家族 03
「エミーリア…」
横たわった白い顔を覗き込む。
…暴走まではしていないから…大丈夫かな。
「姉上…」
「殿下…今のは…」
エミーリアの家族達が不安そうに見つめている。
「———エミーリアはまだ魔力が不安定なんだ。今のように心を乱す事があると制御できなくなる」
僕はエミーリアを抱き上げるとテオを見た。
「特に母親の事になると…心が乱れやすくなる」
最初に力を暴走させたのは母親が死んでいるのを知った時だった。
「そうでしたか…」
「一晩眠れば大丈夫だと思う。部屋に案内してくれ」
ルプスの言っていたのはこの事だったか。
エミーリアが魔力を暴走させるかもしれないから気をつけておけと、家に戻る前ルプスが僕に言ってきた。
———彼はエミーリアの母親の死因を先に聞いたのだろう。
そしてそれが原因でエミーリアが不安定になるだろうと。
エミーリアは悪くなくても…自分を守るために母親が死んだと言われたら、気分のいいものではない。
エミーリアを寝かせると、僕は彼女の家族に国を出てからの事を説明した。
僕が国を出る時にエミーリアを連れて行った事に、彼らに対して後ろめたい気持ちがない訳ではないが———後悔はしていない。
それはエミーリアも同じだと思う。
この一年は本当に色々な事があった。
それは最初に覚悟していたよりも楽しい事が多かったのは意外だったが…もちろん大変な事もあったし、おそらくこれからもっと大変な事もあるだろう。
この旅がいつまで続くかは分からないけれど…僕の隣にはいつもエミーリアがいる、それだけは確かだ。
翌朝、エミーリアの様子を見に行くと既に起き上がっていたエミーリアが僕の顔を見て嬉しそうな笑顔で抱きついてきた。
「エミーリア?」
いつになく積極的なエミーリアに…逆に不安を覚えて抱きしめる。
まだ心が乱れているのだろうか。
「いつも…朝起きたら隣にベルハルトがいるのに、今日は一人だったから…少し不安だったの」
僕の胸に顔を埋めてエミーリアは言った。
「不安?」
「目が覚めたら自分の部屋だったから…これまでの事は夢だったんじゃないかとか…私が寝ている間にベルハルトがどこかに行ってしまったんじゃないかとか…」
「僕はどこにも行かないよ」
艶やかな黒髪に口付けを落とす。
「ごめんね、一緒に眠れば良かったね。でもさすがに…この家で同じベッドはまずいかと思ったから」
旅の宿ではいつも同じベッドだけれど、婚約しているとはいえ結婚前の二人が一つベッドに眠る事は貴族社会では良しとされていない。
「…ふふ、そうね」
顔を上げてエミーリアは微笑んだ。
「気分は?大丈夫?」
「ええ…もう大丈夫」
「———ショックだった?」
エミーリアは顔を曇らせると小さく頷いた。
「でも…」
「でも?」
「もしも…私がお母様と同じ立場になったら、私も同じ事をするだろうと思ったの」
僕を見上げる白い頬が赤く染まった。
「…私だって…いつかはベルハルトの……赤ちゃんが欲しいもの」
「———そうだね」
真っ赤になったエミーリアを強く抱きしめる。
それは僕も昨夜考えた事だった。
「でも僕はエミーリアも子供も失うつもりはないよ」
僕は欲張りだから。どちらかだなんて選ばない。
「エミーリアは半分人間なんだし、そんな事にはならないよ」
「…そうかしら」
「ならないし、させない」
エミーリアの額に自分の額を重ねると目の前の瞳を覗き込む。
「僕達はずっと一緒に生きるんだよ。その為に旅をしているんだから」
「———そうね」
もっと強くなって、誰にも、何にも邪魔されない強い絆を手に入れるために。
その日は一日、エミーリアの家族達と色々な事を話した。
僕達の旅の事、僕達がいない間の国の事。
それからエミーリアの父親の事。
翌日になると王宮から迎えの馬車が来た。
———僕は家に戻らなくてもいいと思っていたのだけれど、一度は顔を見せた方がいいとエミーリア達がしつこく言うものだから仕方なく行くことにしたのだ。
「こうやって…王宮に通っていたのがすごく前の事みたい」
馬車のカーテンの隙間から外を覗いてエミーリアが言った。
「まだ一年しか経ってないのね」
「そうだね。城を出たのはもっと昔だったように思うよ」
白い手を握るとエミーリアは僕を振り返って微笑んだ。
「旅は楽しい?」
「ええ」
「久しぶりに家に帰って…このまま家に戻りたいと思った?」
「いいえ」
エミーリアは首を振って即答した。
「家族に会えたのは嬉しいけど…外の世界にはもっと色々な事があるわ。それを知る事ができるのが面白いの」
「そうか」
「ベルハルト」
エミーリアはもう片方の手を僕の手の上に重ねた。
「私を外に連れ出してくれてありがとう」
「———僕の方こそ…一緒に来てくれて、ありがとう」
顔を寄せて、軽く口付けるとエミーリアの頬がさっと赤く染まった。
「愛しているよ、僕のエミーリア」
「…私も愛しているわ」
笑顔を交わしてもう一度唇を重ねる。
僕達を乗せた馬車は王宮へと入っていった。
「ご無沙汰していました」
父上は…少し痩せたように見えた。
———僕やあの人のせいで苦労が多かったのかもしれない。
「まったく…令嬢を連れて突然家出するような息子に育てた覚えはなかったがな」
「…申し訳ありません」
父上は立ち上がると僕の肩に手を乗せた。
「随分と背が伸びたな」
険しい表情がやっと緩んだ。
「無事で何よりだ」
「———父上もお元気そうで、良かったです」
「エミーリアも、無事で良かった」
父上は僕の隣へと視線を移した。
「息子の我儘のせいで辛い思いをさせただろう」
「いいえ」
エミーリアは首を横に振った。
「多くのものを見聞きできて、とても勉強になります」
「そうか。———ところでエミーリアは、病人の治療はできるのか?」
「はい…病気の内容にもよりますが」
「実はディートを診てもらいたいのだが」
兄上を?まさか…
「具合が良くないのですか」
「…お前が出て行ってから、ディートも強くならねばと思ったのだろう。体力をつけようと努力したりしてはいたのだが」
父上はため息をついた。
「最近は胸の痛みを訴えるようになってきたんだ。医師や魔導師達に診せてはいるのだが…」
思わずエミーリアと顔を見合わせた。
「ディート様は今どちらに…」
「部屋にいる。二人が戻ってくると聞いて喜んでいたのだが、また痛みだしてな」
ズキリ、と僕の心も痛んだような気がした。




