兄妹 03
「エミーリア様を賭けて龍族と?!」
私たちは森の奥へと進んでいた。
「ほんっとバカ狼!何でそんな相手の挑発に乗るの」
そうよフィーアの言う通りよ!
「あのドラゴンの奴ムカつくんだよ。姫様に馴れ馴れしいし」
「そんな無礼な者は殺してしまえ」
「ドラゴンなら神経毒より壊死毒かしらねえ」
…何か…怖い言葉が聞こえたような?
「姫様、フィーアをまともな奴と思うなよ」
小声でルプスが言った。
「こいつらは薬師の一族だが、フィーアは特に毒に強い。エミーナ様に近づいた何人の男がそれで消えていったか…」
……ええとそれは…そういう意味?
「あら私は自分の得意な分野でエミーナ様を護っただけよ」
綺麗な笑みを浮かべてフィーアは私を見た。
「エミーリア様も困った事があったら言ってね」
「…え、ええ…」
「エミーリア様、私は薬師だけでなく刺客としての任務も得意です。命じて頂ければいつでも命に代えて遂行いたしますから」
トロワも爽やかな笑顔でさらっと何か言ってるし!
「———二人とも…とりあえず気持ちだけ受け取っておくわ。ありがとう」
「エミーリア様の笑顔…何と麗しい……」
「とりあえずこの愚兄から片付けますが」
「だ、大丈夫…」
この美形兄妹…怖いよう。
「いたぞ。二頭いる、デカいな」
先頭を歩いていたトロワが立ち止まった。
バジリスクってどんな魔物…?
「っエミーリアは見ちゃダメ…」
「ひっ!」
ベルハルトが制するより前に視界に入ったそれに声にならない悲鳴を上げると、私はベルハルトにしがみついた。
「エミーリア様?」
「無理!ヘビは無理!!」
あんな大きなヘビとか絶対に無理!しかも二頭って!
前世からヘビは大キライなの!!
旅に出て一番最初に怖い思いをしたのがヘビだった。
森って結構いるんだね!
最初の頃はベルハルトに追い払ってもらって…そのうち火竜を使って自分で何とか出来るようになったけど…
あんなに大きいのは無理!
だって人間より大きいのよ?!
「エミーリア様はヘビが苦手なの?」
フィーアの問いかけに涙目でこくこくと頷く。
「ベルハルト、さっさと倒せ」
「ああ。…エミーリア、離すよ。大丈夫?」
「…ええ」
ベルハルトが心配そうに顔を覗き込んだので自分から離れたけど…身体が震えてしまう。
「エミーリア様は私が預かるから」
フィーアが私の肩に手を乗せた。
「…頼んだ」
ベルハルトは剣を抜くとバジリスクに向かって走り出した。
ベルハルトの戦いを見守らないとと思うんだけど…ごめんなさい、これは本当に無理。
フィーアにぎゅっと顔を押し付ける。
「ふふっ、エミーナ様もヘビは苦手だったわ」
私の頭を優しく撫でながらフィーアが言った。
「…お母様も?」
思わず顔を上げてフィーアを見る。
「ヘビだけはどうしても無理だって。とにかく全てが嫌だって言っていたわ」
———すごく分かる。本当にとにかく全部嫌。
そういう所も似てるんだなあ。
「ルプスの奴…何を考えてるんだ」
ベルハルトとバジリスクの戦いを見つめていたトロワが呟いた。
「兄さん?」
「あの人間の剣はルプスそっくりだ。まさか自分の剣技を全て教えるつもりなのか」
「それが何かまずいの?」
「ルプスの剣の腕前は魔族の中でも一二を争う。その技を人間に教えるという事はあの人間が魔族よりも強くなるという事だ。いくらエミーリア様の…婚約者とはいえそこまで肩入れする必要があるのか」
「———そりゃあ、禁を破ってエミーリア様と血の契約をするくらいだもの」
フィーアは笑みを浮かべると私を見た。
「エミーナ様がいなくなった後…ルプスはひどく落ち込んでいたわ。駆け落ちするほど追い詰められていたエミーナ様を守れなかったって。エミーリア様は何としても守りたいし…幸せになって欲しいのね」
「幸せ…」
「エミーナ様があの人間を選んだように、エミーリア様があの王子を選ぶのなら、王子にエミーリア様を守れるだけの力を与えたいと思うでしょうね」
———それであんなに…熱心にベルハルトを鍛えてたんだ。
カイ達と出会って以降のルプスの特訓を思い出す。
「姫様!来て」
ルプスの声が聞こえた。
「ベルハルトが怪我した」
「えっ」
慌てて振り返る。
一瞬蛇の姿を思い出し躊躇したけれど…もう倒した後らしくその姿は見えなかった。
「ベルハルト!」
駆け寄るとベルハルトの腕から鮮血が流れているのが見えた。
急いで治療魔法をかける。
「噛まれたの?!」
「牙に引っかけられた」
ベルハルトの顔色はいつもより青かった。
「バジリスクは毒があるから。少しの傷でも毒が入る事があるわ」
フィーアの言葉に慌てて解毒魔法もかける。
「大丈夫?」
「ああ」
「ごめんなさい…私がちゃんと鑑定と援護をしなかったから」
「エミーリアは悪くないよ。僕がまだ弱いだけだ」
「そうそう、バジリスク程度に手こずるとはまだまだだな」
「鑑定?」
頭を上げるとトロワが私を見ていた。
「姫様は魔物を見るとその特徴や強さが分かるんだよ」
「…そんな事が出来るのか?」
「聞いた事ないわ」
———あれ?
よくゲームとかでステータスが出たりするから、そういうの分かったらいいなと思って見てみたら見えたんだけど…あれ、そういう魔法はなかったの?
「あー。姫様の魔法は独特だからな」
またかというような顔でルプスは苦笑した。
「独特?」
「発想が違うんだよな。えげつない事するし」
「えげつないは余計よ」
効率優先なの!
「それは…是非見せていただきたいですねエミーリア様」
トロワが期待に満ちた目を輝かせて私を見つめる。
このひとの目つきは何か怖いよ…
「兄さんは魔法の事になるとうるさいから」
「エミーリア様と魔法についてじっくりお話ししたいですね、二人きりで」
「え、それは無理…」
魔族が使う魔法は気になるけど!
ストーカーと二人きりは無理!
「ほら、バジリスクの核だ」
私の手を握ろうとしたトロワを遮るようにルプスが割り込んだ。
「もっと必要か?」
「これだけ大きいのが二つあれば十分よ」
「じゃ、俺達は帰るぜ」
「エミーリア様の事は魔王様に報告するからね」
核を受け取りながらフィーアが言った。
「…勝手にしろ」
「エミーリア様。魔王様に会いたくない?」
フィーアは私を見た。
魔王…私のお祖父様。
……会ってみたくないといえば嘘になる。でも。
「…私の両親の事を反対していたのでしょう?そのお父様の娘の私なんかに…お祖父様は会いたくないんじゃないかしら」
「そんな事はないわ。魔王様はエミーナ様の事をずっと心配していた。人間との事を反対しなければ良かったとも言っていたわ。二人に子供がいたと知ればきっと喜ぶわ」
「———じゃあ、ベルハルトの事も認めてくれるの?」
私にとって一番大事な人だから。
「私は…魔族ではなくて人間として生きていたい。人間として、ずっとベルハルトと一緒にいたいの」
「エミーリア…」
ベルハルトと視線を合わせる。
———お母様がそうしたように、私はベルハルトと一緒にいるために家を出たのだから。
「それも含めて魔王様に報告するわ。それじゃあまたね」
「エミーリア様…私も一緒に…」
「兄さんも帰るの!」
トロワを引きずるように、フィーア達は去っていった。




