魔族 02
「姫様———」
「エミーリア!」
男の手が私に触れようとした瞬間、白い光が私を包み込んだ。
「エミーリア、大丈夫?」
私を抱き寄せたベルハルトが剣先を男に突きつけた。
「お前…魔物か?」
赤い目の男に眉を顰める。
「何だお前。光属性の塊みたいな…」
ベルハルトの姿を見た男の顔が———ひどく冷たいものに変わった。
「姫。魔王の孫娘である貴女が何故そんな人間と一緒にいる?」
「魔王…孫……?」
「貴女の母親のエミーナ様は我が魔族の長、魔王の一人娘。どこで知り合ったのか人間の男と駆け落ちして行方不明で…まさかとは思っていたが、本当にお亡くなりになっていたとは」
赤い瞳には怒りのような…悲しみのような色が浮かんでいた。
「貴女はエミーナ様の忘れ形見。———人間。姫を渡してもらおう」
「魔王だか何だか知らないが、エミーリアは僕のものだ」
私を強く抱きしめてベルハルトは言った。
「お前にも誰にも渡さない」
「———まったく、どうして人間は大事な姫達を奪うんだろうな」
男の目が赤く光る。
まずい。
この魔族の男…すごく強い。
今の私達ではまだ…。
「あなた…ここで何をしていたの」
闘いだけは…避けないと。
「夜な夜な現れる魔物ってあなたの事でしょう」
「俺はずっとエミーナ様を探していた。もしも亡くなっていた場合はせめて核を手に入れようと。ここの王宮に珍しい赤い石があると聞いてもしやと思って探しにきたんだが…やっと見つけた」
私を見る男の目は…とても優しくて。
———お母様の事が大切だったのかな。
「…そんなに…私はお母様に似ているの?」
「ああ、とても」
このひとは…私の知らないお母様の事を…お母様が子供の時から知っているんだ。
私は…名前すら知らなかったのに。
そう思ったら急激に心が鉛のように重く…冷たくなった気がした。
「私…何も知らない…お母様のこと……なにも…」
心が痛い。冷たい。寒い。
真っ黒なものが…私の身体中に広がっていく。
「エミーリア?!」
「まずい、姫様の力が暴走する!」
「おかあさま———」
どうして…お母様もお父様も…いないの?!
「エミーリア!」
真っ白くて暖かな光が私を包み込んだ。
「エミーリア…僕を見て」
声が聞こえて目を開けると…青い優しい瞳が私を見つめていた。
「僕がいるから…泣かないで」
「…ベル…ハルト…」
「———僕のエミーリア」
目尻にベルハルトのキスが落ちてくる。
あれ…?
気がつくと私はベルハルトの腕の中で…半分横たわっていて…
「…わたし……?」
急に心が冷たくなって…どうしたんだっけ?
「姫様」
顔を上げると、男が心配そうな顔で私を見下ろしていた。
「気分は?」
「え?…大丈夫…」
「これまで今のような事があったことは?」
「…ないわ……」
私は男とベルハルトを交互に見た。
「私、今…?」
「貴女の魔力が暴走したんだ」
「暴走…?」
「魔族の子供には時々ある事だ。特に大きな魔力を持つ子供は精神が不安定になると力が制御できなくなる」
…そうか、お母様の事を知って……
私はペンダントを握りしめた。
「まして貴女は魔王の直系。あれだけの力の暴走を止めるのはそう容易い事ではないが———」
男は視線を私からベルハルトへ移した。
「とっっっても不本意だが。お前の光魔法のお陰だな」
ベルハルトの?
「光魔法の…?」
「魔族の魔力は闇。抑えられるのは光だけだ。そこの兄ちゃんは随分と強くて純度の高い光魔法を持っているからな」
ふう、と男は大きくため息をついた。
「…今回は姫様を助けた事に免じて引き離さないでおいてやるよ」
そう言って———男の姿が狼に戻った。
「そろそろ夜も明けるな。それじゃ姫様、またな」
「え…待って!」
私は慌てて起き上がった。
「あなた…名前は?」
「ルプス。———そうだこれやるよ」
ぽい、と黒いものが足元に投げ出された。
「これは…核?」
「魔狼の核だ。それを俺の代わりにしといてくれ」
身を翻すとルプスの姿は闇に溶けていった。