魔族 05
「———土の属性ね。かなり強いわ。牙に毒がある。動きが素早いから気をつけて」
私達の視線の先には一頭の魔物がいた。
「分かった。ギリギリまで援護はいらないから」
そう言い残してベルハルトは剣を抜くと木陰から飛び出した。
これまで魔物と戦うときは、私の魔法でベルハルトの攻撃力や防御力を高めていた。
けれどルプスという…自分よりもはるかに強い相手と接した事で、ベルハルトは自分の弱さを実感したらしい。
この所、私の援護魔法を一切使わずに戦っている。
…ちょっと淋しいけど。
でもこれもベルハルトが強くなる為だから…
「ふーん、人間にしてはやるじゃん」
突然耳元で声が聞こえた。
「…ルプス!」
「ただ今、姫様」
気配を感じさせずに現れたヒトの姿のルプスは、私の首元に顔を寄せた。
「あー姫様の匂い。落ち着くー」
「匂いを嗅がないでよ!」
「お前…!」
ルプスに気づいたベルハルトがこちらを見た。
「エミーリアに———」
「よそ見するなよ、噛まれるぞ」
ルプスの言葉にムッとしながらベルハルトは魔物と向き合った。
「魔力支援を受けずにあれだけ戦えるのは大したもんだ」
のんびりした口調でルプスは言った。
「ま、俺達魔族にはまだまだ及ばないけど」
「…そんなに魔族は強いの?」
「強いから魔族なんだよ。一番弱い魔族でもあの目の前の魔物程度なら一撃で倒せる」
「…私も…そんなに強くなれる?」
「姫様は強くなりたいの?」
ぽふぽふと頭を撫でられる。
「姫様なんだから強くなくても…」
「———ベルハルトが強くなろうと頑張っているから、私も強くなりたいの」
二人で強くなろうって約束したから。
「ふうん」
ベルハルトは魔物を追い詰めていた。
魔物は最後の力を振り絞って牙を剥き出しにするとベルハルトの首を狙って襲いかかった。
それを避け、心臓に剣を突き立てると断末魔の咆哮を上げて魔物は崩れ落ちた。
「ベルハルト」
駆け寄ると荒く息をつきながらこちらを見る。
その瞳には疲労と———嫉妬の色が浮かんでいた。
…嫉妬?
「この程度の魔物に苦戦するとはまだまだだな」
私の後を付いてきたルプスから遠ざけるように、私の腕を取ると自分へ引き寄せる。
「お前がエミーリアに触るから…」
「女に気を取られて集中できなかったって?未熟だな」
ふん、と鼻で笑われ…否定できずにベルハルトは無言で眉根を寄せた。
「まあ、人間にしては強い方だとは思うし、筋も悪くないが。まだまだ無駄が多いな」
「無駄?」
「人間の剣は無駄が多すぎる。もっと剣と自身が一体にならないとな」
ルプスの手が光ると、そこに黒い剣が現れた。
「魔族の剣を教えてやるよ。姫様、こいつに回復と防御の魔法をかけてやって」
「あ…うん」
言われるままに魔法をかける。
私の魔法を受けたベルハルトは、剣を構えるとルプスに向き合った。
わ…早い!
ルプスは…スピードも、動きも…何もかも違った。
剣の動きに一切の無駄がないというか…剣を振るうのではなく、まるで手に吸い付いているような…体の一部となったかのようで。
確実に急所だけを攻めていて、防御魔法をかけていなかったらベルハルトはもう何度も死んでいるだろう。
「姫様も参加する?」
ベルハルトの剣を余裕で流しながらルプスが私を見た。
正直、見ているだけは暇だったのと…二人の戦いを見ていたらうずうずしてきたので、私は頷いた。
「多少はましになったかな」
座り込んで動けないベルハルトを見下ろして、息ひとつ乱れていないルプスは言った。
「自分の剣が無駄だらけだって、分かったろ」
「……ああ」
呼吸を整えながら、ベルハルトは頷いた。
「素直でよろしい。———さて姫様」
ルプスの視線が私に向いた。
「姫様はあの魔法をどこで覚えたの?」
どこでって…
「そんなに可愛い顔して、よくあんなえげつない魔法使えるね」
「……えへへ?」
えげつない…かなあ。
私は首を傾げた。
「そうやって可愛い仕草で誤魔化さないの。全属性の魔法で同時攻撃とか、炎に麻痺や毒を混ぜてくるとか」
「だって別々に出すの効率悪いじゃない」
「あと変な竜は出してくるし」
「変じゃないわ。ずっと育ててきた可愛い竜よ」
ベルハルトとの訓練で生まれた、勝手に動く竜は進化を続けていた。
攻撃パターンも増えたし、最近は途中で炎から水に変化したり、といった事もできるようになった。
「人間はあんな魔法使えないよね。誰に教わったの?」
「…誰にも教わってないわ」
前世で読んだ漫画や小説、ゲームの知識を使ったりはしているけれど、基本自分で考えたり、ベルハルトとの訓練から生まれたものだ。
「ふーん。…俺魔法はそんなに得意じゃないけど」
そうなの?私の魔法攻撃全部かわされたけど?!
「姫様の魔法が魔族の中でもかなり特殊なのは分かるよ」
……それは多分前世のせいね。
「姫様はそのままででも十分強いよ。ただ半分人間だからその分魔力が少ないだけで」
———そうなんだ…。
「じゃあ…強くなれないの?」
「魔力を増やす方法は、魔法を使い続けて少しずつ増やしていくか…すぐに増やす方法はなくもないけど」
「どうやるの?」
「———その胸にあるエミーナ様の核を身体に取り込めばいい」
え…お母様の?
「そうすればエミーナ様の魔力を使えるようになる。ただ…それに姫様の身体が耐えられるかは分からない。何せエミーナ様は魔王の娘だからね、魔力も桁外れに多いんだ」
「…僕は反対だ」
黙って私とルプスの会話を聞いていたベルハルトが言った。
「危険を冒してまで無理に強くならなくていいから」
「……うん…」
そうね…今はいいかな。
この先お母様の力が必要になる時が来るかもしれないけれど。
「ところで国の様子は見て来たのか?」
「ああ、ちゃんと見て来たよ」
そういえば…ルプスに任務を与えてたんだっけ。
「追っ手までは出していないが、金髪と黒髪の少年少女を見かけたり、何か情報があれば王宮まで届けるよう触れが出ている。王宮内も平和そうだったが」
ルプスはベルハルトを見た。
「王妃は城にある塔に幽閉されている。ちょっと覗いて見たが、あれはもうダメそうだな」
「…別にあんな人どうでもいい」
表情を変えずにベルハルトは小さく呟いた。
「それで、姫様にはお土産」
「お土産?」
ルプスは私へ封筒を差し出した。
…この封蝋に押された紋章は…私の家の?
「姫様の弟から手紙を預かって来た」
「フリッツから?…え、会ったの?!」
こっそり探りに行ったんじゃなかったの?!
「隠密活動のコツはね、侵入先に味方を作る事なんだ」
ルプスは口角を上げた。
「あの少年は賢いし気も利くから使えるよ。姫様の居場所は教えてないから大丈夫」
私は封筒を開けた。
それは確かにフリッツの文字で…私の健康を気遣う言葉と、家族の近況が書かれていた。
フリッツ…また背が伸びたのかな。
すっかり大人びた文章を書くようになった弟を思い出して、少し寂しい気持ちになってしまった。




