少女と王子 05
「え…」
お父様の言葉を聞いて私は絶句した。
———でもあの殿下ならそういう事を言いそうだな…と納得もできる。
漫画の殿下も家柄とかいったものには全く頓着しない人だった。
本人がいいというなら仕方ないのだろうけれど…
私の素性には、家族も知らない秘密があるのかもしれないのだ。
それが本当だった場合はさすがに殿下との結婚は…
でも、あれは漫画のエミールの話で…私がそうとは限らないし…でもそうだったら…どうしよう。
「すまないな、殿下との婚約は拒否できなかった」
「いえ…殿下が私のような者でもいいとおっしゃるのなら」
お父様の言葉に私は首を振った。
「それにしても、殿下はお前の事をずいぶんと気に入っているようだったが、お茶会で何があったんだい?」
「……少しお話ししただけです…」
本当はそれだけではないけれど。
あの時殿下に魔法が使える事を知られて、実際に魔法を見せただけで…まさか魔法使いだから結婚したいとか?!
身体目当てならぬ魔法目当てなの?!
「エミーリア。僕の訓練に付き合ってもらえる?」
ベルハルト殿下の婚約者となる事が決まり、王宮に呼び出された私に…殿下は笑顔でそう言った。
「訓練?」
「僕に魔法で攻撃して欲しいんだよね、それを剣で受けるから」
……やっぱりそれが目的なんですかね。
「殿下に攻撃ですか…」
でもそれはさすがに抵抗がある。
「上手く制御できるか自信がなくて…」
「じゃあ先ずはエミーリアの攻撃魔法を見せて」
手を引かれ、連れてこられたのは広場のような場所だった。
「ここは僕専用の訓練場なんだ。人払いはしてあるから思い切り魔法を使っていいよ」
「はい…」
期待で目を輝かせている殿下に嫌とも言えず、私は頷いた。
外に魔法が漏れないように訓練場全体に結界を張る。
思い切りと言われても、自分の力がどれくらいあるのか分からないのにいきなり全開は怖いので…まずは最初に使った魔法、光の玉を出した。
ふわりと浮き上がった光の玉を飛ばしてみる。
最初はゆっくり…徐々にスピードを上げて、方向も変えながら。
玉を操りながら、もう一つ光の玉を作る。
二つを別々に動かしながらもう一つ、二つと玉を増やしていく。
「凄いな」
幾つもの光の玉を飛ばしていると殿下が感嘆の声を上げた。
「充分制御できているな。じゃあ僕に飛ばしてみて」
すらりと剣を抜いて殿下は身構えた。
「———はい」
光の玉の一つを殿下めがけて飛ばすと剣がそれを弾いた。
スピードを速めて飛ばすとまた弾かれる。
笑みを浮かべた顔であまりにも簡単に弾かれてしまったので…少し悔しくなってさらにスピードを上げた。
剣が弾いた瞬間に別の光の玉を飛ばすと間に合わず、殿下の脇腹に玉が当たった。
「っ!」
ただの光の玉なので痛みや衝撃はない。顔に当たったら眩しいけどね。
「…もう一度」
殿下の顔から笑みが消えた。
促されるまま、幾度も光の玉を飛ばしている内に…だんだん楽しくなってきた。
弾かれると悔しいし、当たると嬉しい。
殿下の動きを読みながらこちらの動きを考えて…魔法って面白いんだ。
「疲れたー」
休憩もせず、ずいぶんと長い時間夢中になってしまった。
「すごい楽しかった。エミーリアは?」
「はい…とても面白かったです」
訓練場の脇に設けられた東屋で、用意しておいてもらったお茶を飲む。
———ちなみにお湯はすっかり冷めてしまっていたので魔法で温めなおした。魔法便利。
「光の玉は人間と全然違う動きをするし、どこから飛んでくるか分からないからいい訓練になるね。特に…」
疲労と興奮で上気した顔で、殿下は剣の扱いについて色々語っている。…正直私には難しくてよく分からない。
「———あ、ごめんね。エミーリアにはつまらないよねこんな話」
多分間抜けな顔で聞いていたのだろう、私を見て殿下は気づいたように苦笑した。
「…いいえ」
私は首を振って笑みを浮かべた。
「殿下は本当に剣がお好きなんですね」
「ああ」
殿下は大きく頷いた。
「僕の夢は世界一の騎士になる事なんだ」
「すごいですね」
「だからこれからも一緒に訓練しよう」
私の手を殿下の手が握りしめた。
「君がいると僕はもっと強くなれる。僕は騎士の、君は魔法使いの世界一に二人でなろう」
———あれ、今の言葉…どこかで聞いた事があるような?
そうだ…あの漫画の中で…エミールとベルハルトが初めて手合わせした時にそう言われて…それから二人は親友になったんだ。
「ね?」
「……はい…」
すぐ目の前で眩しい笑顔で言われて思わず頷いてしまう。
うう、美形の笑顔の破壊力…。
やっぱりここは漫画の世界なのかな。
でもそれなら私は男で生まれるはずなのに…実際は女で、しかも殿下と婚約するなんて…。
「…あの」
気になった事を聞いてみる。
「殿下が…私を結婚相手に選んだのは、私が魔法を使えるからですか」
他に私が選ばれるような理由なんてなさそうだし。
でも訓練の相手が欲しいなら結婚しなくてもいいよね。
「———それも理由の一つではあるけど…それだけじゃないよ」
殿下は目を細めた。
「お茶会にいた子達の中で、気になったのは君だけだった。だから姿が見えなくなった君を探しに行ったんだよ」
そう言うと…殿下の手が私の頬に触れた。
「君に決めた一番の理由は瞳かな」
「瞳…?」
「君の瞳はとても強くて綺麗だね」
そういう殿下の青い瞳もとても綺麗で…って、ひゃあ、顔が近い!
「何で逃げるの」
思わず離れようとするとぐっと力を込められてしまう。
だって綺麗な顔が近すぎて!恥ずかしすぎる!
耐えきれなくて目を閉じると、耳元でくすっと笑う声が聞こえた。
「そうやって恥ずかしがるエミーリア、可愛い」
か…
熱くなるのを感じた頬に、柔らかい何かが触れた。
「え…」
「可愛いからキスしちゃった」
えええ?!
動けなくなっていると…今度は抱きしめられてしまった。
腕が…剣で鍛えているからか力強くて。
鼻をくすぐる汗の匂い……
殿下は男の人なんだ、急にそう意識してしまった。
それまで私の身近にいる男性はお父様と弟と…あとは使用人くらいで。
殿下はそういう、私が知っている男性とは別の存在なのだ。
そう気付いたら…先刻以上の恥ずかしさに襲われた。
「黒い髪も綺麗だね」
髪を撫でられるその感触は…お父様にそうされるのとはまた違うものだった。
「素直で、意外と負けず嫌いな所も可愛いし…もちろん顔も可愛いよ」
私の髪を撫でながら、殿下はうーんと唸った。
「つまり、僕はエミーリアの全部が可愛くて好きだよ」
ひゃああ!
王子様にそんな事言われるなんて!
漫画なの?やっぱり漫画の世界なの?!
「首まで真っ赤だ」
そう言って…また頬にキスされる。
うう…もう無理。
「で、殿下、あの…」
「〝殿下〟じゃなくて名前で読んで欲しいな」
目を開けて殿下を見た。
私を見つめる殿下は…とても優しい顔をしていた。
「……ベルハルトさま…」
名前を口にすると、嬉しそうに頬が緩む。
「これからよろしくね。僕の可愛いエミーリア」
———私…女の子に生まれて良かったかも。
そう思ってしまったほど殿下は眩しかった。