旅立ち 06
「君達が…いや本当にありがとう」
ラビア侯爵も私達を見て驚いたけれど、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「今宵は感謝の宴を開こう。ゆっくりしていってくれ」
宴?そこまでしなくても…とは思うけれど。
お屋敷の人達は本当に嬉しそうに歓迎してくれるので…嫌とも言えない。
別々に用意された客間は、いかにも貴族の寝室で…自分の部屋を思い出してしまう。
少し懐かしく感じていると、現れた侍女達に浴室へと連れていかれ、湯浴みをさせられ、身支度を整えられる。
…魔物退治から戻った身体で、確かに汚れているかもしれないけど。
なんでドレスとか着せられているの?!
どこから出てきたのこれ?!
聞くとお嫁に行った侯爵様のお嬢様のものだそうで…
髪も結われ、鏡に映る自分は…すっかり貴族令嬢に戻っていた。
宴の準備が出来たからと部屋から出ると、同じように身なりを整えたベルハルトがいた。
…やっぱり王子様、似合うしカッコいい…
私を見たベルハルトの顔が赤くなったので…多分向こうも同じ事を考えたんだろうな。
「急な事でこれしか用意できなく申し訳ないが」
侯爵様はそう言うけれど、テーブルに並べられた料理はどれも豪華で、美味しくて。
舌が肥えているとは思わないけれど、やはり五ヶ月前まで貴族として生きていたせいか、懐かしさを感じる味だった。
「ところで、大変不躾な事を聞くが…」
しばらく今回倒した魔物の事や、この辺りの治安や地理的な話をしていると、侯爵様が改まった。
「君達は、そうやって冒険者まがいの事をしながら旅をするような身分には見えないが…。テーブルマナーも完璧だし、侍女の世話を受ける事にも慣れているようだね」
———少し前まで王子様と伯爵令嬢でしたからね!
テーブルマナーについては、気にはなったけれど、身体に染み付いたものだし…あとマナーを知らないふりをするのって難しいのよ。
だから貴族とは接触したくなかったのに。
「いや、君達の素性を探るつもりはないが…大事な恩人だからな。子供だけで旅をするのも大変だろう。何か助けになれる事があればと思って」
「———ありがとうございます」
ベルハルトは笑みを浮かべて礼を言った。
「…実は、私の母が彼女を殺そうとして…それで私達は身分を捨てて逃げてきたのです」
「何と、それは…」
…それは違う気もするけれど。
確かにあの時、私を見た王妃様の目に浮かんでいたのは殺意だったけれど…
「なのでなるべく王侯貴族といった方々とは接触したくないというのが正直なところでして。私達の事は詮索せず放っておいて頂くのが一番の助けです」
「そうか…分かった」
侯爵様は頷いた。
「…実は…君達の腕を見込んでもう一つ頼みたい事があったのだが…無理そうだな」
「頼み?」
「最近、王宮に夜な夜な魔物が出没するというのだ。神出鬼没で倒す事も捕まえる事も出来ないと聞く。今のところ被害はないのだが…」
「それは、何が目的で?」
「それも分からないそうだ。魔物は黒い狼のような姿をしていて…王宮奥深く、あらゆる所に現れるらしい」
「そうですか…」
ベルハルトの瞳が光を帯びる。
…あれは興味を持った目だ。
ベルハルトにとってこの旅の一番の目的は強い魔物を倒す機会を得る事だし…
「…今の私の話を伏せて頂けるのでしたらお受けしますよ」
「本当か!」
侯爵様の顔が明るくなった。
「我々はやりがいのある依頼があれば断らない主義ですので」
…初めて聞いたけどそんな主義。
「いいよね、エミーリア」
「はい」
……まあ、ベルハルトがやりたいのなら止めはしないけどね。
「ふう」
部屋に戻ると急に疲れが出た。
思えば今日は朝から森に魔物を倒しに行って、そのまま侯爵様の屋敷に招かれて…
五ヶ月ぶりの貴族との食事は、身体が覚えているとはいえ気が張った。
といっても私はほとんど闘ってないけど。
ベルハルトはあんなに苦戦してたけど、大丈夫だったかな。
もう疲れて寝ちゃったかな…と思っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「エミーリア」
ドアの向こうにはベルハルトが立っていた。
部屋に入ると並んでソファに腰を下ろす。
「何だか城に戻った気分だね」
「ふふっ、そうね」
「疲れていない?」
「大丈夫よ、今日はベルハルトの方が大変だったでしょう」
「うん、でも…ドレスアップしたエミーリアを見たら疲れなんか吹き飛んだよ」
ベルハルトの手が私の頬に触れた。
ゆっくりと、ベルハルトの顔が近づいてきたので私は目を閉じた。
———いつもよりも長く触れていた唇が離れたので目を開けると…目の前の青い瞳が見たことのない輝きを帯びていた。
ぞくり、と背中に妙な感覚が走る。
「エミーリアは」
思わず離れようとした私の背中をベルハルトの腕が抱き止める。
「こうやって髪を上げると…大人びて見えるよね」
ベルハルトの顔が首元に近づく。
「んっ」
うなじに唇を押し付けられて声が漏れる。
なに…怖い。
「ずっとエミーリアと一緒にいられるようになったのは嬉しいけど…辛いんだよね」
「…辛い…?」
「キスしか出来ない事が」
背中の手が腰まで下りてくる。
「エミーリアと同じ部屋で寝ているとね、キスだけじゃなくて、もっと色々したくなるんだ」
———その、意味は……
分からなくはない…けれども。
「わ、私はまだ…」
「うん。エミーリアはまだ十五歳で、本当はキスもダメなんだよね。———でも僕はもうすぐで十八歳…大人になるんだ」
熱を帯びた息が耳をくすぐる。
「…もしも我慢出来なくなったら、ごめんね」
するりとベルハルトの身体が離れた。
「今日は部屋が別で良かった。おやすみ僕のエミーリア」
動けない私を残してベルハルトは出て行った。
「———」
大きく息を吐いて…気持ちを整える。
前世での、漫画や小説で得たものも含めて…そういう知識ならある。
…そうだ、ベルハルトは男の子で…私を好きなんだもの。
そういう欲もあるんだよね。
「我慢…してたんだ」
だからといって…受け入れるのは…さすがにまだ早いと思う。
「…これから…どうしよう」
一緒に寝るたびに意識するよね?!
さっきの熱を帯びた青い瞳が脳裏に浮かぶ。
———早く私も…大人になればいいのかな。
その夜はもやもやしてなかなか寝付けなかった。




