旅立ち 02
剣が空気を切り裂く音が響いた。
「次!」
雷竜を斬ったベルハルト様が叫ぶ。
炎を放つと狼に変化してベルハルト様に襲いかかった。
同時にいくつもの矢を打ち込んでいく。
ベルハルト様は矢をかわしながら狼の喉元に斬りかかると、狼は炎の輪となってベルハルト様を包み込んだ。
次の瞬間、光の柱が立ち上ると炎はかき消えた。
光が消えるとベルハルト様はふう、と息を一つ吐いた。
「今日はここまでにしますか?」
「そうだね」
ベルハルト様との訓練は相変わらず続いている。
技も複雑になってきて———時々様子を見にくる騎士団長さんや魔術師団長さんが呆れるくらい腕も上がっているらしい。
「旅に出た時の事を調べてみたよ」
訓練中はお互い本気で相手を倒すつもりでやっているけれど、終わった後のお茶の時間は…恋人同士の甘い時間で。
ベルハルト様は私の腰に手を回してそう言った。
「僕達がお金を稼ぐには魔物討伐が一番手っ取り早いかな」
「魔物討伐でお金が手に入るんですか?」
「困っている人が多いからね、依頼を受けるんだ。あとは、エミーリアは薬は作れる?」
「薬は…前に魔術師団長さんに教わった事があります」
「薬を作って売るのもいいらしいよ。他にも病人や怪我人を治したり」
「色々あるんですね」
私の魔法とベルハルト様の剣と、あとはお金さえあれば何とかなると思うんだけど…どうなんだろう?
「あと大事なのが服装かな」
「服装?」
「僕達のいつもの格好で街に出たら目立ってしまうからね」
「そうですね…」
そうか、そういうのもあるんだ。
大変そうだけど…面白そう。
「そうだ、今度お忍びで街に行ってみようよ」
「街に?」
「いきなり旅に出るのは不安でしょ?」
「…そうですね」
確かに…街には何度か行った事はあるけれど、いつも家族や付き添いの人と一緒で。一人で外を出歩いた事はないもの。
まずは……
突然ぞくり、と寒気が走った。
え…何…?
「エミーリア?」
ベルハルト様が顔を覗き込む。
「どうしたの?顔色が…」
急がなきゃ!
弾かれたように私は立ち上がった。
「エミーリア?!」
「…危ないの!」
胸騒ぎがする。
早く…行かなきゃ!
私は走り出した。
宮殿へ戻ると中は騒然としていた。
「何があった!」
ベルハルト様が兵士に声をかける。
「ディート殿下がお倒れに…!」
「兄上が?!」
あ……思い出した。
遠い記憶がふいに蘇る。
その事には少ししか触れられていなかったから、今まで忘れていたけど…
あの漫画で、ベルハルト王子が城を出るきっかけになった事件があったんだ。
お兄様が———
「兄上!」
ディート様の部屋には大勢の人がいた。
ベッドの上に青白い顔のディート様が横たわっている。
その顔には全く生気がなくて…
「ベルハルト殿下」
「これは…」
「…おそらく…毒を……」
「毒だと?!」
私はベッドの傍へ駆け寄った。
まだ…大丈夫。
漫画では…死なないから。
ディート様の額に手をかざすと神経を集中させる。
手の平が熱くなると光を帯び始めた。
身体中に巡った毒を全て浄化させるイメージで、その光を送り込むとディート様の身体が光に包まれた。
前にも一度…ディート様を殺しそびれて自害しようとした男にやったことのある解毒の魔法だ。
「…う……」
光が消えると、ディート様の顔色は…さっきよりはだいぶましになっていた。
苦しそうに呼吸が乱れて…熱があるのかな。
もう一度額に手をかざす。
今度は身体にこもった熱を吸い取るように…うん、大丈夫そう。
「…毒は消しました」
私は振り返るとベルハルト様を見上げた。
「ああ…ありがとうエミーリア———」
ベルハルト様は崩れ落ちるように膝をつくと私を抱きしめた。
「良かった…」
「ディート!」
陛下が部屋に駆け込んできた。
「ディートは…」
「毒は消しました…おそらくもう大丈夫です」
「そうか」
ほっとした表情を見せた陛下は、すぐにまた険しい顔で周囲を見渡した。
「毒を飲んだとはどういう事だ」
「あ、あの……」
一人の侍女が声を震わせながら口を開いた。
「殿下は…お茶を飲んでいて…突然苦しみ出して…」
「お茶?」
傍のテーブルにはティーセットが置かれていた。
…カップとティーポットに…黒いもやのようなものが見える。
「お茶を用意したのは誰だ」
「申し訳…ありません!」
部屋の入り口に身体を震わせた侍女が立っていた。
「…私…このお茶は…殿下の身体を丈夫にするから…飲ませるようにって……こんな…こんな……」
「———誰に指示された」
ダメ。
その名前を…聞きたくない。
私はベルハルト様の腕をぎゅっと掴んだ。
「…王妃様です……」
室内は静寂に包まれた。




