家族 01
「エミーリアは元気だろうか…」
また始まった。
ティールームのテーブルに飾られたバラを眺めながら父上がため息をつく。
バラは姉上が大好きな花だったから思い出したのだろう。
姉上がいなくなってから、父上は事あるごとに姉上を思い出し嘆くようになっていた。
今はティータイムだからまだいいけれど、これでお酒が入ると泣き出したりして最悪だ。
僕が冷めた目で見ていると「お前はエミーリアがいなくて寂しくないのか!」と怒り出す。
そんなの、寂しいに決まっている。
———でも僕は知っているからね。
姉上が遠い地で元気に過ごしている事を。
僕がルプスを通じて姉上と連絡を取り合っている事は誰も知らないし、教えるつもりもない。
これは僕だけの特権なんだから。
「エミーリアはちゃんと食事を取っているだろうか…夜は温かなベッドで眠れているだろうか…」
くどくどと嘆きが始まった。
部屋に戻ろうかな…
腰を浮かしかけると、バタバタと廊下をこちらへ走ってくる音が聞こえた。
…廊下を走るだなんて、何かあったのか?
「旦那様…!」
息を切らして現れたのは、長年我が家に仕える執事だった。
「…どうした」
驚いた顔で父上が声をかける。
「テオ様が…お戻りに…」
「何だと?!」
ガチャン!とティーカップが乱暴な音を立てた。
「テオが?!本物なのか?」
「はい…確かに…」
「すぐ行く」
「テオ様?」
誰だっけ…聞いた事あるような。
「旦那様の弟でございます」
首を傾げた僕に執事が答えた。
弟って…まさか。
姉上の———本当の父親の?
「兄上」
叔父上は、貴族には見えない粗末な服を纏って立っていた。
やつれたように見えるその顔は長年苦労してきたのだろう。
「ご無沙汰しました」
「テオ…生きていたのか」
頭を下げた叔父上の手を、父上が強く握りしめた。
「無事で良かった…」
「兄上もお元気そうで…」
叔父上は僕に視線を向けた。
「…兄上の息子ですか」
「ああ。お前が最後に戻ってきた時はまだ生まれていなかったな」
「フリッツです。初めまして叔父上」
「初めましてフリッツ」
叔父上は僕を見て微笑むと…そわそわとしだした。
「それで、兄上…エミーリアは…」
「———エミーリアはいない」
「え?」
「一年ほど前になるが…出て行ったよ、第二王子のベルハルト殿下と共に」
「どういう事です?!」
父上は叔父上に今までの事を説明した。
姉上の力が目覚めた事…家出した事。
「そうですか…」
叔父上は深くため息をついた。
「テオ。お前はエミーリアを置いてこの十五年以上何をしていたのだ」
「…探していたんです」
「探す?」
「私とエミーナの…もう一つの宝物を」
叔父上は懐から小さな袋を取り出した。
中には小さな赤い石が一つ入っていた。
「これは…エミーリアに渡した母親の物と似ているようだが」
「ええ。これは私達の最初の子供…エミーリアの兄のものです」
「最初の子供?」
「私とエミーナは…種族が違う。子供が出来るのは難しく…生まれても育つかは分からない。この子もすぐに死んでしまった。その時に色々あって…この核を失ってしまったんです」
赤い石を手に取ると叔父上はそれを愛おしそうに見つめた。
「エミーリアは無事に産まれて…けれど今度はエミーナが身体を壊してしまった。彼女が死ぬ間際に…私に言ったんです。失った息子の核を見つけて欲しいと。そして…家族四人が一緒にいられたら嬉しいと」
「この石は何なのだ?」
「これはエミーナの種族が持つ命のカケラです。残された者にとっては本人の代わりとなる、大切なものです」
「それをお前は今まで探していたのか。エミーリアに会いに来る事もせず」
「———エミーリアに会わなかったのは…〝彼ら〟にエミーリアの存在を知られなくなかったというのもあるんです」
「彼ら?」
「エミーナの仲間です。生まれた時、エミーリアは魔力を持っていなかった。だから人間として育てたいとエミーナは望んでいた。私は彼らに顔を知られているから一緒にいればエミーリアの存在も知られてしまう。そうすれば彼らはきっと…エミーリアを連れていってしまう」
「…そのエミーナというのは…何者なのだ?」
「魔族です」
叔父上は遠くを見つめて答えた。
「私は魔族の長の娘と恋に落ちて…私達は駆け落ちしたんです」
さて…どうしよう。
部屋に戻って僕は悩んだ。
あんな叔父上の姿を見たら…姉上に会わせてあげたいと思うし、姉上だって父親の事を知りたいと思っているはずだ。
だけど叔父上に僕が魔族の男と通じている事…姉上の消息を知っている事を勝手に教えるのはまずいよね。
———こっちからルプスに連絡する方法を用意してもらっておけば良かった。
願いが通じたのか、ルプスが姿を現したのは叔父上が戻って三日後だった。
「ルプス!良かった」
「どうした」
「叔父上が…姉上の父親が帰ってきたんだ」
「テオが?———今どこにいる」
「この屋敷にいるよ」
「そうか…」
ルプスは何か思案しているようだった。
「ルプス?」
「実は今、姫様達も近くに来ているんだ」
「姉上が?!」
「この近くの山に用があってな。ついでに里帰りするよう言ったんだが、ベルハルトが渋ってるんだ」
「じゃあ姉上だけでも連れてきてよ!」
殿下はどうでもいいから!
「その前にテオに会わせてもらうかな」
ルプスがそう言うので僕は叔父上の部屋に行った。
ノックをして部屋に入ると…叔父上は荷造りをしている最中だった。
「叔父上。どこかへ行くのですか」
「ああ。エミーリアを探しに行かないと」
「待って!」
よかった間に合った。
「フリッツ?」
「姉上は今近くにいるって!ここに帰ってくるって!」
「…本当か?!」
「フリッツ。———それは本当か」
振り返ると父上が立っていた。
…しまった。
「フリッツ…何故そんな事が分かる」
ああもう、仕方ないな。
僕は叔父上の裾を引いた。
「叔父上、僕の部屋に来て。叔父上に会いたいひとがいるから」
「私に?」
「よう、テオ。二十年ぶりだな」
「お前は———」
僕の部屋に立っているルプスを見て叔父上は目を見開いた。
「老けたなお前。やっぱり人間は歳を取るのが早いなあ」
「…フリッツ…これはどういう事だ」
ルプスと僕を交互に見て叔父上が尋ねた。
「このひとは姉上の従者なんだって。それで時々姉上の消息を教えてもらっていたんだ」
「従者?」
「エミーリアの消息をだと?」
叔父上の隣で父上が…怖い顔になった。
「フリッツ…お前エミーリアがどこにいるのか知っていたのか」
「どこにいるかは知らないけど、元気にしてるのは知ってたよ」
「何故黙っていた!」
「だってそういう約束だったし」
僕はルプスを見た。
「家や王家の情報を教える代わりに姉上の消息を教えてもらう。取引だよ」
「フリッツ…だからって私に黙っているとは…」
「だって父上すぐ顔に出るから」
父上にバレたらあっという間に他にもバレちゃうよ。
「ルプス…従者とはどういう事だ」
「そのままだよ。俺は今姫様…エミーリア様とベルハルト王子と一緒にいる」
叔父上の問いにルプスが答えた。
「エミーリアと一緒だと…」
「すぐ分かったぜ。姫様はエミーナ様に生き写しだからな」
「———魔王も…エミーリアの事を知っているのか?」
「そうだな。フィーア達が報告しているだろうな」
「…それで…魔王はエミーリアの事を何と…」
「さあ。それは分からないが、まあ姫様の意に沿わない事にはならないと思うぜ。———エミーナ様の事は相当こたえていたからな」
ルプスはついと視線を逸らせた。
その顔は…どこか苦しげだった。
「…それで…エミーリアはどこにいる」
「会いたいか」
「当然だろう」
「会わせる前に一つ聞きたい」
赤い瞳を光らせて、ルプスは叔父上を見据えた。
「エミーナ様は何故死んだ?」




