旅立ち 01
「お嬢様、終わりました」
「ありがとう…」
侍女の言葉に思わず安堵のため息が漏れる。
長かった…本当に辛かった。
正装がこんなに大変なものだとは思わなかった。
今日は私の十五歳の誕生日。
この国の貴族は十八歳が成人だけれど、十五歳になると社交界デビューが認められる。
実質大人の仲間入りだ。
今日は親しい人達を集めて、自宅で私のお披露目を兼ねた誕生日パーティが開かれる。
そのため初めて大人と同じように装う事になったのだけれど。
パーティは夜からだというのに昼過ぎから入浴させられ身体中隅々まで磨かれ、それが終われば着付けに化粧…。
すっかり疲れてしまった。
「いかがでしょう」
促され、鏡の前に立つ。
そこにいたのは、大人の私だった。
真っ赤なドレスは胸元や背中が大きく開いている。
いつも下ろしている髪は高く結い上げられて化粧もしっかり施され、自分のようで自分ではないような…見慣れない姿に何だかくすぐったい。
「おかしく…ないかしら」
「とても素敵です」
違和感のある自分の姿に鏡の前でソワソワしていると、家族が入ってきた。
「まあエミーリア…綺麗よ。よく似合っているわ」
お母様が嬉しそうに声を上げた。
「すっかりエミーリアも大人になってしまって…」
お父様…泣かないで下さい。
「へえ。お姫様みたいだね」
いつも憎まれ口を叩く弟にまで褒められて…恥ずかしくなってきた。
侍女がベルハルト様の到着を告げた。
今日のエスコートをしてもらうので早めに来る事になっているのだけれど…それにしても早くない?
「エミーリア……」
部屋に入ってきたベルハルト様は、私の姿を見るなり固まってしまった。
ベルハルト様も今日は黒地に金糸で刺繍を施した夜会服に身を包んで…うう、すごく格好いい。
どうしよう。恥ずかしくて耐えられない。
思わず俯いていると、目の前にベルハルト様が来た気配がした。
「エミーリア…」
ベルハルト様が私の手を取る。
「凄く綺麗だ」
「…ありがとう、ございます…」
「———他の男には見せたくないな…」
冗談とは思えない口調でそう呟くと、ベルハルト様は私を抱きしめた。
「誕生日おめでとう、エミーリア」
「ありがとうございます」
「やっと十五歳か…結婚できるまであと三年。長いな…」
ため息が耳をくすぐって…その感触に身体が熱くなる。
「早く君と一緒に暮らせるようになりたいよ」
「…私もです」
出会ってから約三年。
しょっちゅう王宮に通い頻繁に会ってはいるけれど。
時間が来れば帰らなければならず…その度にもどかしい、寂しい気持ちになって。
いつも一緒にいられるためには…あとまだ三年の月日をかけなければならないのだ。
ベルハルト様のエスコートで広間へ出ると、大きなざわめきが私達を包み込んだ。
「みんなエミーリアが綺麗だから驚いているね」
耳元で囁かれ…思わず顔が赤くなる。
「…ベルハルト様の方が…ずっと素敵です」
「それは惚れた弱みでそう見えるだけじゃない?」
わあ、イケメン発言!
でも…ベルハルト様は成長するにつれてますます綺麗で眩しくなっているのは事実で…。
こんなに素敵な人の隣にいるのが私でいいのか、時々不安になってしまう。
「エミーリア、そんな顔しないで」
少し怒ったようなベルハルト様の声に顔を上げる。
「そんなに目を潤ませて色香を振りまいて…。色っぽいエミーリアなんて他の男には見せたくないんだからね」
「———」
「ああほら、顔まで赤くして。本当にダメだよ」
「…だってベルハルト様が…変なこと言うから…」
「変な事じゃなくて本当の事だから。とにかく今日は絶対僕から離れちゃダメだからね」
頬にキスを落とされる。
…色香を振りまいているのも顔を赤くさせているのも、ベルハルト様だから!
お父様と合流してお客様に挨拶をして回る。
一通り終えると休む間もなくダンスタイムで。
今日の主役は私なので、最初にベルハルト様と二人だけで踊らないとならない。
…うう、緊張する…。
「本当に今日のエミーリアは綺麗だね」
私をリードしながらベルハルト様が笑顔で言う。
「エミーリアは可愛いと思ってたけど。こんなに美しかったなんて知らなかったよ」
……ベルハルト様は私を赤くさせる天才だと思う。
いつも会う度に甘い言葉と眩しい笑顔で私を惑わせて。
「ますますエミーリアが好きになっちゃうよ」
本当に…どうしてベルハルト様はこんなに私の事を好きでいてくれるのだろう。
「今日はね、兄上も来たいって言っていたんだ」
ようやく解放されてベルハルト様とバルコニーへ出た。
夜風が気持ちいい。
「ディート様が?」
「熱が出て来られなかったんだけど。来なくて良かったよ、今日のエミーリアは見せたくないから」
「…ディート様は大丈夫なんですか?」
「よくある事だからね。エミーリアの顔を見れば熱が下がるとか言ってたけど、冗談じゃないよ」
ベルハルト様は私を抱きしめた。
「兄上にいくつか婚姻の話がきているんだけど、全部断っているんだ。あと三年は誰とも婚約しないって。———エミーリアが僕と結婚するまで諦める気はないんだよ」
「…どうして…」
私はベルハルト様の腕に手を添えた。
「ベルハルト様もディート様も、私の事を…そんなに…」
「エミーリアがあまりにも愛おしすぎるからね」
「…私のどこを…?」
「どこって言われても分からないよ。初めて会った時から好きで…会えば会うほど好きになっていって。全部が好きなんだ」
真っ赤になった私の頬にベルハルト様の頬が重なる。
「僕が兄上の立場だったとしたら…多分同じように諦められないと思う。だけど兄上には渡さないから」
「ベルハルト様…」
「もしも…兄上と君が結婚なんて事になったら。僕は君を連れてこの国を出るからね」
柔らかな唇が頬に触れる。
「一緒に来てくれるよね」
「もちろんです」
私だって…ベルハルト様以外は嫌だもの。
「二人で旅に出るって…約束しましたし」
「そうだね。そうだよ、いっそ今すぐ旅に出ようか」
ベルハルト様は私の顔を覗き込んだ。
「結婚まで待たなくてもずっと一緒にいられる」
「今すぐ…はさすがに」
「どうして?」
「準備とか…どうやってお金を稼ぐとか調べないといけないでしょう?」
実際に旅に出るには、きっと色々な準備が必要なんだと思う。
世間を知らない私達が、何の予備知識もなく出られるものでもないと思うの。
「…エミーリアって、結構現実的なんだね」
くすりとベルハルト様が笑った。
「そうだね、じゃあ、まずは準備からだね」
「はい」
「楽しみだな」
目の前の青い瞳が楽しそうに細められると近づいてきた。
目を閉じると…柔らかなものが唇に触れる。
「愛しているよ、僕のエミーリア」
ベルハルト様の言葉もキスも…私の心を温かくしてくれる。
本当に…早くいつも二人でいられる日が来て欲しい。




