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19.疑問と予感

 昨日と同じように……否、昨日以上に採集をしたものをカウンターの上に載せたら、また受付嬢が無表情になってしまった。

 しかもそれどころか、今日は何故か隣のカウンターにいる受付嬢からもジッと見られている。


 さすがに昨日の今日でこれだけの量を持ってくるというのは、色々な事に慣れているだろう受付嬢によっても予想外だということなのだろうか。

 そんなことを考えていると、無表情のままに受付嬢が口を開いた。


「……今日は、昨日よりも多いですね?」


「あ、はい、不思議と昨日よりも見つかりまして。まあ単純に、昨日よりも採集時間が長かったから、というのもあるかもしれませんが」


 実際昨日と比べれば、倍とまでは言わないまでも、五割り増しぐらいの時間を採集に使ったはずである。

 森が昨日と変わらない状態だったというのもあるが、昨日よりも採れた量が多いのは、その理由も大きいはずだ。


「……そうですか。分かりました。ですが、申し訳ありません。昨日以上の量ということは、当然昨日と同様に時間がかかってしまうということでありまして、報酬がお支払い可能となるのは明日以降となってしまうのですけれど……」


「あ、はい、そうですよね……そうなりますよね……」


 確かに、その通りだ。

 当然そうなる。


 とはいえ、それで何か困ることがあるかと言えば、特にはない。

 色々と揃えたいものはあるものの、どうせ今の稼ぎでは不可能だ。


 となれば、使うのは宿代と食事代ぐらいであり、その程度ならば十分手持ちで補填するのは可能であった。


「明らかに昨日以上に数も種類もありますから、昨日以下の報酬となることはないでしょうし、とりあえず銀貨二十枚だけでしたら先払いすることも可能ですけれど……」


「いえ、大丈夫ですから、明日まとめてでお願いします」


 それをお願いするということは、仕事を増やしてしまうということである。

 別に困っていないのだから、敢えてする必要はあるまい。


「そうですか……かしこまりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「別に迷惑にはなっていません……と言ってしまったら嘘になってしまうかもしれませんが、少なくとも困ってはいませんから。問題ないです」


「そう言っていただけますと、助かります。ありがとうございます」


 そう言って頭を下げる受付嬢に、いえ、と首を横に振りながら、セーナは小さく安堵の息を吐き出した。


 言動から察するに、別に怒っているわけではないということが分かったからだ。

 感情がまったく読めないので推測でしかないが、おそらくはその内心も昨日と同じで、驚いているということなのだろう。


 そしてそれはセーナが頑張れているという証左でもある。

 冒険者のことなど慣れているだろう受付嬢が、驚いて表情を消してしまうほどなのだ。

 それほど頑張れているということに違いない。


 少し前向きに考えすぎかもしれないが、悲観的に考えたところでいいことなどはないのだ。

 ならばこれで問題はないだろう。


 そう思うのと同時、ふと思った。

 セーナの頑張りによって受付嬢の表情が消えるのであれば、それはつまり受付嬢の表情が消えるのはセーナが頑張った証ということなのではないか、と。

 これは、分かりやすい目標が出来たかもしれない。


 一先ずDランクという目標はあるものの、どこまでやればそこまでいけるのかということは分からず正直少し困っていたのだ。

 姉達からはそれなりに大変だということは聞いていたので覚悟はしていたものの、目に見えるものがないというのはどれだけ頑張っても果たしてその頑張りが足りているのかどうかも分からないということである。

 それはきっと、想像しているよりもずっと大変なことだ。


 だがこれで、頑張りが足りているのかが一目で分かるようになった。

 つまりセーナは、なるべく何度も受付嬢を無表情にすればいいというわけである。


 よし、頑張りましょうと、受付嬢の顔を眺めながら、セーナは決意を固めるのであった。








 銀髪の少女がギルドから出て行く姿を眺めながら、ヒルデは溜息を吐き出した。

 何やら変な目で見られていたような気もしたが……まあそんなことよりも、である。


「まさか、じゃなぁ……」


「まさか、ですねえ。まあ、昨日と同じ量どころかそれ以上を持ってくるなんて、さすがに予想出来るわけありませんが」


 隣の受付嬢と言葉を交わしながら、目の前に積まれているものを眺め、もう一つ溜息を吐き出す。

 本当に、その通りだ。


 だが。


「これで検証は十分出来そうじゃな。今日がこれならば、昨日のことも推測が容易そうじゃしの」


「うわー、前向きですねー」


「前向きに考えなければやってられんのじゃからな」


「まあ確かにそうですねー。じゃあ後は、報告に戻ってくるのを待つだけですか」


「――いえ。もう戻ってきてるっすよ」


「――っ!?」


 聞こえた声に、瞬間、隣の席の受付嬢が反射的に身体を強張らせた。


 まあ、姿はなく、気配すらもないというのに、声だけが響いたのだ。

 驚くのは当然と言えば当然かもしれない。


「とはいえ、いい加減慣れてもいい頃だと思うのじゃがなぁ」


「無理言わないでくださいよー。こんなの驚くに決まってるじゃないですか!」


「え、えっと……ごめんないっす」


「それがお主の役目なのじゃから、謝る必要はないじゃろうよ」


「えぇ……!? 私の抗議は無視ですかー!?」


 当然である。

 そもそも誰にも悟られず情報を集める者が受付嬢如きに気付かれてしまったら、その方が問題だろう。


 だからこそ、慣れろと言っているのだ。


「それよりも、首尾はどうだったのじゃ?」


「あ、はいっす。とりあえずは、確かにあの森に向かったっすね。というか、中に入ったのを確認したっす」


「それは幸い……って言っていいんでしょうか? まあ個人的にはよかったって思うんですが……それはそれで気になることが増えたんですが。道中の魔物はどうしたのかとか、倒したのなら何でその素材を持ってこないのかとか、そもそも道中の魔物を倒せるんなら採集をする必要とかなくないですか、とか。まあ、そもそも倒せるのならば、の話ですが」


「とはいえ、あの周辺は魔物が多かったはずじゃし、森に行くにはそれなりに邪魔が入るものじゃろうからな。かといって倒したきり放置するというのはさすがに勿体無いじゃろうし……その辺はどうしたんじゃ?」


「いえ、その……そもそも邪魔は入らなかったっす」


「それはつまり、偶然……いえ、偶然ということはさすがにないですか。何らかの手段で素通りすることが出来た、ということですか?」


「いえ、そのままの意味っす。というか、そもそも森に辿り着くまでの間に、一匹の魔物も見かけることはなかったっす」


 その言葉に、思わずヒルデは黙り込んだ。

 それは、有り得ないことだったからである。


「……我の記憶が正しければ、あの周辺は絶えず魔物がいたはずじゃし、昨日そういう報告も受けたはずじゃよな?」


「自分の目で確かめたっすし、そのように報告もしたっすね。ですから、自分も今言われたように何らかの手段で素通りしてるんだろうと思ったんすが……」


「とはいえ、自分で言っておいて何ですが、確かあそこを縄張りにしているCランクの魔物って物凄く感覚が鋭い上に好戦的なんですよね? 一歩でも縄張りに踏み込んでしまったら絶対に逃げられないし、見つからないように素通りする方法はないという話だった気がしますが」


「しかも硬くしつこい上に数が多く、素材としての使い道が乏しいために報酬も安い。まずいために誰も狩ろうとせず、そのせいで常に数は一定。で、そんな魔物がどうしたじゃと?」


「一匹もいなかったっす」


 姿は見えないので、声だけで判断するしかないのだが、その声はどことなく自棄になってるというか、開き直っているようであった。

 まあ、嘘を吐く理由がないので本当のことなのだろうし……本当のことなのだとすれば、確かにそれは開き直るしかないようなことだ。


「えっと……すいません、正直意味が分からないんですが?」


「ぶっちゃけ自分が一番意味が分からないっす」


「まあそうじゃろうなぁ……が、とりあえずそれは脇に置いておくとするかの。ぶっちゃけそこは重要ではないのじゃし。で、森の中ではどうだったのじゃ? 我は森の中まで付いていくよう命令しておいたのじゃから、しっかり付いて行ったのじゃろう?」


「……それが……もちろんしっかり付いていこうとしたんすが、何故か森に入れなかったんすよ。邪魔されて」


「え……結界とかのせいで、ということですか? そんな話は聞いたことがありませんが……いえ、つまりは、先に入っていったあの人が張った、と?」


「いえ、それもまた文字通りの意味っす。森に邪魔されたんすよ。入ろうと思ったら枝が動いて進行方向を塞ぐは足元から雑草が伸びてきて身体中に絡みつくわで、あんな中を進むのは無理っすね。しかも場所を変えようとしても同じだったっすし……そのままずっと森と格闘を続けてたんすが、結局あの少女が森から出てきたのに気付いたんでそこで諦めたっす」


 隣の席の受付嬢から、意味が分からないんですが? とでも言いたげな視線を向けられるが、それはヒルデも同じであった。

 本当に、意味が分からない。


 確かにあの森は、今から三百年ほど前、とあることが原因で聖女の作り出したエリクサーを撒いたこともあるという曰く付きの場所ではあるが、そんな話は聞いたこともなかった。


「まあ、うん、それは……ご苦労だったのじゃな」


「本当っすよ。多分今までの任務の中で一番疲れたっす。精神的に」


「え、えっと……ご苦労様でした。本当に」


 隣の席の受付嬢も、どこにいるのか分かっていないだろうに、その声には心底の労わりがこもっていた。


 だが、大変だったね、とだけで終わらせるわけにはいくまい。


「うーむ……しかしそれは、どうしたもんじゃろうなぁ」


「様子見、ということにするしかないんじゃないですか?」


「その意見には賛成するっすが、自分が様子を見るのには反対するっすよ? あんなの見てたら自分の中の常識というものが壊される気しかしないっすから」


 冗談のような言葉でありながら、その声は真剣そのものであった。


 ここで、実は今のは嘘でした、となるのであればそこまで含め笑い話になるのかもしれないが……生憎とそんな言葉は続かなかったし、そんな無意味な嘘を吐く人物ではないことはよく分かっている。

 つまりは、全てが全て本当なのだ。


「さて……これは本当に、思った以上に困ったことになりそうじゃのぅ」


 そして同時に、放っておくことは出来なさそうな話でもある。


 別に自分達が何らかの不利益を受けたわけでなければ、何らかの悪事を企んでいるとかいったことでもなさそうだが……さすがにここまで不可解なことを放っておくわけにはいくまい。

 冒険者ギルドには、所属している冒険者が困ったことをしでかさないよう、管理する義務があるのだ。

 それにある程度は予測出来ていたことでもある。


 まあどうやら、思っていた以上に厄介そうではあるが――


「やれやれ……嫌な予感ほどよく当たるとはよく言ったもんじゃなぁ」


 出来るならば、自分達にとって悪いことにならなければいいのだがと、そんなこと思いながら、ヒルデは一つ大きな息を吐き出すのであった。

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