魔王 06
「陛下、ディルク様が探しておられました」
城に戻ると侍女の一人がそう告げた。
「執務室でお待ちです」
「———そういえば昨日は仕事をすっぽかしたんだったな」
お祖父様は離しかけた私の手を再び握りしめた。
「エミーリアも来るかい」
「いえ私は…ここで待っています」
「そうか。何かあったらすぐに呼ぶんだよ」
私を引き寄せ額にキスを落とすとお祖父様は出て行った。
侍女たちにも下がってもらう。
大きくため息をつくと、行儀が悪いと思いつつソファに寝転がった。
常にお祖父様と一緒にいるのは…気が張って疲れる。
———ベルハルトだったら四六時中一緒でも大丈夫なんだけど。
「ベルハルト…どうしてるかな」
会いたいな…
これから…どうなるんだろう。
私の前世で読んだ漫画と、この世界の関係が分かったのはいいけれど…
ここから出してもらえるのかな。
その気になれば抜け出せるだろうけれど…すぐに見つかるだろうし、お祖父様を怒らせる事はなるべくしたくない。
きっとお祖父様が本気になれば…私やベルハルトなど敵うはずもない。
だけど…これからの事をベルハルトと相談したいし、お祖父様が私をこの世界に呼んだ事も話したいのに。
ふと、何かに呼ばれたような気がして顔を上げた。
「ルプス!」
窓の外、ベランダにルプスが立っていた。
起き上がって駆け寄り、扉を開ける。
「姫様大丈夫?疲れてるみたいだけど」
「…大丈夫よ」
「———それ、エミーナ様のドレス?」
ルプスは私の全身を見回した。
「ええ」
「懐かしいな、空色のが好きでよく着ていたよ」
そういって目を細める。
———そういえば…お祖父様以外のひと達はお母様が亡くなっている事を知らなくて、ルプスもずっと探していたんだよね…
お祖父様が最初からお母様の居場所を知っていた事を知ったらショックかな…
「姫様?どうしたの」
「あ…ううん。ベルハルトはどうしているの?」
「アイン達の所にいるよ。俺は姫様の様子見と報告に来た」
「報告?」
「剣ができたから」
ルプスは懐から黒い短剣を取り出した。
「あ…どうだったの?魔法は使える?」
「ああ、ばっちりだな。これはいいぜ」
軽く剣を振ると黒い光が軌跡を描いた。
「使い方はこれから色々試してみるけどな」
「良かったわ」
「ベルハルトの方は数日かかるそうだ。薬の方は材料が足らないっていうからこれから採りに行ってくる」
「ベルハルトと?」
「ああ」
「…私も行きたいけど…」
「姫様はここにいて」
ルプスの手が私の頭に触れた。
「近くだし、そんなに難しいものじゃないから」
「ええ…ルプス」
私はルプスを見上げた。
「色々ありがとう。あの時あなたと会わなかったら、こうしてお祖父様に会えなかったわ」
「姫様…」
…もしもお祖父様やルプスが、私を無理やりここへ連れてきていたら…私は心を開けなかったかもしれない。
多少重い時もあるけれど、皆が私を大事にしてくれるから…私はここにいるのだから。
ふいにルプスが私を抱きしめた。
「ルプス…?」
「少しだけ…」
ぐ、と腕に力が入る。
ベルハルトとはまた違う、ルプスの腕は…何だかお父様に抱きしめられているみたい。
いやお父様というよりも…
———もしもお兄様が生きていたら、こんな感じなのかな。
思わずぎゅっと頬を押し付けたルプスの胸から、優しくて悲しい…感情が伝わってきた。
胸が締め付けられるような感覚が、じわりと私の身体へと広がっていく。
「———エミーナ様…」
かすかに聞こえた声は…とても切なくて。
ルプスが出て行った後も私の耳に残っていた。




