覚悟03
「ここは…?」
不思議そうにベルハルトが周囲を見回した。
「私の庭よ。お祖父様に貰ったの」
ベルハルトの手を握ると建物へと向かい、テラスに並んで腰を下ろした。
「綺麗な庭だね」
ベルハルトは背後の建物を振り仰いだ。
「…何だか変わった建物だけど」
この世界にはない様式の建物は…確かにベルハルトから見たら奇妙に見えるかもしれない。
「ここはね、私が前世で好きだった場所なの」
「…前世で?」
「それをお祖父様がここに作ってくれたの」
私はお祖父様から聞いた事をベルハルトに話した。
エミがどうしてこの世界に生まれ変わったか…そして私が読んでいた物語とこの世界の関係。
「———そうだったんだ…」
私の話を聞いて、ベルハルトは何か考え込んでいるようだった。
「ベルハルト…?」
「魔王は…人間には想像もつかない力を持っているんだね」
目の前の庭園を見つめてベルハルトは言った。
「旅に出る前は、努力さえすれば誰よりも強くなれるんだと思ってた。だけど努力だけでは…人間の力では及ばない存在が世の中には沢山あるんだって思い知った」
いつのまにかすっかり大人びた横顔は…綺麗なだけでなく逞しさも加わっていた。
…ベルハルトは…心も身体もどんどん成長していくけれど、私は……
「悔しいけれど、だからって諦めはしない。強くなれる手段があるのなら、ためらいはしないよ」
「でも…人間じゃなくなってしまうのよ」
「構わないよ」
ベルハルトは私に向いた。
「エミーリアだって半分人間じゃないだろう。だけど心は人間と変わらない。僕だって同じだよ。何者になろうとも僕は僕だ」
「———それは…そうだけど」
「それに…正直、僕だけ先に歳を取っていくのは嫌なんだ」
長い指が私の頬に触れた。
「僕が先に死んだら…エミーリアは他の誰かに取られてしまう。そんなのごめんだ」
「…私はベルハルト以外のものにはならないわ」
「無理やり君を手に入れる方法なんて、いくらでもあるんだよ」
ベルハルトの額が私のそれに重なる。
「エミーリアは誰にも渡さない。僕だけのものだ」
「ベルハルト…」
「僕のエミーリア」
長い口付けの後…どちらからともなく唇を離して視線を合わせ、笑みを交わした。
「城の生活はどう?嫌な思いとかしてない?」
ベルハルトの問いに首を横に振った。
「大丈夫よ、皆優しいわ。ベルハルトは?フィーア達の所にいるの?」
「ああ。あまり長く世話になるのも悪いとは思うんだけど…」
「———ねえ、ここに住むのは?」
「ここに?」
「私の庭と家だもの、ベルハルトが住んでも大丈夫よ。…それで、一緒に住めたらいいな…」
「それは駄目だ」
いつのまにか…お祖父様が立っていた。
「結婚もしていないのに一緒に住むなど、許すはずないだろう」
「…結婚したら住んでいいですか?」
「まだ結婚相手として認めてはいないし、それに結婚などまだ先の話だ。さあ帰るよ」
お祖父様が手を差し出してきたので思わずベルハルトにしがみついた。
「エミーリア」
「…また何日もベルハルトに会えなくなるの…?」
せっかく会えたのに。
ベルハルトの手が私の頭を撫でた。
…その感触も、温もりも…心地良いのに。
ふっと心が冷たくなりはじめたのを感じた。
———ダメ…
ぎゅっとベルハルトを掴む手に力が入る。
「…寂しいの」
こんな事…言っちゃダメなのに。
「ずっと…ベルハルトと一緒だったから…どんな所でも平気だったけど…一人で知らない場所にいるのは寂しいの」
「エミーリア…」
「それに…お城の人達は皆私を見るとお母様の事を思い出すの」
ダメなのに。言ったらベルハルトも…お祖父様も、困らせるのに。
「お母様はどうだったって…すぐ比べられて。私はお母様じゃない…私は…違うの…お城に一人でいるのは嫌なの———」
止まらない。
どんどん心が冷たくなっていく。
「エミーリア…っ!」
「助けて…ベルハルト…」
真っ白な強い光と…優しいベルハルトの魔力が私の身体を満たした。
それなのに……涙が止まらないのは、どうしてなんだろう。
「エミーリア…ごめんね」
ベルハルトの指が何度も私の涙を拭う。
「いつも笑顔だから…辛くないんだって思い込んでた。そうだよね、いくら魔法が使えても…外の世界を旅するのは不安だったよね」
「…違うの…」
「ごめんね、気をつけなきゃいけなかったのに」
「違う…ベルハルトは悪くないの……」
私が弱いから…すぐに心を乱してしまうから。
ベルハルトみたいに強い心を持たないといけないのに。
「エミーリア…ごめんね」
泣き止むまで、ベルハルトはずっと背中を撫で続けてくれた。
「エミーリア」
ようやく落ち着くと、お祖父様が口を開いた。
顔を上げると、優しい眼差しが私を見つめていた。
「そうだな、お前の心は人間なのだな。弱くて純粋な…まだまだ子供の心だ」
お祖父様の手が私の頭を撫でた。
「お前の心と魔力のバランスは悪すぎる。———少し鍛えないとならないな」
「…はい」
私は頷いた。
一度心が乱れると自制出来なくなってしまうのを…何とかしないと。
皆に迷惑と心配をかけてしまう…
「それから、一緒に暮らす事は認められないが、この庭で会う事は許そう」
私からベルハルトへと視線を移してお祖父様は言った。
「ただし。まだ結婚は認めていない事を忘れるな。———間違っても一線を越えるような事があればベルハルト、お前の命はないと思え」
「…分かりました」
「エミーリアも、いいな」
「はい…」
一線って…つまり…
思わず顔が赤くなる。
「…ちなみに、まさかとは思うが。まだ越えていないだろうな」
鋭い光を放つ赤い瞳が私達を見据えた。
「まだです」
慌てて首を振った私の隣でベルハルトがはっきりとした声で答えた。




