思惑 03
「何だ、その不機嫌そうな顔は」
父上は僕の顔を見ると笑みを漏らした。
「いえ…別に」
せっかくエミーリアが来ているのに呼び出されたのだ。
不機嫌にもなる。
「それで何の御用ですか」
「騎士団長から報告があってな」
団長から?
「この頃、急にお前の剣の腕が上がったそうだな。———不自然なくらいに」
「不自然、とは」
「まず腕の上がり方が急すぎる。それに戦い方も変わったと聞く。あれは騎士の戦い方ではないとも言っていた」
そのうちバレるだろうとは思っていた。
戦い方が変わったのは自分でも分かっている。
僕が対峙しているのは人間相手ではなく魔法———しかもエミーリアは剣技や戦法といったものは全く知らない。
彼女独自の感覚と判断で魔法を操っているのだ。
それは意外にも野生的というか大胆で…こちらの戦い方も、どちらかというと型や様式を優先する騎士の剣技ではなく、もっと泥臭い、実践的なものになる。
「つまり、僕は騎士の道から外れていると?」
「そこまでは言っていないが、まあそれはどちらでも良い」
表情を探るように、父上はじっと僕を見つめている。
「問題は、お前はどこでその技を身につけているかだ」
誤魔化すべきか、正直に話すべきか。
いつまでも隠しきれるとは思っていないけれど…僕たちの訓練の事が知られれば、エミーリアの力も知られてしまう。
彼女の力はまだ本人も分かっていない部分が多くて…それを明かす事が彼女にとって良い事なのか分からない。
せめて父上には話しておいた方がいいのだろうか。
けれど…
「それを知ってどうするんです」
エミーリアとの二人きりの時間を邪魔されたくない。
それが正直な気持ちだ。
「言いたくないのか」
一度視線を外すと、父上は再び僕を見た。
「———ところで。話は変わるが、エミーリアが来る度に二人でどこかへ消えているようだが、どこで何をしているんだ?」
「…何か問題でも」
「婚約したとはいえ結婚前の、しかも未成年の男女が二人きりで隠れて過ごすのだ。問題ありすぎだ」
「やましい事は何もしていません」
「ならばどこで何をしているか言えるだろう。…ああ、前にお前は言っていたな、彼女に訓練に付き合ってもらうと」
分かっているのか、カマをかけられているのか。
———会うなと言われてしまったら元も子もなくなるか。
仕方ない。
僕は覚悟を決めて息を一つ吐いた。
「それは…」
その時、地響きのような音が鳴り響いた。
「何だ?」
父上と顔を見合わせ…ふいに胸騒ぎを覚えた。
脳裏に数日前に起きた、兄上へ落ちてきた粉々になった花瓶の姿がよぎる。
まさか…!
慌てて僕は外へと飛び出した。
音のした方へ走ると、廊下に男が倒れているのが見えた。
その向こうから走って来るのは…
「エミーリア?!」
「ベルハルト様!その男が殿下を…!」
エミーリアの言葉に、咄嗟に倒れた男の背中に乗りかかるとその身体を拘束する。
男は呻きながら身体を震わせていた。
まるで動かそうとしているのに動けないような…これはエミーリアの魔法か?
「ベルハルト?これは何事だ」
後ろから父上の声が聞こえた。
何事と言われても…僕はエミーリアを見た。
「…図書室で…ディート殿下と話をしていたら…この男が本棚を私達に向けて倒してきました」
「何だと」
エミーリアの言葉に父上の顔がさっと青くなった。
「それでディートは…」
「———私なら…無事です」
兄上の声が聞こえた。
運動などしない兄上が…苦しそうに息を切らしながら走ってくる。
「エミーリアが…私の身体を引いてくれたので…」
「そうか」
ほっとした顔を見せると、父上は僕の下の男に視線を落とした。
「……近衛兵のお前がなぜこんな事をする」
この男は僕も知っている。
騎士団の中でも特に真面目で忠誠心も厚い男だ。
父上の声に男は目線だけを上げた。
「…国の…未来のため…」
ぎり、と歯ぎしりをした男の顔がふいに歪むと…ごぼ、とその口から真っ赤な血がこぼれた。
これはまさか…
「毒か!」
しまった、服毒したか!
見る間に男の顔が青黒くなっていく。
手遅れか…そう思った時、エミーリアが男の側にしゃがみこんだ。
「逃げるなんて許さない」
小さく呟いてエミーリアは僕を見た。
「ベルハルト様、離れて下さい」
男から離れるとエミーリアの手が男の身体に触れた。
小さな手が光ると…男の身体が光に包まれる。
光が消えると、男の顔色が戻ったように見えた。
男から呻き声が上がるとその目が開かれた。
「毒は消しました」
エミーリアの言葉に男は頭を上げた。
「な…んだと…」
「誰かに命じられたのか」
僕は再び男の身体を押さえつけた。
「この間兄上に花瓶を落としたのもお前か?」
「———」
唇を噛み締めて男は黙り込んだ。
まあ、毒を飲むくらいだから聞いた所で話すはずもないか。
「エミーリア。吐かせられるか?」
「…はい」
彼女の手が男の頭に触れると、再びその手が光る。
「これで…黙秘もできませんし、嘘もつけません」
「誰に命じられた?」
「…そ……れは…」
苦しげに男は口を開いた。
「…オストヴァルト伯爵の……」
僕の背後で父上が大きく息を吐くのが聞こえた。
「———花瓶の件もお前か」
「それ…は…別の……使用人が…」
「その者の名前は分かるか」
「知らない…」
「オストヴァルト伯爵以外に今回の件に加担している者は?」
父上の言葉に、男が上げた二人の男は…共に僕を王位に推そうとする一派の人間だった。
「何故お前は今回の件に加担した」
「…それは…ベルハルト殿下の方が…王にふさわしいから…」
「———」
思わずため息が出る。
「つまり僕がいるから兄上は殺されそうになったという事か」
ああ、気分が悪い。
立ち上がると、不安そうに僕を見上げるエミーリアと目が合った。
「…ありがとうエミーリア」
「いえ…」
弱く微笑んだ彼女を…思わず抱きしめた。
柔らかくていい匂いがして…ああ、癒される。
———いっそ王子なんかやめてしまいたい。
そうだ…エミーリアと二人で旅に出るのはどうだろう。
色々な場所を巡りながら二人で世界一を目指して…いいな、それ。
「陛下!これは…」
騒ぎを聞きつけて、ようやく数人の騎士達が姿を見せた。
「この者を拘束して牢へ入れておけ。あと三人捕らえろ。ディートを殺害しようとした罪だ」
「…はっ!」
父上は名前の上がった三人の貴族の名前を告げた。
指示を受けた騎士が下がると、僕達へと向く。
「さて。謀反者を捕まえている間に先刻の話の続きをしようかベルハルト。エミーリアも一緒にね」
———そういえば今、父上達の前で思いっきり魔法を使ったんだっけ。




