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18.元聖女、考える

 頭上から差し込む光に目を細めながら、セーナは息を一つ吐き出した。

 やはり綺麗な場所だと、そう思ったからだ。


 眼前には鬱蒼とした森の中だとは信じられないほどに開けた空間があり、清涼な空気が流れているようにすら感じられる。

 昨日も訪れた、森の奥にある湖のような場所であった。


「本当に相変わらず綺麗な場所ですね……。えっと……ちょっとぐらい大丈夫でしょうか?」


 周囲を見渡し、人影どころか動物の気配さえないのを確認した後で、セーナはゆっくりと澄み渡っている水辺へと近付いていく。

 恐る恐る手を差し出せば、想像以上の冷たさが伝わってきた。


 ただし冷たいは冷たいでも、身体の芯を冷やすような鋭さはなく、どちらかと言えば火照った身体を冷やしてくれるようなものだ。

 矛盾するようではあるが、暖かさすら感じるような冷たさに、思わず溜息が漏れる。


「はぁー……気持ちいいですね……」


 厳密に言うのならば、セーナの身体は火照ってはいない。

 疲労と共に回復できるからで、だがこれもまた気分の問題だ。


 干したばかりの布団で横になれば誰だって心地いい気分になるように、とても安らいだ気分になるのである。


「まあまだ冒険者になって二日目ですからね。何だかんだで慣れてはいない、ということでしょうか。……成果だけでしたら、昨日以上なのですが」


 魔法の鞄に仕舞われている、今日採集したあれこれのことを考えながら、セーナは一人ごちる。

 そう、結局今日もまた大量に採れた、というか、昨日以上に採れたのだ。


 ただ不思議なのは、セーナの感覚では昨日も採ったはずのところに今日もまた薬草が生えていたということである。

 確かに薬草は生命力が高くすぐに生えると聞いてはいたものの、さすがに一日では無理だろう。


 それに、薬草以外のものもそうだったのだ。

 生命力が高いというだけでは少し説明が付くまい。


「……まあ、そもそもわたしの感覚では同じ場所、というだけですので、実際には違っていたという可能性もあるのですが」


 何せ広い場所であり、道もなければ目印となるものもない。

 同じ場所を歩いていたと思っていても実は違うところだった可能性も否定は出来ないのだ。


「と言いますか、改めて考えてみますと、わたしは昨日よくそんな場所で迷いませんでしたね……。今日も割と狙い通りにここに来ることが出来ましたし」


 セーナは方向音痴というわけではないが、どんな場所でも迷わず狙った場所に向かえるほどの方向感覚はない。

 ただの偶然という可能性もあるが……セーナはそうは考えていなかった。


「何となく迷う気はまったくしなかったと言いますか……この森自体にまるで包み込まれているような感覚があるんですよね……」


 昨日はそこまでは感じなかったが、二回目だからか今日は何となくそう思う、といった程度には感じている。

 無論ただの勘違いという可能性もあるが……それよりも、ここが特別な場所だという可能性の方がありそうだ。


「周囲含めて魔物にまったく遭遇しないというのも、考えてみたら変ですしね」


 というか、一番おかしいのは、そんな場所が穴場となっていることである。

 魔物と遭遇しないような場所など、真っ先に調べられるだろう。


 ということは、ここはきっと何か特別な場所なのだ。

 可能性として最も高いのは、知らなければ辿り着くことの出来ない類のものといったところだろうか。


 たとえば、聖域などと呼ばれている場所など、特殊な結界の張ってあるところなどではそういうことがあるという話を聞いたことがあった。


「それでしたら、植物の成長が早いことも説明が付きますしね」


 そういうところは外界とは完全に隔離されており、魔物が近付くこともないそうだ。

 植生などと独特なものになっていることも多く、外と比べれば数倍の速度で成長するということもあるらしい。


 まあ書物で読んだだけなので本当に存在しているのかは定かではないが……前世の頃にも似たような話を聞いたことがあるのだし、あってもおかしくはないだろう。

 特に前世の頃の話は、実在していたものの話だ。


 というか、話に聞いたというよりかは、むしろセーナは実際に関わっている。


「とはいっても、聖水を提供しただけですが」


 何でも聖水は植物にも効果があるらしく、枯れかけた森を再生するのに使いたいとある日言われたのだ。

 そして特に断る理由もなかったので、バケツ一杯の聖水を作り渡したのである。


 その結果森は見事に再生し、割と騒ぎとなったようだ。

 もっともセーナは王城から出ることは出来なかったので……というか、そんな暇はなかったので、人伝に話を聞いただけだが。

 しかし治療を行った人の中には何人も実際に目にしたと言っている人がいたので、実際に起こったことなのだろう。


「まあ、わたしの名はおそらく宣伝代わりに使われただけなのでしょうが」


 体調を整え、軽症を癒す程度の効果しかない聖水を幾ら注ぎ込んだところで、森が再生するわけがあるまい。

 きっと実際のところは聖水を貰いに来た人達が頑張っただけなのだ。


 成果を横取りしてしまうような形となるのは申し訳なかったが……そうして沢山の人に知られた方がいいと考えたのだろう。

 自分で言うのも何だが、聖女がやったということにしておけば、ありがたがられるだろうし。


 実際そこは大事にされていたようだ。

 不思議と魔物が近寄らなかったり、植物の成長が早いという不思議なことが起こったからでもあったようだが……セーナはそれを植物版の聖女のような存在がいたのではないかと思っている。


 人を癒す力があるのだ。

 ならばそういうものがあってもおかしくはないだろう。


 そしてここも、人知れずそういう人が管理をしているか、あるいはかつて管理していた残滓のようなものがあるのかもしれない。


「まあ何にせよ、こうして沢山採れるのはいいことですね。ただ、いつまでも続くとは限りませんから、そのうち何かを考える必要はありそうですが……」


 ここが聖域のような場所なのではないか、というのも、結局のところは状況からの推測だ。

 偶然の可能性はあるし、あるいは本当に聖域のような場所だったのだとしても、残滓であった場合は唐突に消えてなくなる可能性もある。

 その時にどうするか、ということだ。


 さすがに次は都合よく誰かに穴場を教えられるわけがないし、かといって他の場所ではここまでの量は採れまい。


「一番いいのはやはり魔物を倒すことではありますが……」


 魔物の牙や皮、時には肉や血などまで、それらは様々なものに利用が出来る素材となる。

 その換金はギルドでも行っており、その効率は採集よりも余程いい。

 だから冒険者の大半は魔物を倒し、その素材を売ることで日々の糧を得ているのだ。


「とはいえ、正直わたしが魔物を倒せるとは思えないのですよね……いざという時にはそんなことを言っている場合ではなくなるとは思いますが……。ま、まあ、その時が来た時に改めて考えればいいですか」


 ここで採集が出来なくなってから考えても遅くはあるまい。


 それまでは、ここで採集を続けるということで。


「ですが、とりあえず今日のところはそろそろ戻りましょうか。何だかんだで結構な時間採集を続けていましたし」


 とうに日は中天を過ぎ、傾き始めていた。

 朝早くにギルドに行って、そのままここに来たことを考えれば、優に数時間をここで過ごしたことになる。


 昼食は予め宿の食堂で作ってもらい、包んでもらったの採集の途中で休憩しながら食べたのでお腹は減っていないが、もういい時間だ。

 おそらく今から戻れば昨日と同じぐらいには戻れるだろう。


 まだ早いといえば早いので、採集を続けることは可能だが……無理は禁物である。

 余裕があるうちに戻っておくべきだ。


 傷も疲労も癒せるとはいえ、セーナは万能ではないのである。

 だからこそセーナは、寿命を迎える前に死んでしまったのだから。


「今度はもう少し長生きしたいですからね。のんびりと気楽に過ごしながら」


 そう呟きながら、立ち上がると、セーナはこの森を抜けるべく、その場から歩き出すのであった。

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