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少女と王子 03

お茶会の日はあっという間に来てしまった。

赤いドレスを着て、お父様と一緒に馬車で王宮へ向かう。

赤なんて派手すぎると抵抗したのだけれど、皆んなもっと派手に着飾ってくるから普通だとお母様に言われてしまった…。

「エミーリア、緊張しているかい?」

「はい…」

「お茶会の席に出られるのは娘達のみ。私は控室で待っているから、何かあれば誰か大人に声を掛けて私の所へ戻ってくるといい」

「じゃあ最初だけ出てすぐに帰っても…」

「それはまずいな。あくまでも何かあった時だけだ」

お父様は苦笑した。

「そんなにお茶会に出るのが嫌かい」

「……」

私は小さく頷いた。


お茶会が嫌なのではない。

殿下に会うのが怖いのだ。


漫画の世界とこの世界が同じだというのは信じられないけれど。

現に殿下の顔も名前も同じだし……私も、性別が違うけれど漫画のエミールとかなり似ている所が多い。

あの後冷静になって試してみたら、———今まで使えなかったのが不思議なくらい、魔法が使える事が分かってしまった。

実際に殿下と会ったら…何か起きるのだろうか。

それを知るのが怖かった。




「参加者は子供ばかりだから。気楽にしていれば大丈夫だよ」

そう言っていましたが…お父様。

———お茶会は戦場でした!


お母様の言った通り、子供とは思えないほど煌びやかなドレスや宝石に身を包み、化粧を施した少女達が集まっている。

およそ二十人くらいだろうか。

上は十五歳くらいから、下はフリッツよりも歳下であろう子もいる。

互いを牽制するように鋭い視線が飛び交う。

緊迫した空気に耐えられず、王宮の庭園に設けられた長いテーブルの一番端に私は座った。


しばらくして王妃様とベルハルト殿下が現れると少女達の間から悲鳴のような声が漏れた。

漫画の殿下も女性ファンの間ではとても人気のある美形キャラだったけど…実物はもっと格好良かった。

微笑を湛えた顔で一同を見渡しただけで感嘆の声が漏れる。

私も思わず見惚れていると…殿下と目が合った気がして慌てて俯いた。

…向こうはきっと漫画の事なんて知らないだろうけれど、気付かれたくない、そう思った。


お茶が注がれて、しばらくは王妃様を中心に和やかに見える雰囲気が漂っていたけれど…やがて一人の少女が立ち上がり、殿下の側へ行くとあっというまに戦いが始まった。

我先にと殿下に近付き話しかける。

殿下へは満面の笑みを向けながらも…背中からは殺気が溢れている。

———男子を取り合う女子の戦いって、怖い。

エミは学校へはほとんど行けなかったし恋愛経験もなかったから…読んでいた漫画や本も少年向けばかりだったし。

私にはああいうのは出来そうにないなあ。

…そういえば、何で私は女に生まれたんだろう。

ここがもしも漫画の世界なら男に…エミールとして生まれるはずだったろうに。



しかし…女子の争いを眺めているのも辛い。

かといってあの中に入る気もないし。

周囲を見渡すと、かすかにバラの香りがした気がした。

王宮だからきっと豪華で綺麗なバラ園があるのだろう。

…ちょっと見に行ってみようかな。

少しくらいなら抜けてもバレないかな。まずいかな。

———そうだ、こういう時の魔法じゃない?


私はまず気配を消し、それから姿を消した。

立ち上がってテーブルから離れる。…うん、誰も気づいていないみたい。

この魔法は漫画の中でエミールがやっていたものだ。




バラ園へと着くと気配を消したまま、姿は元に戻した。

…この魔法の欠点は姿を消していると物に触れる事ができないのだ。

やっぱり花は五感で楽しみたいし!


いい香りが辺りを包み込んでいた。

まるで迷路のように複雑な通路を、様々な種類のバラが飾っている。

バラはエミの時から好きな花だ。

一度、どうしても有名なバラ園に行ってみたくて外出許可をもらい、車椅子に乗って連れていってもらった事がある。

数少ない楽しかった思い出の一つだ。

ひときわ香りのする一輪をそっと手に取り鼻を寄せる。

肉厚の花弁のひんやりとした触り心地が気持ちいい。


一通りバラを堪能し、そろそろ戻ろうかと振り返って———私は固まった。

通路の真ん中にベルハルト殿下が立っていたのだ。



え…気をつけていたはずなのに気づかなかった…。

「姿が見えなかったから探したよ」

爽やかな笑みを浮かべた顔で殿下は口を開いた。

「こんな所で何をしているの?」


「……息抜きに花を見ておりました」

私は深く礼を取った。

「勝手に抜け出して申し訳ありませんでした」

「お茶会はつまらなかった?」

「いえそういう訳では…」

「僕はすごくつまらなかったよ」

思わず顔を上げて殿下を見る。

「あんな甲高い声で喧嘩しながらギャーギャー騒いでさ。あれで自分が選ばれると思ってるのかな、あの子達は」

———うわあ、殿下って毒舌な人?

ああでも漫画の殿下も…表向きは人当たりのいい王子様だけど、素の状態の時は結構口が悪くて。そのギャップがまた人気があったんだよな…。


「集団見合いなんて苦痛でしかないと思ってたけど。でも良かったよ、君に会えたから」

私?

「目を引く黒髪の子がいるなあと思っていたらいつの間にか姿が見えなくなって。警護兵に聞いても誰も知らないというからおかしいと思って探しに来たんだけどね」

あ…なんかまずいかも。

「本気で探しているのに見つからないんだよね。———まさかさ、これほど完璧に気配を消せる子がいると思わなかったよ」

相変わらず笑みを浮かべた顔だったけれど、その目は笑っていなかった。

「君は何者なのかな」


「……エミーリア・ホフマンと申します」

「そういう事を聞きたいんじゃないんだよね、確かに名前も知りたかったけど」

私のすぐ目の前まで殿下は歩み寄った。

「聞き方を変えようか。エミーリア、君は魔法使いなの?」

私を見下ろすその表情からは…何も読み取れない。

「この気配の消し方は騎士が訓練で身につけるようなものではないよね」

確か殿下は幼い頃から剣の修行を受けていて、まだ十四歳だけれど既に大人に負けない腕前だと聞いていた。

———多分、誤魔化しや嘘は通用しないのだろう。


「……はい、そうです」

私は頭を下げた。

「ホフマン…伯爵だったよね。魔法使いの子がいるなんて聞いた事ないけど」

「この事は誰も知りません」

「親も?」

「…自分が魔法が使えると知ったのはつい十日ほど前なので」

「へえ?」

ようやく殿下の顔が緩んだ。

「それまで使えなかったの?」

「使えなかったのか使わなかったのかは分かりません…自分が魔法が使えるとは思っていなかったので」

「ふーん、面白いねエミーリアは。どんな魔法が使える?」

「おそらく大体の事はできます」

「大体?」

殿下の顔が真顔に戻る。

自分が魔法が使えると知って、記憶にあるものを全て試せる範囲で使ってみたけれど、できないものはなかったから…。

「それは興味深いな。とりあえず何か見せてくれる?」

「…ここでですか」

「そうだな、このバラの色を変える事はできる?」

私は頷くと手を軽く振り上げた。

私たちの周囲に咲いているバラは白いバラで統一してあるので…それを青に変えてみる。

へえ、と殿下の口から声が漏れた。

「じゃあ次は…」

その時、遠くから殿下を呼ぶ声が聞こえた。


「…もう時間か」

チッと舌打ちする声が聞こえた。…お行儀…。

私はもう一度手を振るとバラの色を元に戻した。

さすがに青いバラを放置したらまずいわよね。

「———随分簡単にやってるけどさ、それって難しい魔法だよね」

「そうなんですか?」

「それに普通、魔法を使う時って呪文を使うよね」

「…私は呪文を知りません」

私の言葉に殿下は目を丸くした。


呪文など使わなくても、頭の中でイメージするだけで魔法は使える。

エミールのこのやり方は他の者には真似ができない独特のもので、どうして彼がそんな魔法を使えるのか…それには理由があるのだけれど。

それと同じ魔法を私が使えるという事が意味するものは…それは今は考えたくない。


「君は…」

「殿下!こちらでしたか」

二人の警護兵が走り寄ってきた。

「王妃殿下がもうお時間だからと…」

「ああ、戻る」

答えて殿下は私に向かって手を差し出した。

「エミーリア、おいで。母上に君を紹介しないとね」

「紹介?」

「君を僕の花嫁にする事に決めたから」


「———え?」

私に満面の笑みを向けて殿下は言った。

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