20.元聖女、紹介される
北の門からグランツの街中へと足を踏み入れたセーナは、相変わらず賑わいに息を一つ吐き出した。
街の外と内とを繋ぐ四つしかない門の一つなのだから当然なのかもしれないが、それにしては随分と先の方まで賑わいは続いている。
だがこれこそが、この街の日常なのだ。
遠くの村からやってきた者が、これを見て今日は何かの祭りなのかと勘違いをしてはしゃいでしまい恥をかく、という笑い話があるほどに、冒険者の街とも呼ばれているこの街はいつも騒がしいのである。
しかし、セーナがこの街にやってきて……つまりは、冒険者になって既に一月が経っていた。
大分慣れてきたその光景に圧倒されることはなく、セーナはいつも通りの足取りでいつも通りに進んでいく。
とはいえ、完全にいつも通りかと言えばそうではない。
何が違うかと言えば、それは今の時間だ。
空を見上げればまだ日は中天にすら至っていない。
いつもであれば夕方頃に帰還するというのに、今日はまだ昼にもなっていないのだ。
だが無論それには理由がある。
セーナは今日、冒険者ギルドから呼び出しを受けているのであった。
「とはいえ、何の用件で呼び出されたのかは分からないんですよね……。むぅ……もしかして、いい加減採集以外のこともしろ、ということでしょうか……?」
結局のところセーナは、この一月の間採集しかしていない。
北の森で尽きることなく薬草などを採ることが出来ているからだ。
最近は随分と慣れてきて、最初の頃と比べるとかなりの量を採れるようになってきたのだが……まあ、冒険者として考えた場合、何の問題もないとは言えないだろう。
基本的には冒険者は何をしていようとも問題はない。
だからこその自己責任なのではあるし……だが問題は、冒険者とは世間一般的にはならず者一歩手前といった扱いであることだ。
ここは冒険者主体の街であるため大分マシではあるが、他の街に行くと冒険者だというだけで嫌われたりすることも珍しくはないらしい。
それでもそんな冒険者が大手を振って生活することが出来ているのは、冒険者ギルドのおかげであり、ひいては先人冒険者達のおかげである。
彼らの働きのおかげで、冒険者はゴロツキのような者も多いが、魔物を倒してくれたり困った時に依頼をすれば助けてくれる者もいて、役立つこともある存在だと認識されているからなのだ。
そしてゆえに、冒険者は好き勝手に振る舞うだけでは許されない。
数多いる冒険者の一人ではあっても、それを見た人の中では冒険者とは、冒険者ギルドとはそういうものだと認識されてしまうからだ。
折角ここまで築き上げた物を壊されてはならない、となるのは当然と言えば当然のことだろう。
だから冒険者は、特に一般人に対して害を与えたりすることは絶対に許されていないのだ。
まあその分と言うべきか、同じ冒険者に対してならば多少緩くはなるらしいが……ともあれ。
その振る舞いの中には、依頼のことも含まれている。
先人がどうあれ、最も重要なのはやはり今だ。
今も変わらず冒険者が役立つことを示すため、積極的に依頼を受けることが推奨されているのである。
採集依頼も依頼であることに変わりはないが、誰の役に立つのかと言えば、主に商人や冒険者だ。
言い方は悪いものの、どれだけ受けたところで一般人に対するアピールにはならないのである。
実際先日もそのようなことをちらっと言われたのだ。
採集依頼ばかりだが、他の依頼を受けたり他のことをやったりはしないのか、と。
他のことというのは、おそらく魔物退治のことだろう。
あれも常設の依頼ではあるも、一般人相手にも目に見えて役立つ存在だと示すことが可能だ。
一応その時は興味がないわけではない、と言ってはおいたのだが……その後もやはり採集依頼しかしていない。
「さすがにまずかったですかね……何となく何かを考えているような素振りを見せていましたし」
これはいい加減覚悟を決めるしかないのか。
そんなことを思いながらセーナは冒険者ギルドへと足を向け……告げられた言葉に、首を傾げた。
「パーティー……ですか?」
「はい。セーナさんも先日Fランクに上がられたことですし、そろそろどうかと思いまして」
受付嬢の言う通り、先日セーナはFランクに上がっている。
約一月の間ひたすら採集を続けていただけなのだが……まあ、Gランクはそもそも初心者であることを示すランクだ。
最初の頃のランクは比較的上がりやすいという話であるし、見習い未満がようやく見習いに手をかけた、というあたりだと考えれば、そんなものなのだろう。
実際一度依頼票を見に行ったことがあるが、余り物だったせいもあるのかもしれないが、FランクとGランクで受けることの出来る依頼に大差はなかったのだ。
特に採集依頼の報酬額が上がるわけでもないので、正直ほとんど意識していなかったし……と、そこでふと思い至る。
どうして受付嬢が突然パーティーの話をしたのかに気付いたのだ。
「ああ、そういえば、Fランクからはギルドからパーティーの紹介がされるんでしたっけ?」
「望んだ方や条件が合いそうな方だけですけれどね」
冒険者はパーティーを組むのが基本だということは以前にも述べた通りだが、基本だからといって組もうと思ったら必ず組めるわけではない。
他のパーティーは埋まってしまっていたり、方針が違ったり、あるいはクラスによるバランスが悪かったりで、中々組めないことも多いのだ。
特にランクが低いうちは実力が低いと思われることもあり、FランクやGランクの人は一人で活動することも多い。
セーナがパーティーのことをまったく考えていなかったのも、とりあえず今は問題なさそうだし、組もうと思っても組めないだろうと思っていたからなのだが――
「ですが、わたしは特に頼んだりはしていませんよね? ということは、わたしが条件に合いそうなパーティーがあった、ということですか?」
「そういうことになります。確かにセーナさんは望まれはしませんでしたけれど、興味がないというわけではなさそうでしたから。もちろん、必要ないというのでしたら、断ることは可能です」
「えっと、確かに興味はありますし、ありがたいのですが……その人達は本当にわたしでいいんでしょうか? あ、いえ、そもそも人達でいいのでしょうか?」
パーティーの紹介とは言うが、実際には個人と個人を引き合わせることもあるらしいと聞く。
というか、その方が多いとも。
既に出来上がっているパーティーに紹介するよりも、これからパーティーに入ったりパーティーを作ろうとしている人達を引き合わせる方が容易だということなのだろう。
だが今回はそういうわけではないようであった。
「人達、で合っていますね。三人組のパーティーの方達ですから。リーダーはFランクの方になりますし、セーナさんにお声をおかけしましたのも、その辺が理由の一つではあります」
「なるほど……」
パーティーを組むのには方針やら役割やらもあるが、最も重要な一つはランクだと言われている。
同ランクの者達で組むのが最も安全であり、長持ちもする、と。
パーティーというのは、基本的に全員平等なのだ。
ランクが異なってしまえば必然的に不公平感が生まれてしまうことも多く、ランクが上がったことが原因でパーティーが解散することになった、ということもあるらしい。
特にFランクのリーダーということは、パーティーは作ったばかりなのだろう。
色々と慣れていないことも多いだろうし、それだけ不平等になりやすくもある。
Fランクの者を希望するというのは、当然と言えば当然だ。
とはいえ。
「んー……ですが、わたしって採集依頼しかしていないのですが……?」
パーティーを組んでいる者達の中で、採集を行うのは珍しいと聞いている。
余程珍しいものでもなければ、やってもついででしかないと。
採集をするのならばパーティーを組む必要性が薄いし、もっと効率良く稼ぐことが出来るようになるからだ。
確かにセーナは出来ればパーティーを組みたいと思ってはいるものの、採集しかしたことがないセーナが果たして役に立つことが出来るのかは、疑問であった。
「いえ、むしろパーティーを組む上では、得意とするものが異なった方がいいですから。その方が求めていらっしゃるのも、そうですし」
「そうなんですか……」
「そこまで難しく考える必要はありませんよ? あくまでも紹介をするだけで、絶対にそのパーティーに入らなければならないというわけではありませんから。駄目になるということも珍しくありませんし、入ったもののすぐ抜けることになった、ということもよくあることです。とりあえずリーダーの方と一度お会いしてみる、というのは如何でしょうか?」
「んー……分かりました。では、一度会ってみようと思います」
「ありがとうございます。まあと言いますか、実は既にこの場に来ているのですが」
「えっ?」
その言葉に慌ててその場を見渡してみるも、昼前の冒険者ギルドは閑散としている。
カウンターにいる冒険者はセーナ一人で、酒場の方にすら人はまばらだ。
だがそんな中、確かにもう一人だけ冒険者と思われる人物がここにはいた。
依頼書の貼り出されている場所のすぐ隣に、壁に寄りかかるようにして立っていたのだ。
今まで特に意識していなかったのは、その外見が理由だろう。
全身をすっぽり覆ったローブと目深に被ったフードのせいで、顔はおろか性別すらも定かではない。
如何にも怪しげな風貌だったせいで、最初から意識の外に置かれていたのである。
そんな人物がセーナたちの方へと歩き出したのは、今の話が聞こえていたからか。
そのままセーナの少し手前で足を止めると、何となく視線を感じた。
「ふーん……あんたがねえ……」
意外にもと言うべきか、声は女性のものであった。
歳若く感じる上に、背丈はセーナと同じぐらいなので、もしかすると同年代の少女なのかもしれない。
見定めるような言葉の割に、そこまでフードを下ろしていた何も見えないのではないかと思ったが……それにしては歩き方がスムーズであった。
もしかしたらこちらからは見えないが向こうからは見えるような、そんな効果のあるローブか、あるいは魔法でも使っているのかもしれない。
しかしそれ以上のことを考える前に、セーナは受付嬢の方へと顔を向けた。
それから、今感じている素直な感想を口にする。
「あの……すみません、今回の話はやっぱりなかったことにしてもらってもいいでしょうか?」
「え……?」
「は……?」
声は受付嬢とローブ姿の人物両方から聞こえたが、どちらも唖然としているようであった。
だがそこまで驚くようなことだろうか?
「えっと……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか? いえ、確かに断っても問題はないとは言いましたけれど……」
「そっ、そうよ……! まだ顔合わせしただけじゃないのよ!?」
「いえ、その顔合わせが理由と言いますか……これから同じパーティーになるかもしれないというのに、一方的に顔を隠したままで話を進めようとする方とは、試しにでもパーティーを組むのは抵抗があるといいますか……」
「……なるほど、確かに一理ありますね。けれど、決して彼女の肩を一方的に持つつもりはないのですけれど、彼女が顔を隠しているのには相応の理由があります。そうですね……私が紹介したわけですから、どちらかと言えば落ち度は私にあります。ギルドの一室を貸すことぐらいならば出来ますけれど……」
「……いえ、いいわ。その通りだもの。確かに、これからパーティーを組むかもしれないってのに、顔を隠したままのやつが信頼されるわけないわね」
「……いいのですか?」
「構わないわ。幸いにも今は人が少ないし、何とかなるでしょ」
言葉と同時、視線を向けたセーナの前で、目深に被られていたフードが取り払われた。
中から出来たのは、予想通り少女の顔だ。
ただ、驚くほどに整ったものであり、まるで精巧に出来た人形のようですらあった。
金色の髪に金色の瞳を持ったその外見から考えると、やはりセーナと同年代ぐらいだろうか。
だが、何よりもセーナの目を引いたのは、その特徴的な先端の尖った耳である。
それを目にした瞬間、なるほどそれは確かに顔を隠す必要があるはずだと納得した。
「……驚かないのね」
「いえ、驚いてはいますよ? 確かに冒険者の街などと呼ばれている場所ではありますが、それでもエルフの冒険者がいるとは思っていなかったので」
そう、彼女はエルフであった。
異世界らしくというべきか、この世界には人間以外の種族が存在している。
エルフにドワーフ、確か龍人などと呼ばれている種族もいたはずで、しかし中でもエルフは非常に珍しい存在だ。
数が少ないというのもあるが、何よりも故郷の森からほとんど出てこないのである。
そういった希少性に加え顔立ちが非常に整った者ばかりであることもあり、エルフが顔を出していたら非常に目立つ。
それに、この世界には奴隷制度が存在しており、時には攫われ強制的に奴隷の身分に落とされる者もいる。
エルフの奴隷など、好事家にしてみれば喉から手が出るほど欲しいものなのだ。
そういう相手の目にとまらないようにすることを考えれば、顔を隠すのは当然の措置である。
「その割には、驚いてるようには見えないんだけど?」
「まあ、エルフ自体に驚いてるわけではありませんからね。以前に会ったこともありますし」
前世の話ではあるが、会ったことにあるのは違いあるまい。
驚きと共に納得したのもそういうことであった。
「ふーん……あたし以外にも物好きがいたのかしらね。まあいいわ。それで、納得してもらえたのかしら?」
「そうですね。少なくとももう少し話を聞いてみようかとは思いました。まあ出来れば最初からもう少し考えていて欲しかったというのはありますが」
「ふんっ、言ってくれるじゃないの。まあその通りだから何も言えないけど。確かに見た目通りのか弱いお嬢様じゃないってわけね」
「はい。言った通りでしたでしょう? まあ今のはこちらの耳も痛かったのですけれど」
「確かに、って、わたしが一体どんな風に言われていたのか気になるんですが……まあいいです。えっと、それでここで話を続けるんですか? と言いますか、そもそも何を話すのでしょう? アピールタイムですか?」
「あんたは一体何を言ってんのよ? まあ話をするって言っても、実際にはほとんど話はしないわ。っていうか、冒険者のパーティーなんて話し合いで決まるもんじゃないでしょ。そうね……あんたが普段どういうことをしてるのか見せてもらってもいい? 代わりってわけじゃないけど、それが終わったら今度はあたしが普段やってることを見せるわ」
確かに、会社の面接ではないのだから、言葉でどれだけ互いに説明したところで意味は薄い。
普段どんなことをしているのかを見るのが一番手っ取り早いだろう。
「異論はないのですが……貴女の、なのですか? 貴女達の、ではなく」
「少なくともあたしに納得出来なかったら論外でしょ。一応そこで互いに納得出来そうなら、パーティーを組んでみるってのを考えてるわ」
「なるほど……」
「ああ、そうそう、一応先に言っておくけど、あたし達のパーティーは全員女よ。そこは先に知っておきたいでしょうしね」
「確かに参考になりました。ありがとうございます」
ただでさえほとんど見知らぬ者達と共に行動することになるかもしれないのだ。
同性ばかりというのは、好条件だろう。
もちろんだからといって、安全とは限らないのだが。
ギルドは紹介をしてくれるが、安全を保障してくれるわけではない。
そこはしっかり自分で見極める必要があるのだ。
「別にいいわよ。あたしだってメンバーを増やしたいからこうして頼んだんだもの。で、まずは互いの仕事っぷりを確認するってことでいいかしら?」
「あ、はい、問題ありません。ですが、いつやるのですか?」
「何言ってんのよ。今からに決まってんでしょ? 何のためにこんな時間にしたと思ってんのよ」
「なるほど……それで、ですか。分かりました」
「そ。ああ、そうそう、あたしの名前はエルザよ。どう呼んでもらっても構わないわ。長い付き合いになるかはまだ分からないけど、よろしく」
「わたしはセーナです。同じく好きに呼んでください。そうですね、まだどうなるかは分かりませんが……よろしくお願いします、エルザさん」
「ええ、よろしく、セーナ」
基本的に冒険者は、自己紹介する時には名前しか告げることはしない。
事情持ちが多いゆえの、暗黙の了解というやつだ。
「それでは、これから行くということですが……先にどちらが?」
「あんたでいいわよ。あんたは採集なんでしょ? ある程度見る必要があるでしょうし、あんたのが時間かかるでしょうから」
「分かりました、ではそれで」
そうして話が纏まった時であった。
もう出番は終わったとでも思っていたのか、それまで口を挟んでこないでいた受付嬢が声をかけてきたのだ。
「あ、そうそう、エルザさん。私から一つアドバイスをしておきます」
「は? アドバイス? って、何のよ?」
「気を強くもってください。大丈夫です、慣れます。私も最近ではすっかり慣れましたから」
「いや、だからなんのよ……!?」
エルザが突っ込みを入れ、セーナも何のことなのか分からず首を傾げるが、受付嬢はそれ以上は口を開かず、ただ微笑みを浮かべるだけであった。
何となく釈然とはしないものの、言っても無駄だろうことは雰囲気で分かる。
互いに首を捻りながらも、とりあえずはいつも通りの、そして先ほど行ったばかりの場所へと再び行くべく、セーナはエルザと共にギルドを後にするのであった。




