龍の王 06
「ベルハルト…本当にごめんなさい」
ルプスが出て行って二人きりになると、エミーリアはそう言って僕を見上げた。
「もう怒ってないよ」
頬を撫でながらそう言うと、赤い唇にほっとしたような笑みが浮かぶ。
そのあまりの愛おしさと…誘惑的な形に引き寄せられるように自分の唇を重ねた。
甘美で柔らかな感触をしばらく堪能して唇を離すと…濡れて艶やかになったエミーリアのそれが更に扇情的で…歯止めが利かなくなりそうなので代わりに柔らかな身体を抱きしめる。
「僕のエミーリア」
もう何度口にしたか分からない言葉を伝えて耳元に口付けるとくすぐったそうにびくりと身体を震わせた。
…ダメだな、何をしても止まらなくなりそうだ。
愛おしすぎる———僕のエミーリア。
本当に…僕だけのものになればいいのに。
あのドラゴンの言う通りだ。
兄上を始めとして…行く先々でエミーリアは男を惹きつける。
僕がこうやってエミーリアの隣にいられるのは、僕が最初に彼女に求婚したからだ。
あの小さな国の中で、僕は王子で…彼女の家柄では拒めないから婚約できた。ただそれだけだ。
国を出ればもっと立場も力も強い者達はたくさんいる。
たとえ彼女が望まなくとも、彼女を手に入れる手段など幾らでもある。
———僕がこのままエミーリアと一生共にいられる保証はどこにもないのだ。
だから僕は彼女を護るために、誰よりも強くならなければならない。
「エミーリア?」
ふいにエミーリアの身体から力が抜けた。
「…眠いの?」
「前世の事話したら…ほっとしたみたい」
潤んだ瞳が僕を見る。
「———もっとたくさん聞かせて?エミの事」
僕の知らない、もう一人のエミーリアが彼女の中にいる。
それが…彼女が時々見せる遠い視線の理由だったのだろうか。
「聞いても…つまらないわ。ほとんどベッドの上で過ごしていたから」
「……そんなに重い病気だったの?」
「心臓が生まれつき弱かったの。本を読む事くらいしかできなくて。たくさんの物語を読んだわ」
「その一つが僕達の物語だったんだ」
エミが読んだと言う物語と今生きているこの世界が同じと言われても…それは正直、理解できない。
誰かが作った話の中で生きているだなんて、そんな事が有りえるのだろうか。
それにエミーリアの話ではその物語と色々違う部分もあるというし。
ただ偶然似ている部分が多かった、それだけではないのだろうか。
———それでも、エミが『ベルハルト』よりも『アーベル』の方が好きだったというのは許せないけど。
「ねえ、どうして『アーベル』が好きだったの」
「え?どうしてって…」
エミーリアは目を泳がせた。
「だって主人公だし…頑張って段々強くなっていくのがカッコいいなあって」
へえ、カッコいいんだ。
「僕はエミーリアにカッコいいなんて言われた事ないなあ」
大きな菫色の瞳がさらに大きく見開かれた。
「嫉妬しちゃうな」
笑顔でそう言うと、エミーリアがあたふたしだした。
「べ、ベルハルトはカッコいいと言うか…」
笑っているエミーリアも可愛いけれど、こうやって僕の言動に翻弄されるエミーリアも…とても可愛い。
だから時々、わざとエミーリアを動揺させる事を言ったりするんだけど…気づいているかな。
「というか?」
「ベルハルトはね…とても、眩しいの」
「眩しい?」
「笑顔とか…存在が眩しくて、一緒にいると…とても満たされた気持ちになるの」
顔を真っ赤にしながらエミーリアは言った。
「マンガ…物語で読んでいた時はベルハルトはとても綺麗だなあって思っていて。初めて会った時、物語のベルハルトよりもっと綺麗で素敵で…びっくりしたの」
「へえ。そうなんだ」
そう言うエミーリアの方がずっと綺麗だけどね。
「じゃあ今日会ったアーベルは?」
「え?」
「彼を見てどう思ったの?」
「実物のアーベルは…可愛い、かな」
「可愛い?」
「素直ないい子で…守りたくなる感じ?」
———それはエミーリアの事なんじゃないかな。
というか…
「ふーん。ずいぶん気に入ったみたいだね」
「…え?」
「嫉妬するよ」
今度は本気でそう言った。
「物語で僕よりも好きだった相手に好感を持つとか、許せないんだけど」
「そういうつもりじゃ…!フリッツと同じ歳だし弟みたいだなあって…」
「弟でもなんでもダメ。僕だけを見て」
両手でエミーリアの頬を包み込んでその瞳を覗き込む。
「君の瞳に僕以外の男を映したくないんだ」
「そんなの…無理だわ…」
分かってる、そんな事。
それでも願わずにはいられないんだ。
君の瞳に映った男は、君の虜になってしまうんだから。
———僕のように。
「…私が恋しているのはベルハルトだけよ。他の誰にもこんな気持ちは抱かない…ベルハルトだけなの」
濡れたように光る瞳が僕を見つめる。
「それじゃあダメなの?」
「それでも…僕はエミーリアを独り占めしたいんだ。他の男には見せたくないんだよ」
エミーリアの瞳に映る僕は…嫉妬に満ちた愚かで醜い男で…綺麗でも、眩しくもない。
こんな僕に…エミーリアは恋していると言ってくれるのに。
「ごめんね、嫉妬深くて。———愛しているよ、僕のエミーリア」
だから何度でも…呪文のようにこの言葉を君に伝えるよ。
そうやって自分にも言い聞かせないと…きっと不安で押しつぶされてしまうから。




