少女と王子 04
幼い時から自分の立場が微妙だと知っていた。
僕はこの国の第二王子だ。
普通ならば兄の補佐として王家や国の為に尽くすのが僕の役目だ。
けれど僕より三歳上の兄は幼少の頃から身体が弱く、そのせいか気も弱い。
その為臣下の中には僕を将来の王にと望む者も少なからずいる。
彼らと、王位継承は年齢順と法で定められているのを覆したくない保守派との間に争いが起きそうになる事も少なくない。
今はまだ父王も若く、不穏な種は押さえつけているけれど…数年後にはどうなっているか。
僕自身は王になる気はない。
魔物や強い相手と闘い、世界一の騎士になりたいという夢がある。
だから剣技は必死になって身につけているのだけれど、強くなればなるほど兄と比較される事も増えてくる。
———僕は王になる為に強くなりたいんじゃない。
「見合い…ですか」
十四歳になった僕に、父上が結婚相手を選ぶよう命じた。
結婚なんて…まだ早いのに。それに…。
「兄上にもまだ婚約者がいないのに、先に僕が決めるのですか」
「ディートにも何人か候補はいる。皆他国の姫だ。この意味が分かるな?」
「———政略結婚ですか」
「そうだ、ディートはやがて王になる身だからな。どの国同士で婚姻関係を結ぶか、いくつもの国で駆け引きの最中だ」
父上はふっと寂しげな笑みを漏らした。
「ディートに結婚相手を選ぶ権利はないが…お前はゆくゆくは臣下に降りる身だ。好きな相手を選ぶかいい」
「……はい」
父上なりに気を使っているのだろう。
それは分かるが…正直、結婚相手を選べと言われても困る。
まだ十四歳だし、大体女というものは弱くて僕を見るとキャンキャン騒いで…鬱陶しいのだ。
見合い当日。
集められた令嬢達を見渡して…一人の少女に目が止まった。
珍しい黒髪が赤いドレスによく映えている。
一瞬だけ合った瞳には…他の娘にはない気高さと強さが宿っていた。
他の者達のように僕に寄ってくる事もなく、テーブルの片隅でこちらを見るとはなしに眺めている彼女を気にかけていたが…少し目を離した隙に彼女の姿が消えていた。
慌てて近くにいた警護兵に声を掛けたが、不思議な事に彼女が席を外した事に誰も気がついていなかった。
同席していた母上にその場を任せ、彼女を探しに行く。
つまらなそうにしていたから、おそらく庭園に行ったのだろう。
だが幾ら探しても彼女の姿は見つからなかった。
神経を尖らせ気配を探っても分からない。
———まさか帰ったのか?
慌てて頭を巡らせると奥のバラ園に黒い頭が動いているのが見えた。
いた。
彼女の元へ行こうとして…ある事に気づいた。
彼女からは全く気配が感じられないのだ。
…あえて消しているのか?
咄嗟に自分も気配を消してそっと彼女に近づく。
僕は剣技の一部として気配を消す訓練も受けているけれど…彼女はとても剣を扱うようには見えない。
それに…気配を消しているにしては花を眺める姿は無防備過ぎるのだ。
なのに遮断するように、すっぱりと気配だけが消えている。
…まさかこれは…魔法なのか?
だが魔法が使える令嬢がいるなど聞いたことがない。
僕の姿を見て彼女は驚いていたが、その後の対応はとても冷静だった。
僕よりも少し歳下だろうか。
落ち着きのある態度も、その菫色の強い瞳も…可愛らしい容姿も、うん、気に入った。
魔法の事を問いただすとあっさりと認めた、その素直さもいい。
彼女———エミーリアの使う魔法はとても独特だった。
十日前から使えるようになったばかりだというのに…まるで息をするように自然に操るその力はとても強大なものに思えた。
———この力は国の宝になるかもしれない。
そんな打算もあったのは…立場的に仕方のない事だ。
決めた、彼女を僕の花嫁にする。
その場で彼女に伝え、両親にも報告した。
伯爵家の娘なのだし、彼女との結婚には何の問題もないと思っていた。
けれど。
「誠に恐れ入りますが…娘エミーリアを殿下に嫁がせる事はできません」
伯爵家にエミーリアとの婚約を求める書状を送った翌日、ホフマン伯爵が城にやってくると父上と僕に頭を下げてそう言った。
「理由は?」
「———実はエミーリアは…私の実の娘ではないのです」
それが何だというんだ。貴族が養子を取る事など珍しくも何ともないだろう。
「行方知れずだった私の弟が赤子のエミーリアを抱えて現れ、この子は自分の娘だが事情があってしばらく預かって欲しいと言われました。けれどそのまま弟は戻らず…エミーリアは私達の娘として育てる事にしたのです」
「エミーリアの母親は不明、…正直弟が本当にあの子の父親かも分からない、そんな素性の分からない娘を王家に入れる事など…恐れ多くて出来ません」
———この伯爵は真面目なんだな。
「なるほど、そちらの言い分は分かった」
父上は僕を見た。
「ベルハルト、今の話を聞いてお前はどうする?」
「エミーリアの素性など、どうでもいいです。仮に平民だったとしても、僕は彼女が欲しいです」
せっかく見つけたんだ。血筋など…そんなもので諦める気はない。
「———だそうだホフマン伯爵。息子の相手については本人に任せる事にしている。ベルハルトが構わないと言うのだから彼女の素性については私も何も言わぬ」
「しかし…」
「ちなみにこの事を知っているのは?」
「…私の家族だけです」
「ならば今後も家族だけの秘密にしておけ。ホフマン伯爵の娘を第二王子の妃とする事に何の問題もあるまい」
「———はっ…」
床に頭が付きそうなほど頭を下げて伯爵は答えた。
「お前にしては珍しいな」
伯爵が退出すると父上が口を開いた。
「何がですか」
「正直、あの見合いの茶会で誰かを選ぶ事はないと思っていた」
父上は楽しそうな顔で僕を見ている。
「妃の話によるとお前は彼女を追って庭園に行き、しばらく戻らなかったそうだな」
母上…そんな事まで報告しなくても。
「そんなに気に入った娘なのか」
「———そうですね、とても魅力のある子です」
「そうか」
「…何がそんなに面白いのですか」
にやにやとした顔して。
「剣ばかり振り回しているお前がやっと異性に興味を持ってくれたのが喜ばしいのだ」
「僕にとって剣は一番大事です」
「これからはその時間を彼女のために分けてやれ」
「———それはどうですかね」
「お前な…」
「エミーリアと会う時間は作ります。でも、彼女にも僕の訓練に付き合ってもらおうと思っているんです」
「は?」
思わず口をぽかんと開けた父上に、今度は僕がにやりと笑みを向けた。
将来は結婚するんだから、あの力———僕の夢のために利用させてもらってもいいよね。