旅立ち 03
「何…だと」
陛下の声は震えていた。
「…それはどういう…」
戸惑った視線がディート様を見る。
「———妃をここへ連れてこい」
数人の兵士が廊下を走っていった。
「母上…が…?」
頭の上で声が聞こえた。
「どうして…母上が…」
「…何かの間違いという事もある」
陛下の手がベルハルト様の肩に触れた。
「ともかく…あれに聞いてみないと———」
「あんな子いらないのよ!」
悲鳴のような女性の声が響いた。
兵士に両腕を抱えられた王妃様は…いつもの優しい姿と違って、髪は乱れ、充血した瞳が異様な光を帯びていた。
「レオノーラ…まさか本当にお前がディートを……」
「出来損ないの息子なんていらないのよ!熱ばかり出して…すぐに寝込んで…」
「自分が何をしようとしたのか分かっているのか!」
「母親の私が責任を取るのよ。出来損ないなんて産まなかった事にするの」
虚ろな王妃様の瞳がベルハルト様を映した。
「ベルハルト…私の息子はあなただけよ。あなたなら父上のような立派な王になれるわ」
「母上…あなたは———」
私を抱きしめるベルハルト様の腕は震えていた。
「…ああ、あなたが王になるのにその娘も邪魔ね」
王妃様の瞳が私を見据えた。
「お前もディートと一緒に…」
「やめろ!」
ベルハルト様が王妃様から隠すように私を抱え込んだ。
「…もういい…王妃を連れていけ———」
深く息を吐いて陛下が命じた。
「牢…いや、部屋に入れて出られないよう閉じ込めておけ」
来た時と同じように兵に引きずられるように王妃様が去ると、思い空気が部屋中を覆った。
「どうして……」
ベルハルト様が呻く。
「どうして母上が———」
「ベルハルト…お前も部屋に戻って休め。エミーリア。ベルハルトに付いていてくれるかい」
「…はい」
陛下の言葉に頷いて、私達もディート様の部屋を出た。
自室に戻るとベルハルト様はのろのろとソファに腰を下ろした。
その隣に座ると、私の手をぎゅっと握りしめる。
「エミーリア———」
私の肩に埋めてきた頭を、空いた手でそっと撫ぜる。
もっと…早くに思い出せば良かったのだろうか。
王妃様が第一王子を殺そうとすると…漫画で知っていたのに。
思い出せていれば止められただろうか。
それとも———
運命は変えられないものなのだろうか。
「僕が…いなければいいんだ」
長い沈黙の後でベルハルト様が口を開いた。
「ベルハルト様…」
「僕がいるから兄上はいらないと…殺されようとするんだ」
頭を起こして私を見る。
「僕は王子をやめる」
私を見つめる青い瞳には強い意志が宿っていた。
「城を出る。一緒に来てくれるよね」
「はい、もちろんです」
私はベルハルト様の手を握った。
「どこまでも一緒に行きます」
「ありがとう…僕のエミーリア」
額を重ねて、笑みを交わすと私達は唇を重ねた。
クローゼットの中から街へ行く用の服を取り出し着替える。
母親の赤いペンダントをつけて…その他のアクセサリーをいくつか袋に入れる。
とりあえずこれを売れば当分の資金になるよね。
家族に置き手紙も残したし、これで大丈夫かな。
「よし。行こう」
マントを羽織り、窓を開けるとひんやりした夜風が吹き込んできた。
これから使う魔法は初めてで…緊張するけど。
大丈夫、出来る。
だって私は———エミールなんだから。
身体が浮き上がった。
わあ、鳥みたい。
あっという間に屋敷が小さくなって…すぐに王宮が見えてきた。
ベランダでベルハルト様が手を振っている。
ベルハルト様が手を伸ばしたので、腕の中に飛び降りた。
「天使が来たのかと思ったよ」
私を抱きしめてベルハルト様が笑った。
天使じゃなくて…魔物ですけどね。
「ディート様の容体は?」
「大丈夫だよ。ショックは受けているけど…でもきっと大丈夫。兄上は意外に心が強いから」
「王妃様は…」
「———あんな人、知らない」
一瞬ベルハルト様の表情が硬くなったけれど、すぐに笑顔になった。
「さて、どこへ行こうか」
「…西へ行きましょう」
「西へ?」
「はい」
西にはあの漫画の主人公達がいるはず。
そして私の家族も———
「分かった。じゃあ西へ行こう」
顔を見合わせて手を繋ぐ。
とりあえず夜が明ける前に…この国を出てしまおう。
「では、飛びますねベルハルト様」
「ああ…その前に」
「はい?」
「〝様〟は付けないで。その丁寧な言葉もなしで。僕たちはもう王子と伯爵令嬢じゃなくなるんだから」
「———分かったわ、ベルハルト」
私がそう言うと、ベルハルトさ…ベルハルトは嬉しそうに笑った。
…笑顔の眩しさはきっといつまでも王子様だけどね!
顔が赤くなるのを誤魔化すように、私は夜空を見上げて飛び上がった。




