後に治癒士を庇って死ぬってのは嫌だけど……まあ、相手が治癒士だろうと、最後に誰かを庇って死ねるんなら、悪くないわ」


「同感。でもどうせなら、それで悔い改めて欲しい」


「それは無理じゃないかな。そのぐらいで悔い改めるぐらいなら、治癒士なんて名乗ってないだろうし」


「確かに。だけど、期待するだけならタダ」


「ま、いいじゃないの。結局は自己満足だもの。自己満足らしく、勝手に死にましょ」


 相変わらず何故そんなことを言われているのかは分からないままだが、まあいいかなと思う。

 どうせこの後で話を聞く時間は幾らでもあるのだから。


 そんなことを考えながら、気が付けば、セーナはその場から歩き出していた。


 前へ。

 死神の方へと。


「っ……ちょっと、キミ……!? 何を……!?」


「は……!? あんた、何考えて……!?」


「無駄。自殺は駄目……」


 後方から聞こえる声に、少しだけ口元を綻ばせた。


 その言葉は多分反射的なものなのだろう。

 先ほどまでのものとは異なり、自分の身を心配する想いが込められていた。

 多分これが彼女達の素で、ああ、いい人達なのだろうな、と思う。


 だから、自分のこの行動は間違ってはいなかった。

 彼女達を死なせたくはないと、そう思ったのは間違っていない。


 とはいえ、無論のことセーナは自殺するつもりではない。

 混乱しているわけでもなく、むしろ頭の中はすっかり晴れ渡っていた。


「……そもそも、何を見当違いのことを考えていたのでしょうか」


 確かに、その存在を目にした瞬間竦んだ。

 死を感じた。

 死ぬと、そう確信を抱いた。


 それが死の具現であることに間違いもない。

 確実に、これ以上ないほどに、明確な死だ。


 しかし、そう……だから、どうしたというのだろうか。

 セーナはそこで思考を間違えたのである。

 多分、この十五年何もせずに暢気に生きてきたせいで、鈍ってしまっていたのだろう。


 だってそうではないか。

 明確なほどの死など――セーナにとってみれば今更のことでしかなかった。


 そうだ、セーナは死など見飽きているのだ。

 先ほど考えた通りである。

 セーナにとって死は身近なもので、今までに何千何万と見てきたもので――その全てを救ってきたのだ。


 であるならば、今更死の化身が現れた程度、どうだというのか。


 今回もまたその死から誰かを救う事が、どうして出来ない道理があろうか。


「ええ、本当に、簡単なことでした。まったく……我がことながら、呆れてしまいますね」


 その呟き、溜息を吐き出した瞬間であった。


 同時に踏み出した一歩により間合いにでも入ったのか、死神がその手に持っていたモノを――巨大な鎌を、振るったのだ。

 外敵を払うため……あるいは、迫り来る脅威を振り払おうとするかの如く。


 そしてそこで、ようやくセーナは気付く。

 真っ黒なローブに、骨だらけの身体。

 真っ黒な眼孔に光はなく、その手には巨大な鎌。


 まるで誰かが意図的に作ったかのように、その姿は確かに死神であった。


 ならば、告げる言葉は一つしかあるまい。


「――『死からの救いを』」


 その瞬間、眼前に光が満ちた。

 死神の足元を中心にして、巨大な光の柱が立ち昇ったのだ。


 死神はそれでも鎌を振るう手を緩めることはなかったが、その鎌はセーナの身体には届くことなく、光の中に溶けたかのように消失する。

 否、それは鎌だけではない。


 死神そのものもだ。

 まるでそれを拒むように死神が身体を捻るが、意味はない。


 そもそも他でもない死神自身が理解しているはずだ。

 訪れた死から逃れるすべなど、普通は存在していないのだと。


 ならば、そこから逃れるすべを持つセーナは、果たして何なのか。

 それを見定めるかのように死神はジッとセーナのことを見つめるが、すぐに光が全てを覆い隠す。


 そして、一際強く輝いたかと思えば、そのまま光の柱は消えていき……後には、何も残らない。

 静寂な迷宮の光景のみが、あるだけだ。


 そんなものを眺めながら、セーナは大きな息を一つ吐き出したのであった。

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