魔族 04
「ん…」
目を開けるとベッドの上だった。
朝…?
あれ、いつ寝たんだっけ…。
視線を巡らすと、隣に金色の頭が見えた。
かすかな寝息を立てて、ベルハルトが眠っている。
…いつの間に宿に泊まったんだろう。
上体を起こすと、ベッドの下で何かがもぞりと動いた。
「姫様。起きた?」
赤い目をした黒い狼が顔を覗かせた。
「…ルプス…?」
え、何で?
「どうして…」
「ここは俺が使ってる森の中の小屋。姫様が昏睡状態になったから回復方法をそこの王子様に教えたんだ」
「昏睡…?」
「魔力を暴走させただろ。身体がもたないんだよね」
ルプスは私の首にその鼻先を近づけた。
「体調は問題なさそうだな。んーちょっと人間臭いけどいい匂い」
「やめてよっ」
何で匂いを嗅ぐの?!
「そいつが寝てる隙に少し嗅がせてよ。ちょっとでも触ろうとするとすげー怒るんだもん」
「や!」
「いてっ」
鼻を思い切りつまむとようやく離れた。
「ひどいなあ姫様」
「何で匂いなんか嗅ぐの?!」
「んー狼の習性?」
「狼…なの?魔族って」
え…私も?
「魔族にも色々いるんだよ。俺は狼の血が入ってるから」
人の姿に戻るとルプスは私の手を取った。
「そこの旦那が目を覚ます前に済ませたい事があるんだけど」
「え?」
「ちょっと痛いけど我慢してね」
私の指にルプスの指が重なる。
「つっ」
紙で切ったような鋭い痛みが指先に走った。
切り傷から血が滲み出る。
指を引き寄せて———ルプスはその指を口に含んだ。
何とも言えない感覚が身体を走り抜ける。
「…すげー美味い」
私の血を舐めとって、ルプスはにっと笑みを浮かべた。
「———お前…」
背後から地を這うような声が聞こえた。
……ベルハルトって光属性なのに怒るとオーラが真っ黒になるよね?!
「何をした!」
私を背後から抱きしめるとベルハルトはルプスを睨みつけた。
「主従の契約だよ」
悪びれる様子もなくルプスはそう返した。
「…主従?」
「そ、今から姫様は俺の主人だ」
主人?!
「勝手な事をするな!」
「昨日言っただろ、協力してやるって。その為には魔王でも俺に命令出来なくならないとダメなんだよね。主従契約すれば俺に命令できるのは姫様だけだ」
「協力?」
「頼んだ覚えはないぞ」
「俺を味方に付けといた方が絶対いいって。こう見えて強いよ、俺」
それは分かるけど…。
「それに姫様、自分や魔族の事知らないんだろ。色々教えてやるからさ」
……確かに、知りたいけど。でも!
「主従契約って…解約できないの?」
「血の契約は重いんだ。どっちかが死ぬまで出来ないね」
「何だと?」
「勝手にそんな事したの?!」
そういうのって…お互いの同意が必要なんじゃないの?!
「だって聞いたら拒否されるじゃん」
「…信じられない…」
「諦めてよご主人様」
「その言い方はやめてっ」
「———まさかお前、僕達の旅に付いてくるのか?」
え、それは…
「あーそこまではしないよ。人間の中に俺がいたら目立つし」
「…だったら主従なんて…」
「だから血の契約なんだよ。姫様に何かあった時や呼ばれればどこにいてもすぐ駆けつけられる」
歯を見せて笑ったその隙間からは尖った歯が見えて…本当に狼なんだ、このひと。
「俺の事は影だと思ってくれればいいよ。よろしくね姫様」
…これって…旅の仲間が増えたのかな…?
「やっとエミーリアと二人きりになれた…」
森を出て街道沿いに歩き、日が暮れた所で宿に入った。
部屋に入るなりベルハルトは私を抱きしめてきた。
「あーもう。何なんだよあの狼野郎」
「…そうね…変な事になったけど。でも役に立つかもしれないじゃない」
なだめるようにベルハルトの背中に手を回す。
ルプスとは森を出た所で別れた。
何か任務が欲しいと言うので、故郷の様子を見に行ってもらうことにした。
私の家族や王宮の様子…私達に追っ手がかかっているかもしれないし。
「追っ手は潰していいの?」と言い出したのでそれはダメだと言っておいたけど…大丈夫かな。
ルプスの性格というか、彼が何を考えているのかいまいち掴めない。
…そもそも、ルプスなんてキャラ、漫画には出てこなかったけど…
エミールには従者なんていなかった。
それに魔王との関係だって、漫画では親子だったのに…
この妙なズレが気になる…
———誰か、この事について相談できる人がいればいいのにな。
ベルハルトと二人、手を繋いでベッドに横になる。
「明日はギルドに寄る?それともこの国を出るのが先?」
「強い魔物がいる森に行きたいな。魔物の核をいくつか手に入れたいんだよね」
「核を?」
「昨日みたいにエミーリアが昏睡状態になった時に使うんだ」
…そういえば…
「私…暴走したって…どういう風に?」
「———目が赤く光って。身体が黒い光に覆われたんだ。すごく重い気が溢れ出して…あのまま暴発したら王宮くらい簡単に吹き飛んだらしいよ」
「…暴走しないようにするには…どうすればいいのかしら」
精神が不安定になると暴走するんだっけ…?
「僕が止めるから大丈夫」
ベルハルトは身体を起こすと私を見下ろした。
「エミーリアは何も心配しなくていいよ。僕が守るから」
「…ベルハルトは…私が気持ち悪くないの?」
「どうして」
「だって…力を暴走させたり…母親だって…」
「まだそんな事言うのエミーリアは」
私の髪を撫でながら、ベルハルトは笑みを浮かべた。
「それくらいで僕の心が変わるわけないよ。エミーリアは、僕の生きる理由なんだから」
「生きる…理由?」
「僕は国を捨てた。何も持たない僕が唯一手に入れたのがエミーリアだ。…君を守り、共に生きる事が今の僕の全てなんだから」
私の唇に、ベルハルトのそれが触れた。
「君が何者でも愛しているよ、僕のエミーリア」
「ベルハルト…」
「…泣かないの」
じわりと熱くなった目頭に優しい口付けが落ちてくる。
「…ありがとう…ベルハルト」
「どういたしまして」
笑みを交わし合う。
心の隅に残っていた小さな黒い影が完全に溶けていくのを感じた。




