思惑 01
ベルハルト様と婚約してから一ヶ月。
私は数日おきに王宮へ通っては、ベルハルト様との訓練に勤しんでいた。
ベルハルト様は本当に剣が好きで、研究熱心だ。
私の魔法の特徴や、クセを覚えて———次の時には確実に攻略してくる。
だから私もそれ以上の技を考えてこないとならなくて…大変だけど、面白い。
「エミーリアの魔法は、どれも幻だね」
今日も訓練を終えて、王宮へと戻りながらベルハルト様が言った。
「炎も熱いけど火傷はしないし、水も一瞬濡れるけどすぐ乾くし」
「…本物がいいですか」
「ちょっと物足りないかな。どうせなら実戦と同じにしたい」
「でも…それだと…」
「それだと?」
「ベルハルト様に怪我させそうで…手を抜いてしまいそうです」
「治癒の魔法は使える?」
「治癒…ですか。多分…」
「じゃあ大丈夫だよ。怪我したら治してくれれば」
満面の笑みでそう言われても!
建物の傍まで来ると、ベルハルト様の足が止まった。
「兄上だ…外にいるなんて珍しい」
視線の先に、一人の男性が歩いているのが見えた。
お兄様…確かディート殿下は、婚約のサインをする場で一度お会いした事がある。
「兄上」
ディート殿下が振り返った。
「ベルハルトか」
こちらに向かって数歩歩いた次の瞬間。
殿下の背後でガシャン!と激しい音が響いた。
「兄上!」
ベルハルト様が走り寄る。
凄く嫌な気配を感じて私は頭を上げた。
殿下の上、開け放たれた建物の窓の奥に…黒い影が一瞬見えた。
嫌な気配はその影から放たれたようだった。
———まさか…
ざわり、と心臓が撫で上げられたような気がした。
「兄上!大丈夫ですか!」
ベルハルト様の声にはっとする。
ディート殿下は青ざめた顔で立ち尽くしていた。
その側には粉々になった…陶器のような物が散らばっていた。
「……ああ」
殿下は深く息を吐いた。
「これは…花瓶ですか?どうして…」
ベルハルト様が散らばった破片を見回した。
「あの…ベルハルト様」
二人が私を見たので、上を指し示す。
「多分…あの開いた窓から…」
「…あそこから落ちてきたのか?しかし何で…」
「あの……」
言うか迷ったけど…明らかにしないとならない、そう思った。
「あの窓から…感じたんです」
「感じた?何を?」
「———殺意です」
あの黒い影から感じた嫌な気配。
あれは確かに…殺意だった。
ベルハルト様とディート殿下は顔を見合わせた。
「…まさか…」
「———そういう事か」
ふっと、ため息をついた殿下の顔には…自嘲するような笑みが浮かんでいた。
「そこまで私は要らないと思われているのだな」
「兄上!」
え…何の話?
「———エミーリア、だったね」
ディート殿下は私を見ると笑みを浮かべた。
…笑った顔はベルハルト様そっくりなのね。
「私はね…身体が弱くて次期王には相応しくないと思われているんだ。…私は邪魔な存在なんだよ」
「え…」
「兄上!そんな事は…!」
「いいんだベルハルト。私が周りからどう見られているか、良く分かっている」
…それ、は……。
殿下は身体が弱くて…王様には向いていないから…殺そうとしたの?!
「どうして……」
だからって…どうしてそんな事を。
急に目が熱くなって…視界がぼやけた。
「エミーリア…」
「ひどい…」
ぼろぼろと涙が溢れ出す。
「身体が弱いから…邪魔だなんて…そんな…」
どうしてそんな酷い事思うの?!
「…泣かないでエミーリア」
ベルハルト様がぎゅっと抱きしめてくれる。
「そんな事を思うのは…ごく一部の者だけだから。犯人を捕まえれば大丈夫だよ」
犯人…あの黒い影の……
あ…
「…さっき…」
「エミーリア?」
「あの影…追えば良かった…」
ぽつりと呟いた。
見えたのは一瞬だけだったけど。
魔法を使えば…追えたかもしれないのに…
せっかく魔法が使えるんだから、ああいう時に役立てないと何のための…
「君はそこまでやらなくていいんだよ」
ベルハルト様はそう言ってくれたけど…私の心の中は悔しさで一杯だった。