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17/30

17.元聖女、初めての報酬を受け取る

 ふと目を覚ました瞬間、セーナは瞬きを繰り返した。

 見覚えのない光景が眼前に広がっていたからであり、だがすぐにここが何処なのかを思い出す。


「そういえば、宿に泊まったのでしたか……」


 一瞬忘れてしまっていたのは、屋根のあるところで寝たのが数日振りだったということもあるだろうが、何よりも寝たという意識がなかったからだろう。

 一本脇道に逸れたところにある宿屋を数軒見て回り、よさそうなところがあったのでそこに決め、部屋を取ったところまではよかったのだが、何となく横になったところ、そのまま眠ってしまっていたようである。


「自分で思っていたよりも疲れていた、ということでしょうか……?」


 まあ考えてみれば、ようやく冒険者になれて、初めて依頼をこなしたのである。

 何だかんだでそれなりの時間を採集に費やしていたことも考えれば、当然だったのかもしれない。


「基本的に疲労は癒せますが、精神的なものはさすがに無理ですからね」


 身体を起こしながら両手を軽く開閉してみれば、特に問題は感じられない。

 ばっちり快眠出来たようだ。


「あとは……さすがにお腹が空きましたから食事を摂りまして……その後に、ギルド、といったところでしょうか……?」


 外はすっかり夜が明け、窓からは朝日が差し込んできている。

 冒険者ギルドは一日中開いているわけではないが、朝は日の出のすぐ後ぐらいに開くとのことだったのでもう開いてることだろう。


 正直なところ、昨日のことを考えると出来れば後回しにしたいところだが……まあ、後回しにしたところで何が変わるわけでもないのだ。

 諦めて向かうしかあるまい。


「何はともあれ、まずは腹ごしらえですね」


 この宿は食事は料金に含まれていないものの、一階には食堂があり、頼めば普通に食べられるそうだ。

 自信があるし病みつきになること間違いなしだから、是非とも食べて欲しいと勧められた。


 自信があるからこそ、食堂があるのに敢えて食事は別にしているらしい。

 食事付きにしなくとも、どうせうちで食べることになるのだから、と。


 そこまで言われてしまえば、楽しみにせざるを得ない。

 ギルドのことは一時忘れ、どんな食事が食べられるのだろうかと、胸を躍らせながらセーナは食堂へと向かうのであった。






 結果から言ってしまえば、宿での食事は大満足であった。

 確かに言うだけのことはあったようだ。


 そしてお腹がいっぱいになり、さらにはその食事が美味しかったとなれば自然と気分は上向く。

 よっしゃばっちこいやとばかりの気分でギルドへと足を向け――


「……あれ? 思ったよりもあっさり終わってしまいましたね……?」


 だが予想に反し、大したことはなかった。

 というか、普通に昨日の採集依頼分の報酬を渡されただけであった。


 付け加えるとするならば、昨日渡した七色の花は結局綺麗なだけの花だと言われたことぐらいだろうか。


「むぅ……昨日のは一体……? いえ、それとも、単に新人では有り得ない量を持ってきたから、ということだったのでしょうか?」


 報酬金額は、合計で銀貨二十枚。

 泊まった宿が一晩銀貨十枚で、朝昼晩それぞれの食事代が銀貨一枚からだということを考えれば、最低限の分は稼げたということになる。


 だが十分かと言えばそうではない。

 採集をするだけならばともかく、そのうち魔物と戦ったりもしなければならないだろうことを考えれば、防具を揃えたりする必要もあるのだ。


 ナイフだってずっと使い続けることは出来ないだろうし、そもそもあれは採集用のナイフではない。

 出来れば専用のものを買った方がいいだろうことを考えれば、そこでもまた出費だ。


 さらに言うならば常に同じ量採れるわけではないだろうし、時には別のことをやらなければならないこともあるかもしれない。

 銀貨二十枚では、十分と言えるほどの稼ぎではないのだ。


 ただし、最低限は越えているし、何よりも十分と言えない金額になっているのは一晩銀貨十枚の宿に泊まろうとしているからである。

 昨日宿を取る時に聞いたのだが、本来であればあそこはEランクやDランクになったばかりの冒険者が取るような宿なのだそうだ。

 そんな場所にGランクの冒険者が泊まろうとすれば、無理が出るのが普通なのである。

 なのに足が出るどころか、多少とはいえ余るのだということを考えれば、少なくとも及第点ではあるのだろう。


 が、繰り返すが、あくまでセーナはGランクの冒険者である。

 EランクやDランクが利用するような宿に泊まりながら及第点と言えるほどの金額を稼げるのは普通有り得ないことに違いない。


 そういうことを考えれば、昨日の様子もそれほどおかしなことではないのかもしれなかった。


「それもこれも、あの人のおかげですね。本当に感謝しませんと」


 ともあれ、まあ別に好きで怒られたかったわけではない。

 怒られなかったのであれば、問題はないだろう。


「さて……では気分を切り替え、今日もあそこに行くとしましょうか」


 言ったように、余裕はまったくないのだ。

 何気に今生で初めてお金を稼ぐことが出来たものの、余韻に浸っている暇もない。


 問題は、穴場とはいえ昨日の今日で果たしてどれだけ採れるかというところだが……まあ、とりあえず行ってみなくては始まるまい。

 行ってみて駄目そうだったら、その時に考えればいいだけだ。


 そう思考を纏めると、セーナは今日もまた街の北側へと向けて歩き出すのであった。









 冒険者ギルドというのは、朝から開いてはいるものの、大半の冒険者達がやってくるのはそれからしばらく後だ。

 依頼票は一日に一度しか新しいものは貼られないのだが、その時間は基本的に決まっており、そこに合わせてやってくるからである。


 ゆえに今はまだ人の姿はほとんどなく、必然的に受付嬢の仕事もほぼない。

 そんな中を、暇そうにカウンターの上に突っ伏している受付嬢がボソリと呟いた。


「いやー……酷いぼったくりでしたねえ」


 それが誰に向けられたものなのかは考えるまでもなかったため、ヒルデは肩をすくめる。

 心外な言われ方であった。


「誰がぼったくったじゃと?」


「ヒルデさん以外にないと思いますがー? っていうか、本来の百分の一の報酬しか支払わないとか、ぼったくり以外の何だって言うんですか? 詐欺ですか?」


「だから人聞きが悪いというに。我は単に、今回は一部しか支払わなかった、というだけじゃぞ? 別に珍しくもない、よくあることじゃろうに」


「確かによくあることですがー……それってBランクの冒険者とかの一部の人だけですよね? 常に報酬を満額貰っていたらかさばるだけで邪魔になるからギルドに預けておくっていう」


「意図としては同じなのじゃから、問題ないじゃろうよ」


 そう言ったヒルデに隣の受付嬢からジト目が向けられるが、これは本当のことである。

 少なくともそういう意図があったからこそ、敢えて報酬を本来の百分の一にして渡したのだ。


「……あの娘Gランク冒険者ですよ? 何を考えているのかは知りませんが……とりあえず今は何よりもお金が必要な時期だと思うんですが?」


「だからじゃよ。逆に聞くのじゃが、あやつは今日も同じ量の薬草などを持ってくることが出来ると思うかの?」


「それは…………」


「無理じゃろ? 確かに穴場ではあったのじゃろうが、あれだけの量を持ってきたとなれば、ほぼ全て刈り取ってしまったじゃろうよ。一応根は残しておいたみたいじゃが、幾ら生命力の強い薬草でも一日で元に戻ることはない」


 一度採集した薬草が元の長さにまで戻るのは、大体三日といったところだ。

 しかもそれも、上手に採集出来た場合である。

 あの少女が持ってきたものは慣れていないのだろうことが一目で分かるほどに雑な切り口であり、あれでは変に成長してしまったりして三日では元に戻らない可能性が高い。

 おそらくは最大で一週間程度は必要だろう。


 そして採集依頼だけなのに金貨二枚の報酬になったのは、数が多かったのもあるが、薬草以外のものが混ざっていたからでもある。

 薬草は採集依頼の中では最も報酬が安いものであり、それ以上のものが幾つも混ざっていたのだ。


 だが薬草が特に生命力が強いだけで、他のものはそうでもない。

 早いものならば一週間程度で元に戻ったりもするが、大抵はその倍か、一月程度は必要だ。


 つまりあの少女が昨日と同じ量を持ってくるのは不可能なのである。


「最悪薬草の一つも採ってこれない、ということもあるじゃろうからな。そういう時こそ、残された報酬の出番、というわけじゃ」


「出番って……どうやって渡すんですか? 事情を話すんですか?」


「やりようなぞ幾らでもあるじゃろう? たとえば、計算を間違っていたとか、あるいは何か持ってきた場合は偶然貴重な品が混ざっていた、とかの」


「うわー、汚い……大人って汚いなぁ……」


「お主も大人じゃろうが。とはいえ、半分は保険じゃがな」


「ああ、妙に親身になっていると思ったら……というか、半分どころかそっちがほとんどですよね?」


「さて何のことやら、じゃな。ま、それもこれも、本当にあやつがBランクの森に行っていたら、の話ではあるのじゃが。それ次第であやつらの処分も多少変わってくるじゃろうし」


「え、そうなんですか? 騙したことに変わりはないわけですし、そこはもう確定なんですよね? ならあとは事実がどうであれ関係ない気がするんですが……」


「その事実が重要なのじゃよ。というか、事実がどうでもいいのであれば、もう少し冒険者というものの風通しはよくなってるじゃろうよ」


 その言葉に納得が出来たのか、隣の席の受付嬢は、あー、と嫌そうな顔をしながら呟いた。

 気持ちは分かるが、単純にはいかないからこそ人の世というものは面倒くさいのだ。


「ま、それに関しては、そう時間はかからんじゃろうがな。しっかり後を付けてるはずじゃし……あとは、報告待ちじゃな」


「ということは、遅ければ夜近く、ってことですかねー。正直かなり気になるんですが……まあ、言っても仕方ないことですか」


「ま、仕事をしながらのんびり待つしかないじゃろうな」


 そんなことを言いつつも、正直ヒルデもまた何故か非常に気になっているのだが、既に言われた通りだ。

 言ったところでどうにかなるものでもない。


 ただ……何となく嫌な予感がするのだが、果たしてそれは気のせいなのかどうなのか。

 そんなことを考えながら、ヒルデはギルドの入り口を眺め、小さな息を一つ吐き出すのであった。

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