目覚め01
目を開けると、温かくて柔らかな布団の中だった。
「エミーリア」
私を呼ぶ声に顔を向けると、お祖父様がベッドの傍に置かれた椅子に座っていた。
「やっと起きたな」
「…私…」
「十日間眠っていた」
大きな手が私の頭を撫でる。
「すまなかった、お前の力を貰いすぎた」
「…いえ……」
ああ、そうか…
思い出した。
「…グラトニーは…倒せたの?」
まだ重い上体を何とか起こすとお祖父様に尋ねる。
「ああ」
お祖父様が何かを私の手に乗せた。
真っ黒いそれは、今まで見た中で一番大きな核だった。
核からは…まだわずかに魔力が漏れている。
「お祖父様…あのグラトニーは…お祖父様と…」
「———五百年前」
お祖父様は私の手から核を取った。
「先代の魔王の一人娘があれに攫われた。何とか封印して娘を取り戻したが、娘は身ごもっていた。そして生まれたのが私だ」
核を見つめるお祖父様の顔には…何の表情も浮かんでいなかった。
「…私も…あの魔物の血を引いているの…」
「魔族が魔物の血を取り入れる事はそう珍しい事ではない。それによって魔物の力を手に入れられるからな、例えばルプスが魔狼の力を得ているように」
お祖父様は私を見た。
「血を引いている事は気にしなくていい」
「…お祖父様は平気なの?グラトニーはお祖父様の…」
「父親とはいえ所詮魔物だ。情などない」
「…グラトニーは…私の事…優しそうに見たの…」
あの眼差しは…お祖父様が私を見る目にとても似ていた。
「———お前は私の母に面差しがよく似ているからな。母も、あれには優しく扱われたと言っていた」
お祖父様はそっと私の頭を撫でた。
「それでエミーリア。お前に謝る事がある」
「謝る?」
「あまりにもお前の力を奪いすぎてしまって、このままだと目覚めなくなってしまう可能性があったから、エミーナの核を使ってしまった」
「え…」
それって…
「私…完全に魔族になったの…?」
「すまないな。本当ならばお前の同意を得てから使わなければならないのだが」
「……いえ…」
正直ショックだけれど…目が覚めない事の方がまずいよね…
皆心配するだろうし…
あ…そういえば皆は…
「姫様!」
その時ノックもなくドアが乱暴に開かれた。
「ルプス…」
「姫…良かった…」
飛び込むように部屋に入ってきたルプスはベッドの脇に膝を突いた。
「ルプス…そう慌てるな。陛下の前だぞ」
後ろから現れたトロワが私を見て目を細めた。
「ああ、やはり赤い瞳のエミーリア様はいいですね。よりお美しい」
「え?あ…」
そうか…魔族になったから。
菫色の瞳はテオお父様と同じ色だったのに…それは、残念だな。
魔法で瞳の色変えたら怒られるかな。
———ところで…
「ベルハルトは…?」
私の言葉にルプスとトロワが困ったように顔を見合わせた。
え…何……
どくん、と心臓が大きく跳ねる。
「彼はね、エミーリアに核を使ったと知って、自分にも核を使って欲しいと言ったんだ」
お祖父様が言った。
「人間の、それもあれだけ光の魔力の強いベルハルトが闇の魔力の塊である核を取り込んだからね。身体への負担が大きくて、まだ眠っているよ」
「え…大丈夫なの?!」
「取り込む事自体は成功したから問題ない」
「ベルハルト…!」
慌ててベッドから降りようとして身体のバランスを崩し…お祖父様の腕の中へと落ちた。
「成功したと言っただろう。お前も目を覚ましたばかりなのだからまだここで大人しくしていなさい」
「だけど…!」
「駄目だよエミーリア」
お祖父様は私をベッドへと寝かせると額にキスを落とした。
「また戻ってくる。それまで二人とも、エミーリアを外へ出さないように」
「はっ」
お祖父様が部屋から出て行くとトロワが小さくため息をついてドアを閉めた。
「王の過保護振りに拍車がかかったな」
「え?」
「エミーリア様が眠っていた間、ほとんど側につきっきりで。仕事が進まないとディルク様も嘆いていますよ」
「…まあ仕方ないな。姫様の昏睡状態の原因は自分にあるようなものだし」
「———本当にベルハルトは大丈夫なの?」
部屋を出る事は諦めて私は二人に尋ねた。
「大丈夫だと思いますよ、兄達が付いて診ていますし」
「大丈夫だと思う…?」
それって大丈夫じゃないんじゃないの?!
「今は闇と光、二つの魔力がベルハルトの中で融合するために戦っている状態です。ベルハルトの力ならば乗り越えられるだろうというのが王や兄達の見解ですから」
……本当に大丈夫なの?!
「そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だよ」
ルプスが私の頭を撫でた。
「あの姫様への執着心の塊のようなベルハルトが負ける訳ないだろう」
「…ベルハルトは…こうなる事を知っていて、核を使うと言ったの?」
「ええ。あらゆる可能性は全て話しました。それでも構わないと」
「どうして……」
「あいつにあるのは何が何でも姫様と一緒に生きようっていう一念だけだ」
ルプスが言った。
「その一念だけで必死に剣を覚え、魔法を覚え、人間である事すら捨てた。大したもんだ」
「深く愛されておりますね、エミーリア様は」
…顔が赤くなるのを感じる。
本当に…ベルハルトは自分の全てを投げ打って、私を想ってくれる。だけど…
「…私は…そこまでしてくれるベルハルトに、応えられているかしら」
ルプスとトロワは顔を見合わせた。
「まあ、それは問題ないんじゃないの」
「エミーリア様は存在するだけで十分ですから」
「でも…」
「まあ、強いていうなら閨で頑張ってあげれば…」
「———ほう」
突然冷たい冷気が部屋に流れた。
いつの間にか…ドアも開けずにお祖父様が立っていた。
「げ…陛下……」
「どうもお前は従者としての自覚が足りないようだな」
笑顔で———けれど目は全く笑っていない、冷え切った視線でそういうとお祖父様はルプスの首根っこを掴んだ。
「ディルクに叩き込んでもらおうか」
ルプスを引きずって今度はドアからお祖父様が出て行くと、私はトロワを見上げた。
「…頑張るって、何を?」
「エミーリア様はまだ知らなくていい事です」
綺麗な顔にお祖父様と同じ冷たい笑顔を貼り付けてトロワは答えた。




